「この対応はあまりにも無慈悲が過ぎる!」
プラントに置かれた会議の場で、国防委員長のハリ・ジャガンナートは声を荒げながらテーブルの対面に座る女を糾弾した。
その荒々しさに、他の議員も気配を沈めながらジャガンナートと、その対面に居るラクス・クラインとの対話に耳を傾ける。
「現場は混乱状態にあり、怪我人も多く居ました。すぐにでも戦闘を終わらせる必要があり、隊長はその様に行ったのです」
「我が軍に攻撃する事もですか!?」
「えぇ」
「我が軍は! ただ、市民を守っていただけなのですよ!? コーディネーターも! ナチュラルも関係なく! キラ様がそう願った様に!」
「……」
「街を置いて逃げる事も出来ました。コーディネーターだけを避難させる事も出来ました。が! 彼らはキラ様の理想を胸に、死して戦っていたのです! そこに救援が来て、地球軍を制圧する事の何がおかしいと言うのですか!」
「地球軍ではありません。アレはテロリストです」
「同じことです! ナチュラルであれば……!」
ジャガンナートが呟く差別意識に、ラクスは僅かに目を細めて小さくため息を吐く。
「ナチュラル。コーディネーター。その種の違いが、かつての戦争を引き起こしました。違う者だから、撃っても構わないと、互いに銃口を突きつけた結果、
「だからこそ。キラ様はプラントで、アカデミーで、攻めるのではなく守る戦い方を教えた。無論、それは私も存じております。だが! その生き方を連中は踏みにじった。その行いに、兵士たちが攻める気持ちを取り戻して、誰が攻められましょう!」
「……ですから、それは」
「これまでにしましょう。これ以上はただの言い合いだ」
ラクスとジャガンナートが言い合う中、二人から少し離れた場所で両者を見ていたラメントが口を挟んで争いを終わらせる。
それに、ラクスは半ば立ち上がっていた体を椅子に落とし、ジャガンナートは鼻を鳴らしながらやや乱暴に椅子に座った。
争いはまだ終わっていないが、表面的には終わった様に見える。
「だいたいが、コンパス等という組織が怪しいのだ」
「ジャガンナート中佐」
「キラ様と貴様が組織を作ったというがな! 肝心のキラ様はどこに居るのだ! あの御方の理想を使っても、部隊を率いているのはアスラン・ザラだ!」
「……アスランでは不適格だと? アカデミーでも未だに彼の残した記録を超えられる者はおりませんし。戦場でも……」
「いくら輝かしい力を持っていようが、奴はザラだ。先の戦争を引き起こした男。パトリック・ザラの息子だろうが」
「っ!」
「キラ様が奴をお許しになったからこそ、今、ここに居る。キラ様無くして、アスラン・ザラの罪は拭えん」
「アスラン・ザラは何も罪を犯してはいません」
「何を言う。奴の血筋が。呪われた名が、奴の罪だ。それはプラントに住む誰しもが感じている事ではある!」
「ジャガンナート中佐。憶測で物を語るのはお止め下さい」
「フンッ」
「……」
「ハァ。どうやら、今回は有意義な会議にはならないですね。ここまでとしましょうか」
ラメントは変わらぬ二人の態度を見て、ため息を落とす。
どこか苦労人の様な顔をしながら、話を終わらせて場を解散とした。
ジャガンナート中佐は話が終わると、そのまま部屋から出て行って、ラメントはラクスの元へと向かい、共に外へ向けて歩く。
「お疲れ様です。ラクス様」
「いえ。議長にもご迷惑をおかけしますわ」
「ほほ。この程度は大した事ではありませんよ。ただ……現状のままというのは面白くないですなぁ」
「そうですわね」
「本当は、彼女が戻ってくれば良いんですがね」
「議長は、キラがプラントに居る方が良いと?」
「まさか。私は彼女が自由であることを望みますよ。我らはもう老いた。好きに生きる程若くはありません。ですが、幼少の頃より世界の為にと飛び回っていた彼女が、今、自由を求めて旅をしている。これは喜ぶべき事でしょう。我らの為に、自分を殺すべきではない」
「……議長」
「パトリックの時も、ギルバートの時にも、何も出来なかった老人の戯言ですよ。彼女が闇を切り開き、光をもたらした。その光で我らは人としての感性を取り戻した。だが、それと同時に、彼女が作り出す光がなくては生きられぬ者達も生まれてしまった。不幸な話です」
「はい。本当に」
「人類は、そろそろ旅立つ時が来たのかもしれません。自分の足で、自分の人生を」
「っ、ラメント議長は」
「はい?」
「……いえ。なんでもありませんわ」
「ほほ。そうですか。まぁ、議長ではなく、個人としての相談でしたらいつでも。オーブの箱舟の話でも、綺羅星を追いかけて姿を消した姫様の話でもね」
「っ! 貴方は」
「ほっほ。私はただの老人ですよ。何もする事はございません」
ラメントは、数人の護衛と共に去って行った。
そして、残るラクスはジャガンナートが用意した優秀な護衛という者達を引き連れながら歩く。
ただし、その中には身分を隠して『ディアッカ・エルスマン』という青年が紛れ込んでいるのであった。
ラクスとラメントが対話している頃。
プラントにある中世風の庭園に来ていたジャガンナートは、地球から来たという一人の男と面談をしていた。
