月面都市コペルニクス。
中立都市と知られているこの場所には、現在争いらしい争いは起きておらず、地上で起きている戦争もどこか遠い場所の光景だ。
そして、そんな中立都市にある一つのビルで、金髪の嫌味な笑みを浮かべた男は壮年の厳しい顔をした軍人の男と共に、一人の少女を迎え入れていた。
「まさか、君が直接ここに来るとは思ってなかったね。キラ」
「でも、僕が直接来なかったら、話し合いには応じて下さらなかったでしょう?」
「当然だろう? トップが現場に向かうのは、ビジネス界も戦場も同じさ。それで? 君はどんな交渉材料を持って来たのかな」
「セナの命」
「……」
キラが穏やかな笑みを引っ込め、無表情のまま呟いた言葉に金髪の男は一瞬言葉を失って、飲み込んだ。
だが、歴戦のビジネスマンである彼は、その程度の言葉では揺らがず、再び笑みを浮かべたまま口を開く。
「脅しにもならない脅しは意味がないよ。キラ。僕が君の側に付かなければセナを殺すと? 出来もしない事を言うモンじゃない」
「違いますよ。アズラエルさん」
「うん?」
「僕が殺すんじゃありません。セナが勝った場合。あの子は死ぬと、そう言っているんです」
「……意味が、分かりませんねぇ。デスティニープランは確かに欠陥だらけのシステムではありますが、それでも誰かの命を奪う様なモノでは無い筈」
「えぇ。デスティニープラン自体はそうです」
「なら……何がセナの命を奪うというのですか?」
自信に満ちたキラの姿に、アズラエルは強い違和感を覚えてキラに真実をと問いかけた。
そして、キラはその声に応え……彼女が知る真実を語る。
「デスティニープランは確かにアズラエルさんのいう様に欠陥だらけのシステムです。ですが、その欠陥をセナは補う事が出来る。コーディネーターとナチュラルの差も考慮し、さらには個人の自由すら受け入れて、完全なるシステムをセナは構築するでしょう」
「……えぇ。そこまで僕も同じ結論に至っています」
「ですが、それはセナが存在している間だけの話。セナが居なくなればシステムは崩壊し、世界は再び光を失って暴走を始める」
「だが、そうなる前に準備が出来る。未来が分かっているのならば、その対策が出来る。そうでしょう?」
「えぇ。『僕たち』は確かにそう考えるでしょう」
「僕たちは?」
「セナは完璧を求めます。セナが居る状態で安定するのなら、それを永遠の物とすれば良いと考える」
「……しかし、人は永遠に生きられないでしょう。それは理想だけの話だ」
「そう。理想です。だからこそ、セナはホープを求めたんです。存在するだけで永遠に意識を留め、現実に干渉し続けられるサイコフレームという希望を」
「だと、しても……それはもっと先でも良い筈だ」
「でも、デスティニープランを許せないと反対する人がセナとホープを引き離すかもしれない。ホープの無い場所でセナを殺すかもしれない。ならば……」
「デスティニープランが、完成した瞬間に……自ら命を絶つ事で、システムは……完成する?」
「セナならそう考える可能性が高い」
「バカな! そんなことにどんな意味があるというんだ!」
「世界が平和になるんですよ。アズラエルさん」
「平和!? そんな終わりの、何が平和だ!」
「でも、もう争いは起きない。世界の不安も消える。永遠に自分達を見守る『母』の様な存在が生まれるのだから」
キラの言葉に、激昂したアズラエルがソファーから立ち上がるが、力を失って再びソファーの上に落ちた。
そして、ギラっと輝きを秘めた瞳でキラを見据える。
「そうなる可能性は?」
「前大戦のセナを知っているのなら、分かるでしょう?」
「……まぁ、そうですね。あの子は。そういう子ですか」
アズラエルは苦虫を嚙み潰したような顔をして、キラの話に頷いた。
