キラとヴィアは互いに視線を向け合いながら無言の時間を過ごしていたが、ヴィアが小さくため息を吐いた事で二人の時間が動き始める。
「……私に出来る事は何も無いわ」
「ヴィアさん」
「だって……あの子は、私を恨んでいるもの。話だってしたくないでしょう」
「ヴィアさん!」
「っ」
「僕は、何度だって言いますよ。セナを止める為には、『母親』である貴女が必要なんです」
「私は!! あの子の母親じゃない」
「……」
「私の遺伝子を使っているのは確かだけど……それだけよ」
キラから視線を外し、消えてしまいそうな声で呟くヴィアに、キラは唇をキュッと噛みしめた。
その心にあるのは確かな怒りだ。
だって、キラは覚えている。
確かに覚えているのだ。
あの時、月で一緒に生活していた時。
ヴィアは確かにセナを慈しんでいた。
本当の我が子の様に愛し、その成長を喜んでいた。
その姿は……! 確かに母親というモノであったのだ。
「ヴィアさ……」
そして、キラはそれを思い出させようと、もう一度ヴィアに言葉を向けようとした。
だが、その前に腕に付けていた通信装置からバルトフェルドの声が響く。
『すまん! キラ! どうやらメンデルは見張られていたらしい! 周辺にモビルスーツ反応がある! おそらくは母艦も居る! すぐに戻ってこい! 釣りは終わりだ!』
「バルトフェルドさん……!」
キラは悔しさを噛みしめながら通信機をジッと見つめた。
だが、状況は変わらず苛立ちだけが募っていく。
だから、最後に不安そうな顔をしているヴィアをキッと睨みつけて、言葉を残した。
「セナはずっと、貴女に会いたがっている!」
「っ!」
「セナは何も話してくれないけど! それでも!! あの子は、ずっと、ずっと!! 貴女の影を探してるんだ!」
「……私、は」
「それだけは忘れないで! どれだけ時間が経ったって、間に合うのなら、遅かったなんて事は無いんだから!」
キラはそれだけ言い残すと再び来た道を戻り始めた。
モビルスーツが出てきている以上、戦闘になる可能性は高いし。
メンデルの内部で戦えば、ヴィアも危ない。
セナへの態度など、苛立つ事も多いが、それでもヴィアはキラにとっても母親なのだ。
傷ついて欲しくないと考えている。
だから、驚異的な速さでフリーダムへと辿り着き、乗り込むとそのまま一直線にメンデルから宇宙へと飛び出した。
外では既に戦闘が始まっている様で、エターナルと、その周囲を囲む様に展開されているモビルスーツがあった。
「戦争、戦争。また、戦争!」
キラの想いに応える様に……キラとハインラインが設計し、完全な形で組み上げた新しいフリーダムの瞳に光が灯る。
そして、コックピットと各部関節に使用したサイコフレームが、キラの意志に反応し、光を放ちながらフリーダムの動きをグンと滑らかな物に変えた。
「争いがあるから! 世界は!」
キラはフリーダムとは比べ物にならない程の加速で新型のフリーダムを走らせると、そのままモビルスーツ部隊へと突っ込み、一機、また一機とビームサーベルで頭部や武装を破壊し無力化してゆく。
その驚異的な戦闘速度に、ザクやグフのパイロット達は一切反応が出来ないまま戦闘不能にされてしまうのだった。
「どうして憎しみばかり!! 選ぶんだ!!」
そして、荒々しく暴れまわったフリーダムにより、部隊の半数が戦闘不能になり、その隙にエターナルは戦線を離脱するべく加速をかける。
その動きを見たキラは急いでエターナルの元へと向かい、加速するエターナルに捕まって戦線を離脱するのだった。
「キラ……。大丈夫?」
「うん。ごめん。ミーア。怖い思いをさせちゃったね」
「ううん。私は座ってただけだから」
「……うん」
