ウナトは、勢いのまま言葉を並べるユウナに負け、ため息と共にムルタ・アズラエルとの会談の場を用意する事をユウナやキラ、セナに約束した。
そして、ユウナはキラの出発を手伝うと、キラと共に家を出て行った。
今までどこか内側へ気持ちが向いていた息子ユウナの活発な姿を見て、ウナトは何とも言えない気持ちのままソファーに深くもたれかかった。
「まさか、あのユウナがこの様な事をするとはな。思いもしなかった」
「そうですわね」
ウナトの言葉に、ウナトの妻は応え、小さく笑みを作りながら頷く。
「しかし、何故かな。そこまで嫌な気持ちは無いのだ」
「それはそうでしょう」
「うん?」
「貴方も昔は、ウズミ様を支えて、オーブをより豊かな国にするのだと張り切っていたではないですか」
妻の言葉に、ウナトは目を見開いて、目を覆っているバイザーを外した。
ウズミと共に居た時、起こったテロにより、目が光に弱くなってしまった為、付けていたバイザーであるが、これを付け始めた頃から、少しずつ世界の見え方も変わっていった様に思う。
国よりも、自分を生かすために。
死から自分を遠ざける為に、より大きな権力を、より大きな財力を、より大きな……。
「そうか。私も始まりはそうであったな。いつの頃からか。変わってしまったのか。ユウナにも、酷い事をしてしまった。私の恐怖を和らげる為に利用しようと……」
「仕方ありません。人は弱い生き物ですからね」
「ユウナは許してくれるだろうか」
「分かりません。ですが、人はやり直せるのだと私は思います」
「そうか……。そうだな。確かに。そうであると思いたいな」
「はい」
「であれば、私は私らしいやり方で戦うとしよう。せっかくユウナのお陰で思い出したのだ。この気持ち。無駄にはしたくない」
「それが良いと思いますわ」
ウナトは、どこか晴れやかな顔をしながら準備を進め、ムルタ・アズラエルと会談の約束を取り付けるのだった。
本日、世界の運命を大きく変える会談が大西洋連邦にあるアズラエル財閥のビルの一室で行われようとしていた。
「お待たせしました。それで? オーブの氏族さんが僕に何の用ですか? それほど時間も無いので、あまり時間をかけて欲しくは無いのですが」
慇懃無礼という言葉が服を着ているかの様な姿で現れたムルタ・アズラエルに、キラはニッコリと笑みを浮かべると、ウナトが驚く様な話を突如として始める。
「はい。今日はムルタ・アズラエルさんに、ビジネスの話を持ってきました」
「ビジネス?」
ピクリとアズラエルの片眉が跳ね、面白そうな物でも見る様な目でキラを見据える。
キラの隣に座るウナトは、空気が重く、冷や汗をかいているが、反対側のセナは平然と目を伏せていた。
「ビジネスの話ですか。どんな面白い話を持ってきたのかな。聞かせて貰いましょうか」
「はい。私が持ってきた話は強固なシステムの防衛プログラムです」
「へぇ。君が持ってきたプログラムはどれくらい強いの?」
「そうですねぇ。プラントから侵入されないくらい。でしょうか」
「面白い事言うね。君。それじゃ君の作ったプログラムはコーディネーターにも突破できないっていうの?」
「はい。その通りです」
「……」
「だって、僕もコーディネーターですから」
キラの言葉に、アズラエルは少し不機嫌そうな顔になり、ソファーにゆっくりと身を沈めた。
しかし、鋭い目は変わらずキラを見据えている。
「君は知らないかもしれないけど……」
「ムルタ・アズラエルさん。若くしてアズラエル財閥を受け継いだ優秀なビジネスマンでありながら、ブルーコスモスの盟主。そして、ロゴスの一員。そうですよね?」
「……それをどこで?」
「調べたんですよ。アズラエルさんの保有するシステムに侵入して」
「手癖の悪い子だね。僕がどういう人間か知っていて、それでコーディネーターである事や、システムに侵入した事を明かすなんて。自殺志願者なのかな」
「回答はノーです」
「その根拠は?」
「二つあります。一つは、貴方が個人的な憎しみよりも、ビジネスを優先する人間であるという事」
「ふむ。もう一つは?」
「こんな小娘に怯えて兵隊を差し向ける様な弱い人ではないと信じているからです」
「信じる。ね? まだ僕と君は出会ったばかりなのだけれど。どこからその信頼が生まれているのか気になるな」
アズラエルの言葉に、キラはチラリと隣へ視線を向けた。
そして、その視線を受けてセナは小さく話を始める。
「……アズラエルさんは、勝者になりたい人なのではないでしょうか」
「っ!」
「だからこそ、自分よりも上の存在になろうとしているコーディネーターが気に入らない」
「なんだ。君は」
「私はセナです。キラお姉ちゃんの妹です」
「姉妹揃って生意気だな。それで? それが分かってどうだっていうんだい」
「私たちは、ただ平和を求めているだけなので、アズラエルさんの敵にはならないという話です」
「ブルーコスモスの盟主である僕は、明確にコーディネーターである君たちの敵なワケだけど」
「でも、アズラエルさんなら、彼らを上手くコントロールする事は出来るでしょう? 力による排除から、健全な競争へと移行する事も可能なのではないですか?」
「出来ない。とは言わないよ。でも、意味を感じないな」
