オーブと対ロゴス同盟軍との戦いは突如として終わりを迎えた。
しかし停戦を持ちかける為に向かったキラから、プラントがレクイエムに向かって放たれたという情報が届き、オーブ行政府は今てんやわんやな状態であった。
そんな中、行き交う人々の中心で声を荒げているカガリに声を掛ける少女が一人。
「カガリさん」
「ラクスか。すまないな。今、少し忙しい。用なら手短に頼む」
「え、えぇ。忙しい中、申し訳ございません。実はモルゲンレーテの奥にあるガンダムをお借りしたいのですが」
「ガンダムを? 何に使うんだ」
「それが……オルフェさんが、自らの機体として使いたいと」
「オルフェか。分かった許可しよう。あー。後すまないが、その手の許可申請はラクスの方で問題ないと判断したら受けてくれ。あー。ちょっと待ってくれ。ほら。これ、委任状な!」
「よろしいのですか?」
「あぁ! ジブリールの奴がレクイエムを使った。という事でな。こっちは大忙しなんだ。悪いが、宇宙にも行けそうにない。オーブの代表としては、キラに任せるが、内部処理はラクスに頼む。アイツに頼むと何でもかんでも許可するからな。判断はラクスの方が正確だ」
「分かりましたわ。ではお引き受けいたします」
「あぁ。すまない。頼む! ……あぁ、おい! ユウナ! 第二護衛艦軍はどうなってる!」
「損害状況は問題ないよ。そのまま沿岸の警護に向かわせるつもりだ」
「分かった。だが、情勢が情勢だ。第三護衛艦軍の無事な艦も一緒に付けて……」
ラクスとの話が終わってから、バタバタと忙しいカガリを見て、ラクスは静かにカガリへと頭を下げた。
そして、そのままの足でモルゲンレーテの前で待っているであろう者達の元へと走る。
今、ラクスに出来る事はそう多くは無いからと。
「お待たせしました。オルフェさん」
「あぁ。すまない。……走って来たのか?」
「えぇ。急いだほうが良いと思いましたから」
「それは……そうだが。……そうか。ラクス・クラインも走るのだな」
「はい?」
「いや……。酷く当たり前の事であるが、分かっていなかっただけだ。私はつくづく幻想ばかりを見ていたのだなと、今になっても気づかされる事ばかりだ」
「……オルフェさん」
ハァとため息を吐いてから、オルフェはラクスにモルゲンレーテの管理者の元へと案内し、許可を貰ってからモルゲンレーテの奥へと向かう。
前大戦の時はウズミ・ナラ・アスハと共に奥へと向かい、ガンダムが持つ意味を教えられた。
そして、今度は前世から因縁のあるラクス・クラインと共にガンダムの元へと歩いている。
何とも奇妙なものだなとオルフェは笑った。
「オルフェさん? どうかされましたか?」
「いや。人生とは分からないモノだな、と考えていた」
「……」
「世界を呪いながら死んだ私は、何故かもう一度生を受けて、もう一度人生をやり直す事が出来た」
オルフェは歩きながら、どこか遠くを見て静かに言葉を紡ぐ。
「得た物は大きい。キラ・ヤマト。いや……この世界ではキラ・ユラ・アスハか。あまり同一人物とは思えないが、彼女とも分かり合う事が出来た。そして、ラクス・クライン。君ともな」
「はい……。そうですわね」
「おそらく、イングリットはシュラと共に再び戦場へ出てくるだろう。デスティニープランはあの女にとっての悲願だ。シュラやイングリットにも協力する様にと言うだろう。だから、私は……もう一度、シュラやイングリットと話をしなくてはならない」
「戦いではなく……対話を?」
「あぁ。だからこそ。私は、ガンダムと共に行くと決めた。サイコフレームの光の先に見えた。アムロとシャアの絶望を繰り返さない為に。イングリットをララァ・スンと同じ運命に導かない為に。私は、シュラを殺すのではなく、倒すのでもなく、話し合い。分かり合い。共に未来へ歩むモノとしたい。人は変わる事が出来るのだと。他でもない。私自身が世界に示すのだ」
「オルフェさんは強いですわね」
「君ほどじゃない。私は悩み、迷い、ようやくこの答えにたどり着いた愚か者さ。世界が変わらぬと、人は変われぬと嘆きながら、自ら変わろうとしなかった。愚か者だ」
だから、変わるのだ。ここから。
とオルフェは呟いて、小さく笑みを浮かべた。
その……どこか、重荷が消えた様なオルフェの顔にラクスは小さく笑みを浮かべた。
人は変わることが出来る。
