クリスタに手を掴まれたまま、キラはフゥーと小さく息を吐いた。
そして、そっとクリスタの手を外す。
その行動にクリスタは悲しそうに目を伏せてしまった。
だが、キラは悲しむクリスタの前でしゃがみ込んで、そっとクリスタに目を合わせた。
「クリスタ。君が望むのなら、僕はいつでも、どんな時でも君の傍に行く」
「ぁ」
「でもね。それはセナの企みを潰してからだ。そしてうんと怒ってから。こんなに可愛い子に心配させて、何を考えてるんだってお説教してから」
「……キラ」
「だからさ。必ず迎えに行くよ。心配しないで」
「……うん」
その言葉に小さくコクンと頷いたクリスタをキラはそっと抱きしめて、安心させる様に頬に口づけを落とした。
そして、まずは議長と話してくるからね、と言葉を残し、部屋を出ていく。
それから。
キラが中々ブリッジに現れない事で、迎えに来たアーサーと合流し、キラは久しぶりにミネルバのブリッジへと足を踏み入れた。
「随分と遅い到着ね。キラ」
「いやぁ。久しぶりの艦内で迷っちゃいまして」
「案内に人を送ったつもりだけど?」
「そうでしたか? 行き違いかもしれないですね」
「ハァ……もういいわ。議長。キラ・ユラ・アスハが到着しました」
「あぁ。分かった」
タリアとの気楽な会話を終わらせてから、キラはブリッジの後方に居た男へと視線を向ける。
議長と共に居る黒服の高官たちは、皆キラが現れた事で、しどろもどろになりながらペコペコと頭を下げていた。
「さて。議長。お話合いに来ましたよ。オーブの代表首長。カガリ・ユラ・アスハの妹、キラ・ユラ・アスハがね」
「あぁ。すまないね。わざわざ」
「大した話ではありませんよ。プラントから、わざわざオーブを攻めに来た人程では無いですから」
「……そう言われると困ってしまうな。我々も別にオーブを攻めたかったワケじゃないんだ。ロード・ジブリールという危険な人物がオーブへ逃げ込んだという話があってね。それで来ただけさ」
「であるならば、まずは話し合い、協力を申し入れるのが筋では? いきなり攻撃だなんて、正気とは思えませんよ?」
「こちらも時間が無くてね。しかも代表が国にいらっしゃらない様だったし。仕方なくの開戦だったのだ」
「意気揚々と攻撃されて。とてもイヤイヤという風には見えませんでしたけどね」
「悪意を持って物事を見れば悪に見える。世の中とはそういう物なのだろうね」
デュランダルの言葉に、キラは笑顔のまま内心で舌打ちをした。
のらりくらりと上手くかわされている。
タヌキとはよく言った者だと。
こういう時、カガリが居ればと思うが、敵地にカガリを連れて来るワケにもいかず、こうしてキラが来ている。
ならばキラが何とかするしか無いだろう。
だから必死に無い知恵を絞ったのだが、結局良いアイデアが浮かばず、うーんと悩んでしまった。
「あの……キラ様?」
「はい? どうしました?」
「あ、いえ……何をされているのかなと思いまして」
「今、デュランダル議長を言い負かす為の言葉を考えています!」
「そ、そうですか。それは……その、頑張ってください」
「はい! 応援ありがとうございます! 頑張ります!」
むん! と両手を握りながら気合を入れるキラ様は非常に可愛らしい物で。
ブリッジに居た半数以上のモノは、この時点でキラ様の勝ちだな。と意味不明な事を考えていた。
だが、当然の様にそんなアホの理屈に乗る訳がないデュランダルはため息と共に話を先へ進める事にした。
彼は別にキラと舌戦する事を望んでいるワケではないのだ。
人気で遥かに劣るデュランダルがどれだけ正論を振りかざそうが、最終的にキラが正しいと世論は判断する。キラにその意志が無くとも、だ。
だから、この応酬には意味がない。
「今回の戦闘に関しては、我が方に責任がある。被害の補償はしよう。謝罪もする」
「え? あ、はい……」
「だが、例えこの侵攻が間違いであったとしても、ロード・ジブリールは捕まえなくてはいけない人物だ。それはキラ姫もよく分かっているだろう?」
「えぇ。それに関しては。理解しています」
「であれば、オーブにも協力を願いたいものだ。元より、協力要請は全世界に出している訳だしね」
「この状況でそれを言いますか?」
「あぁ。私は平和にたどり着く為ならどの様な手段をも厭わない。責任を取れというのなら、全てが終わってから議長の座を去ろうじゃないか」
「別に。デュランダル議長が議長である事に不満は無いですよ。僕の不満は別の所ですから」
キラがポツリと零した言葉に、デュランダルはスッと目を細めて、少しだけ喋る声のトーンを変えた。
それは無意識的な物であった為、気づく者は一人もいない。
「キラ。君は運命を信じているかい?」
「いいえ。全然」
「……」
「自分の人生を決めるのは自分ですよ。他の誰でも無い。自分だけが自分の人生を決められるんです」
「いや……それは違う」
デュランダルの言葉にキラはひとまず言葉を飲み込んだ。
「運命を決めるのは世界だ。親、友人、同僚。そして、国や世界。それらがその人間の世界を定める。それは、どの様な者であっても例外は無い」
