キラが地球連合軍に連れ去られたというニュースは、瞬く間にZAFT全域に広まる事となった。
一応箝口令を敷いていたというのに、どこから漏れ出したのか、その勢いは留まることなく遂には本国にまで届く事態となってしまったのである。
そのニュースを報告として聞かされたデュランダルは、そのあまりにも衝撃的なニュースに思わず立ち上がってしまうのだった。
「バカな……それは確かな情報なのか」
「はい。ミネルバのグラディス艦長に確認しましたが、間違いないと」
「それは……なんとも、困ったものだね」
口調は多少柔らかいが、デュランダルは明らかに焦っていた。
一応可能性として考えてはいたが、ほぼあり得ない事態であったし、月に居るムルタ・アズラエルとすら話はついていた。
その上で、デュランダルとアズラエルが出した結論は、キラは事が起こるまでミネルバに置いておくという事になっていた筈なのだ。
だというのに、そんなキラが、まさか地球連合軍に奪われてしまうとは。
アズラエルが裏切ったのか?
いや、それをするメリットはアズラエルには無い筈だ。
では誰が? 何のために?
デュランダルはグルグルと思考を巡らせながら一つの結論を導き出す。
「……そうか。ジブリールか」
「議長?」
「キラを奪ったのがどの部隊かわかるか?」
「地球連合軍かと思いますが……どの部隊か、までは」
デュランダルは情報が得られぬ事に僅かな苛立ちを覚え、すぐにミネルバからの報告を直接見に行く。
そして、出てきたのはキラが敵に奪われたという情報と、シンがセナを救出したという話であった。
その情報からデュランダルはキラが自らを犠牲とする事でセナを助けたのだという事を察し、小さく舌打ちをする。
こんな事になるのであれば、セナを早く救出しておくべきだったと。
キラをミネルバに縛り付ける為にセナを地球連合に預けたままとしていたのだが、ここにきてそれが裏目となってしまったのだ。
赦されるのならば舌打ちでもしたい気分であったが、それが出来る状況でも無い。
「ミネルバに出撃命令だ」
「は……しかし」
「急げ。間に合わなくなるぞ!」
「は、はい! ですが……どちらに!?」
「情報部から上がっていた、地球連合軍の黒海制圧部隊だ。その中にキラが居る! このまま逃がせば彼女は永遠に戻らなくなるぞ!」
「しょ、承知いたしました!!」
「黒海周辺のZAFT部隊にも通達! 地球軌道上の部隊にも連絡を取れ! 部隊が逃げる前に、何としても取り戻すんだ! 急げ!」
デュランダルの命令でZAFTの部隊が、黒海周辺に居るであろうキラを攫った部隊を制圧するべく行動を始める。
そして、直接命令されたミネルバも、キラ奪還作戦の為、動き出す所であった。
「機関始動。ミネルバ発進する」
「了解。ミネルバ発進」
「艦長。敵部隊は」
「まだ分からないわ。でもかなりの部隊が動いているから、じき捕捉されるでしょう。私達の役目はキラが囚われている艦を特定。制圧後にキラを奪還すること」
「はい!」
。良いわね。失敗は許されないわ。敵が何処かの基地に逃げてしまえば追うことが難しくなる」
「そうですね。最悪月へ逃げる事も可能でしょうから」
深刻な顔で言葉を交わし合うタリアとパイロット達に、ゴクリと唾を飲み込みながらアーサーは少しでも場を明るくしようと、少し無理をして声を出した。
「し、しかし。凄い人望ですねぇ。ヤマト隊長は……。黒海周辺の部隊は全て動いてますし。軌道上からも効果部隊が降りて来るとか」
「当然よ。あの子が地球連合に奪われるっていうのは、ただ優秀なパイロットを一人失うってだけじゃないんだから」
「と、言いますと……?」
「アーサー。あなた。モビルスーツの教本を見てないの?」
「いやぁ……自分はあまり才能が無くてですね……そちらはあまり勉強しませんでした」
タリアはアーサーの言葉にハァとため息を吐いてから、他にも不思議そうな顔をしているクルーが居る為、キラという存在について正確に伝える。
何故、ここまでZAFTが焦っているのか。
「モビルスーツのOSを最初に開発したのはキラとセナなのよ。そして、そのOSは現在も全てのモビルスーツで使われている。さらに言うのであれば、ミネルバのシステムだって多くの部分がキラのシステムに頼っている。これがどういう事か、わかる?」
タリアの問いかけに、オペレーター席に座っていたメイリンが汗を一筋流しながら、乾いた声でタリアの問いかけに応えた。
「キラさんの作ったOSに対して……例えば、ナチュラル用のOSを除外した全てのモビルスーツにウイルスを送り込み、機能停止に追い込む事も可能だと思われます」
「なっ!? そ、そんな事になったら、我が軍は!」
「えぇ。壊滅。それどころか、プラントが全て核攻撃で滅ぼされる。みたいな未来だってあり得るかもね」
「で、ですが! ヤマト隊長が、まさかその様な非道な作戦に協力する様な……!」
「ステラは、記憶を全て消され、奴らに良いように利用されていました」
「……シン」
拳をギュッと握りしめながら、絞り出す様に放ったシンの言葉に、ルナマリアが寄り添う。
強い怒りと、悲しみと、悔しさで心をかき回されているシンが、強い炎を瞳に宿しながら言葉を続けた。