それは言葉にすれば容易いが、実際に行うのは非常に困難なものだ。
だからこそ、それを実践し、前に進む物は強く、輝いて見えた。
「
「……君が? 何をどう変わると言うのだ」
「さぁ。どうでしょうか。モビルスーツに乗ってみるというのも、良いかもしれないですわね」
「前の世界で既にやっただろう」
「無論、アレも大きな経験でした。ですが、
「だから、今のラクス・クラインから、変わりたい?」
「えぇ。その通りですわ。キラの隣に立って恥ずかしくない自分に。
「それはまた……大変な目標だな」
「そうですわね。ですが、私には何よりも強い武器がありますから」
「武器?」
「えぇ。キラの愛ですわ」
「……」
ラクスが微笑みながらオルフェに告げた言葉に、オルフェは一瞬真顔になってから、すぐに腹を抱えながら笑い始めた。
それはいつかの時、『キラ・ヤマト』に言われ激昂した一言であった。
だが、今のオルフェにとっては笑ってしまう様な、バカらしい一言だ。
イチャイチャと場をわきまえないバカップルの妄言に過ぎない。
だから、笑うのだ。
世界はこれで良いのだと思いながら。
「そうだな。そうだ。ならば、私もイングリットの愛を武器にして戦わねばな」
「あら。もう両想いが確定したのですか?」
「あぁ。間違いない」
「本当に大丈夫ですか? オルフェさんは前の世界でも勘違いで突き進んでおられましたが」
嫌味の様に言ったラクスの言葉にもオルフェは自信満々の様子で、フッと笑う。
「今は惚れてなくとも、惚れさせてみせる。何も問題は無い」
「ふふ。強引な事をしては駄目ですよ。女の子は丁寧に扱わなくては」
「まぁ、そうだな。まずはオーブのうまい喫茶店に招待する所から始めるさ。心が奪われる様な美しい景色も世界には数多くある。イングリットもすぐ私に落ちるだろうな」
「そうですわね」
ラクスはオルフェの言葉に微笑みながら、頷き、確かに見える幸せな未来を描く。
そして、その未来へ手を伸ばす為に、打ち破らねばならない脅威と戦う決意をした。
オルフェに協力し、ガンダムをガーティ・ルーへと運搬したラクスは、オーブのある場所へと向かっていた。
それは、ラクスが以前より調査を依頼していた物であり、つい先日調査結果がラクスの元へ届けられたばかりの物であった。
オーブ本島の山間にある小さな小屋。
その場所までエレカを走らせたラクスは、たった一人でその家の前に立つ。
「……まさか、本当にここが?」
「あら。その声は……久しぶりね。ラクスさん」
「っ! あ、貴女は……歩ける様に、なったのですか!?」
「歩ける様になったのは最近だけれど。そうね。ようやく。という言葉が正しいかしら」
「……客が来たのか? レノア」
「えぇ。パトリック。懐かしいお客様よ」
そして、ラクスは……散歩をしてきたと思われる藍色の髪の女性……レノア・ザラと、彼女の後ろから駆けて来た一人の男性パトリック・ザラに目を見開くのだった。
前大戦の終わり、行方が分からなくなっていたパトリック・ザラと病院から忽然と姿を消したレノア・ザラの行方。
その先を探していたラクスは、遂に彼らの居場所を発見するのだった。
そして……。
「シーゲル! 貴様の娘が来ているぞ!」
「なに!? まさか、ラクスに見つかってしまうとは……私も老いたものだ」
「お父様!」
「あぁ。ラクス。久しぶりだね。いや、こんな所を見せてしまうとは……恥ずかしいな」
小さな小屋の後ろから出てきた、元プラント最高評議会議長シーゲル・クラインは、土汚れで黒くなった服を着たまま、ごく自然にラクスの前に現れた。
その姿に、ラクスは思わず頬を殴りつけたくなったが、今日までの我慢が、ラクスの心にストップをかける。
そして、大きく深呼吸をすると呑気な顔をしている三人を順番に見据えた。
「っ……! どうして。どうして生きていると、教えて下さらなかったのですか!」
「我々は良くも悪くも、力を持ち過ぎた。表舞台に立てばそれを利用しようとする者達が出てくるだろう」
「それは……」
「だから、セナ君に頼んでな。オーブの隅に住まわせて貰っているのさ」
「今はシーゲルと共に畑を耕している所でな。色々な野菜が出来ているぞ。見てみるか? ラクス嬢。レノアの育てた野菜は旨いぞ」
「世界が落ち着いたら、いただきますわ」
「えぇ。キラちゃんと、アスランも是非呼んでちょうだい。つい先日出来たイモは中々の自信作なのよ」
