世界情勢を調べながら、セナの行方を捜していたキラとクリスタは、ラクスのクローンより、たまには休憩をしろと説教をされ、ラクスの淹れてくれたハーブティーを飲みながら言葉を交わしていた。
しかし、休憩と言うのはあまりにも重すぎる話がキラの前で飛び交っており、キラは己の無知を感じながら、彼女たちの話す情報を頭の中に書き込んでゆくのだった。
「私は……なんと言えば伝わるか難しいが……かつて、この世界の別の可能性世界に生きていたんだよ」
「それは……パラレルワールド的な?」
「そうだ。その世界はな。この世界と酷似した世界だった。いくつか細かい違いはあるがな」
「確か、その世界ではキラが男性なのですよね」
「……まぁな」
「えぇ!? 僕が男の人だったの!? えぇー!?」
「それほど驚く事でも無いだろう」
「じゃ、じゃあカガリも男の人だったってこと!? だから、カガリって男の子っぽいの!?」
「いや、カガリ・ユラ・アスハは女だった。というか。その理屈ならばお前も男らしい筈だろう」
「あぁ。確かに。そう言われればそうだね」
「お前は時折、非常に頭が悪くなるな」
呆れたような声を落とすクリスタに、キラはてへへと笑いながら頭をかいた。
そして、ハァと一つため息を零してから続きを語る。
「まぁ良い。キラが男か女かというのはそこまで重要な話ではない。まぁ、世界としてはそれなりに重要な要素であったが」
「そうなの?」
「あぁ……そうだな。しかし、その辺りをあまり詳しく話す気は無かったんだが……まぁ良いか。休憩時間とやらで時間もあるからな。話してやろう」
「ありがとう。クリスタ」
「いや、良い」
クリスタは話を途中で止めて、また一口ハーブティーを飲んで、喉を潤してから再び口を開いた。
「かつての世界で、キラは男だった。しかし、この世界では何者か……おそらくはヴェーダが介入し、キラを女にしたのだ。それにより大きく変わった部分がある」
「……」
「一つはキラがオーブの姫として早くから活動出来た事だ。世界にその存在を認知させる事が出来た」
「男の人だった僕は、違ったの? 王子になっているワケじゃなくて?」
「あぁ。男のお前は平凡で、普通の子供として育った。ヤマト夫妻の子として……キラ・ヤマトはあくまで一般人であったんだ」
「……そうなんだ」
「まぁ、その世界でもアスラン・ザラとは幼馴染であったし。奴との殺し合いはしていたがな」
「っ! そう、なの? それは、なんで?」
「ヘリオポリスにお前が住んでいて、そこで戦争に巻き込まれたからだ。友人を守る為にお前はストライクに乗り、アスラン・ザラやニコル・アマルフィ、イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマンと戦った」
「そっか……そこは同じなんだ。悲しいね」
「そして、世界の争いは激化し、お前たちの戦いも激しさを増して、お前はブリッツを撃破し、アスラン・ザラはお前の友人の一人を殺した。結果お前たちは激しく殺し合う事となり……お前はプラントで保護され、フリーダムを、アスラン・ザラはカガリ・ユラ・アスハに救出され、ジャスティスを受領して、オーブと地球連合軍との戦いの中で共に戦う決断をした。という話だな」
「……確かに、聞いていると大筋は結構似ている気がするけど、細かい所で結構違うんだね」
「そういう事だ。前の世界はこの世界以上に救いが無くてな。最初の大戦で、シーゲル・クラインも、ウズミ・ナラ・アスハも、パトリック・ザラも、ムルタ・アズラエルも皆死んだ。お前の知り合いで言うのなら、ニコル・アマルフィや、ナタル・バジルール、フレイ・アルスター、ラウ・ル・クルーゼ辺りも皆、な」
「……! ラウ兄さんや、フレイ、ナタルさんも」
「あぁ。それだけ酷い争いだったという事さ」
