ユーラシア連邦から核ミサイルが放たれたという報告は、かなりの緊迫感を持って作戦会議室にいるオルフェへと伝えられた。
「ユーラシア連邦より核ミサイルが発射されました! こちらへ向かっています!」
「なに!?」
「なんだと!? どういう事だ!」
「どういう事か。というのは我が方の言葉ですよ。大佐殿」
「い、いや、我々は」
「核ミサイルを隣国近くに配備する事をキラ様が容認されるとでも!?」
「そ、そんなことはない……!」
「言い訳は後で聞きましょう。今は脱出を。王城が狙われている場合、逃げる必要があります」
オルフェはユーラシア連邦の軍人との会話を終わらせて、急ぎセナを連れながらこの場を去ろうとした。
しかし、そんなオルフェをラクスが引き留める。
「お待ちなさい! セナさんをどうするおつもりですか!」
「これは異なことを。セナ様を危険なこの場所に残す事は出来ない。避難させますよ」
「お、オルフェさん……! ラクスさんは」
「……セナ様は、彼女を連れて行くべきだと?」
「は、はい。だって、ここに居ては危ないんですよね。皆さんも、ここに居る人は皆」
「承知いたしました。では皆、脱出だ。急げ!」
オルフェはセナの言葉に応えて避難指示を出してからラクスへと視線を向ける。
そして、どこか嘲るような顔をしたまま言葉を向けた。
「貴女も共に来ていただきましょう。ラクス・クライン」
「……えぇ。わかりましたわ」
ラクスはオルフェの言葉に頷いて、そのまま彼と共に彼の案内するシャトルへと急いだ。
そして、搭乗してすぐにシャトルは大気圏の外へ向けて真っすぐに飛び上がってゆく。
そんなシャトルの中で、ラクスは窓の向こうに見えていたユーラシア連邦の軍人を乗せた、シャトルが何者かに撃ち落とされるのを見たが、それを誰がやったのか。それは分からぬまま、ただ景色の中に消えてゆくシャトルを見送るのだった。
それから。
ラクス達を乗せたシャトルは無事大気圏を突破し、軌道上にてモビルスーツ部隊を展開しながら暗い宇宙にたたずむ宇宙艦へと向かう。
ラクスはシャトルから移動する際に、パッと自席から立ち上がって、セナの元へゆき、その小さな手を握る。
それにセナは少しの驚きと、期待と、喜びを込めてラクスを見上げた。
「ラクス・クライン! その手を離せ!」
「セナさんがそう望まれるのであれば、
「貴様……!」
「オルフェさん! 怒らないで下さい。私、ラクスさんと少し一緒に居たいです」
「セナ様!?」
セナは無重力の中、ふわりと浮き上がってラクスの傍へと寄って行った。
ラクスはそんなセナを抱き寄せて、抱きかかえながら親子の様に笑う。
自分の勝利を見せつける様に。
そんな小さく、ささやかな抵抗にオルフェは悔しさを噛みしめたまま、仕方なくセナとラクスを一緒に連れて行く事とした。
用意しておいた部屋にラクスをセナと一緒に連れてゆき、外から鍵をかける。
「あらあら。閉じ込められてしまいましたわね」
ラクスは予想通りだとでも言うように、セナを抱きかかえたまま周囲を見渡して、どこかに脱出する為の出口は無いかと探っていたのだが。
不意に抱きかかえている存在から声が聞こえた。
「無駄ですよ。ミーア・キャンベルさん」
「っ! あなた!」
「表面上で、自分はラクス・クラインさんだと偽って、アコードの皆さんは騙せても私は騙せません」
セナは虹色に輝く虹彩をミーアに向けながら無表情で呟いた。
それはかつてのセナとは似ても似つかない姿である。
「しかし、貴女がミーアさんであるという事実は隠しておいてください。もし、オルフェさん達に知られてしまえば、貴女は殺されてしまう。ここに居るのはラクス・クライン。だからこそ価値があるのです」
「貴女は……いったい、なに?」
「私は私ですよ。皆さんが言っていた様に、セナ。セナと呼ばれる人間です」
「セナ……?」
「しかし、ラクスさんの考えるセナとは違う人物かもしれませんね。何故なら、私はこの世界にいたというセナとは違う人間ですから」
「違う人間……? どういうこと?」
セナはミーアの傍を離れ、ゆっくりと床に降り立ちながら、考える様に左右を見据える。
そして、言葉をゆっくりと語り聞かせる様に喋り始めた。
「私は、セナ。かつてこの世界の未来に作られた人間の記憶を持っています。デスティニープランを操る為に生み出された存在。システムの一部です」
