キラが泣きじゃくるクリスタを抱きしめて、その心を少しでも癒そうとしていた頃。
静かに話を聞いていたラクス・クラインのクローンである女性は、二人が落ち着いたのを確認して、口を開いた。
「では、いつ頃世界を滅ぼしましょうか」
「いや! そんな相談はしてなかったよね!?」
「えぇ。ですが……やはり不要でしょう。クリスタ様を傷つける様な人間などは」
「その人たちはもう全員死んじゃったんでしょ? 過去の世界で……あー、いや未来の世界かもしれないけど」
「いいえ」
キラが返した言葉を、ラクスは静かに否定する。
その瞳には確かな意志が込められていた。
「同じことですわ。キラ。かつてクリスタ様がいた世界も、この世界も。やはり人は他者を利用し、己の利益を望む者ばかり。ここに居る私達がその証明ではないですか」
「……それは」
「クリスタ様とセナ様は、この世界でもやはりデスティニープランを利用する支配者として生み出され、私は世界を導くラクス・クラインの予備部品。キラは人類を革新に導く為に最高のコーディネイターとして生まれた。同じことですわ。自分の歪んだ思想を押し付ける為に命を弄ぶ。そうでしょう?」
「それは否定しないよ」
「であれば……」
「でもね。この世界に生きる全ての人が、そうじゃない。誰かの為に命を掛けても良い。誰かの為に生きる。そんな人だっているんだ。全てをひとまとめにして、破滅を願うだなんて。僕は間違えていると思う」
「……キラ」
「憎しみは消えないかもしれない。恨みは未だ世界を焼いているかもしれない。でも、そんな世界でも……希望を捨てずに生きていく事を選んだ人は居るんだ。僕はそんな人たちを信じている」
キラが語る希望に、クリスタは憧憬の様な瞳を向けるが、ラクスの目は酷く冷ややかであった。
それはそうだろう。
彼女はキラが語る人類の希望など見た事が無いのだから。
彼女が見て来たのは浅ましく、他者を利用しながら生きる者達と、そんな者達に利用され、傷ついて来た者達だけだ。
この世界に希望は無い。あるとすれば、希望になれと押し付けられ、苦しみながらも輝く事を強要された者だけだ。
「その様な存在は居ませんわ。もし、希望があるとすれば、セナ様の様に、その役目を押し付けられた者、だけ」
「本当にそうかな?」
「え?」
「確かに力が無ければ世界に訴える事も出来ないけどさ。僕はあの時……確かに見たんだよ。セナの放つサイコフレームの光の向こう側。あの子が安心して世界を彼らに任せられたワケ」
「それは……」
「セナのデスティニープランを最後に否定した人たちの声さ。それが世界の為になると。それこそが自分達の幸せだと感じて、考えて、その世界に身を任せる覚悟をした人たちが……セナの願いの為ならば地獄に行ったって構わないと思っていた人たちが、最後にはセナの命を繋げるために、あの子の願いを否定したんだ。そして、それが僅かな希望になって、未だ世界に残っている」
「……きぼう」
「そう。もし、あの時、最後まで自分の幸せだけを願っていたのなら、セナはそのまま消えてしまったかもしれない。だけど。自分の幸せよりもセナを優先した人たちが確かにいたんだよ。だからこそ、あの子のデスティニープランは失敗した。いや……デスティニープランが失敗する事を願っていたセナにとっては、成功かもしれないけどね」
「キラ、お前……気づいていたのか」
「当然だよ。僕は君たちのお姉ちゃんなんだから。分かるよ。あの子がデスティニープランを支持していない事は、分かっていた。そして、それを世界が否定する為に、命を捨てるつもりだった事も……分かっていた。まぁ、僕の力が足りなくて、どうにも出来なかったけどね」
でも……とキラは語る。
「願いを力とするデミスシルエットが、人々の願いを通して、セナを助けたと僕は信じたい。この世界に根付く希望と、セナの生存を」
ラクスはどこか悲しい顔で語るキラに、それは幻想だと言おうとした。
しかし、それは出来なかった。
何故ならばラクス自身もメサイアで、人の心の光を見たからだ。
それはセナ達だけで生み出している光では無かった。
あの時、間違いなく世界は一つであったのだ。
この絶望ばかりが満ちる世界で……確かに人々は同じ希望を心に宿し、世界の未来を見ていた。
運命の計画が支配する世界ではなく、自由が導き、運命が絶望を切り開く未来を。
だから、
自らの胸に眠る狂気は抑える。
飲み込んで、笑顔を浮かべる。
これまでもそうしてきた様に。
ラクス・クラインらしい笑顔を浮かべながらキラとクリスタを見つめるのだった。
そして、ふと……もしかしたら本物のラクス・クラインも同じ様に憎しみや恨みを飲み込んで笑っているのかもしれない。
なんて考えてしまうのだった。
何故なら。
自分の中に眠る恨みや憎しみは……ラクス・クラインの記憶を受け継いだ時に得た物であったから。
そう。
とても大切な……それこそ世界そのものよりも大切な人が失われてしまった絶望が、黒々とした憎しみとなって心の奥底に淀んでいる様な感覚だ。
そして、その憎しみが……その人を奪った世界へ真っすぐに向けられている様な。
そんな感情があの時のラクスに生まれたのだ。
しかし、ラクス・クラインが大切な人を失った様な記録は無いし。
気のせいだと思っていたが……もし、クリスタと同じ様にラクス・クラインが過去の滅びた世界の記憶を持っていたとして。
その中で大切な人を失っていたとして……それが未だ彼女の中でグツグツと煮えたぎっているとすれば?
