ミネルバがロドニアのラボへ到着し、そこの調査を始めた頃。
ダーダネルス海峡で戦力の半分ほどを失ったネオ・ロアノークは損害報告を受けながらため息を吐いていた。
「まさかここでアークエンジェルが出て来るとは思わなかったな。あの様子じゃあミネルバ……いや、姫様の事を監視していたという事かな」
「でしょうなぁ。あまりにもタイミングが良すぎる」
「しかし、フリーダムまで持ち出すとは……。アレが居ると数が有利に働かんからな。ったく。面倒な物を持ち出してくるモノだ。オーブは」
「連中に、どうにかさせますか?」
副官はモニターに映るオーブ艦隊を見ながらネオに問いかけるが、ネオはフンと鼻を鳴らして首を横に振る。
「それこそ意味のない行為だ。連中の顔を見ただろう? あれは覚悟が出来てる奴らの顔だ。姫様の為に死ぬのなら本望って感じだな」
「まったく。羨ましい事ですねぇ。俺もどうせ死ぬのなら、キラ姫様をお守りして死にたい物です」
「文句を言うな。我々は軍人だぞ。命令されれば、豚と変わらん大統領だって守らなきゃならん。嫌なら辞めちまえ」
「そうしたいのは山々ですが、自分はナチュラルですから。キラ姫様のお傍には行けないので」
「ならば、コーディネーター共から奪い取るしか無いだろう。職場に不満があるのなら、自分の手で変えろ」
「ハハッ。まったくその通りで」
ネオと副官は軽く笑い合いながら特に意味のない言葉を交わす。
そして、空気を和らげつつアークエンジェルの戦力も含めたミネルバをどうやって落とすかを話し合っていたのだが、焦った顔の兵士がブリッジに飛び込んできた事で状況が変わった。
「ロアノーク大佐!」
「ん? どうした。そんなに慌てて」
「ロドニアのラボのことなんですが……アクシデントで処分に失敗したようで。更に悪いことにZAFTが……」
「おいおい。この忙しい時に何やってるんだ」
「報告を受けてスエズも慌てているようですが……とりあえずお耳に」
「ネオ」
「うん? あぁ、ステラ……悪いな。今少し忙しいんだ。後でも良いか?」
「うん。わかった」
ネオが報告を受けている時、ちょうどステラも定時報告があり、セナと共にブリッジを訪れていたのだが……ロドニアのラボの件で焦っていたネオはステラを追い返し、そのままブリッジを出て対策に向かってしまう。
ステラはネオも忙しいんだなと納得し、セナと手を繋いだままアウル達が待つ部屋に戻る事となった。
「おー。ステラ。ネオはなんだって?」
「後でね。って」
「あーん? どういう事だよ」
「わからない。忙しそうだった」
「どういう事?」
「ネオが忙しくて報告出来なかったって事だろ?」
「あぁ、ナルホド」
軍艦の中にあるとは思えない、子供部屋という表現が一番正しい様に思う小さな部屋でくつろいでいたアウルとスティングはステラの話を聞いて興味を失い、再び思い思いに過ごし始めた。
そして、ステラもまたセナと共に大き目のクッションが敷き詰められた場所へ行こうとしたのだが、手を引っ張ってもセナが動かない。
不思議に思ってステラがセナを見ると、セナは虚ろな顔のまま呟き始めた。
「ロドニアのラボが襲撃されている」
「ん?」
「あん?」
「セナ? どうしたの?」
「ネオが現在忙しい理由。ロドニアのラボがZAFTに襲撃されている事が原因」
「ロドニアのラボって……」
「俺達が前いたとこじゃんか」
「襲撃されてる!?」
「それって、マズいんじゃないか!? だって、あそこにセナを治す手段があるんだろ!?」
アウルが焦った様な顔で立ち上がり、セナとステラの元へと走る。
が、ステラはアウルに何も言葉を返す事が出来ず、ただオロオロとしてしまうのだった。
「おやおや。お困りの様だね。少年少女達」
「っ!? 誰だ!」
「初めましてと言うべきかな。私はそうだね……メンデル仮面とでも言っておこうか!」
「メンデル仮面~?」
ステラの背後から現れた白衣に仮面を付けた謎の男の登場に、スティングとアウルは胡散臭い物を見る様な目を向けるが、男は何も気にせず笑みを浮かべるばかりだ。
そして、アウル達に一つの提案をする。
「私はセナを治す為に派遣されたんだが、ロドニアのラボが破壊されてしまうと非常に困る事になる」
「分かってるよ! だから今、どうすれば良いかって」
「君たちで守れば良いだろう」
「へ?」
「おいおい。何言ってんだよ」
男の言葉にアウルもスティングも呆気にとられた様な顔をするが、男の言葉は止まらない。
それが最も正しい事の様に、語り続ける。
「君たちはキラやセナを護るために軍人として教育されてきた。だが、キラやセナは君たちに友である事を願った」
「……」
「それは君たちが誰かの意志で動くのではなく、君たち自身の考えで動く事を望んでいたからだ。君たちは今! どうしたい。セナの危機を前にして! どうするべきだと考えている!」
メンデル仮面の問いかけに、ステラはキュッとセナの手を握って顔を上げる。
輝く様な……星の灯りの様な光を目に宿して。
「ステラは……セナを護る」
「おい! ステラ!」
「ステラ! セナを護る!」
男は駆けだしたステラからセナを受け取り、セナの小さな体を抱き上げながらステラの後ろを走った。
