エーゲ海付近で行われた戦闘から、キラを連れて脱出したネオ・ロアノークは、深い山奥に機体を隠しながらキラと共に野宿をしていた。
「申し訳ございません。本来ならしっかりとした食事や温かいシャワーなどを用意するべきなのですが」
「こんな状況ですからね。文句などはありませんよ」
「そう言っていただけると、助かります」
たき火を二人で囲みながら、キラはしっかりとした毛布に身を包み、炎の向こう側に居る男を見つめた。
二人きりであろうと仮面を外さない徹底ぶりに、キラは何だかため息を吐きたくなる様な状況であるが、流石にそれはしない。
つい先ほども、キラの為にと水浴びが出来る場所を探してきてくれたのだ。
しかも誰も近づかぬ様にと見張りまでして……。
いっそそこで、水浴びしているキラを覗いたり、襲い掛かってくる様な俗物であれば、やりやすかっただろうに。
彼はどこまでも紳士で……そして、物語に出て来る様な騎士の様に潔癖であった。
「そういえば」
「うん?」
「聞いた事なかったんですけど」
キラは短く言葉を区切りながら炎の向こうに居る男を見やる。
「なんでネオさんは騎士になりたいんですか?」
「存在する理由が欲しいからです」
「存在する、理由?」
「私は……まぁ、キラ様は既にご存じですが、アル・ダ・フラガという男のクローンです。ラウ・ル・クルーゼと同様に」
「はい」
「あの男は、キラ様とセナ様の兄となる事で、存在意義を見つけました。正直な所、それを知った時、酷く嫉妬しましたね。私と奴で何が違うのか! とね」
「そんなに良いですか? 僕らのお兄さんって、羨ましい?」
「これ以上ない理想の位置でしょう。妹の為に生きる。それが正しいと肯定される。私が生きていても許される場所だ。実に羨ましい」
「であれば、別に僕もセナも、構いませんけど」
「いえ。キラ様のお誘いは大変魅力的ですが、あの男の後追いは、存在意義が揺らぎます。とても魅力的ですが、お断りさせて下さい」
「難しいんですね」
「えぇ……自分の感情ですが、どうにも出来ません」
たき火の傍に置いていた鉄製のポッドを拾い、温めたミルクをコップに入れて、ネオはキラに手渡した。
キラは毛布にくるまったままそれを両手で受け取り、ふぅーふぅーと息をかけながら少しずつ冷まして……飲む。
「……おいしい」
「それは良かった。セナ様も好んでいた味でしたが、キラ様も好みでしたか」
「まぁ、そうですね。昔から同じ物を飲んでいましたから」
「そうですか」
ネオの顔は、仮面を付けているのにどこか穏やかで……優し気な顔をしていた。
それが……それを見ていると、キラはどうしようもなくネオに言いたい事が出来てしまうのだ。
「どうしても行くんですか?」
「えぇ。私は責任を取らねばならない。セナ様を傷つけ、キラ様とセナ様を引き離し、こうして悲しませている。その責任を取らねばならない」
「ZAFTに情報を伝えてくれれば、一緒に戦う事だって出来ますよ……!」
「キラ様」
「っ」
「ジブリールを、もはや生かしておく事は出来ません」
「でも……」
「私が一人で向かえば、奴は油断するでしょう。もしかしたら、リュニックが奴の命を刈り取る事が出来るかもしれない」
「無理ですよ。一人で要塞を突破するなんて」
「でしょうね」
「それが分かっているのなら……!」
「それでも、私の死が意味を作るんです。ジブリールは私を迎撃した事で基地に安心感を覚えるでしょう。ZAFTが攻めてきても大丈夫だ。イザとなればどうとでもなると油断する。しかし、私が現地で得た情報をZAFTに送れば? ジブリールの脱出経路を事前にZAFTが察知していれば? 逃げる事は叶わない。奴はそこで終わりです」
「なら、一緒に逃げましょうよ。別に戦う必要はない」
「しかし、それでは今度こそ世界が終わります。先の戦闘でも感じたでしょう? メメントモリの様な兵器はジブリールも所持しているのです。奴は貴女が手に入らないとなれば、容赦なくその引き金を引く」
「……」
「どうかご理解下さい。姫様の事はアークエンジェルにも伝えておきます。今度は、信頼できる者達の中で……」
「どうして、そこまで」
キラは目じりに浮かんだ涙をそのまま頬に伝わせてネオを見つめる。
セナを攫った男だというのに、キラは男が死ぬという事実に心が酷く痛めつけられていた。
「先ほど質問されたコトの答えがまだでしたね」
「え……?」
「私は、アル・ダ・フラガのクローンとして生まれましたが、私を生み出した者はすぐに死にました。そして、何をするでもなく、私は生きていました。生きる意味も、目的も、何も持たず、ただアル・ダ・フラガのクローンというだけの存在として生きていました。ですが……貴女の妹君に出会った」
「……セナ」
「はい。セナ様は私の名を授けて下さいました。それは私にとって何よりも大きな最初の贈り物でした。私はあの瞬間、あの方に何かを返したいと思ったのです。そして、キラ様の事も知り、この二人こそが世界の……私の様な者の希望だと思った。だからこそ、お二人の騎士を目指した」
