キラを起こすためにディオキアの最高級ホテルへと向かい、キラのご馳走で最高級ホテルの朝食バイキングを食べたシンであったが、バイキングの場所で衝撃的な出会いをした。
それは、オーブで別れたハズの男……アスラン・ザラであった。
シンとレイにプラントへの潜入任務を命じ、キラを守る様に言った男が何の用なのか。
キラやシュラが居たため、殆ど話す事は出来なかったが、彼の言葉はシンの中に落ちて、心の奥でシンの気持ちを蝕んでいた。
『シン。お前の役目はもう終わりだ』
『え?』
『ここからは俺が護衛の役目を引き継ぐ。お前はミネルバのパイロットとしての役目に集中しろ』
冷たい言葉と共に、向けられた視線は酷く冷たく……まるでシンが役立たずだと言っているかの様であった。
そんなアスランの言葉も視線も初めてで……シンはどの様な反応をすれば良いか分からず、ただ立ち尽くしてしまった。
「……」
そして、シンは朝食を終えてから、モヤモヤとした気持ちを解消する為に、ディオキアでバイクを借りて海岸通りの道を走っていた。
どこまでも続く様な曲がりくねった海岸通りの峠道は、拭きおろしてくる風も、海から流れ来る潮風も、バイクを走らせる事で向かってくる風も、全てが心地よく、シンの頭をうまく冷やしていく。
それから。
しばらく道を走らせていたシンであったが、ちょうどバイクを止める場所があったため、その場所に止めて、道路からせり出した崖へと足を伸ばす。
足を滑らせて海へと落下しない様に気を付けながら、シンは心の中にたまった澱みを消す様にどこまでも続く青い海と、どこまでも広がる蒼い空を見つめるのだった。
「俺じゃ、駄目だったって事なのかなぁ……」
シンは、アスランの顔を思い出しながら小さく呟いた。
地面に座り込んで……今までの戦いを思い出しながら、シンはため息を吐いた。
思い返してみれば、シンはこれまでの戦いで大した活躍が出来ていなかった、と自分を追い込んでゆく。
無論、そんな事は無いのだが……比べる対象がキラやアスランではそう思っても仕方ないだろう。
エースの中のエースと比べてしまえば、ただのエースも、一般パイロットとそこまで差は無いのだ。
と、今のシンは考えて落ち込んでいた。
そんな中、どこからか浮かれたような歌声が聞こえてきて、シンはそちらへと視線を向けた。
シンのいる場所から、少しだけ向こう側に行った場所に一人の少女が踊っているのが見える。
楽しそうに金色の短い髪を靡かせながら踊り、歌う少女だ。
「らーらら♪ らーらら♪」
「ん?」
「ららーらら♪ らーらーらーらら♪」
「……ふふ」
楽し気な少女を見ていると、シンは少し楽しい様な気持ちになり、笑みを零した。
「あー!」
しかし、大きな水音の様なものがして、少女の歌声が止まった。
シンは何事かと少女が居た方を見るが、そこに少女の姿は無かった。
まるで幻であったかの様に、消えてしまっている。
「ん? え!? おい……まさか!」
シンは周囲をキョロキョロと見渡してから、崖の下を覗いて大きな声を上げた。
先ほどの少女が水面でバタバタと、もがいていたのだ。
「ああ! 嘘だろ!? 落ちた!?」
しかも、少女はもがいて、もがいて、そのまま水の中に飲み込まれてしまった。
それを見て、シンは急いで上着を脱ぐと、海へ向かって断崖絶壁の道を走る。
「ああ……泳げないのかよ! ええい! えい、うわぁあああ!!」
ドボンと大きな音を立てながら海へと落ちたシンは一般的なコーディネーターと同程度の水泳能力で水の中でバタバタと暴れている金髪の少女に後ろから近づき、その体を抱き上げて水面へと浮上した。
「はぁ! あぁ! いやー!」
「はぁ! はぁ! お、落ち着けって! うわぁ!」
少女はシンに抱き上げられて水面に上がってからも暴れ続け、シンの頬を殴りつけて再び海へと落ちる。
