キラとクリスタが……ラクス・クラインのクローンと共にコロニーメンデルで生活を始めてから十日程経過した。
これまでの間、特に問題らしい問題は起きず、世界もメンデルの内部も平和な物である……と、キラは考えていた。
が。
「これは大問題ですよ。お二人とも」
「何が?」
「どういう意味だ。ラクス」
「どういう意味だではありません。お二人とも。私が食事を用意するからと用意するまで食事をしようとしない!」
「……用意されたら食べているだろうが」
「私が食べろとお二人に言ってから、でしょう!? ただ置いているだけでは口を付けようともしないで!」
「ま、まぁ……ほら。お腹が減ったら食べるからさ」
「その言葉を信じて、半日ほど放置しましたが、冷めた料理が手つかずだった時の、私の絶望が分かりますか? キラ」
「う……」
かつてヴィアが使っていた小さな作業部屋で、長いピンク色の髪を一つにまとめて、エプロンを付けたラクスが腰に手を当てながらプンプンと怒っている。
その姿はまるで、いい加減な子供達に怒っている母親そのものであった。
「ゴミだって、その辺りに放置しているし! 服だって脱いだら脱ぎっぱなし! こんな状態でよく二人だけで生きていけるだなんて言えましたわね! 驚きましたわ。驚きましたわね!!」
「そんな二回も言わなくても」
「とにかく! 昨日も夜遅くまで起きていたんですから! 今日は作業を止めてゆっくりとしなさい! そうでないと倒れてしまいますよ!」
「いや……しかし、セナが」
「セナ様が、お二人が倒れて喜ぶと本気で思っていらっしゃるんですか?」
「そ、それは違うと思うが……だが」
「セナ様が! お二人が倒れて喜ぶと本気で思っていらっしゃるんですか!?」
「……思わないです。ハイ」
まったくもう。と嘆息しながら腕を組むラクスにキラは少し驚いた様な顔で二人を見ていた。
クリスタがセナを助けたくて暴走していた事は知っていたが、ラクスのクローンがクリスタとここまで親しくしているとは知らなかったからだ。
その為、休憩をしろと渡されたハーブティーに口を付けながら、キラは二人に二人の事情を聞いてみる事にした。
どうしようもない悪というワケでは無いようだと思いながら。
「せっかくだからさ」
「ん?」
「はい?」
「二人に聞いてみたいんだけど。二人ってどういう関係なの?」
「関係と言われてもな」
「クリスタ様を崇め、崇拝し、依存させて、泣かせたいのが私ですわね」
「……えと?」
一瞬理解不能な言葉が混ざり、キラは思考が途中で断絶されたのを感じた。
意味が分からないと頭の中に疑問符が躍る。
「あまりコイツの言葉を真に受けるな。こいつは頭がおかしいのだ。気にするだけ疲れるぞ」
しかし、混乱していたキラにクリスタがアドバイスを投げた為、ひとまずキラは発言の大半を流す事にする。
「まぁ! 私の信仰を疑われるのですか?」
「お前の信仰はその先に支配があるだろうが。気狂いめ」
「愛する御方をお守りしたいだけなのです」
「なら、泣かせるとはどういう意味だ。貴様」
「クリスタ様が泣いている姿はとても、とても興奮しますので」
「……話にならん」
クリスタは両手でコップを持ちながらハーブティーを小さな口で一口一口飲む。
そんな子供らしい姿に、ラクスは呼吸を荒くしながら大変興奮しており、キラは幼少の頃に、カガリが言っていたヘンタイと同じだなと何となく頭の中で結びつけた。
キラは終ぞ、カガリの言う様なヘンタイに会った事は無かったが、ヘンタイは対象とした人間に異常な愛情を向ける物であり、それは一般的ではない愛情が多いという。
おそらくはラクスのクローンもそのヘンタイの仲間なのだろうとキラは何となくラクスのクローンをそういう位置に置いた。
やや乱暴な結び付けではあったが、事実ラクスのクローンは様々な者が変態。異常者。毒婦等と称している為、特に違和感の無いカテゴライズでもあった。
「まぁ、何となく関係は分かったけど。それで、君はどうしてその姿をしているのさ」
「どうして、と問われましても。キラはお料理をあまりしないからご存じないかもしれませんが、フライなどを作る際には油が跳ねまして、お洋服が汚れてしまうので、エプロンを付けるのが一般的なのですよ」
「知ってるよ! それくらいは!! 服の話をしているんじゃなくて! なんで、君がラクスと同じ見た目をしているのかって話!」
「あぁ。そちらの話でしたか」
ラクスはふわりと微笑んで、突如として子供扱いされてしまったキラの言葉を軽く流す。
そして、これまでにあまり話した事のない己の事情を話し始めた。
「私はラクス・クラインのクローンです」
「……うん」
「製造目的に関しては、ラクス・クラインが失われた際の、予備だと伺っております」
「予備?」
「そうスペア。代替品。名前はどの様な物でも構いませんが、私は製造主からその様に伺っておりますわね」
ニコリと何とも胸の奥がイライラとする様な話をするラクスに、キラは心の中で強い苛立ちを感じていた。
人を物のように扱う。
それは、例えラクスが少し前まで敵であったとしても関係なく、ラクスに同情し、その製造主とやらに敵意を向けるには十分な理由であった。
「それで? その製造主とやらはどこの誰なの?」