彼女が向かう先は格納庫だ。
「おいおいおい!」
「どうすんだよ! ステラの奴! 外に行っちまうぜ!?」
「俺達も行くしかないだろう!」
アウルとスティングもステラに続いて走り、自らの機体へと急いだ。
そして、ガイアに飛び乗ったステラはすぐに機体を起動させ、メンデル仮面とセナがコックピットに入った事を確認してハッチを閉める。
「ハッチ開けて! 開けないと吹き飛ばす!」
『おい何だ!? ブリッジ! 大変だ! 大佐を!』
ガイアは艦のハッチを破壊するとそのまま外へと飛び出し、その後ろにアビスとカオスも続く。
ネオが報告を受けて格納庫へ来た時には、既に三機の姿は無く、もぬけの殻となっているのだった。
「馬鹿者! 何故出した!? くそっ! 私のリュニックを用意させろ! 出撃する!」
地球連合の艦から飛び出したガイアはアビス、カオスと共にロドニアのラボを真っすぐに目指して飛んでいた。
そして、その熱源はミネルバに捕捉される事となる。
『艦長! モビルスーツ3接近中! ガイア、アビス、カオスです!』
「何ですって!? 他にモビルスーツの反応は!?」
『ありません! 三機だけです!』
「どういうつもり!?」
「タリアさん。シン達に出撃命令を! 僕も出ます!」
「お願い!」
「タリアさん達もミネルバへ退避を!」
キラはタリアに出撃を願いながらラボの近くで待機させたままだったセイバーへと走る。
が、キラが乗り込むよりも前にインパルスと、レイとルナマリアのザクが飛び出し、やや遅れてジャスティスとブラックナイトスコードも飛び出していった。
キラはモビルスーツが飛ぶ事で起きる突風から身を守りつつセイバーへと急いでいたのだが、戦場はキラが居なくともシン達に有利な状況で進んでおり、問題はない様である。
だが、そう思ったのも束の間。遅れてやってきた黒い機体が圧倒的な力で戦場をかき回し始めた為、ジャスティスとブラックナイトスコードは黒い機体……リュニックの相手をしなければならなくなり、レイとルナマリアはアビスの、シンのインパルスはカオスとぶつかり合う事となった。
キラはいつの間にガイアが戦場から消えている事に気づき、セイバーに乗り込んでからガイアの姿を探す。
「……どこに行ったんだ?」
レーダーを動かし、ガイアの姿を探していたキラは、ラボの裏手にガイアが居る事に気づき、その場所へと向かう。
しかし、ガイアはコックピットを開いたまま、セイバーが近づいて来ても動く気配を見せなかった。
「中に、入った?」
モビルスーツ同士の戦闘が始まった事で既に施設内からZAFTの部隊は撤退しているが、キラは万が一の事を考えて、セイバーを降ろし、施設の中へと自らも飛び込んでいった。
既に一度中には入っているが、どうにも薄気味悪い場所だと思いながらキラはゆっくりと施設の中を進んでゆき、銃の安全装置も外して両手でしっかりと持つ。
そして、灯りが漏れている部屋の中から何やら声が聞こえると、キラは銃を構えながら部屋の中に飛び込んで……目を見開いた。
「セナ!? ステラ! それに……貴方は」
「キラ……!」
「やぁ、久しぶりだね。キラ。元気そうで何よりだよ」
キラは飛び込んできたステラを抱きとめて、ベッドの上で眠るセナと、セナの脳波をチェックしながら、何やら作業をしている男を見やった。
かつてメンデル仮面と名乗りキラの前に現れた……キラの血縁上の父親。
ユーレン・ヒビキを。
「生きて、いたんですね」
「死んだと言ったつもりは無いが」
「そうですね。でも、メンデルで別れた以降……姿を見ていませんでしたから」
「それについては申し訳なく思っている。しかし、私にはやらねばならない事があったんだ」
「やらねばならない事……?」
キラは寝ているセナを見ながら訝し気な顔をユーレン・ヒビキに向ける。
そんなキラの視線を受けて、ユーレンはセナの治療をコンピューターに任せてからキラに向き直った。
「キラ。本来は動くはずのない計画が動き始めたんだ」
「……どういう意味?」
「私達はメンデルに現れたモビルスーツに触れ、未来を視た。この世界の行く末を。破滅の未来を。だから、アウラ達はその未来を恐れ、世界を支配する存在を生み出す事で、その未来を回避しようと考えた。だが、私とヴィアは……君たちが生きる未来を守る為に、君にあの機体から得た……私達の住む世界とは違う世界の因子を与えた。来たるべき日に、アウラ達が生み出そうとしていた存在を……『セナ』を確実に殺す事が出来る様にと」
「何を、言ってる」
「だが、私もヴィアも間違えていた。あの子は、『生み出されるべきじゃ無かった』んだ! あの子が生まれた事で、イオリアの計画が……!」
「お喋りは、それくらいにして貰おうか。ユーレン・ヒビキ」
ユーレンの叫びが響く中で、突如として響いた銃声が部屋の中で響き渡る。
その音にキラはステラを抱きしめたまま横に飛び移ったが、銃を撃った本人はキラの事もユーレンの事も殺すつもりは無いらしく、煙の出ている銃口をユーレンに向けたまま動かない。
だが、虹色に輝く虹彩だけが、異様な程ギラギラと輝きを放っているのがキラには酷く恐ろしく思えたのだった。