それは、奇跡という言葉を使ってもなお、現実離れし過ぎている光景であった。
巨大なユニウスセブンの残骸が、ホープからあふれ出した虹色の光に触れるだけで、地球への落下軌道から外れ、デブリ帯へと戻っていたのだ。
あまりにも信じられない様な光景であっただろう。
そして、それを見ていたキラはあまりの衝撃に言葉を失くしていたが、ユニウスセブンが地球から離れて行ってからも、虹色の光を放っているホープへと意識を集中する。
先ほどは、あの光によって地球全土がセナの意志で塗りつぶされそうになったのだ。
油断は出来ない。
「ひとまずの危機は去ったけどさ……まるで安心は出来ないね」
『そうだな……』
あくまで冷静に、アスランと通信を交わしながらキラは呟く。
そして、何が起きてもすぐに対処できる様にと心も体も準備していた。
準備をしていた……つもりであった。
だが、そんなキラの準備など関係ないとばかりに、ホープは背にしていた地球へと反転すると、ゆっくりと両手を広げながら虹色の光を広げてゆく。
少し前にもそうしていた様に。
だから、キラはそれを止めようとフリーダムを最大加速させ、ホープへとビームサーベルを向けたのだが。
フリーダムがホープに触れる少し前に、ホープから爆発的に虹色の光が溢れ、それが物理的な力となってフリーダムを遠くへと押し流していった。
「これは……!?」
キラは機体が押し流されていく中、スラスターを吹かせて、虹色の光から逃れるとそのまま回り込む様にホープへと向かおうとした。
だが、既にホープの周囲には虹色の光が満ちており、それが少しずつ世界に広がっている様に見えるのだった。
「こんなの、どうすれば!?」
少し虹色の光に包まれただけで意識が奪われてしまいそうであったというのに、その光が満ちる中心にホープがいる状態では手を出す事が出来ないとキラは歯噛みする。
が、そうこうしている間にも光はどんどん広がっており、再び地球を包み込もうとしていた。
ならば、とキラは覚悟を決めて、唇を噛みしめながら最大加速でホープへと向かうのだった。
しかし、虹色の光を通してキラに向かってくる人の意志は強く、どれだけ堪えようとしても、意識を保ち続ける事すら難しい状態であった。
どうにかしたいと願っても、考えても、人の力では抗えない力に、キラは少しずつ意識を手放して……。
『キラ!』
「……?」
『目を覚ませ! このままでは、セナが虹色の向こうに消えてしまうぞ!』
「せ……な。でも……ぼく、は」
『俺が盾になる。目を覚ませ! 君のやるべき事を、思い出せ!』
「僕の……やるべき、こと……! セナを!! 止める!!!」
キラはフリーダムの中に響いた声に応え、目を開きながら叫んだ。
そして、すぐに操縦桿を握って、戦えるようにと意識を周囲に向けたが、周りは酷く静かであり、何かが動いている気配すらない。
「これは……?」
『目を覚ましたか。キラ』
「アムロさん!? どうしてここに!」
『前にも言っただろう? 俺はサイコフレームがあればどこへでも行ける。特に、これほど意識が集まった場所であれば容易いさ』
「なるほど」
『だが、どうやら悠長に話をしている余裕は無さそうだ』
「っ!」
警戒を強めたアムロの言葉に、キラもまた周囲へと意識を向ける。
虹色の光に包まれた世界であるが、何か動く物が見えたのだ。
そして、この空間で動ける者など考えるまでもなく一人しかいない。
何故なら、アムロが居なければキラも動く事が出来なかったのだ。
ならば、ここで動く事が出来るものなど。
「セナ!」
『お姉ちゃん……! 動く事が出来るのですね。この空間で!』
「お姉ちゃんだからね!」
キラは叫びながらビームサーベルを抜き、ホープへと振り下ろす。
が、ホープは咄嗟に左腕を突き出して、ビームサーベルを受け止めた。
しかし、ビームシールドも持たない左腕はビームサーベルによって斬られ、機能不全に陥ってしまう。
『うっ……!』
「油断したね! セナ! このまま、その機体を解体してあげるよ!」
『やらせるか!』
「この声! シャアさんか!」
キラは加速しながら逃げるホープを追いかけて、スラスターを吹かせながら加速する。
そして、逃げるホープを追い込んで、再びビームサーベルを振り下ろした。
だが、今度はタダで切らせてくれるという事はなく、大型のビームサーベルによって防がれてしまった。
『シャア!』
