カガリを通して伝えられた依頼により、ファウンデーション王国へとやってきたミレニアムとその一行はゆっくりと着水しながら港へと入ってゆく。
かつてノイマンが操舵するアークエンジェルよりは弾く水量や、起こす波が大きいが、その影響で津波が起こる様な事はしない。
既にこの世界においては通常の艦船とは別に宇宙艦の様な巨大な艦も港に来る事があるので、彼らが生み出す波に対する対策が完璧なのだ。
そして、着水したミレニアムからラクス達が降り立って、ファウンデーション王国の港にて、ラクス達を出迎えるべく立っていた者達へと視線を向ける。
「お出迎えありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ。要請に応えていただき、ありがとうございます。まずは女王の元へご案内いたします」
「それは丁寧にありがとうございます」
ラクスは上品な仕草で彼女を出迎えた金髪の男性、オルフェ・ラム・タオの言葉を受けて歩き始める。
そんなラクスについていくべくアスラン達は制服を綺麗に正したまま王宮の中を進み、どこか中世の様な煌びやかな庭や彫刻などが見える廊下を進んだ。
そして、廊下の最奥で玉座へと入り、最奥から見下ろしているアウラ・マハ・ハイバルから見える位置で膝を地面に付けながら軽く頭を下げるのだった。
「お初にお目にかかりますわ。アウラ女王陛下」
「おぉ。わざわざ遠路はるばる助かる。ラクス・クライン。それに、コンパスの方々」
「いえ。我々は世界平和の為に活動をしておりますから。危機ある所に駆けつけます」
「それはありがたい。詳細な作戦に関しては、我が国の宰相。オルフェから聞いてくれ。オルフェ。後は頼んだぞ」
「ハッ! お任せください」
作戦に関する話はオルフェへと流され、アウラはラクス達に歓迎の宴について告げてから離籍していった。
ラクスはひとまず予定のすり合わせをオルフェと行う事になり、ヒルダ達を護衛として付けながら彼と共に向かう。
玉座に残される事となったアスラン達は、案内役としてやってきた美しい姿の女性と共に宮殿の中を歩く事となったのだが。
「え? イングリットさん?」
「ちょっ! シン!」
「あ、いや。マジでそっくりなんだって」
「分かってるわよ! でも、それ、言う!?」
シンの無神経な発言に、隣を歩いていたルナマリアはシンの横っ腹を小突きながら小言を向ける。
が、シンは小突かれた瞬間に、激しい痛みを感じたのか顔を悪くしながらフラフラと体を震わせた。
「る、ルナ……つよすぎ」
「このくらいは良いクスリでしょ。アンタには」
「げんどが、あるだろ……!」
悶え苦しむシンに、ルナマリアが鼻を鳴らしていると、案内役としてやってきた女性が微笑みながら言葉を向けた。
「皆さんの事は姉から聞いております。ミネルバのシン・アスカさんに、ルナマリア・ホークさんですよね」
「っ! 妹って」
「はい。私は彼女の妹なんです。ただ、ここでは便宜上役職名としてのイングリットという名前で行動しています。その方が意思疎通も行いやすいですからね。皆さんも遠慮なくイングリットとお呼びください」
「な、なるほど」
「色々な文化があるんすねぇ」
「シン!」
「あいだっ」
ルナマリアに強く小突かれ、シンは再び苦しみながら歩く事になり、シン以外の面々はイングリットからの説明に相槌を打ちながら話を聞いていた。
そして、様々に紹介される調度品や庭、装飾などを見て楽しむ。
そんな中でシンは一人、庭にある木々の向こうに、腰辺りまである長い栗色の髪を靡かせながら微笑む少女を見つけた。
「……セナ?」
思わずと言った様子でシンはそちらへ向けて歩き始めてしまう。
それは、木々の向こうに、大気圏での戦いで消えた影を見つけたからだ。
あの時に失ってしまった。誰よりも世界を想っていた少女の、本来の姿を見てしまったからだ。
「シン! どこに行く! シン!」
「っ! そちらは駄目です!」
アスランに止められても。
案内役であるイングリットに静止しろと言われても、シンは半ば無意識のまま庭にある木々の向こうへと向かった。
そして、外からは見えない高い壁の真ん中で、無邪気に微笑みを浮かべる少女を見つける。
栗色の長い髪、ぱっちりと開いた紫色の淡い瞳。
姉であるキラにも、カガリにもよく似た。どこか理知的で、でも自由が好きだと言っていた彼女らしい顔と表情。
その全てが、この閉じ込められた庭の中にあった。
手に持ったどこか薄汚れた人形は泥によって汚れたのか、彼女の着る美しい服とは合わないが、それがセナらしくもある。
「セナ……!」
「おにいちゃん、だれ?」
「セナ! 俺は」
「それ以上近づくな!! 侵入者め!!」
シンがセナによく似た少女に近づこうとした瞬間、どこからか飛んできたサーベルがシンの足元へと突き刺さる。
「っ!」
「誰に許可を得て、ここに居る」
「俺は」
「シン! 勝手にどこへ行くつもりだ!」
シンがセナを庇いながら立つ銀髪の青年に応えようとした瞬間、光すら殆ど通さない木の壁を抜けて、彼の上司であるアスラン・ザラが乱入してきた。
そして、シンに怒鳴りつけようとしたのだが、不意に銀髪の青年が庇っている少女に目が行ってしまう。
セナ。
「……! その子は」
「アスラン・ザラ! シン・アスカ!」
「っ!」
「何故、俺たちの名を」
