オーブでの戦闘が始まった頃。
オーブの近海まで来ていたイザーク達は艦隊に阻まれ、オーブに近づく事が出来ずにいた。
「くそっ! どうにかならんのか!?」
「無理ですよ。近づけば撃沈されます」
「なら、いっそ味方のフリするとか?」
「そうしたら今度はオーブの艦隊に沈められますよ」
「そりゃそうか」
「笑っている場合か! ディアッカ! このままではオーブが焼かれてしまうのだぞ!?」
激昂するイザークに、ディアッカと二コルは何とも困った。という様な顔で肩を竦める。
怒る気持ちも焦る気持ちも分かるが、どうにも出来ない状況なのは確かだ。
だが、幸運というのは確かにあるモノなのだろう。
彼らにとっての幸運が戦場で発生した。
「これは……!」
「ん? どうした?」
「どうやらデスティニーが離反した様です!」
「はぁー!? デスティニーが離反!!?」
「何がどうなって、そうなるんだ!」
「分かりません。ですが、ZAFTはだいぶ混乱している様です」
「チャンスですね!」
「二コルっ!?」
「何がどうなっているか。それは分かりませんが、今なら混乱に乗じてオーブへと向かえます!」
「確かにな」
「よしっ! アカツキ島へと向かえ! あそこなら手薄な筈だ」
「了解!!」
そして、コッソリと戦場の中を通過し、アカツキ島へと到着したイザークたちは急ぎ自分の機体へと向かっていたのだが。
イザーク達と行動を共にしていた男は、偶然……では無いだろうが空から降りて来た赤い機体に目を奪われていた。
それは、正義の象徴。
そして、キラと並び立つ者の証であったから。
「どうやらちょうど良かった様ですわね」
「っ! ラクス嬢か」
「えぇ。その通りですわ。はじめまして。の方がよろしいですか? 貴方とは」
新しいジャスティスと共に舞い降りた少女に、自機へ急いでいたイザーク達も足を止めるが、ラクスは気にしないでとイザーク達をそのまま見送る。
そして、広い格納庫の中でジッとラクスを見つめている藍色の髪の青年を見やった。
「さて。アスラン・ザラ……と名乗っている御方」
「っ」
「正直な所。
「ならば、俺に何の用だ」
「理由を欲しているのではないかと思いまして」
ラクスがスッと射抜くような視線を向けた事で、アスランは警戒を強める様に身構えた。
だが、ラクスはそんなアスランの事は気にせず言葉を続ける。
「もし、アナタがキラの隣に立つ権利を欲しているという事であれば、誰よりもアスラン・ザラであろうとするのなら、この機体を差し上げますわ」
「……良いのか?」
「えぇ。貴方はキラの敵とはならないでしょうし。
「……インフィニットジャスティス」
「ですが、まぁアナタに乗る事が出来るのならば……という話ですが」
「どういう意味だ」
クスリと笑うラクスにアスランは眉間に皺を寄せたままラクスを睨みつける。
だが、ラクスは少しも怯まぬままアスランに言葉を向けた。
「そのままの意味ですわ。この機体は『アスラン』の希望で、少々扱いづらい状態となっているのです」
「アイツが出来て、俺に出来ない理由は無い!」
「そうですか。では本当にアナタがこの『正義』を背負えるのか、見届けさせていただきます」
アスランの返答に、ラクスはスッと目を細めてアスランを見つめた。
その瞳の冷たさは、彼女が慈愛の女神なんて言われているとは思えない程である。
だから、か。アスランは無意識の中でゴクリと唾と共に緊張を飲み込んだ。
そんなアスランを見て、ラクスはクスリと笑う。
「恐ろしいですか? 本物は」
「な……何が!」
「
「……!」
「よくもあの妄執に満ちた正義の中で己の信念を貫きとおす事が出来たモノだと。正直に言えば、本当に人間なのかと彼の精神を疑いましたわね」
「それは」
「ですが、それほどの人間だからこそ。キラもカガリさんも彼を信頼するのです。自らの正義を定めた時、何にも揺らがず真っすぐに進む彼を」
「……」
「アナタに彼と同じだけの覚悟がありますか? 『アスラン・ザラ』」
アスランは、初めて。
真っすぐに見つめられながら名を呼ばれ、アスランはその名の重さを知った様な気がした。
イザークやディアッカ、二コルに言われた言葉も頭の中に蘇る。
だが、それでも。
それでも……アスランの胸には一つの輝きがあるのだ。
名も役目も与えられた物であるが、アスランに刻みつけられた記憶から、彼女への想いを見つけたのは己だ。
キラを想い続ける事だけがアスランがアスランであった証。
故に、ここで逃げるという選択は無かった。
「それでも俺は……キラの隣に立つ事を望んでいる」
「そうですか。では、アナタの覚悟。見せていただきますわ」
ラクスはアスランの答えに何かを見出したのかふわりと笑い、今は灰色となっている機体を見上げた。
そして、アスランもまた、正義の体現者たる機体を見上げ、グッと拳を強く握りしめる。
ラクスとアスランの問答も終わりをつげ、アスランは既に戦いが始まっている戦場へと向かうべくインフィニットジャスティスへと乗り込んでいた。