『やはり、私の前に再び立ちふさがるのだな! アムロ!』
『人類の革新を信じた男が! 何故世界に蓋をしようとする!』
『そうしなければ人類は滅びてしまう! これは必要な事なのだ!』
『ふざけるな!』
声だけで争う二人を意識の外に置いて、キラはセナに意識を集中する。
この虹色の光に包まれた世界では、離れていてもセナが近くに感じる様な気がしたからだ。
「セナ!」
『……お姉ちゃん』
「こんな事をしても、幸せにはなれないんだよ。セナ!」
『そうであったとしても。私には世界を平和にする役目があるんです。その様に生まれたのですから。そうある様に、生きてきたのですから!』
「誰がそんな事を決めたんだ! セナ! 君の願いは違うだろう!? そんな事を、君が本当に望んだのか!? 君の願いはなんだ! セナ!」
『私の願い……は』
「教えてよ! セナ! 君の願いを! 望みを! 君は本当に、こんな事をやりたくて、生きて来たの!? こうなりたくて、歩んできたのか!? セナ!」
『私は……私は、それでも! 私がやらなきゃいけないんです! 罪を、償わなければ……!』
「君に何の罪があるっていうんだ!」
『……あるんです。私には』
問いかける前までは触れられそうな程近くに感じていたセナが、何故か酷く遠いモノに感じて、キラは焦りながら再びセナに近づこうとした。
しかし、そんなキラの前に決して忘れられない人の影が現れる。
『キラ姫。何故、平和を拒むのかね? 君は、その世界を望んでいた筈だ』
「あ、あなたは……国連の総長さん……?」
『姫様。確かに、姫様の願いも分かりますが……世界が平和になるというのも重要なのでは無いですか?』
『セナ様は正しい事をされようとしている。セナ様の姉君であるキラ様にもそれはお分かりですな?』
多くの、戦いの中で死んでいった魂が、意志が、キラの前に立ちふさがり、セナが正しいと訴えかける。
その言葉は、重く……キラは目を逸らす事も、耳を塞ぐ事も出来なかった。
何故なら、彼らは皆、キラが争いを止められなかった為に、死してしまった者達だからだ。
もし。
大戦が始まる前に、キラが上手く各国をまとめ上げる事が出来ていれば。
死ななかったであろう者達。
『ひめさま。わたし、くるしかった。おとうさんが、たたかってくるしいの、いやだよ』
『もう争いは見たくないのです。私の家族が私の様に殺される事のない世界を……!』
それは、キラがユニウスセブンへと向かう核ミサイルを撃ち落とせていれば、死ななかったであろう人達。
彼女たちはただ、世界が平和であればと願っている。
復讐ではなく、平和を望んでいる。
『姫様……! 俺は、俺は! 死にたくなかった!』
『俺は姫様の為に戦いたかった! 姫様。どうか、世界を平和に。俺の死に意味があったと思わせて下さい』
それは、ジブリールの命令により戦わされ、望まぬ戦いで命を落とした者達。
キラがもっと上手く立ち回る事が出来ていたのなら、死ななかったであろう兵士達
「ぼく、は……!」
キラの選択が、選んでしまった道の果てに命を落とした人々が、キラに問いかける。
また同じ事を繰り返すのか? と。
その声は、幻ではない。
サイコフレームがこの地球圏で死した魂に力を与え、キラに意志を伝えられる様にしているのだ。
キラの戦う意思を折る為に。
だが……。
デュランダルが評した通り、セナは悪人ではない。彼女は善人だ。
故に、セナは目的から考えれば、必要がない者にも力を使い始めた。
その行動の結果、自分が追い詰められるとしても……セナはそれを正しい事として、動く。
彼女はどこまでも平等だからだ。
そして、キラの前に集まっていた者達を押しのける様に、強く、体を震わせる様な声がキラの元に届いた。
『しっかりせんか!!』
「っ!?」
『心を痛めて泣くなとは言わん。だが、今、お前がすべきことは本当にソレで良いのか? 今、お前が為さねばならぬ事はなんだ! 真の平和と自由。お前が守らず、誰が守ると言うのだ!』
「お、お父様……?」
『前に進むのが苦しい時もあるでしょう。ですが、忘れないでいただきたい。我らは常に姫様をお守りしております。例えその命が失われようと、何も変わらず。ゆえに、何も恐れる事はありません』
「トダカさん……」
『キラ君。戦争があったのだ。犠牲も生まれるだろう。だが、その犠牲を忘れられぬからこそ、我らはより良い選択をしなければならないのでは無いかね? 未来を選ぶ事は、犠牲者を捨て置く事では無いだろう?』