クリスタの呟きに、キラはどうしようもなく自分の中で荒ぶる感情に意識を向けながら右手を強く握りしめた。
その世界の『キラ』はどれだけ苦しい世界に居たのだろうかと。
自分はオーブの姫として生き、多くの死を見ながら生きて来た。
世界がどうしようもなく理不尽である事は身に染みて分かっていたし。そういう世界で生きていく覚悟もしていた。
しかし、彼は……その世界の『キラ』は一般人であったのだ。
どれだけ重い世界の闇に襲われていただろう。
想像するだけで寒気がするような気持ちだった。
「そして、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦で最初の大戦は終わりを迎え、キラはラクスと共に戦争で受けた心の傷を癒す為にアカツキ島で生活していたのだがな、世界はお前たちを捨て置く事はしなかった。多くの事件によりお前たちは再び戦場に戻る事となり、デュランダルの提唱するデスティニープランを砕き、世界に自由をもたらした」
「……そこは、今とあんまり変わらないんだね」
「まぁ……そうだな」
あえてシンの事を伏せたクリスタに、当然ながらキラが気づく事はなく、クリスタはそのままさらに先の話をし始めた。
今はまだ、キラもラクスも誰も知らない未来の話を。
「そして、一時は平和となった世界であるが、やはり戦乱は起きてな。デスティニープランを再び世界に強制しようとする連中が現れたのさ。レクイエムを使ってな」
「……まぁ、出る可能性はあるだろうね」
「あぁ。だが、まぁ。お前たちコンパスがこの野望を砕いてな。その争いも多少の犠牲はあれど終息していった」
「うん」
「しかし……思えば、もうあの時点で世界は限界を超えていたのだろうと思う。もはやこれ以上の戦争は世界の寿命を急速に縮めるだけだと」
「……」
「おそらくは誰もが分かっていたのだ。しかし、エネルギーの枯渇や、食糧問題、戦争で抱えた負債など様々な事が重なり、『戦争をしなければ継続出来ない国家』が増えた。そして、口減らしの為の戦争。不満を吐き出す為の戦争。とどんどん意味のない戦争が起こるようになり……やがて世界は行き着くところまで行ってしまった」
「それって」
「あぁ。地球に人が住めなくなった。核汚染もそうだが、不発弾やら、暴走したモビルスーツの存在やら、な。色々な理由があり、人々は地球を捨て、プラントへと移住したのさ。だが、奴らもいい加減に学んでな。自由に生きていては再び争いが起きるだろうとデスティニープランを施行する事にした。そして、デスティニープランを通して世界を管理する存在として……メンデルの奥深くに眠っていた遺伝情報から管理者に相応しい存在を造り出した」
「……管理者に、相応しい存在」
「そう。それこそがセナだ」
「っ!?」
「セナは、デスティニープランを通して人々を管理し、世界を安定させる為に、ただその為に生み出されたんだよ」
「そんな……!」
キラは、地球軌道上でセナと戦った際に見えた光景を思い出していた。
今にも泣き崩れてしまいそうな顔で、銃を握りながら人を撃っているセナの姿を。
「じゃあセナは……そこで、デスティニープランに従って、人を、殺していたんだね?」
「あぁ……だが、断じてセナはそれを望んでいた訳じゃない! セナは! セナはずっと苦しんでいたんだ!! でも……そうしなければ人類が滅んでしまうと……!」
「分かっているよ。だから泣かないでクリスタ。僕は、よく分かるから」
目じりに涙を貯めながら必死に訴えるクリスタをキラは優しく抱きしめて、その背を撫でる。
そんな光景を見ながら、ラクスはなるほどと心の中で呟いていた。
セナを見て感じた気持ち悪さの正体は、コレだ。
歪みながら生きている人間。その根はどこにあるのかと、ラクスは考えないまま放置したが、まさかこんな真実があったとは。