シンはもう一度、少女へと近づいて、少しずつ断崖絶壁の近くにある足がつく場所を目指して、半ば無理矢理少女を連れてゆくのだった。
それから。
かなりの格闘があり、シンは少女を引き上げる事に成功する。
少女は足がつく事に途中から気づいて、涙を流しながら助かった事に震えていた。
そんな姿を見て、シンはボロボロの姿のまま仰向けで水の上に倒れて、深い息を吐くのだった。
「……あー。生きてるー」
「いき、てる?」
シンは青空を眺めながらため息を吐いていたのだが、そんなシンを少女が水に濡れた姿のまま不思議そうな顔で覗き見ていた。
「いきてる?」
「あぁ。生きてるよ。俺も、君もさ」
「生きてる。ステラ。生きてる」
「……ステラ? 君の名前?」
「うん。ステラ。お星様の名前。セナと一緒」
「セナ!?」
シンは自分がよく知る少女の名に、上半身を起こした。
が、ちょうどステラがシンを覗き込んで見ていた為、顔がぶつかりそうになってしまう。
咄嗟にシンは体をずらして避けようとしたが、わずかに唇がステラの頬をかすってしまった、
「あっ、ごめん!」
ステラはシンの唇が触れた場所を手で触れて、首を少し傾げる。
それからシンへと視線を移して、細い長い指でシンの唇に触れた。
「おうじ、さま?」
「っ! なに?」
「ステラの、おうじさま。いつか。ステラを迎えに来るって言ってた」
「え? え? 何が」
シンは困惑したまま手を伸ばしてくる少女の手から逃れようとして、再び水の上に仰向けとなった。
空にはどこまでも広がる蒼があり、その中にシンを不思議そうな顔で覗き見ているステラの顔が広がる。
「おうじさま」
「違うよ」
「ちがう、の?」
「あぁ。俺は王子様じゃなくて、シン。シン・アスカ」
「シン……シン」
ステラはシンの名前をかみしめる様に呟いて、シンと同じ様に空を仰いだ。
日の光でキラキラと輝く金色の髪から流れ落ちる水滴は、そのまま頬を流れて、体へと流れ落ちる。
その姿は、まるで触れてはいけない聖域を見ているかの様で……シンは、ドクドクと早くなる心臓の音を感じながらバッと体を起こした。
「わ、びっくり」
「あ、あのさ。えと、ステラ?」
「うん。ステラ」
「このままここに居たら風邪ひいちゃうし。陸に上がろう?」
「うん」
ステラはシンのいう事を素直に聞いて、シンに手を引かれるまま水から足場のある場所まで付いてゆき、ひとまず水の中から上がった。
そして、このままでは風邪をひくからとたき火を付けたのだが……水に濡れた服のままではまずいからと、服を脱ぐように言おうかとしたのだが……流石に自分よりも年下っぽい子にそんな事をいうのは躊躇われてしまう。
心の中に居るマユが『お兄ちゃん。デリカシーが無いよ?』と言っているのを聞いたような気もしてしまう。
が、恥ずかしがっていても状況は変わらない。
シンは勇気を出して、ステラに告げる事にした。
「す、ステラ!?」
「うん」
「服を着たままじゃ、風邪をひくし、服も乾かないからさ」
「うん」
「……服を脱ごうか」
「分かった」
ステラはシンに言われるまま、自分の服を脱ごうとして……。
「わー! 待った待った!」
「え? ステラ、待つ?」
「駄目だよ! ステラ! そんな、会ったばかりの人の言う事聞いちゃ!」
「だめ?」
「駄目! 俺が悪い人だったらどうするの! 怖い目にあっちゃうかもしれないんだよ!?」
「え……ステラ、こわい、めに、あう?」
ジワリと目じりに涙を溜めながら悲しそうな顔をするステラにシンは焦った様な顔になって、思わず抱き着いてしまった。
何をやっているんだ! と自分に自分で突っ込みを入れるが、動いてしまった体は今更どうも出来ない。
「だ、大丈夫だよ。俺が、俺が……守るから」
「シン、ステラ、守る?」
「あぁ。守るよ。だから大丈夫。ステラは怖い思いをしない」
シンは震えているステラを強く抱きしめて、想いを告げた。