「ハルバートン……提督……!」
恨みつらみを、キラへとぶつける者達を退けて、彼らは立つ。
支配と平和は違うと。
彼らが命を賭して守ろうとした命は、世界は……! 自由の名の下にあるのだと。
黄金に輝く様な光の中で、彼らはキラに道を示し、キラは涙を乱暴に振り払って滲んだ視界の中、フリーダムを向かわせる。
地球へと進むホープの下へ。
そして。
蒼き光をまといながら
今、世界中の祈りは、デスティニープランへ向かう希望は、ホープに集められている。
人の意志が集まり、力となっているこの状況では、どの様な奇跡でも起こすことが出来るだろう。
例えば……遥かな過去。この宇宙に百億の人が生きていた世界の機体を呼び寄せる事も……。
「では、シャアさん。これは約束の品です」
『あぁ。感謝しよう。セナ』
「いえ。シャアさんには沢山助けていただきましたから。ささやかなお礼です」
セナはニッコリと微笑んで、ホープから真紅の大型モビルスーツ『ナイチンゲール』へと移動するシャアを見送る。
そして、シャアと同じく突如として爆発する様な勢いで虹色の光を溢れさせたホープを前に足を止めたフリーダムの横に現れた蒼と白の機体『Hi-νガンダム』へとアムロが乗り込むのを確認した。
直後、シャアとアムロが乗り込んだ二機は信じられない様な速さでぶつかり合い、そのまま高速移動をしながらファンネルを展開しつつ他者の介入を一切許さない二人だけの戦争を始めるのだった。
『これが狙いか! 貴様の!』
『その通りだ! アムロ!! 私とお前、二人だけの決着をつける為に! その為に、私はセナに力を貸していた。今度こそ、何のしがらみもない、この場所で!』
『そんな下らない事の為に……! あの子たちを利用したのか!? シャア!!』
二人の戦いの行方を見送ってから、セナはモニターへと視線を移して戦場を確認する。
ユニウスセブンと共に居た部隊は戦闘を続ける意思がある様でこちらに近づいてきている。
そして、月からはミネルバが高速で接近してきていた。
さらに、地球の向こう側からはクルーゼ達が接近中であるとセナに示していた。
「どうやら、最後の戦いに人が集まってきているようですね。しかし……」
『セナ!!』
「ここは選ばれた者だけが立てる戦場です。申し訳ございませんが、排除させていただきます」
セナは破壊されたメメントモリの中からまだ稼働出来るモビルスーツにモビルドールシステムを設定して、キラ以外の者への迎撃として出撃させ、フッと一つ息を吐いた。
『君を止めるよ!』
「それは出来ません」
『セナ!』
「私たちの戦いは、全ての人が見守っています。そして、私の願いに同調する方は、私の力となってくれる!」
『くっ!』
振り下ろしたフリーダムのビームサーベルを容易く受け止めて、弾き飛ばしてから、いつの間に抜いていたのか右手に持ったビームサーベルを振り下ろして、フリーダムを追い詰めてゆく。
その素早いビームサーベル捌きには、嫌というほどキラには見覚えがあった。
『こ、これは!? アスラン!?』
「はい。ただし……遥かな過去に過ぎ去った、未来世界のアスランさんですが」
『なんでっ! アスランが!』
「未来には大きな絶望があったのです。だから……
巨大なデミスシルエットの足で器用にも鋭い蹴りを出しながらビームライフルを正確に射撃するホープに、キラはアスランと同じくらいの力を持った存在の意志を感じる。
「さぁ。運命を定めましょう! この世界の運命を!」
『セナ……! っ!? あの光は……!?』
「……来ましたか」
ホープがフリーダムを追い詰める様にビームライフルを乱射していると、虹色の光で満ちる世界を切り裂いて……一機の機体が、運命の名を宿した機体が絶望を切り裂く刃を手にキラの前に舞い降りた。
全てのビームを受け止めて、真っすぐにホープへと刃を向けながら。
『シン君!』
「シン君……!」
『キラさん!! 遅れました!』
世界の命運を決める戦いが地球軌道上で始まろうとしていた……。
しかし。
「……ゴホッ、ゴホッ」
パイロットスーツを着ていないセナは手で口を抑えながら咳をして、てのひらが赤く染まっているのを、静かな目で見つめながらキラとシンを……フリーダムとデスティニーへと意識をむけるのだった。
「あと少し。あと少しだけ……持ってください」
「あと……少しだけで、良いですから」