これでは前提がひっくり返ってしまう。
世界から無駄な争いを消し、デスティニープランが為される直前にデュランダルを殺し、コーディネーターからセナを奪還して、アズラエルたちがデスティニープランを管理する事で自分たちに都合の良い平和を作ろうとしたが。
そもそもデスティニープラン自体が罠であったのだ。
しかも罠を仕掛けていたのは、アズラエルの動きもデュランダルの動きも、ジブリールの動きも把握していたセナである。
「まったく、してやられましたね。純粋無垢な顔をして……とんだタヌキだ」
「セナは昔からそうですよ。あの子は嘘を吐くのが上手いんです」
「どうやらその様だ。しかし、そうであるならば、僕の考えは正しかったという事になる」
「どういう意味ですか?」
突如として、クックックと笑いながら妙な事を言い始めたアズラエルにキラは疑問を返すが、そんなキラに言葉を返す事なくアズラエルは自身のすぐ後ろに立っていたサザーランドへと視線を向けた。
「では、彼女らを呼んでまいります」
「あぁ。そうしてくれ」
「彼女ら?」
疑問を口にするキラに、アズラエルは笑みを深めながら一つの隠し事をキラに打ち明ける事とした。
「実はね。僕もセナの動きには疑問があったんだよ」
「そうなんですか?」
「あぁ。違和感というのかな。答えには今日ようやくたどり着いたワケなんだけど。何かがあるという予感があってね。その為に準備はしておいたんだ。これでも用心深い性格でね」
「はぁ……?」
アズラエルが何を言いたいのかよく分からないとキラは首を傾げるが、アズラエルは特に気にせず言葉を続ける。
「そう言えば、対ロゴス同盟軍、だったか? 連中が次にオーブを狙う様だね。君はどうするんだい?」
「僕も当然オーブへ戻りますよ」
「しかし、ここからでは間に合わないだろう」
「それは問題ありません。僕の機体にはヴォワチュール・リュミエールが搭載されていますから。サテライトシステムのエネルギー照射を受けて、短時間で地球へ……」
「だが、それでは搭乗者への負担が大きい。あまり現実的ではないね」
「それはそうかもしれないですけど」
「そう。だから……行くのなら戦艦が良いだろう。同じヴォワチュール・リュミエールを搭載した戦艦がね」
「いや、それは確かに戦艦の方が良いですけど。そんな都合よく艦も人員も居ないでしょう」
「いやはや。偶然というのは凄いものだねぇ」
肩を竦めながらアズラエルは人を馬鹿にした様な笑みを浮かべ、その顔と言葉にイラっとしたキラであったが、口を開く前にサザーランドが入室の許可をアズラエルに求めた為、口を閉じた。
そして、サザーランドと共に入って来た人に、キラは目を見開き口をあんぐりと開ける。
「ハァ。今度は何ですか? コーディネーターだけを自動追尾して撃つビーム砲とか、そういう無茶は……って、キラちゃん!?」
「マリューさん!!?」
「キラちゃん! 生きていたのね!!」
サザーランドと共に部屋に入って来たマリュー・ラミアスは酷く疲れた様な顔をしていたが、キラの姿を視界に捕らえた事で勢いよく駆け出しキラを抱きしめる。
そして、キラもまたマリューを抱きしめながら感動の涙を流した。
「アズラエルさん……! これは」
「エンジェルダウン作戦。でしたか。僕はあの作戦に疑問があってね。あらかじめ救助部隊を出しておいたんですよ。そして、コーディネーター共の目から隠すために、ここに置いておいた」
「……! アズラエルさん……! なんてお礼を言ったら良いか」
「ふむ。ではこれは貸しにしておきましょう」
「はい!」
「ちょ!? キラちゃん! 駄目よ! こんな何考えているか分からない男に貸しなんて作っちゃあ」
「助けられた身で少々不敬では無いか? マリュー・ラミアス」