「待たせたか?」
「いえ。予定通りですよ。ジャガンナート中佐」
「そうか。議会が荒れてな」
「そうでしたか」
「ラクス・クライン。強情な女だが、奴も平和を願っている事は間違いないのだろう。だが、アスラン・ザラに利用されている。その部分だけは頑なだ」
「人の心を利用するのが上手い男ですからね。ラクス様も利用されているのでしょう」
「あぁ。だが、アスラン・ザラさえ排除してしまえば、平和な世にラクス・クラインも賛同する筈だ。デスティニープランは、セナ様が平和の為にと推し進めた政策。問題があるとは思えん」
「まったくです」
「調整者が必要という話であったが、ラクス・クラインならば、誰も文句は言わんだろう。キラ様とセナ様には我らを導いていただかなくてはいけないからな」
「では、計画通りに?」
「あぁ。ラクス・クラインに付けた護衛からは情報を得ている。あの女が、キラ様の居場所を吐露すれば、すぐにでも救援部隊を向かわせる」
「それは素晴らしい」
「だが、どのような事態になってもあの女は行動に示さん。ここまで追い詰められているのなら、キラ様に助けを求める方が効率的だろうに」
「キラ様には自由であって欲しいと願っているのでしょう」
「バカな。くだらん」
ジャガンナートは金髪の男が言った言葉を否定して、自らの考えを語る。
「自らが力を持っているのであれば、それを誇示して彼女を鳥籠の中で自由に羽ばたかせれば良いだろう。放し飼いが良いなど、力を持たぬ者の言い訳だ」
「えぇ。私もそう思います」
「現状は、ただ、己に力を集めようとするアスラン・ザラの思うままだ。良い事など何もない」
「はい。では……計画通りに、あの男をまずは消しますか」
「そうだな。どんな事にでも首を突っ込む。あの男らしい最期を与えるとしよう」
「承知いたしました。では、彼らを王国へと案内します」
「頼む。こちらもレクイエムの準備はしておく。それにクーデターの準備もな」
「ありがとうございます」
「いつまでもコンパスの連中に好き勝手させるのは気に入らん。世界を統べるのはキラ様とセナ様こそが相応しいのだ」
ジャガンナートの言葉に、金髪の男はゆっくりと頭を下げて、短い会談は終わりを告げた。
そして、金髪の男はプラントの中を歩きながら、偽物で出来た青空を見上げ、その中で飛んでいたであろうキラの鳥を思い出す。
「やはり、人は愚かだな」
「……オルフェ」
「あぁ。すまない。早く国へ戻るとしよう。私もここの空気はあまり好きでは無いんだ」
オルフェと呼ばれた青年は、護衛として立っていたシュラという青年と共に王国のシャトルへと向かって、それに乗り込んだ。
そして、周囲に誰もいなくなったことを確認してから再び口を開く。
「全ては計画通りだ」
「しかし、母上はキラ様と共にあったセナ様が生きていると言っていたが、真実なのか?」
「分からん。デミスシルエットは回収したが、ホープ本体はオーブに奪われた。コックピットの中身に関しては不明だ。人の形をしていたか、どうか」
「例のサイコフレームか」
「あぁ。デミスシルエットを解析していて、不調を訴えた者は多い。あの時、軌道上でキラ様とセナ様が戦われた際に、彼女たちの声が聞こえた。アレはおそらくサイコフレームを通して世界に彼女たちの意志が共有された結果だろう」
「……それで、人の形。か」
「あぁ。だが、意識だけの存在となろうとも、デミスシルエットのサイコフレームならば受け止める事は出来る。彼女は呼び戻せる。というワケだ。セナ様には相応の器もあるしな。どうとでもなるさ」
「では、後は……」
「あぁ、肉体を持ってこの世に存在しているキラ様となる」
「皆が大好きなキラ様、か?」
シュラがどこかバカにしたような言葉を向けるとオルフェはフッと笑う。
そして、笑いながら言葉を返した。
「自らの意志で歩めぬ者達が彼女を縛り付けた。それは呪いだよ」
「ではお前はどうするつもりだ? 母上は彼女を象徴にしたいのだろう?」
「私は彼女には自由が似合うと思う。誰にも、何にも縛られず、自由に微笑んでいる姿が似合う」
「べた惚れじゃないか。オルフェ」
「やかましい! 本音で語ったまでだ!」
オルフェはどこか焦った様な顔のままシュラに語り、王国に居た時代の記憶は持っているシュラはどこか好意的な感情をキラに向けながら笑う。
「まぁ、俺は彼女が国に居るのなら、今はどうでも良いさ。最強は俺だしな」
「……そうやって言っているのは良いが、セナ様の意志を潰して世界を混迷に落としたのはシン・アスカだし。キラ様を利用しているのはアスラン・ザラだぞ。強さで言うのなら、二人の方が有名だ」
「フン。その程度の相手。直接俺が力を示してやる」
どこか不遜な態度で言葉を語るシュラに、オルフェはため息を吐いて、天井を仰いだ。
かつて、王国で同じ時を過ごしたキラの事を思い出しながら。
「変わらない世界で、君だけが、世界を変えようとしていた。しかし、妹を奪われた君は、今、苦しんでいるのだろう……。私が、救い出さねば」
ギュッと天井に向けた手を握りしめて、オルフェは決意を心に落とすのだった。