「ロドニアのラボって場所を見て、分かりました! 連中は、連中は……! 人を人だなんて思っちゃいない! 使える兵器か、使えない兵器かってくらいで! そんな連中がキラさんを捕まえて、何もしないとは思えない! セナは、記憶が奪われても抵抗していたけど! あんなふうに! あんな風に人をもてあそぶ奴を! 俺は絶対に許せない!!」
「そうだな。シンの言う通りだ」
「副隊長……!」
「シュラで良い。前にもそう言っただろう? シン。俺たちは仲間だ。例えキラがここに居なくても、それは変わらない。なら、お前の怒りも、俺の怒りだ。なぁ、レイ」
「あぁ。俺も同じ気持ちだ。シン。どのみち、このままで終わることは出来ない。ルナマリアもそうだろう?」
「当たり前じゃない! 連合の奴ら! ボッコボコのボコにしてやるわ!」
フン! と鼻息を荒くするルナマリアに、シンは苦笑して、シュラの嫌がらせによりあえて外されたアスランにも視線を向けた。
アスランは何やら思い悩んでいる様だったが、シンの視線に気づき、静かに頷く。
ならば、何も問題は無いだろう。
「では、各員持ち場に付け」
「「「ハッ!」」」
それからミネルバは最大船速で軌道上から観測された艦隊の位置を目指し、飛び続けるのだった。
一方。
ZAFTの大部隊から追われている地球連合軍艦隊は未だエーゲ海に出る事も出来ず狭い海を進んでいた。
いっそ大洋に出てしまえば逃げ切れる可能性も増えるだろうが、そこまでの速度を出す事が出来ていなかったのである。
その原因は前方を走るオーブ軍艦隊にあった。
「オーブ軍空母より打電。エンジントラブル発生。少々遅れる。との事ですが」
「だー! またか! さっさとしろと送れ!」
「ハッ!」
「まぁ、難しいだろうなぁ」
「大佐! 確かに大型空母が動くには難しい路かもしれませんが!」
「あー。違う違う。ってか、お前さん。オーブ軍の言うコトを素直に信じてるのか?」
「え? えと?」
「連中はさ。今、必死に戦ってるんだよ。我々の足を少しでも遅くして、ZAFTに発見して貰いたいのさ」
「はっ!? なぁー!? であれば! 我々はオーブ軍を置き去りにして、先を目指すべきでは!」
「そしたら今度は後ろから撃ってくるぞ? 今はこっちの砲が前を向いてるから、あぁやって牛歩戦術をしているだけでな」
「であれば攻撃を! これは完全な敵対行為です!」
「そうすれば、我が意を得たりって、連中は喜んで海を封鎖して決死の時間稼ぎを始めるだろうさ。全員が死ぬことになるだろうが、ミネルバが追いついてくるって信じてな。今、連中はこの追い詰められた状況の中で必死に最善を手繰り寄せようとしてるのさ。泣けるじゃないの」
「大佐はどちらの味方なのですか!」
「私は私の味方だよ。イザとなればリュニックで姫を連れて離脱する。あの機体にはミラージュコロイドがあるからな。どうとでも逃げる事は可能だ」
「なるほど……しかし、大佐のお話をまとめると、我々はここで死ぬワケですな?」
「そうなる。お前たちが生きる道は、無い。投降すれば、まぁ可能性はゼロじゃないだろうが……連中は姫様を攫った我々を赦す事はないだろう」
「そうですか……それは残念ですなぁ。姫様の為にと前大戦で銃を握ったのですが、まさか最期は姫様を攫った誘拐犯として死ぬとは」
「悔しければ姫様の前で懺悔すれば良い。あの子はきっと受け止めてくれるさ」
「いえ! 既に多くの兵が姫様に泣き言を言っております! そこで自分まで加われば、姫様のお心に傷を残す事になる!」
「千も千と一つも変わらないと思うがね」
「変わりますよ。自分としては大きな違いです。私は最期まで姫様を守り、強くあった。それだけで良いのです。自分には妻も子供もおりませんから。あの世にはこれだけを持って行きますよ」
「……。サディアス・ビクター。貴様の事は私が覚えておこう。決して忘れる事はない」
「ありがとうございます。これで心置きなく逝けます!」
笑顔でネオに笑いかけるサディアスに、ネオはフッと笑みを返した。
そして、ブリッジにいる他のクルーも似たような顔をしながらネオに敬礼をする。
「まったく。とんだバカ野郎どもと同じ艦に居たとはな。今日まで知らなかったな」
「いやいや。大佐には負けますよ」
「そうか?」
「えぇ。だって、これからジブリールのクソ野郎を撃ちに行くんでしょう? 姫様を護るために」
「あぁ。姫様を連れて行けば、奴も油断する。あの引きこもりに一撃を与えるなら、そこだ」
「大佐もきっと無様に死にますよ。あの世でゆっくりと観賞させていただきますね」
「フン。そうそう簡単に死んでやるつもりはないさ。私とリュニックに不可能はない」
「ふ、ハハハ! それは良い。期待させて貰いますよ」
「艦長! 後方から急速に接近する熱源1! ミネルバです! それに……! 周囲に熱源多数! モビルスーツ……! 数えきれません!」
「さぁ野郎ども! 戦闘準備だ! 運命だか何だか知らないが、奴らの良いようにさせるな! 大佐が脱出する隙を作れ!」
「カオスとアビス、ストライクノワール、ヴェルデバスター、ブルデュエルにも出撃命令を出せ! 後、ガンダムにもな!」
「承知いたしました!」
「では、始めようか。ZAFT諸君。生き残りをかけた……! 死闘を!!」
ネオは迫りくるZAFT部隊に対し、熱意を走らせるのだった。
苛烈な戦いが、遂に始まる。