「なかなか等と。アレは最高傑作だよ。レノア」
「あら。パトリック。最高だなんて言ったらもうその先は無いみたいじゃない。私の研究はまだ先に行けるわ」
「研究熱心だな。ハハハ」
シーゲル・クラインがデスティニープランの首謀者では無いか! なんて考えて宇宙まで上がったのに、何の痕跡もなく。
挙句、シーゲル・クラインたちが居たのはオーブで、しかも畑仕事を、ナチュラルを全て滅ぼす! なんてジェネシスを持ち出したパトリック・ザラと行っているというのだから、気も抜けるという物だ。
ここにアスランが居たら、「父上は何をやっているんですか!!」と激怒したかもしれない。なんてラクスは考えながらため息を吐く。
しかし、ラクスの胸には不思議と安堵感だけがあった。
父はラクスの記憶にあるまま、優しい父であった。
世界を支配する事など考えず、親友と畑仕事なんかを年甲斐もなくして、楽しんでいる。
笑っている。
それが、ラクスには酷く愛おしい物に思えるのだった。
「お父様。パトリック様。月にレクイエムという兵器があり、それがオーブに撃たれる可能性があります」
「そうか」
「人は変わらないな。パトリック」
「あぁ。どれだけ時が経とうと変わらぬ。愚かなモノだ。我らと同じだな」
「あぁ」
「その巨大レーザーはオーブの本島を全て焼き払うだけの力があります! ですから……!」
「ラクスさん」
「っ! レノア様」
「私達は避難しないわ」
「な、何故……! ここに居ては」
「もう良いのよ。もし、私達がその兵器で命を落とすとしても、それは私達がこの世界に悲劇を沢山落として来た責任」
「それは……!」
「それにな。もう血のバレンタインの様な想いはしたくないのだ。終わるのなら、愛した妻と、友と共に逝きたい」
「パトリック様……」
「オーブに住み、私は多くのナチュラルと接してきた。この小屋を建てる為にと、資材を運び、建てる手伝いをしてくれたのはナチュラルの青年だった。そして、我らの家が老人ばかりだからと、毎朝牛乳を届けてくれるのはナチュラルの少女だ」
「……」
「こうして、この場所から世界を見ているとな……。思うのだ。我らは何をしていたのだろうか、とな」
パトリックが沈んでゆく夕日を見つめながら呟いた言葉に、ラクスは言葉も無いまま静かに見つめていた。
かつて見た狂気は既になく、穏やかな顔をして世界を見つめるパトリックはまるで別人の様だ。
「進化した人類を自称しても、結局やってきたのは人殺しだ。息子に銃を向け、娘の様に想っていた子を傷つけ、その果てに、傷つけた子達に救われた。今更顔を見せる事など出来んよ」
「分かりました」
ラクスはパトリックの言葉を聞き、小さく頷いた。
そして決意を瞳に宿して、以前見た時よりもずっと老けたパトリックとレノアを見やる。
「ここにまた来ます。今度はアスランとキラを連れて」
「……! ラクスさん」
「パトリック様。レノア様。アスランの心には今、一人の女性が居るんです」
「あら……もしかして、キラちゃん?」
「いいえ。迷って、悩んで、間違えて、苦しんでいた彼を救った、太陽の様な女性です。でも、アスランは不器用で……この間もいきなりプロポーズをして、失敗していました」
「まぁ……」
「アスランの奴……何をやっているのだ」
「だから……」
ラクスは溢れ出る涙をそのままに、アスランを心配しているパトリックとレノアを真っすぐに見る。
「だから、お二人が、アスランを導いてあげて下さい。彼は戦いばかり得意で、愛する事に不器用な人、ですから」
「それは……責任重大ね。パトリック」
「そうだな」
「でも、そうね。アスランが……もしかしたら、孫の顔を見れるかもしれないのね」
「……そうだな」
「パトリックばかりズルいな。ラクス。君はそういう人が居ないのかい?」
「私は……ずっとキラ一筋ですわ。お父様」
「あぁ。そういえば、そうだったね。なら、孫はこちらの方が早いかな。パトリック」
「フッ。分からんぞ。アスランはこうと決めればやる男だ」
「あらあら」
先ほどよりも元気が出た様子で謎の張り合いを始める老人たちを見ながら、ラクスは大きく息を吐いて、また来るとその場を後にした。
そして、エレカでオーブ行政府を目指しながら、改めて決意を強くするのだった。
必ず、この未来を……この世界を護ってみせると。