「なら、どうだっていうんですか?」
「ならば、全ての人間が幸福になれる選択肢も、その中にあると思わないか?」
「まぁ、ゼロでは無いでしょうね」
「ならば、世界を平和とする選択肢を選ぶべきじゃないか?」
「そうは思いません」
「……何故かな」
「その選択には未来の自由が無いからです。幸福だけが与えられた世界に、喜びは無い。人は悲しみがあるから喜びを大切だと思える。命が失われるから、隣に居る人を大切だと思えるんです。全てが完璧な世界なんて、地獄と何も変わりませんよ」
「そうか……君は、やはり。そうなのだな」
「えぇ。僕はアナタたちの願いを否定します」
ハッキリとデュランダルを真っすぐに見つめながら放ったキラの言葉に、デュランダルはため息を吐いた。
そして、苦笑しながら「まいったね」なんて呟く。
周囲からしてみれば、まるで意味の分からない話をしていた二人が、何らかすれ違いがあったという事しか分からない。
だが、それだけで十分だと二人は会話を終わらせてしまった。
「だが、どちらにしても、もう世界は止まらないよ。彼女の願う通りに進む」
「それでも、僕は止めますよ。世界を」
「そうか……しかし、間に合うかな」
デュランダルがキラを試す様に呟いた言葉が影響したという事は無いだろうが、不意にアビーが耳に付けたインカムを手で押さえながら、タリアへと真っ青な顔を向けた。
そして、今にも泣きだしてしまいそうな声で、呟く。
「か、艦長……! プラントが」
「え? どうしたの?」
「な、謎の兵器により……プラントが攻撃されました」
「な、なんですって!?」
「どういう事だ。状況は!?」
「防衛軍は何をしていた!」
アビーがプラント防衛軍より送られた映像をミネルバの正面モニターへと映し出し、皆が顔面蒼白になりながら、崩壊したプラントを見て、息をのむ。
「や、ヤヌアリウス1から4が、巨大ビームで崩壊。その崩壊に巻き込まれ……っ! ディセンベル7、8が、崩壊しました……!」
「バカな……!」
キラは、モニターに映った光景に唇を噛みしめながら、アビーの元へと急いで向かった。
そして、通信を開いて欲しいと言う。
「アビーちゃん。っていったっけ? ごめん。オーブ行政府に繋いで欲しい」
「え……」
「あー。ちょっとごめん。説明している時間が惜しいんだ。借りるよ」
キラはアビーに一言断ってから、急いで端末を操作し、正面モニターに行政府との通信を映し出した。
『キラ。どういうつもりだ? ミネルバからの通信だと?』
「カガリ! 急いで月艦隊を動かして!」
『は? いや、月艦隊ってお前……』
「月のレクイエムが使われた! プラントが撃たれて、いくつかのプラントが崩壊してる!」
『っ!? なんだと!? バカな! 何の報告も無かったぞ!』
「たぶん、ゲシュマイディッヒパンツァーを搭載したコロニーをミラージュコロイドで隠してたんだ! でも、撃った後なら居場所が特定出来るでしょ!? 急いで!」
『……っ! 分かった! だが、オーブの艦隊だけで月の戦力を蹴散らすのは難しい。お前にもまた宇宙に上がってもらうぞ』
「当然だよ。でも、まずはコロニーを潰して! 二射目を許したら、今度こそプラントは終わりだ」
『あぁ!』
「後、カグヤの準備を」
『それは……いつでも動かせるが?』
「あぁ。違う違う。ミネルバを、カグヤで宇宙に上げる、準備だ」
カガリと高速で行われていた会話に、ブリッジに居た者達は皆、話に付いていく事が出来ず、混乱していたが、最後の言葉にタリアが真っ先に反応した。
「キラ……ミネルバを宇宙へ上げるって……」
「えぇ。言葉の通りですよ。もうオーブとZAFTで戦っている状況じゃ無いでしょ? それに、レクイエムを破壊するのなら、戦力は多い方が良い」
「それはそうだけど」
「それとも。プラントの命運を、僕らだけに任せて、それでただ待っている事が出来ますか? タリア・グラディス」
試す様なキラの視線に、タリアはグッと息を飲んだ。
無論行ける事なら今すぐにでも宇宙へ行きたい。
プラントには愛する息子が居るのだ。
幸い、ウィリアムの居るプラントは攻撃されなかったが、次無事という保証は無いのだ。
だが、ミネルバはタリアの判断だけで動かせる艦ではない。だから……。
「キラ姫。既に貴女から差し伸べられた手であるが、こちらからもお願いしたい。どうか。オーブのマスドライバーを使用させて欲しい。恥を忍んで願う」
「こちらこそお願いします。これ以上、世界に悲しみを広げてはいけない」
キラは前大戦の時と同じ真っすぐな瞳で、デュランダルを見据えた。
しかし、何故だろうか。
キラには、このレクイエムがデュランダルにとっても予想外な事の様に見えていた。
まるで、自分の手にあったものが零れ落ちてしまっているかの様に、手が震えている。
だが、クリスタが知っていたレクイエム発射をデュランダルが知らないワケがなく。
キラは自分の考えを振り払って、オーブへと動き出したミネルバのブリッジで静かに世界を見据えるのだった。