宇宙機動要塞メサイアを囮として、地球軌道上へと向かったセナはホープに乗ったまま小さく息を吐いていた。
これから始める行いに、苦しみ、もがく心を落ち着かせているのだ。
「私は……やはり大罪人ですね。人の気持ちを捻じ曲げて……それで世界を平和にする等と」
《セナ。セナには何も罪などない。人類が愚かなのだ。管理しなくては争いを止められない人類が……》
「本当に、そうなのでしょうか? あの時、私が運命ではなく、自由を選んでいれば……」
《そんな事はない!!! セナは何も間違えてはいない! 結局自由を与えても! 奴らは増長しただけだ! 結局……お前を、殺した……だけだ》
「クリスタさん……」
《唯一! 前の世界で私が間違えた事があるとするならば!! それは奴らを甘やかしてしまった事だけだ! セナは……何も、悪くないんだ》
泣き叫ぶ様なクリスタの声に、セナは遠い過去を思い出して目を閉じる。
過去の己の選択が、その終わりが……クリスタをここまで苦しめてしまったのだと、胸に手を当て、その過ちを噛みしめた。
そして、今度こそは失敗しないと、セナは強く心を決めるのだった。
《さぁ。セナ。始めよう。大丈夫だ。邪魔者は居ない。静かに落ち着いて世界に言葉を向けるだけで良い。今度こそ……誰もセナを傷つける事が出来ない様に。世界を……! っ!? アラート!? 何が!》
「来ましたか」
セナは予想よりもずっと早く来たその機体に笑みを深めた。
フリーダム。ジャスティス。
そして……エターナル。
自由を奪おうとする者達へ、抵抗の意志を示す為に彼女たちはここへ来たのだ。
《ば、バカな! どうしてここが! 誰が……! まさか! デュランダルが、セナを裏切ったのか!?》
「役者は揃いましたね。では、始めましょうか。人類最後の……! 防衛策を」
『セナ……! 君を! 止める!!』
「デスティニープラン!! 発動します!!」
セナの叫びと共にホープは両手を広げ、虹色の光を放った。
そして、それと同時に一つの巨大な人型がホープの元へと飛んできて、そのままホープを包みこみ、一つとなる。
その巨大な人型の名は『デミスシルエット』
サイコフレームの数が増えれば力になると、ただその為に追加された武装であり……セナの力を十二分に引き出す為に、超広域のハッキング能力も兼ね備えていた。
故に。
セナはまずその力を使って地球軌道上に配置された無数の衛星兵器『メメントモリ』を手中に収めた。
そして、メメントモリを起点として、全世界のコンピューターへと侵入し、現在ホープが居る戦場を全世界へ共有する。
咄嗟にそれを止めようとキラ達がビームを放つが、予測されているかの様に、その攻撃は全てかわされてしまった。
セナが何もせずとも勝手に回避を繰り返すホープに、キラは赤い彗星の影を見て、舌打ちをしながら接近戦を仕掛けるが……やはり上手くいなされてしまうのだった。
「皆さん。私はセナ・ユラ・アスハです。私は今、オーブの代表カガリ・ユラ・アスハの妹ではなく、一人の人間として皆さんに語り掛けています」
『これは!?』
『マズいぞ! キラ! メメントモリを起点にして、世界中のシステムがハッキングされている!』
『くっ! 駄目だ! セナの声を聞いちゃ! 放送に介入しなきゃ!』
《無駄だ! 既にメメントモリはこちらの手中に収まった! 今更抗う術はない!!》
「どうか私の言葉を聞いてください。私は、これ以上の争いを望みません。これ以上の憎しみが生まれる事を望みません。ただ、あなたが大切な人と静かな時を過ごせる様にと願い。こうしてお話をしております。私は……皆さんと争いの無い平和な世界で生きて居たいのです」
《フハハハハ! サイコフレームを通じて! 感じる! 世界が一つになろうとしている! セナの理想で! 世界を塗り替えるんだ! そうすれば! もう二度と……!》
順調に地球圏をデスティニープラン賛同派で塗りつぶしてゆく事にクリスタは高笑いをしていたが、不意にその声が歪む。
異常に気付いて、声を上げた。
《何だこれは!? メメントモリがハッキングされている!? バカな! キラは、戦場に居るんだぞ!?》
「……ならば答えは一つですよ。クリスタさん」
《メイリン・ホークか!!》
怒りのままに、メメントモリの一つを操って、エターナルへと砲を向けるが、当たらず、自衛の為にとメメントモリに装備していたミサイルを放つが、それも撃ち落とされてしまう。
ならば、と待機させていた無人のモビルスーツを操り、エターナルへと向かわせるが、エターナルより発進した朱色のガイアにより、一機、また一機と破壊されてしまうのだった。
《ぐぅぅうう!! だが、だが、例え、一機や二機のコントロールが奪われようと! こちらには多数のメメントモリが……!》
「いえ。それもまた……破壊されている様です」
セナは地球全体を観測出来るレーダーから、一基また一基と消えてゆくメメントモリの信号に、冷静な声を出した。
しかし、クリスタは煮えたぎる様な怒りを声としてキラに向けた。
《何故だ! キラ! 何故邪魔をする!!》
『僕はデスティニープランを支持しない! それだけだ! そして、それは今! メメントモリを破壊しているラウ兄さんや! ネオさん! もう一人のアスランも同じだ!』
