キラと共に入った空き部屋で、クリスタは部屋を暗くしたまま、宇宙に浮かぶプラントを無表情で見ていた。
レクイエムによって崩壊したプラントは、人によっては泣き叫ぶ様な光景であるが、クリスタの表情は一切変わらない。
「あら。この様な所にいらっしゃったのですね? クリスタ様」
「……貴様か」
「あらあらまぁまぁ。駄目ですよ。クリスタ様。ここではセナ様なのですから。セナ様の様に、この悲劇に涙を流して、悲しみを示さねば……! おーよおよおよ」
「貴様……! セナをバカにしているのか? 殺すぞ」
「その様な意図はございませんでしたが、ふふ。ようやく
扉の入り口から光を背にして笑うラクスに、クリスタは舌打ちをしながら顔を逸らす。
しかし、逸らした方向には何もなく、それが反射的な行動だとラクスは理解して、部屋の中に一歩踏み込んだ。
いつも固い防壁で心を護っている少女は、強気な態度で敵意を剥き出しにしながら他者を拒絶している少女は……今、深く傷つき、無防備な状態となっている。
今ならば触れる事が出来るだろうか?
グズグズに依存させて、ラクス無しではいられなくして、弱った心を踏み砕く事が出来るだろうか?
と、ラクスは汚い妄想をしながら後ろ手で扉を閉める。
だが、瞬きの間に、クリスタの様子は変わっていた。
そう、ラクスが彼女を煽る為に例えとして出した……セナらしい表情に。
「ラクスさん。クリスタさんをイジメては駄目ですよ」
「せ、セナ様……! 起きていたんですね」
「えぇ。今起きたばかりですが」
ふわりと微笑む少女に、ラクスは背に冷や汗が流れるのを感じながら、ドクドクと早くなる心臓を気持ちで抑え込んだ。
恐ろしい。
何者をも恐れぬラクスが、この世界で唯一恐れる少女。
誰もが優しい、可愛らしい。平和の象徴だと言う、少女……セナ・ユラ・アスハ。
だが、その本質は、ラクスの理解から最も遠い場所にあった。
一言で言うのであれば、正体不明の怪物。
「……どうやらレクイエムは撃たれてしまった様ですね。私はまた間に合いませんでしたか」
「セナ様の責任ではありませんよ。それに、このレクイエムの意味は分かっているでしょう? クリスタ様が、ギルバート・デュランダルへの警告としてジブリールに撃たせた攻撃で……!」
「えぇ。よく理解しています」
「っ!」
「だからこそ、私は間に合わなかった事が悲しいのです。もっと早く世界を平和にしていれば……この様な手段が取られる事は無かった」
コレだ。
とラクスは目の前にいる理解不能な生き物に、深い恐怖を覚えた。
セナは、人の感情が理解出来ないのだ。
目的を果たす事ばかり躍起になって、自分がどれだけ人に想われているかとか、行動の結果、誰がどういう気持ちになるのかとか。
そういう事を一切考えていない。
しかし、人の感情が理解出来ないワケでは無いのだ。
理解し、その感情に寄り添う事も出来るというのに、必要のない情報だと切り捨てるのだ。
いや、考える必要がない事として考慮に入れていないというのが正しいだろうか。
理解し、共感した上で、何の抵抗もなくそれを置き去りに出来る少女が、ラクスは恐ろしかった。
ラクス自身、自分が邪悪な人間である事は理解しているし、毒婦だと罵られる程度には人格破綻者である事は彼女自身、よく分かっている。
だが、違う。
この少女は決定的に違う。
まるで壊れたオモチャを無理矢理一つの形にした様な歪な存在。
それが、ラクスから見えるセナ・ユラ・アスハという人間だった。
「これからミネルバは宇宙へ向かうのですね」
「えぇ。キラとオーブが協力してくれるそうですわ」
「そうですか。やはりキラお姉ちゃんは優しいですね。ありがたい話です」
「……でも、そんなキラと敵対するのでしょう? 良いんですか?」
「えぇ。必要な事ですから」
「キラはきっと、悲しみますよ」
「はい。前大戦の時もいっぱい泣かれて、怒られてしまいました」
「でも……実行するんですか? デスティニープランを」
「はい。必要な事ですから」
話にならない。
本当に話が通じているのだろうか、とラクスは少し不安になってしまった。
これがクリスタの作り出した出来の良い人形とかであれば、気にもならないが。
クリスタとセナはどちらかと言えば、セナの方が強いのだ。
クリスタはセナに甘えていて、そんなクリスタをセナは優しく受け止めている。
が、クリスタを苦しめているのも、セナであった。
クリスタは世界に対する強い憎しみを持っている。それこそ全て滅んでしまえと願う程度には。
だが、それと同時にセナやキラに深い愛情も持っているのだ。
だから、きっと。
二人がクリスタに、優しい世界で生きていこうと言えば、クリスタは復讐や憎しみなど容易く捨てるだろう。
それがもっとも良い。
世界を平和にする方法だって、デスティニープランなんて煩わしい事をしないでも、ゆっくりと各指導者をまとめ上げて。
カガリ・ユラ・アスハを中心として、オーブを世界の中心として、武力を絡めながら平和に無理矢理持って行く事は可能だ。
とりあえず平和にさえしてしまえば、多くの大衆はそれに従う。
その過程で多くの人は死ぬだろうが、セナやその周りの人間が幸せになる方法なら間違いなくこちらの方が良い。
それこそ完全無欠のハッピーエンドという奴が待っているだろう。
だが、セナはそんな道を選ばない。
何故なら、戦争で多くの人が死ぬから。
一万人が死ぬ選択よりも、9999人が死ぬ選択の方が良い。
