全てが完璧であった。つい一瞬前までは。
デュランダルは目の前で行われた裏切りに、目を見開きながら言葉を無くしていた。
シンがオーブの出身である事は分かっていた。そして、キラを強く慕っている事も。
だから、彼がデュランダルを切り、オーブに付く可能性はいくらでもあった。
それは確かだ。
だが、だとしても……シンはキラと同じくらいセナを想っていた筈で……キラが現実として居なくなってからはセナを中心に動くと思っていた。
思い込んでいた。
だが、現実にはオーブの味方となりZAFTに銃口を向けているデスティニーがいる。
「まさか……裏切り?」
「いや、しかし、彼はZAFTのトップエースで」
「議長……! これは!」
「デスティニーとシン・アスカがオーブの味方をするなど」
口々に、己だけでは処理できない感情を喚き散らす者達を見ながら、デュランダルは無能どもめと吐き捨てたくなるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
もし、この裏切りが彼女に知られてしまえば……。
「彼の件は後だ。まずはミネルバを後退して」
『こちらセナです。ホープを出撃させます。許可を』
「なっ!?」
デュランダルは急ぎミネルバを戦場から遠ざけて、彼女に知られない様にと動こうとしたのだが、既に遅い。
いつの間にやら機体に乗り込んだセナがモニター越しにデュランダルを見ていたからだ。
いつも変わらない微笑みはデュランダルの心を見透かしている様でもあった。
虹色に輝く虹彩が、デュランダルを貫いている。
「せ、セナ様!」
「いや、セナ様を戦場に出すなど……! 今はデスティニーが敵対している状況で!」
『であればこそです。このまま戦いを続ければ、双方被害が甚大なものになります。私が争いを止めます』
「セナ様の、あの力か」
「確かにあの力なら……!」
「議長。ここはセナ様にお願いをするというのも一つの手かと」
デュランダルは本気で、そう提案してきた者の胸倉を掴み叫びそうになった。
が、それは出来ない。
まだ議長の地位に居なくてはいけないのだ。
大切な物を……守る為には。
そして、デュランダルは胃が握りつぶされてしまいそうな吐き気の中、いつもの様に平静を保って、口を開く。
カラカラに乾いた喉は水分を欲していたが、今必要なのは自分の事ではない。
心配そうに、振り返っている愛した女性を護る。
ただ、その一点のみが、デュランダルにとって大切な物であった。
「あぁ。そうだね。では、お願いできるかな? セナ」
『えぇ。お任せください』
「議長! しかし……!」
「タリア! セナの護衛にレジェンドとインパルスを出撃させてくれ」
「っ!」
「頼む」
「……わかりました。アビー!」
「は、はい! レジェンド。インパルス発進準備!」
デュランダルは血が零れ落ちる程に強く手を握りしめて、平静さを保ち続ける。
オーブを攻めるという作戦は早計だったか。いや、しかしそのタイミングで無ければ。
と、グルグルまとまらない思考を巡らせながら。
デュランダルがミネルバのブリッジで一人、思考を巡らせている頃。
セナはホープで出撃準備をしながら、独り言を呟いていた。
「セナを裏切るとは……やってくれたな。シン・アスカ」
瞳にがギラギラと殺意が混じり、表情も先ほどの穏やかな気配はどこにもない。
だが、そんな表情も、どこからかホープの中で響く声により変わる。
『クリスタさん。シン君にはシン君の望む物があったのだと思います』
「っ! 分かっている。大丈夫だ。私に任せろ。まだヘブンズベース戦の影響が残っているんだろう? ちゃんと寝てないと駄目じゃないか」
『分かっています。でも……心配だったので』
「私ならば心配は要らない。これでもモビルスーツの操縦は得意なんだ。シャア程では無いがな」
『……シン君を傷つけては駄目ですよ』
「……それは」
『デスティニープランは全ての人に望まれる物ではありません。だからこそ、望まぬ人が生きられる世界も必要な筈です』
「まぁ、デスティニープランは……そうかもしれないな」
『……』
「だが、奴は『セナ』を裏切った。それは万死に値する」
ギリッと怒りを滲ませながら強く噛みしめ歯を鳴らす。
その様子に、ホープの中に響く声は、どこか寂し気な音を漏らした。
『私は、皆さんが幸せに荒れる世界を望んでいるんです』
「あぁ。無論分かっている。だからこそ。セナの幸せに恭順出来ない奴は、殺すべきだ」
『クリスタさん……!』
「心配しなくてもチャンスはやる。私は傲慢な支配者では無いからな。チャンスは誰にも平等にあるべき。そうだろう?」
『それはそうですが……』
「なら、何も心配は要らない。お前は寝ていろ。セナ」
『クリスタさ……』
クリスタは、目を閉じてからフゥーと深く息を吐いた。
そして、セナが眠っている自身の胸に手を当てて、ゆっくりと目を開く。
「……シン・アスカ」
その瞳に殺意を漲らせて。静かに名を呟く。
彼女にとっての敵の名を。
『こちらアビーです! セナさん。聞こえますか?』
「はい。聞こえます」
『ホープ発進準備整いましたので、発進をお願いします』
「分かりました。では、セナ・ユラ・アスハ! ホープ。発進します!」
そして、勢いよくカタパルトを飛び出したセナは、後ろから護衛として出撃したレジェンドとインパルスを完全二無視しして、戦場で暴れているデスティニーを目指す。
順調に進められていたオーブへの攻撃もデスティニーが寝返った事で滞っていた。
全ては……シンガセナを裏切ったから。
クリスタは強い怒りを感じながら操縦桿を握りしめ、驚異的な速さでデスティニーへと迫り、右手に持ったビームサーベルをデスティニーに振り下ろした。
『っ!? ホープ! セナか!』
「一つだけ聞いてやろう! シン・アスカ! 何故、セナを裏切った!!」
『この、喋り方……! やっぱりお前は、セナじゃないんだな!?』
「ほぅ……よく気づいたな」
『ステラが! 教えてくれたんだ!』
ホープのビームサーベルをビームシールドで受け止めていたシンはホープを弾き飛ばしながら叫ぶ。
「ステラ……? あの小娘は死んだはずだ」
『そうさ。だから、一緒に居る! 今も!』
「一緒に……?」
クリスタはシンの物言いに疑問を感じ、デスティニーの中をサイコフレームごしに見た。
そして、強く燃える魂と重なるように、小さく輝く様な……星明りの様な光を見つけた。
「なるほど! 死してなお、シン・アスカと共にある道を選んだか! ステラ・ルーシェ。面白い女だ! だが、惜しいな!」
『くっ!』
ホープは再びデスティニーに急接近すると、右手のビームサーベルを振り下ろし、デスティニーに受け止めさせてから左足でデスティニーを蹴りつけた!