「俺はシュラ・サーペンタイン! この国の護衛だ。そして、アウラ女王陛下の愛娘であるセナ様の護衛でもある!」
「セナ……!」
ギュッとシュラと名乗った青年の足にしがみついて、恐怖を示すセナに、シンとアスランの焦りは増してゆく。
しかし、いくら焦った所で状況は良くならず、シュラは投げたサーベルとは違うサーベルを抜いて、真っすぐにそれを二人へ向けた。
「立ち去れ。彼女に近づくのなら……命はない」
「話を! 俺は、彼女に話をしようとしただけで」
「黙れ! 害虫め」
「っ!」
「貴様が彼女の夢を否定し、大気圏近くの戦いで、彼女は消えた。また『セナ』を殺すつもりか。シン・アスカ」
「お、おれは」
「まだ、貴様らは客人だ。こちらからは手を出さん。しかし、これ以上踏み込むのなら……容赦はしない」
ギラリと輝く様な瞳でシュラはシンとアスランを睨みつけた。
その視線の鋭さに、向けられる怒りにアスランはこれ以上、ここに居ても良いことは無いと悟る。
故に。
「シン。戻るぞ」
「でも、隊長!」
「俺たちはコンパスの隊員としてここに来ているんだ! ラクスとキラの顔に泥を塗るつもりか!」
「っ!」
「ここに居ても、得られる物は何もない」
アスランはどこか悔しさを噛みしめた様な顔でシンの腕を掴み、引っ張りながら元居た場所へと戻って行った。
彼らが消えてからシュラは緊張を解いた様に、ふぅと息を吐いてから足元に居る小さな存在へと視線を落とす。
かつてと同じ様に、キラと……いや、キラとよく似た美しき女性ヴィア・ヒビキに似た少女。セナへ。
「怪我はありませんか?」
「う、うん。わたしは、だいじょうぶ」
「それは良かった。しかし、ここは危険です。部屋に戻りましょうか」
「……でも。あの男の子、泣きそうな顔だった」
「セナ様」
「っ」
「セナ様があの様な者達を気にする必要はありません。あなたのお役目は、世界を導く事。その過程の中で彼らも救われます。今はただ、自分のお役目に集中下さい」
「わ、私は!」
「セナ様」
「……はい。ごめんなさい」
どこか落ち込んだ様な顔をするセナに、シュラは先ほどまでの表情はどうしたのか、笑顔の様な顔を向けて護衛として横を歩こうとした。
しかし、セナは両手をシュラの方へ向けて広げる。
「……セナ様」
「ちょっとだけ。今は、誰も見てないから」
「いけません」
「少し、だけ」
「……仕方ありませんね」
シュラはサッと周囲を見て、誰もいないことを確認してからセナを抱き上げた。
そして、その背を軽く叩きながら庭園を軽く歩く。
「普段は勘弁してください」
「……うん。いまだけ、ね」
セナはどこか嬉しそうな声をシュラに向け、それから地面に降りて侍女が待つ方へと向かって行った。
それを見送ってからシュラはどこか複雑そうな顔をしていたのだが。
「リデルちゃん見ーちゃった」
「っ!? リデラード!?」
「くふふ。アタシってば、セナ様の監視だから。視えない所からでも見てるよー」
「……母上に密告するつもりか?」
「どーしよっかなー。ね。どうして欲しい?」
リデルと呼ばれた少女が、煽る様にスキップをしながらシュラの周囲を回っていると、シュラは観念した様にため息を吐いた。
そして、今にも消えそうな声で呟く。
「今度、土産を買ってきてやる」
「ホント!? やったー! リデルちゃん、赦してあげる!」
「ハァー」
「くふふ。安心した。みたいな顔。そんな心配しなくても、アタシがこの事をお母様に言う訳ないじゃん」
「……リデラード」
先ほどまでの煽る様な顔はどうしたのか。大人びた顔で彼女は語る。
「セナ様はね。いつも寂しそうな顔をしてるんだよ。みんな、護衛はしててもセナ様に触らないでしょ?」
「当たり前だ。母上はセナ様と我らが必要以上に接触する事を禁じている」
「うん。だからね。きっと寂しいんだよ。いつも、周りに誰かいても、独りぼっちだから」
「……そうか。しかし、我らは所詮代替品だ。真に彼女を想う御方が帰ってくれば、彼女の孤独も癒される」
「キラ様……か。今どこに居るんだろうね」
「分からん。だが、以前オルフェと共にプラントへ行った際に様々な場所を調査したが、あそこには居なかった」
「って事は、地球?」
「どうかな。であれば、世界の動きはもう少し変わる様な気がする。彼女を確保した陣営が、それを宣言してもおかしくはないのだ」
「……確かにね」
リデルはシュラの言葉に納得しながら両手を背中で組んで、軽く歩く。
「キラ様がどこに居るか。それは分からない。ラクス・クラインは、彼女が自由に生きていると言った。つまりは、どこかに隠れているという事ではなく、世界中を動き回っているのだろう」
「うーん。流石というか。なんというか」
「こんな世界だからな」
リデルの言葉にシュラは僅かに笑みを向けながら言葉を零す。
「しかし、そんなキラ様も、世界の危機となれば顔を見せるだろう? その時が、チャンスだ」
「ラクス・クライン、コンパスの面々を囮にして、キラ様を世界に引きずり出す」
「そういう事だ。そして、世界に出て来たキラ様には、セナ様の事を教えよう。優しい彼女の事だ。セナ様の為にと我らの元へ降りてきて下さる」
「うん。その時が楽しみだね。また、お姉ちゃんって呼んでも良いかな」
「キラ様なら頷いて下さる」
「それは楽しみだね」
シュラとリデルは二人で言葉を向け合いながら、隠された中庭を後にするのだった。