マユの様に。
セナの様に。
そして、キラの様に。
シンはステラを純粋な気持ちで守りたいと思い、そう告げたのだが……柔らかい感触がシンの体に触れ、シンは焦ってステラから離れた。
ドキドキと高鳴る心臓は先ほどよりも強くなっている。
「あ……」
「ご、ごめん! いやらしい気持ちは無いから! ホントに! 純粋にステラを守りたいと思って……!」
「うん。シン。ステラ、守る。ステラ、嬉しい」
「……そっか。ありがとう」
シンはふわりと微笑むステラに、笑みを零しながら礼を言った。
アスランに言われた事や、思い悩んでいた事が少しだけ晴れたような気持ちがする。
そして、シンはたき火で温まりながらステラと話して、脱出の方法について考えるのだった。
「ステラはさ。この街の子?」
「街……知らない」
「じゃあさ。いつもは誰と一緒にいるの? お父さん? お母さん?」
「一緒はセナ、ネオ、スティング、アウル。お父さん、お母さん知らない」
「……セナ」
「シンも、セナ……しってる?」
「うん。でも、ステラが知ってるセナとは違う子、かな」
「そうなんだ。シンのセナは、シンといっしょ?」
「いや、今は一緒じゃないんだ。悪い奴らにさらわれちゃって……」
「シン、かなしい?」
「うん……そうだね。悲しい……って、ステラ!?」
シンは俯きながら話をしていたのだが、不意に影が目の前に現れ、何事かと顔を上げればそこにはステラの顔があった。
どうやら四つん這いになりながら、シンのそばに来ていたらしい。
そして、シンの頬に触れて微笑む。
「シン。こわくない」
「……ステラ」
「ステラ、シン守る」
「ふふ……なんだよ。それ。俺がステラを守るんじゃなかったの?」
「うん。だから、シンはステラが、守る」
む! と気合を入れているステラに、シンはなんだかおかしくなってしまい、ケラケラと笑うのだった。
優しい少女だ。
涙が出るほどに。
そして、マユと同じ。平和の世界で生きている象徴の様な子でもあった。
だから……シンはそんなステラを見ていると、キラとセナが言っていた事を思い出すのだ。
『この世界に生きている数えきれないほどの小さな命を守るのが、僕らの仕事なんだ』という言葉を。
「そうか……そうだよな。俺は」
「シン……?」
「ありがとう。ステラ。君のおかげで俺は大切な事を思い出せた気がする」
「ステラ、すごい?」
「あぁ。最高だ」
シンはステラに感謝して微笑んだ。
そして、この小さな命を、キラにも合わせたくて、ステラに言葉を向けようとしたのだが……。
「ステラー!!」
「っ! ネオ!」
遠くから、ステラの名を呼ぶ声が近づいてきている事に気づき、シンは顔を上げた。
崖からは見えない隠れた岩場に居たシン達であったが、その男はボートで正確にステラとシンのいる場所に近づいてくると、勢いよく抱き着くステラを受け止める。
どこかで見たことのある顔だなと思いながらシンは金髪の男とステラが抱き着く姿を見ていたのだが……男は軽い笑みを浮かべるとシンの方へとステラを抱き上げたまま近づいてきた。
「君は……?」
「あ、俺は……」
「シン! ステラ、助けてくれた!」
「助けた?」
「あ、あぁ。崖から海に落ちちゃって、それで……」
「助けてくれたのか。すまないな。助かったよ。ステラはおっちょこちょいな所があってね」
「そうだったんですね」
「すまない。手をかけさせた。陸まで送ろう」
「ありがとうございます」
それからネオのボートで海岸まで連れて行ってもらったシンは、ステラと別れを告げて、遠ざかってゆくボートを見ていた。
そして、風に靡く長い金髪と、その横顔を見て、誰に似ているか思い出す。
「あぁ……レイに似ているんだ。あの人」
シンは、もしかしたら知り合いかも。なんて、とりとめのない考えを頭に浮かべながら良い出会いをしたとすっかり暗くなった世界を見るのだった。