「よく言うわよ。今日まで馬車馬のように働かせておいて」
「さて。何のことやら」
マリューが放った言葉に、アズラエルは誤魔化す様に紅茶を飲みながら、顔を逸らす。
だが、そんなやり取りを見ていても、キラは変わらずアズラエルに礼をするのだった。
「この御恩は必ずお返しします」
「キラちゃん!」
「マリューさん……。でも、僕、マリューさん達が生きていたのが、本当に嬉しくて」
「キラちゃん……!」
「さて。そろそろ鬱陶しくなってきましたね。時間も無いのでしょう? さっさとオーブへ行きなさい」
「はい! あ……でも、アークエンジェルはもう」
「それに関しては問題ありませんよ。艦はガーティ・ルーを使えば良いでしょう。装備も色々と増やしてましたしね。サザーランド少将。後はお願いします」
「承知いたしました。では、マリュー・ラミアス。こちらから指示を出しておきますので、急ぎ準備を」
「ハッ! 行きましょう! キラちゃん!」
そして、マリューはサザーランドの命令に敬礼を返し、そのままキラの手を引いて部屋から出て行った。
残されたアズラエルはようやく静かになったと愚痴をこぼしながら紅茶を飲む。
「しかし、あの連中を助けておいて良かったですな。キラ様があれほどお喜びになるとは」
「あの子は手駒にも甘いからね。まぁ、予測出来た事さ」
「左様ですな」
それから。
部屋を飛び出したマリューは急ぎ、元アークエンジェルクルーを呼び、ガーティ・ルーへと人を集める。
「月を出るのに、どれくらい時間がかかりそうですか?」
「それなんだけど。実は搬入から何から全部終わってて。後一時間もあれば出られるわ」
「えぇ!? そんなに早く!?」
「そうねぇ。だから、キラちゃんの機体も早く持ってきてくれると助かるかも」
「分かりました! じゃあすぐに持ってきますね!」
キラはマリューに別れを告げて、急ぎ自分の機体へと向かった。
そんなキラを見送りながらマリューも時間が無いと急ぎガーティ・ルーへと向かう。
そして、ガーティ・ルーへのブリッジへと到着したマリューはイアンを見つけ、声を掛けようとしたのだが。
「おや。艦長殿。遅かったですな」
「は……い?」
「こちらの準備はほぼ完了しております。いつでも出せますよ」
「いや。艦長はイアンさんですよね?」
「いえ? 自分は副長ですが」
「……まさか!」
「まさか。ではありませんよ。艦長。はやく自席へ」
「ちょっ! ナタル! ナタルは……」
「私は作戦指揮の任がありますので」
「それは、確かに重要だわ」
「ですので、艦長にはラミアス艦長が相応しい物かと」
「いや、でも……! やっぱりガーティ・ルーの艦長は、イアンさんが最適よね!?」
「確かに。ですが、上はラミアス艦長を艦長に。との事でしたし。自分はキラ様と共に戦った経験がありませんので、自分もラミアス艦長が艦長に相応しいと思っていますよ」
「ぐ、ぐぐ……!」
イアンの物言いに、マリューはどうしてこんな事に! と思いながら悔しさを噛みしめるが、そんな自分をさらに追い込む様にパイロットとして乗艦した三人がブリッジにやってきた。
「もう出るんですか? 艦長」
「キラは」
「行き先はオーブで良いんだな? 艦長」
艦長。艦長。艦長。
アスランも、オルフェも、ネオも揃いも揃って何の疑いもなくマリューを艦長だと思い込んでいる。
その状況に、マリューは言いたいことを胸の内に沢山抱え込んだが、何も吐き出さずただため息だけを吐いた。
そして。
「フリーダム。着艦しました! 艦長!」
「ハァー。了解しました! ではガーティ・ルー! 出航準備!」
「了解! ガーティ・ルー出航準備! よし!」
「ガーティ・ルー!! 発進!」
マリューはイヤイヤ艦長席に座りながら、最初の指示を出すのだった。