「意味ならありますよ」
「へぇ? どんな?」
「非常に儲かります。ブルーコスモスの方々は多いですからね」
「あっはっはっはっは! なんて、バカバカしい話だ。そんなモノ。実現できるワケが無いだろう!」
「まぁ、そうですね」
「随分と素直に認めるんだね? セナ。じゃあ君の提案は間違いだったという事で、ここで死ぬ覚悟は出来ているんだろう?」
「いえ、出来れば死にたくないので。命乞いをさせていただきますね?」
「話だけは聞こうか」
セナは先ほどまでの話から一変して、酷く真剣な表情でアズラエルを見据えた。
そして、重々しい口を開く。
「遠くない未来に、プラントと理事国は戦争になるでしょう」
「だろうね。後はどちらが引き金を引くか。それだけだ」
「その時、おそらくプラントは地球に対して総攻撃を仕掛ける事になるでしょう」
「まぁ、そうなる前にプラントは壊滅するだろうけどね」
「では仮にそうなったとして……コーディネーターが、地球に向かって隕石を落としたらどうします?」
「なに……?」
「製造途中のコロニーでも良い。何ならプラントを落としても良い。そうなった時、地球に住む人々はどうなるのでしょうか」
「まさか、いくら連中でも、そこまで……」
「絶対にしないと言えますか? 貴方方はプラントを壊滅させて、コーディネーターを絶滅させようとしているのに」
「……」
ムルタ・アズラエルという男は非常に優秀な男である。
そして、彼と同じ優秀な人間を好ましく思っている。
無論それは、自分に逆らう様な存在は除いて、だが。
そんな彼の中で、セナやキラという人間はそこまで不快でもなく、優秀であるという立ち位置に収まりつつあった。
言葉でいくらか脅してはみるが、子供相手に激怒するほど未熟では無いし。
ここはあくまでビジネスの場である。冷静に話を受け止める余裕があった。
だからこそ、セナの仮定の話を受け止めて、思考する。
出した結論は、あり得るという物であり。結果は地球の壊滅という答えであった。
「君たちの目的は、何かな」
ここにきて、ようやくアズラエルの顔つきが変わった。
子供でも、敵でもなく、対等ではないが、ビジネスをする相手を見る目になった。
それを確認して、キラはセナに続き、言葉を並べた。
「私たちは、アズラエルさんと協力したいと考えてここに来ました」
「協力?」
「そう。先ほどのセナの話にもありましたが、宇宙に住まうコーディネーターが地球を滅ぼす。という決断をした時、私達の住まうオーブも他人事では済みませんから」
「そうだね」
「なので、地球の危機となる様な事に関しては協力がしたいのです」
「ふむ」
「なので、まずはビジネスパートナーとなるアズラエルさんの情報が盗まれないようにしたい。そしてそれから先は協力して地球を守る為に出来る事をしたいのです」
「なるほどね。あー。えっと、君の名前はなんだっけ? そっちの子も教えて」
「私はキラ。キラ・ユラ・アスハ。そして、この子は妹のセナ・ユラ・アスハ」
「アスハ……。なるほど。オーブの獅子の娘か」
「はい」
「でも、オーブは中立国なんだろ? 良いの? 僕と協力なんてしちゃって」
「本当は駄目です。でも、正しい事だけをしていて国民を守れるかというと、またそれは違いますから」
「ふぅん。君はどうやら中々の問題児の様だね。それで? もし君と僕の繋がりがプラントにバレたらどうするつもりかな? 君は」
「全ての責任を取って、自ら命を絶ちます」
「……!」
覚悟は既に出来ているという様な顔で、アズラエルに告げたキラの言葉に、アズラエルは小さく息を吐いた。
アズラエルとて、生まれた時からコーディネーターが憎かったワケじゃない。
いくつかの衝突があって、生まれた憎しみが今も根付いているだけだ。
それに、アズラエルには生まれたばかりの赤子が居た。
母親によく似た可愛らしい女の子だ。
自分の子だし、将来はとても優秀になるだろうとアズラエルは考えている、大切な子だ。
僅かに芽生え始めていたアズラエルの父性と、少しの時間であるが、話していて気に入った二人への思いが合わさり、コーディネーターへの憎悪を凌駕する・
そして、出した結論は、どの様な道に進むとしても、この二人くらいは生かしておいても良いか。という結論だ。
無論これからの流れで変わるかもしれないし。
今はただの気まぐれの様な状態だ。
それでも、アズラエルは確かに、この優秀な姉妹がこの世から、アズラエルの前から失われるのは惜しいと感じた。
だから……。
「駄目だ」
「っ!」
「もし、コーディネーター共が君を裏切者だと叫ぶのなら、君たちは僕の元へ来い」
「アズラエルさん」
「勘違いするな。コーディネーターが世界の邪魔者であるという事実に変わりはない。だが、まぁ、君たちは自分の立場という奴が分かっている様だからね。その考えが揺らがない内は生かしておいてやるだけだ」
「ありがとうございます」
「それと開発についてだが、僕の家でやれ。ここまで事情を知っている奴を逃がす事は出来ないからね」
「……分かりました。でも、たまにはオーブに帰らせて下さいね?」
「気分次第だね」
アズラエルは嘲る様な顔と声でキラの提案を一蹴し、ひとまず最初の会議としては無事に終了するのだった。