例えその選択の結果。セナの周りにいる人がどれだけ悲しんでも、セナはその数字を選ぶ。
本当にイカれた少女だ。
何をどうやったらこういう歪んだ人間が出来るのか。
ラクスは少し考えてみたが、あまり面白くない思考であった為、すぐに止めてしまった。
理解出来ない人間は放置するに限る。
それに、そんな意味の分からない人間を見るより、セナの行動で苦しむキラやクリスタを見る方が自分に得があるという物だ。
うんうんと、ラクスは自分の考えに納得を見せ、世界を彩る舞台装置こと、セナを再び見据えた。
「セナ様」
「はい。何でしょうか?」
「宇宙に行くまでやる事もありませんし。私とイイコト。しませんか?」
ラクスは妖しい笑みを浮かべたままキョトンとした顔のセナに手を伸ばす。
だが、その手はセナによってパンっ! と弾かれてしまった。
「あら」
「……貴様。セナに手を出すなと何度言ったら分かるんだ? 汚れるだろうが」
「あらあら。クリスタ様がまた起きてしまいましたか。これは残念ですねぇ」
「チッ。油断も隙もあったもんじゃない。私がいる限り、セナには一切触れさせないからな!」
「あら。では、クリスタ様になら触れても?」
「良いワケがあるか! 失せろ!」
怒りを全身で示すクリスタに、ラクスは心からの笑みを浮かべた。
やはりこうでなくてはいけない。
異物と話をしていると、体がおかしくなりそうだった。と、ラクスは心の中で安堵の息を吐いた。
「ところでクリスタ様。先ほどセナ様とお話をしていたのですが」
「あぁ」
「セナ様はプラントがレクイエムで撃たれた事を、大変悲しんでおられましたよ」
「っ! だ、ろうな……。だが、これは必要な事だ。必要な事なのだ……! ギルバート・デュランダルのミスでシン・アスカがデスティニーごと離反したんだぞ。セナの計画を狂わせる事の罪深さを理解させてやらねばならん。二度目はないとな!」
「それで、警告……ですか?」
「あぁ。奴がタリア・グラディスやその息子に愛情を向けている事は確かだ。私はいつでも、お前の大切なモノを奪えるのだぞ。という……警告だ」
「ですが、セナ様なら別の手段を取られるでしょうね」
「……っ! せ、セナは私の事を、なにか……言っていたか?」
怯えた様な顔でラクスを見上げるクリスタに、ラクスは内心で満面の笑みを浮かべながら、表面では慈悲深い笑顔を見せる。
そして、クリスタを安心させるように、ゆっくりと口を開いた。
「いいえ。理解を示しておられました。まぁ、悲しんでいるというのは事実ですが」
「そ、そうか。なら良い。フン!」
フンと強がりながらも、セナに嫌われるかもしれないという恐怖の中に居るクリスタはラクスにとって非常に愛らしい物であった。
彼女の世界はセナが中心で回っている。
セナに嫌われたくないから、セナの計画を何よりも大事にするし。
セナが傷つかない様にと、セナを自分の中に押し込めて、戦おうとする。
でも、自身の行動でセナが己を突き放す事を恐れている。何よりも。
まるで小さな子供が背伸びして精一杯お母さんを護ろうとしている様な愛らしさがあった。
最初はこの小さな子供からお母さんを取り上げた時、どんな表情をするかと考えて、セナに接触したのだが。
まさか、母だと思っているモノがとんだ化け物だったとは。
「……刷り込みというのは恐ろしいですねぇ」
「何か言ったか?」
「えぇ。言いましたよ。これから世界は最後の戦いに向かうのだな、と」
「あぁ。そうだな。これが最後の戦争になる。セナの計画の始まりと終わり……そして、私の計画の……始まりだ」
決意を瞳に込めて、クリスタは自らの小さな手を見つめた。
クリスタが一生懸命考えた計画。
大好きなママを護るための計画。
ラクスはそれを思い出しながら、クリスタを見下ろしてクスリと笑う。
無論、クリスタが望む限り自分は協力するつもりではあるけれど。クリスタの計画は失敗するだろう。
他の誰でも無い。セナの手によって。
その時、クリスタは再び絶望を知るのだ。
そうなった時、どうなるのだろうか。
すぐ近くにあるぬくもりを……ラクスを求めるのだろうか。もしくはキラか。
どちらにしても愉しい事になりそうだとラクスは嗤う。
可愛い可愛いクリスタ。
ドロドロに甘やかして、ラクス無しでは生きていけなくなれば良いのに。
なんて、考えながら。
「……ラクス」
「はい」
「貴様にも手伝ってもらうぞ。良いな? 消えたアスランの分まで」
「無論。
「ふっ……期待している」
「お任せください。全ては、運命が導くままに」
そして、多くの思惑が交錯する中、タリアに許可を貰ったキラは、ミネルバの格納庫にあるホープの目の前に立ちながら腰に手を当てていた。
「あの……? キラさん?」
「あぁ。ヨウラン君。ごめん。仕事の邪魔をする気は無いからさ。僕の事は気にしないで」
「いやー。気にしないでって言われても気になっちゃうんっすけど……何をされているんですかねぇ?」
「対話の準備。かな」
「対話? え? ホープと?」
「うん。ホープと」
キラはヨウランと軽く話をした後、うんと頷いて、ホープのコックピットへ向かった。
そして、シートに座りながら、語り掛ける。
「お久しぶりです。シャアさん。お話があって来ました」
『……来ると思っていたよ。キラ』
「はい。どうしてセナをママにしようと思ったのか。聞かせていただきます」
『あぁ……は!!!???!?』