「あ、でもラクス様として彼らに呼び掛けたから、ちゃんとエターナルにラクス様がいたって思わせる事は出来たと思う」
健気に両手に握りこぶしを作りながらそんな事を言うミーアをキラは抱き寄せて、目を伏せた。
悲しみをかみ殺して。
ただ、感謝を伝える。
「き、きら!?」
「ごめん。ミーア。少しだけ。こうしていても、良いかな」
「わ、私は良いけど!? ラクス様は大丈夫!?」
「……ごめん」
格納庫のフリーダムの前で、キラは静かにミーアを抱きしめた。
その雰囲気から、周囲の者達は気を遣って何も言わず、ただ二人をそのままにするのだった。
そして、キラが落ち着きを取り戻し、ブリッジへ向かうと、格納庫から状況を聞いていたのだろう、バルトフェルドがどこか気を遣った様な笑顔を向けて来た。
「その様子じゃあ、交渉は失敗したか」
「はい。ごめんなさい。メンデルまで来てもらったのに」
「いや、良いさ。元々ZAFTをかく乱するのが目的だったからな。そっちは十分に果たせただろうさ」
「はい」
「ただ……あー。どうも『ラクス様』がやり過ぎた様でな」
「やり過ぎた?」
「あぁ。僕らでも本物だと思ってしまう程の気迫でね。連中。完全にミーア嬢をラクス様だと思い込んで、地球軌道上に部隊を集めているみたいなんだ」
「それは……ちょっと困りますね」
「あぁ。このままじゃ、オーブへ降りる部隊の邪魔になる。だから、連中を引っ張っていかなきゃならん」
「そうですね。ではそうしましょう。ある程度引っ張ったら僕の方で迎撃しますので、エターナルはそのまま月方面に逃げて下さい」
「良いのか? そっちに行くと、もう援護は出来んぞ?」
「はい。ですが、月にはネオさんが居ますし。多分最終的な説得は僕が行かないといけないでしょうから」
「……それは、まぁ分かるが。お前さんまで月に行ったら、オーブの開戦には間に合わないんじゃないのか?」
「そうですね。でも、もし説得が出来れば……戦力を一気にひっくり返す事も出来るので。賭けにはなりますが。行くべきだと思います」
「うぅむ。まぁ、僕としてはキラがそうすると言うのなら従うが……大丈夫か?」
「はい。フリーダムにはヴォアチュールリュミエールが搭載されていますから。サテライトシステムをハッキングすれば、通常よりも速く地球へ戻れます」
「相変わらず無茶苦茶な事を言うな」
「でも、それが最善ですから。仕方ないですよ」
「分かりました。では、こちらはその様に動きましょう。お姫サマ」
「ありがとうございます。バルトフェルド艦長」
「いえいえ」
「隊長! 地球軌道上に展開していた部隊がこちらに気づいたようです! 凄い数が集まって来てますよ!」
「ほー。どの程度だ」
「ナスカ級3! ローラシア級2! モビルスーツは……! 二十……! いやそれ以上です!」
「本当に集められるだけ集めて来たって感じだな。どうしますか? キラ姫?」
「僕が出ます。上手く数を削るので、エターナルは彼らを引っ張ったまま月へ」
「了解! エターナル戦闘準備! キラ姫が出るぞ! エスコートして差し上げろ!」
「キラ!」
「ミーア。今度こそ大丈夫。僕が守るから。だから、エターナルをお願い」
「はい。ラクス様として、やって見せるわ」
「ありがとう」
キラはミーアの頬に口づけをして、そのままブリッジを飛び出して行った。
そんなキラにミーアは頬を赤くしながらラクスがかつて座っていた席に座り、頬を両手で叩く。
「……ふぅ」
「気合は入ったみたいだな。お嬢ちゃん!」
「えぇ。んんっ……では、参りましょうか」
「了解」
格納庫へと向かったキラは、自らの機体。
新しいフリーダムへと乗り込んで、急ぎ発進の準備を進める。
『キラ。出撃準備はよろしいですか?』
「うん」
『では。X20A、ストライクフリーダム、発進どうぞ!』