「何故、騎士を?」
「お二人が姫君であるという事もそうですが……まぁ、姫君が助けを求めるのはいつだって騎士であると知ったから、ですかね。幼子の様な短絡さですが……私には唯一無二の答えに見えました。何も知らぬ男の暴走の様な物ですよ。セナ様には何度も叱られてしまいました」
ネオは酷く懐かしい事を語る様な顔で、穏やかに微笑む。
「ですが、まぁ、結局……私が欲しかったのは、私を必要としてくれる場所だったという事です。今となっては全てが遠いですが……」
「ネオさん……」
「少し語り過ぎましたね……」
「そんな事はありませんよ。貴方の話を聞く事が出来て良かった」
キラは両手でコップを包みながら炎の向こうにいるネオに微笑む。
その姿は聖母の様であり、ネオは自らの選択は間違えていなかったと、ここにきて確信する事が出来たのであった。
「私も……貴女に出会う事が出来て良かった。どうか、セナ様と再会した際には、ネオは騎士としての役目を果たした……と」
「……ネオさん」
「キラ様」
「どうか……どうか生き残ってください。どの様な手を使っても必ず私達の元へ」
「それは」
「貴方が私達の騎士であると言うのなら……! そうありたいと願うのなら、それを叶える事こそが騎士としての役目では無いのですか?」
キラが必死に、ネオへと手を伸ばしながら向けた強い感情に、ネオは生まれて初めて……いや、二度目の衝撃を受けていた。
それはセナに名を貰った時と同じ、衝撃。
強く自分が求められている感覚。
「まったく……困ったお姫様だ」
「知らなかったんですか? お姫様っていうのは、我儘なんですよ?」
「いえ。存じておりますとも。既にね」
ネオはキラに微笑みかけて、仮面を外した。
ごっこ遊びの域を出ていなかった自分の騎士ごっこに、キラが付き合ってくれたのだ。
これに仮面を付けたまま相対するのは失礼だと感じたためだ。
「キラ姫様」
「……はい」
「私は、ジブリールが居ると思われるヘブンズベースを強襲し、ジブリールを討伐……もしくはヘブンズベースの情報を集め……必ずや御身の元へ帰還します」
「信じます」
キラは幼い頃に、カガリと一緒に見た映画の様に、ネオへと手を差し出した。
そして、ネオがその手に口づけを落とすのを、見つめる。
「では、明日はお願いしますね。ネオさん」
「承知いたしました。我が姫。必ずや貴女に勝利を」
キラはネオの言葉に安心し、そのままヘナヘナと崩れ落ちてしまった。
それをネオは支え、柔らかい微笑みを落としながら、自分のすぐ傍にシートを敷いて、その上に寝かせる。
心も、体も疲れ切っていたのだろう。
寝ているキラの顔は穏やかであるが、顔には強い疲れが滲んでいた。
そして、ネオはそんなキラを見つめたまま、深い木々の向こうに居る者へ向けて言葉を投げかける。
「姫様は既にお休みになられた。顔を見せたらどうだ?」
「……気づいていたのか」
「当然だ。私を誰だと思っている」
「地球連合軍第81独立機動群ファントムペイン。ネオ・ロアノーク大佐……だろ?」
「ふっ、それは少々古い肩書だな。今の私はキラ姫様とセナ姫様の騎士だよ。真実のな」
「ふざけた事を……ウチの姫様は騙せても、俺たちは騙せないぞ」
褐色の肌に赤い瞳をした淡い銀髪の男は、特殊なパイロットスーツを着たまま銃を真っすぐにネオへ向け、ゆっくりと草むらから出て来る。
その姿に、ネオはあぁとその男の事を思い出すのだった。
「お前は、ケン・ノーランド・スセ。確かODRに潜入していた、アンティファクティスの……」
「違う! 俺は初めからオーブの所属だ。ずっと姫様の味方だよ」
「なるほど。二重スパイという奴か。よくやる物だ」
ネオは関心した様に呟きながら、寝ているキラの頬を撫でる。
その行動に強い怒りを覚えたケンは再びネオへと警告するのだった。
「姫様から離れろ。次は撃つ」
「今、姫様は寝ているのだ。少し静かにしたらどうだ?」
「なに……!?」
「あの人の言う通りだよ。ケン。少し落ち着きなって」
「タツミ! お前、あいつの肩を持つのか!?」
「いや、そういうワケじゃないけどさ。キラ様寝てるみたいだし。あんまり騒いだら起きちゃうかなって」
「チッ」
ケンと共に現れた少年タツミに、ネオは面白いモノを見る様な目を向けた後、ゆったりと語り掛ける。
「それで? オーブの方々が私に何か用かな?」
「決まってるだろう。姫様を取り戻しに来たんだ」
「なるほど。分かりやすい答えだ。だが、その要求に対する私の回答はノーだ」
「なに!?」
「落ち着きなって……あの、地球連合の人。何故キラ様を渡してくれないんですか?」
「明日。私は姫様を連れて、ジブリールの元へ行く」
ネオが落ち着きながら放った言葉に、ケンだけでなく、タツミまでも無言のままネオに銃を向けた。
これが一般的なオーブ国民か、とネオはどこか感動した様な気持ちになりながら言葉を続けた。
これからネオが行う作戦を。
彼らに求めている役割を。