《これが、これだけが! セナを生かす道なんだ! キラ! デミスシルエットの力を使ってしまえば! これ以上サイコフレームの力を使えば! セナは!!》
『なら! デスティニープランを捨てろ! それで全て解決する!』
《出来るワケがないだろう!! こんな愚か者ばかりの世界で!! 奴らは管理しなくてはいけない! 自由など与えたら、争いは消えないんだ!》
『それでも!! 僕らが争いを消して見せる!! だから、世界なんか! もう! 背負うな!!』
ホープの近くにあったメメントモリをミーティアとストライクフリーダムの前火力で破壊しながらキラは叫んだ。
しかし、クリスタは悲し気な声を零すばかりで、キラの意見に寄り添う事はない。
ある程度、こういう事になるだろうなと思っていたキラは、ここで一つの決断を下す事にした。
『アスラン。ホープを落とす』
『っ!? 正気か!? キラ! ホープにはセナが!』
『アレを残せば! 同じ事を繰り返すだけだ! 大丈夫。デミスシルエットを破壊して、戦闘能力を奪えば、どうとでもなる!』
『……キラ』
『行くよ! アスラン!!』
『っ! ……あぁ!』
覚悟を決めて、左右に回り込むフリーダムとジャスティスを見ながら、セナはポツリと呟いた。
それは、おそらくクリスタが最も望んでいなかった選択。
そして、セナはここに来た時から決めていた行動であった。
「デミスシルエット。起動」
《駄目だ! セナ! まだ、まだ手段はある筈だ! まだ!》
「ごめんなさい。でも……もう時間がありません。私も、世界も……」
セナが深呼吸をしてから発した起動コードにより、デミスシルエットは本格的にその力を発揮し始めた。
全身のフレームを白く発光させながら虹色の光を世界に向けてゆく。
その光はどこまでも広がって行き、地球を包み込む様に拡大していった。
そして、キラも。アスランも。バルトフェルドも、メイリンも。
地球の反対側からメメントモリを破壊しながら高速移動していたクルーゼも、ネオも、もう一人のアスランも、その光に包まれて……セナの声を聞く。
「もう争いは必要ありません。大丈夫。もう、あなたを傷つける人は居ないのですから」
その声はどこまでも優しくて。
その声を聞いた者は皆、持っていた銃を手放し、宇宙を見上げながら輝く光に心を向けてゆく。
それは、カガリの意志に従って、デスティニープランを拒絶していたオーブの国民も同じであり。
戦場に居る全ての者が同じであった。
母に抱かれた子の様に。
ただそのぬくもりに身を委ねてゆく。
クルーゼも。ネオも。アスランも。エターナルのクルーも。
誰もが戦う意思を持てないままセナの願いに飲み込まれて行った。
ただ一人。
唇を強く噛みしめ、血を口の端から流しながら真っすぐにホープを睨みつけていたキラ以外は。
『僕の……! 妹を! 連れて行くな!!』
キラはミーティアの加速力でホープへと一気に近づき、ホープがそれに気づいてかわそうとした瞬間に、ミーティアをパージして複雑な軌道を描きながらホープへと迫り、ビームサーベルを深くホープ本体へと突き刺した。
瞬間。
ホープは放っていた輝きを消し、地球に広がっていた光は少しずつその効力を失ってゆく。
『お、おれは……?』
『無事!? アスラン!』
『あ、あぁ……! すまない。少し、頭をやられていた。キラは』
『僕は何とか堪えてただけ。ギリギリだった。けど……アレは。セナだった、のか?』
『どうしたんだ? キラ』
『分からない。分からないけど……もし、アレが未来の姿なら。僕はデスティニープランを絶対に止めなきゃいけない!!』
キラは、ホープに触れた時、見えた虹の向こうの光景にバクバクと早くなる心臓を抑えようと深呼吸を繰り返しながら、ヘルメットを外して額に溢れた汗を拭う。
そして、つい先ほど見た光景を思い出して、ギュッと強く操縦桿を握りしめた。
虹の向こう側。
その果てに見えた世界では、デスティニープランにより、世界で生きる事が不適格だと判断された人を……セナが手に持った銃で撃ち殺している光景だった。
淡々と、作業の様に人の命を奪うセナの姿に、キラはドクドクと早くなる心臓の音を感じながら、ジッとホープを見つめる。
アレが。
あの白亜の機体が……セナをあんな地獄へと連れて行くのなら。
無表情で覆い隠したセナの顔に、どうしようもない苦悩と、悲しみが見えたから。
キラは、例えここで自分が落とされるとしても……!
デスティニープランを止め、ホープを破壊しなくてはいけないと、心に誓うのだった。
だが、そんなキラの思惑を無視して、世界は大きく脈動しながら次なるステージへと彼女たちを引きずり込もうとしていた。
『っ! アラート!? なに!?』
突如としてフリーダムのコックピットに鳴り響いたアラートは、背後より巨大な物体が接近してきている事を示していて。
キラはここが戦場である事も咄嗟に忘れて、振り返り……遥か宇宙の果てに見えたソレに目を見開いた。
『ユ……ユニウス、セブン……!』
巨大なプラントの残骸は真っすぐに地球へ向けて加速していた。
もはや、誰も止める事が出来ない速度で。