その感情が、記憶を移す際に自分へと流れ込んでしまったとすれば?
いや、あり得ないか。とラクスは、達観した様な顔で微笑むラクスを思い出して首を振った。
何だか不思議な話を聞いている内に、オカルトの話に足を踏み入れてしまったと、ラクスは再び現実へと意識を戻すのだった。
そして、そんなラクスに見つめられたまま、キラとクリスタは再び言葉を交わし合っていた。
「しかし、サイコフレームか。前の世界では無かったものだ。どの程度信頼できるのか。私には分からないな」
「そこはほら。二人で漁ったメンデルのデータがあるじゃない?」
「あるにはあるが……正直な所。ティーンの妄想を読んでいる様な気分になったぞ。夢物語を語る精神異常者の日記とさほど違いがない」
「いや。メンデルに居たのは立派な学者の人ばっかりなんだからさ。そこまで厳しい事は言わなくても良いと思うけど」
「フン。何が立派な学者だ。デュランダルの奴の研究資料を見たか? 奴がデスティニープランを作り上げたのは女に振られた腹いせだぞ。あの男。何が世界の為だ。悲観主義者が世界を巻き添えにしたかっただけじゃないか」
「それは、ちょっと否定しにくい所があるけど……タリアさんは魅力的な人だしね?」
「こんな事に世界が巻き込まれたというのだから、まったく気に食わん」
「まぁ、巻き込んだのはセナも同じだけれども」
「セナは良いんだ!! セナはこんな拗らせ陰湿男とは違う!! そもそもセナはデスティニープランを否定する為に」
「分かった。分かったから。僕が悪かったから」
「まったく……! それで? お前の方は何か見つかったのか?」
「うーん。そこまで凄い発見ってワケじゃないけど。君やセナをコーディネートした人は分かったよ」
「なに!? どこのどいつだ! ソイツは!」
「アウラ・マハ・ハイバルって人。デュランダル元議長のデスティニープランに唯一賛成していた人だね」
「……あの陰湿拗らせ男の支持者か。これは期待出来んな。セナやサイコフレームの情報を持っているとは思えん」
「いや、でもさ。この人。ファウンデーション王国の人みたいだよ?」
「それがどうした。ファウンデーションだか、ファンデーションだか知らんが、私は見た事も聞いた事もない」
「地味な国だーっていうのは否定しないけど。でも、ほら。あのオルフェ君の母国なんだよ。シュラ君とかイングリットさんとか」
「オルフェ~? また陰湿な拗らせ男じゃないか。その女、やはりそういう趣味なんじゃないか?」
「えぇ!? オルフェ君って爽やかだし、格好いい王子様系の男の子じゃないの!? たまに弱みを見せて来るのが可愛い。みたいな」
「……貴様。まさかとは思うが、あぁいう男が好みなのか!?」
「いや別にそういう訳じゃないけど。陰湿って言ってたから、そういうタイプじゃないと思うな―って言っただけ」
「フン! お前は本当に男を見る目が無いな。アスラン・ザラなんぞと付き合っているのも、そういう関係か?」
「いや、アスランも別に陰湿、とかではないと思うけど。厳しいことは言うし、融通が利かない所もあるけど。まっ直ぐで、強くて、格好いいと思うよ?」
「……」
「あれ!? あれぇ!? 無反応!? なんで!?」
キラはクリスタがジト目を向けてきている事に衝撃を覚え、賛同を求める様にラクスへと視線を向けた。
しかし。
「キラ。私はアスラン以上にメンドクサイ男性を知りません」
「えぇえええ!? そんなに!? いや、確かに。面倒だなーって思う事はあるけど、そんなに!?」
「キラも分かっているじゃないか」
「いや、でも。ほら、多かれ少なかれ人ってそういう所はあるじゃない。アスランは確かにちょっとそういう傾向が強い気もするけど。でも、格好いいっていうのは間違いじゃないでしょ? ね!?」
「ノーコメントだ」
「ねぇ!」
「申し訳ございませんが、私はアスランと恋人になるくらいなら、舌を噛んで死にます」
「そんなに!?」
あまりにも辛辣な反応にキラは親友の名誉を護るために戦おうと心に誓うのだった。
そして、これ以降、コトあるごとにアスランってこんな所が凄くてね。と二人に話したのだが。
その度に「熱があるのでは?」「疲れているのでは?」と心配され。
挙句の果てにはキラはアスランに恋をしている! と斜め上の着地をされた挙句、修復が進んでいるレクイエムを乗っ取って、アスランを狙い打とうとすらしようとするのだった。
まるで台所に現れる黒い悪魔の様な扱いに、キラは涙を浮かべるが……いつか必ずアスランの格好良さを二人に伝えるんだと、決意を新たにするのだった。
それがさらに二人の中でアスランの評価を下げると知らぬまま。
そう。大好きな姉や、親友、恋人の様に想っている相手から嫌いな人間の話を聞いても、ただただ憎しみを煽るだけなのだとキラは気づいていないのだ。
哀れ。アスラン・ザラ。