「ヴェーダ」
「……!」
「その者は私にそう名乗りました」
「でも、ヴェーダはあくまで機械でしょ? 誰かがヴェーダに命令しているんじゃないの?」
「その可能性はあると思いますが……おそらく彼は自分の意志で行動していますわ。今は亡きヴェーダの創造主の願いのままに」
「イオリア・シュヘンベルグか」
「あら。クリスタ様もご存じだったのですね」
「まぁな」
知らない名前が飛び出して、キラはその声の主であるクリスタを見たが、彼女は別に特別な事を言った訳じゃないという様な顔でキラの視線とラクスの言葉を流す。
その様子に、キラはまだまだ自分が知らない事で世界は満ちているのだな、とやや疲れた様な感覚を覚えた。
「キラは知らない様だから説明しておくが、イオリア・シュヘンベルグは、コーディネイターの始祖たるジョージ・グレンを設計、製造した人物であり、リボンズ・アルマークというイノベイドを造り出した人物でもある。後は例の実験艦に搭載しているGNドライブやらGNフィールドなんかも奴の発明だな」
「それはまた……とんでもない人物だね」
「あぁ。そうだな。生まれはナチュラルの天才共を見ていると、コーディネイターが自分こそ選ばれた存在などと言っているのがバカらしく思えるほどだ」
「本当ですわね。真なる人類。世界を導く存在の前には、ナチュラルもコーディネイターも些細な差でしかありません」
キラの目の前で差別的な発言が飛び交うが、なんとも否定しにくい状況に、キラは小さく息を吐いた。
諦めにも似たため息を。
「あら。どうされたのですか? キラ。その様に疲れた顔で」
「世界の広さって奴に圧倒されててね。僕は最高のコーディネイターだ、人類の夢だ。なんて言われてたけど、まぁそんなに大した存在じゃないんだよね。って思ったら、何だかバカバカしいというか。疲れちゃって」
「何を言う。お前もまた特別な存在である事は確かだぞ。キラ」
「うん?」
「一部の天才が世界を新しいステージへと進めてきたのは確かだが、天才というのは基本的に一代限りだ。次の世代へその才能を繋げる事は出来ん」
「……それは、まぁ。そうだろうけど」
「ならば、世界にとって重要なのは、天才ではなく、人類全体を進化させる事の出来る存在という事になる」
「ん? うん? どういうこと?」
クリスタの言葉にキラが疑問符を浮かべていると、その言葉を補足する様にラクスが緩やかに口を開いた。
「キラは人類の指標となることが出来るという事ですわ」
「指標……?」
「はい。それこそがキラにヴェーダが望んでいたことでもあります。最高のコーディネイターというのは、あらゆる才能を内包した存在。であるならば、キラの中には、人類が進化した姿もある筈なのです。ヴェーダはキラを覚醒させ、それを人類に示して、変革を促そうとしているのですわ」
「進化した人類って……そんなの、本当に僕の中にあるの?」
「あぁ。ある。キラはもうその片鱗に触れているだろう? アムロやシャアから聞いたニュータイプという存在を」
「……!」
「奴らとの模擬戦はお前にニュータイプ的な感覚を芽生えさせた。これがこの世界における人類の最適解かは分からん」
「ですから、ヴェーダはそれを確かめる為に、世界を導いているのですわ」
まるで意味の分からない。
どこか支配者による傲慢な考えにも思えるソレに、キラは思わず色々と反発する言葉を言おうとしたが。
それをグッと飲み込んで、あくまで冷静に二人へと言葉を向けた。
クリスタもラクスも、ヴェーダではないのだ。
あくまで彼女たちも話を知っているというだけ。
そこに彼女たち自身の思惑は無い。
ならば、ここで二人を問い詰める様な真似をするのは筋違いだと考えた為だ。
問い詰めるのであれば、ヴェーダに対して、である。
「それが真実なら、これまでに起きた戦争は全部ヴェーダが仕組んだ事ってわけ?」
「いえ……」
「残念ながらキラ。この世界で起きた全ての争いは、この世界に生きる人類の決断と行動だ。ヴェーダはそれを止めようと、被害を抑えようとはしていたが、戦争を起こしたり、戦争へ導いたりしている訳じゃない」
「そうですわね。いっそヴェーダが全ての黒幕であれば、話が早かったのですが」
二人がため息を吐きながら零した言葉に、キラは安堵を感じると同時に、どこか失望も感じていた。
だが、それは今更な話だ。
幼い頃から、世界の争いを止めようと駆け回って来たキラにとっては、本当に今更な話なのだ。
「なら、ヴェーダはこの世界で起きる戦争を止める為に、僕を進化? させようとしているってこと?」
「そういう事になる」
「……いや、でもさ。僕が進化なんかしなくても、世界の戦争は止まったじゃないか。前も……デスティニープランとか何とか始めなかったら、何も無かった可能性だってある。だから……」
「いや。それは違う」
キラの言葉を正面から切り捨てて、クリスタは真剣な眼差しでキラを見据えながら言葉を放った。
「キラ。争いは止まらないんだ。私がかつていた世界も、この世界と同じ様に、何度も争いは止まったんだよ。だが、結局人は滅びる寸前まで争い続けたんだ」
「……かつて、いた世界?」
キラはクリスタの言葉をそのまま返し、クリスタの口から零れる話に耳を傾けるのだった。