すぐに動かせるようにと機体を弄るが、ラクスがここまで操縦してきた事もあり、特にいじう場所もない。
後は、アスランが覚悟を決めて、飛び出すだけだ。
『準備はよろしいですか?』
「……あぁ」
『X19A インフィニットジャスティス! 発進。どうぞ!』
「アスラン・ザラ。ジャスティス! 出る!!」
だからこそ、アスランはラクスの言葉に小さく息を吐いて……心を強く決めた。
もしかしたらまだ遠いかもしれない。
だが、それでも諦めてしまえば永遠に届かなくなってしまうから。
キラの傍にいる為に、アスランは重苦しい名を背負いながら大空へと飛び出した。
しかし、戦場へと向かい、ビームライフルを撃とうが、ビームサーベルを振るおうが、機体はアスランの意志に従って素直に動くばかりで、ラクスが言っていた様な恐ろしい何かは起きない。
もしや脅しだったのだろうか? とアスランが考えていた頃。
それは起こった。
全ての始まりは、オーブ全軍に通信が入り、上空から一つの戦艦が海に突っ込んだ事だった。
『キラ様が帰還される! 全軍! 退避! 前に出すぎるな! 津波に巻き込まれるぞ!』
『防波堤展開!』
「津波……? 何が来るというんだ……?」
アスランが疑問に思いながら空を見上げると、そこにはキラキラと輝く粒子を放ちながら海へ向けて真っすぐに落ちてゆく一つの戦艦があり。
その戦艦が海にぶつかる様な勢いで落ちた瞬間、その衝撃で海水を巻き上げながら世界を水で染め上げた。
そんな中で、アスランは確かに戦艦と共に降りて来た一機のモビルスーツを見つけた。
蒼と白の鮮やかな機体。
見た目は大きく変わっているが、それは間違いなくフリーダム。キラの機体であった。
それを見つけ、すぐにでもキラの傍へ行き、キラを護ろう!
そう考えて行動しようとした瞬間。何かがアスランに圧し掛かった。
『キラ・ユラ・アスハ! 彼女こそコーディネーターの光だ! ナチュラル共から守らねばならん!』
『キラ様は地球の英雄である。コーディネーター共は彼女を利用しようと企む者達だ、彼女の自由を守れ!』
「なんっ! だっ!?」
それは憎悪か、妄執か。
まとわりつく様な悪意が声となってアスランの中に響き渡る。
「これは……誰かの声……?」
『もはやコーディネーターは、進化した一つの種だ。ナチュラル共に従う理由などどこにもない!』
『コーディネーターは、自然に生まれたものでは無い。作られたモノだ。だというのにそれを驕り傲慢に振舞うとは!』
今、アスランに襲い掛かっているのは、世界に満ちた誰かの『正義』だ。
インフィニットジャスティスに搭載された、オリジナルに最も近いサイコフレームが、戦場に満ちた人の意志。それらが繋げる誰かの強い言葉を機体に、搭乗者に強く伝えているのだ。
そして、その声は少しずつではあるが搭乗者の精神を削っている。
かつて、ジャスティスに乗ったキラの様に。
今インフィニットジャスティスに乗っているアスランの様に。
何のフィルターもなく、ダイレクトに誰かの意志を押し付けられ、アスランは激しい痛みを感じて頭を押さえた。
しかし、『アスラン』はこの様な機体にも平然と乗っていたという話から、意志を強く持ち前を見る。
だが、それでも声は消えず、精神は揺れ、嫌な汗が全身に噴き出していた。
そう。全てはサイコフレームが起こしている事象だ。
ホープの開発から始まり、長くサイコフレームを研究してきた者達は、この金属がよりオリジナルに近い程機体の性能が向上し。
多く搭載出来ればその分だけ、少ない機体よりも機体が強化される事を知った。
だが、その一方で、サイコフレームの純度を上げる行為や、より多く搭載する行為が、搭乗者の命を縮める事も分かったのだ。
だからこそ、新世代のモビルスーツであるデスティニーやレジェンドには最も良いとされるモノのみが搭載され、キラが駆るストライクフリーダムもまたデスティニーやレジェンドに比べれば多いが、命に影響が無い範囲に収められている。
だが、インフィニットジャスティスは違う。
前大戦の、まだ知識が浅かった頃に作られたジャスティスと同等の純度と量が積まれ、長く搭乗していれば精神に異常をきたす可能性がある状態となっているのだ。
まともな精神ではない。
しかし、これを望んだのは他ならぬ『アスラン』であった。
カガリを、キラを、セナを。
全てを護って、立ちふさがる全ての壁を破壊する為に、彼がこれを望んだのだ。
だからこそ、ラクスはその精神に畏怖した。
そして、アスラン・ザラを名乗る男もまた……『アスラン』という男に恐怖した。
だが、彼はおぞましい声による吐き気を必死に抑えて、ビームサーベルを握る。
負けたくは無かった。
意地か、愛情か。
その感情の根をアスランはまだ知らないが、それでも、彼は狂気に満ちた『正義』の中で、『アスラン・ザラ』には負けないと。
俺こそが『アスラン・ザラ』であると、叫びながら戦場を飛び回るのだ。
赤き鬼神と呼ばれ、恐れられる程に。
対ロゴス同盟軍との戦闘が終わるまで、彼はただ、戦いの中に意識の全ておいて、ただ戦場を飛び続けた。