自らも苦しい、悲しいと訴える様な顔で遠くを見ながら、泣いているクリスタを抱きしめるキラに、ラクスはやはり自分の選択は間違いでは無かったと確信すると同時に、やはり人類に生きる価値など無いと暗い気持ちを宿す。
「セナ様がその様にあった。というお話は分かりましたわ。ですが、そうなるとクリスタ様はその時?」
「私か? 私は……お前と同じだ。ラクス。私はセナのスペア、として生まれたんだよ。まぁ、そんな私をセナは家族だ。姉妹だと言ってくれたがな」
「なるほど……」
目じりに浮かんだ涙を拭いながら、どこか普段よりも柔らかい口調と姿でクリスタは語る。
そんな様子にキラもラクスも安堵の息を漏らしながら、重い所は終わったかと考えていた。
だが、最も暗い闇はまだ終わっていないのだと二人はすぐに思い知る事となる。
「それで……その後、人類はどうなったの? 緩やかに終わりを迎えた、とか?」
「いや? 私がレクイエムでプラントを崩壊させ、皆殺しにした」
「……え?」
先ほどまで悲しみと共感に対する喜びに満ちていた瞳に、憎しみが炎となり宿る。
世界の全てを滅ぼしても余りある憎しみが……! クリスタの心にはあった。
「デスティニープランは淡々と世界を管理し、必要ではない人間。デスティニープランを終わらせようとする人間をセナに伝え、セナはその者達を殺して行った。奴らが望んだ役割のそのままにな」
「しかし、連中はある時、セナこそが人類を苦しめる存在だと、邪悪な支配者だと言って、セナを捕まえ、嬲り殺したのさ」
「……やりたくもない役目を押し付けられ、人類の為だから、未来の為だからと心を殺して、生きていたセナを」
「両親も知らず、家族も知らず。私と姉妹ごっこをするだけで、他には何一つ幸せなど与えられなかったセナを! 連中は……!!」
ギュウと握りしめた拳は白くなり、その力の強さにどれだけの怒りが込められているか、キラは何となくですら察する事が出来なかった。
深淵の底の底。
クリスタがこの世界に生きる全ての者へ向ける憎悪の根。
それが今、ここに現れていた。
「連中はセナを殺した後、私に言ったんだ。偽りの神は殺したと。真なる神は貴女だと、お笑い種だ! 私はずっと! ずっと!!! あんな奴らの為に苦しむ事はないと! 皆殺しにしてしまえば良いと言っていたのに!!! それでもセナは、デスティニープランが殺せと言った人間を、まだ何かあるんじゃないかと考え、必死に手を伸ばしてきた、抗ってきた! そんな子を苦しめて!? 殺して!! 私が神だと!? バカが!!! どうしようもないバカ共だ!!!」
怒りか、悲しみか。
もはや極限の世界で煮詰められた感情は、もはや言葉では表現できないナニカだった。
だが、それは例え生まれ変わろうと、クリスタの中で強く根付いている。
絡みついている。
決して拭うことが出来ない想いとして。
「だから! 神として、終わらせてやったのさ!! 奴らの望み通りに! 月面のダイダロスに残されたレクイエムで、一人残らず、絶滅させてやった!!! ゴミ共は、死ぬ瞬間まで、何故とかどうしてとか! 間の抜けた事を……」
「もう良いよ。クリスタ。ごめん。話したくない事を言わせちゃったね」
「っ!」
キラはギュッとクリスタを抱きしめて、その傷だらけの心を包み込む。
「違う! 私は……! 私は苦しくなんかない! 悲しくなんか!! セナが、セナの方が」
「セナも傷ついたと思う。でも、クリスタだって傷ついてる。傷つけられてる。だから、お願い。無理をしないで」
「わ、わたし……わたしは……!」
堪えられなかった涙を溢れさせて、クリスタはキラの服をギュッと掴みながら泣き続けた。
その姿は普通の子供と何も変わらない。
悪意に傷つけられた子供だ。
キラはクリスタを抱きしめたまま、憎しみではなく別の方法でクリスタを救う事は出来ないかと考えるのだった。