『うわぁっ!』
「貴様が愛した男は! ここで死ぬ!!」
『くっ!』
「何も出来ず! 何も為せず! ただ、死んでゆくだけだ!!」
そして、ホープはビームライフルを構えてデスティニーへと放ち、まるで動きが見えているとでもいう様に光の翼で高速移動しているデスティニーへと正確にビームを着弾させるのだった。
自機へ迫るビームを全てシールドで防ぐ事は出来ているが、うまく反撃が出来ずシンは追い詰められていた。
『くそっ! 体がセナのモノじゃ! 反撃しようにも!』
「殺す覚悟もなく戦場に立つとはな! これで! 終わりだ!!」
そしてホープは動きが止まったデスティニーにビームサーベルを構えながら突撃した……のだが。
『セナ様! お気を付けください! 上空から何かが!!』
「何!?」
緊急通信がホープの中で響き、セナはハッとなって上空を見た。
その瞬間に、何かが勢いよく海面に向かって飛びこみ、周囲に海水を巻き上げながら戦場の時を止める。
「何が落ちた……? 隕石か? いや、あれは戦艦……?」
『いやー。危機一髪って感じかな。便利なモンだね。GNフィールドって奴はさ』
「っ! その声は!」
『僕の弟を随分とイジメてくれたみたいじゃないか。セナ……いや。クリスタ』
「キラ!?」
『キラさん!?』
巻き上げられた海水が雨の様に落ちている中、蒼と白で染められた機体は、両手にビームサーベルを持ちながら、デスティニーの前に立ち、ホープを見据える。
シンとセナ……そしてクリスタにとって、絶対に無視できない存在を乗せながら。
『さ。お仕置きの時間だよ。クリスタ』
「キラ……!? しかし、キラは、月に居る筈じゃあ!」
『違うでしょ?』
「っ!」
『僕の事はちゃんと! キラお姉ちゃんって!! 言わないと! 駄目でしょ!!』
キラは雨の様に降り注いでいる海水の中を、真っすぐにホープへ向けて加速し、そのままぶつかった・
そして、二機はそのまま戦闘を始める。
そんな二機を呆然と見ていたシンは、鳴り響くアラートに視線を新たに接近してくる機体へと向けた。
デスティニーと同じタイミングにロールアウトしたレジェンドと、長くシンと共に戦っていたインパルスを。
そして、二機に乗っている親友であるレイ・ザ・バレルとルナマリア・ホークを。
『シン!』
『シン!!』
二人は真っすぐな想いをシンに向けながら叫んでいた。
その想いを受け、シンもまた自らの運命に立ち向かうべく彼らに向き直る。
「レイ。ルナ」
『どういう事よ! シン! 裏切るなんて! 何考えてるのよ!』
「悪いな。ルナ。でももう決めた事なんだ」
『……セナの計画を知ったのか。シン』
「あぁ」
『それで、その上で! お前は……! 俺達を裏切るというのか!』
「そうだ」
『セナちゃんの計画? なに? 何の話をしてるの!?』
「悪い。ルナ。そっちの話は後にしてくれ。まずは……こっちが先だから」
『シン。忘れたのか。キラさんが、セナが殺された日の事を!』
「よく、覚えているさ。忘れた日なんて、一日だってない」
『だったら!』
「だが、それでも……! こんなのは違う。俺が求めた物じゃないって俺は思うから」
『……!』
「あの日。俺は誓ったんだ。世界を平和にしてみせるって。もう二度と、大切な人を誰も失わない。悲しませないって。そう誓ったんだ。でもそれは!! それは、誰かにポンと与えられるモノじゃない! 俺たちの手で! 掴み取らなきゃいけないモノなんだ!!」
『……シン』
「俺は、そう信じていた。だから、レイ。いつかお前と、そんな未来を歩む事を夢に見ていた。でも……」
シンは静かにデスティニーを動かして、ビームライフルを構える。
「もし、その道を阻むというのなら、俺は撃つ……例え、相手が親友であっても……! レイ・ザ・バレル!」
『……シン』
「さぁ。銃を抜け! 出来ないのなら、戦場に、近づくな!」
そして、シンの荒々しい言葉に、レイはレジェンドのビームライフルをデスティニーに向けた。
『シン!!』
「行くぞ!! レイ!!」
シンは強く前を見据えながらデスティニーを加速させ、レジェンドへと向かうのだった。