「キラ・ユラ・アスハ……! フリーダム!! 行きます!!」
エターナルのカタパルト走り、宇宙へと飛び出したフリーダムは蒼い翼を広げて、機体を加速させながらエターナルを追尾する部隊へと向かった。
そして、両手に持ったビームライフルで追撃部隊の頭部を正確に撃ち抜いてゆく。
先ほどよりも、落ち着いているキラは、冷静に通信を開くと追撃部隊に向かって声をかけた。
「こちら。フリーダム。キラ・ユラ・アスハです!」
『キラ様!?』
『何故、キラ様がこんな宙域に!?』
「僕らは世界を平和にする為、戦っています。皆さんは何故僕らを攻撃するのでしょうか!」
『な、何故って……!』
『隊長!? これは!』
『う、うろたえるな! エターナルは反乱分子によって強奪された! アレは争いを起こす者だ! 撃たねば世界は平和にならん!』
『何故銃を撃った先に平和があるのだと信じられるのでしょうか。皆さんは先の大戦の事をもう忘れてしまったのですか?』
『こ、この声は!』
『ラクス様……!』
『憎しみのままに銃を向け、撃ち合えば、それは憎しみを育てるだけです。そして憎しみを育てた先に何が起こったのか。皆さんはもう忘れてしまったのですか?』
「僕たちは、争いを望んでいない!」
『ぐ、ぐぅうう!! アレは偽物だ! 撃て! 偽物の言葉に騙されるな!』
『しかし!』
『我が方にはセナ様がいらっしゃるのだぞ! もしこの声の主が本物であるというのなら! 何故セナ様の元へ来ない! それが答えではないか! キラ様とラクス様が本物だというのなら! この様な戦闘お行う筈がない! セナ様の元へ向かう筈だ! 撃て! 奴らの良いようにさせるな!』
「……まぁ、そうなるだろうね。そうなってくれないと困るんだけど」
キラは言葉を重ねた結果、キラ達へ銃口を向けるという結論を出したZAFTに対してため息を吐く。
これが計画通りであるとは言え、少しだけ寂しい気持ちになるのも確かだ。
だが、そんなキラの心に反応したのか、フリーダムに搭載されたサイコフレームがキラに彼らの心の声を聞かせてくれる。
(ラクス様はよく分からんが、あの操縦技術はどう考えてもキラ様だろ。でも、キラ様が俺程度の弾に当たる訳ないし。撃っても良いよな? ここで反逆しても死ぬだけだし)
(うぉぉおお!! キラ様ー!! 今すぐ俺に部隊を離反して盾になれって言って下さい!! そうすれば俺はー!)
(あー。憂鬱だ。偽物なワケないだろ。ヤキン・ドゥーエでも、アーモリーワンでもキラ様のお声も戦う姿も見ているんだぞ。どう考えても本物だよ。しかしなぁー議長が撃てって言ってるしなぁー。キラ様なら我々程度ではどうにも出来ないだろうし。とりあえず戦ってるフリだけしておこう。副官も空気読んで、明後日の方向に撃ってるしな。ハァー。キラ様の軍に参戦したいなぁー。僕の為に戦え! とか言ってくれないかなぁー)
(おぉー! 生キラ様だ! すげー! 全部避けて全部当ててる! スゲー!)
(キラ様が表舞台に立たず暗躍してるって事は、どっかでデュランダルのカスとぶつかるんだよな? その時、いの一番で参加出来る様にしなきゃな。俺の忠誠心を見せるチャンスだな)
(はぁー。消化試合消化試合。はい。はい。ぴゅーん。ぴゅーん。キラ様に当たるワケねぇだろ)
(もうオーブに亡命しようかなぁ。向こうはキラ様の近衛とか出来るらしいし。どうせなら可愛い姫様の命令に従いてぇよ俺は)
戦場から聞こえるとは思えない、何とも情けない声を聴きながらキラは苦笑しつつビームライフルを向ける。
もはや茶番と何も変わらない戦場であるが、記録としてこの戦いも必要なのだ。
真なる敵と戦う為には。
そう割り切って、キラは何故か撃たれる度に喜びの声を上げる部隊と戦い続けるのだった。