「……!」
「人では、感情が入ってしまい冷徹にシステムを動かす事は出来ない。ですが、機械に任せていても機械に人の感情は理解出来ない。だから、私が生み出されたのです。機械でも人でもなく、感情を理解しつつも、それによって決断を変える事のない存在に」
「その、セナが何故ここに?」
「さぁ。私は何者かによって作り出され、ここに居ます。どの様にして時を超えたのかわかりませんが、彼らがサイコフレームと呼ぶ存在に何かしら理由があると思われます」
「サイコ、フレーム」
ミーアはセナが呟いた言葉に、しばし考え込むように思考を海に沈めてからグルグルと情報をかき混ぜる。
それによって答えを出す為に。
しかし、そんなミーアを見て、セナはクスリと笑った。
「やはり、人類にデスティニープランは不要なのでは無いかと私は考えます」
「え?」
「人は、自らの意志で思考し、自らの願いを持って行動します。誰かに定められた運命よりも、自分で出した結論を優先するのだと思います」
「そ、そんなのは、分からないわ。何が正しいかなんて」
「分かりますよ。ラクスさん。例えば私が完璧な答えを導きだし、それを提示するとして、それを信じられますか?」
「それは……」
どこか戸惑った様な顔をするミーアにセナはやはり微笑みを返した。
「出来ない。何故なら人は完璧など求めてはいないからです。自分の人生における完璧な選択肢だと誰かに言われても、違う筈だ。もっと違う自分がある筈だとそれを否定する。完璧など、意味のない言葉ですよ」
「でも、それを、デスティニープランによって出された結論は貴女が管理していたのでしょう?」
「えぇ。その通りです。しかし、それは人に拒絶される物であり、人の願い、希望を踏みつけて来た私は、彼らにとって裏切者でした。それは、彼らの気持ちを理解しようとしなかった私の罪です」
「罪なんて、ある訳がないわ。デスティニープランが正しいと信じて、それを人々に伝えようとした貴女は、悪なんかじゃない」
「ありがとうございます。けれど……私はデスティニープランを正しい物として維持する為に、多くの命を奪いました。デスティニープランを否定する全ての存在を排除しました。けれど、どれだけ排除しようと人の意志は消えず、最後には私が殺されてしまった。それは私が間違って居るから、でしょう?」
「それは」
ミーアの否定をセナは軽く微笑んで返して、喋ろうとした唇に人差し指を当てる。
それ以上喋らなくて良いとでもいう様に。
その雰囲気にミーアは何も語れないまま黙り込んでしまった。
「ラクスさんが優しい人なのは分かります。貴女が私を正しいと言ってくれるのは救われる様な気持ちです。しかし、現実として私には足りない物があった」
「足りない、もの?」
「はい。デスティニープランを否定する方々が守ろうとしていたのは自分の事じゃない。もう動けない母親。体の弱い妻。未来ある子供達。人により、その理由は様々ですが、彼らは常に、自分ではない。自分が護らねばならない家族の為に戦っていました」
セナが思い出すかの様に語る言葉に、ミーアは言葉もないまま目を見開いて唾を飲み込む。
「私にも妹がおりました。しかし、彼女はただ同じ遺伝子と同じ過程をもって生まれて来た子供というだけ。彼らの言う、家族にはほど遠い。だから、私も家族が欲しいと。家族とは何か、知りたくなりました」
セナの独白に、ミーアはハッとなり、思わず呟いてしまった。
「だから、セナちゃんは……家族の為に、頑張っていた?」
「セナちゃん。というのは、かつてこの世界に居たという私ですか。なるほど。同じ存在というのは、同じ結論に至るのかもしれませんね」
「っ! だ、だったら、だったらセナちゃんは! ここにいる! 貴女は理解が出来るんでしょう!? かつて消えてしまったセナちゃんがキラさんの事を」
「ラクスさん」
「……!」
「何度も言いますが、私はセナであっても、かつてこの世界にいたセナではありません。彼女と同じ様には生きられない」
「ぁ」
「そして、私はこの世界に生まれて家族を得ました。お母様やオルフェさん、シュラさんにリデルさん。多くの家族です。私は家族のために生きる事で、家族への愛を知りたい」
「……そう、それで」
「はい……」
「彼らと共に戦う事にしたのね。デスティニープランを護るために」
「彼らの為に、デスティニープランを完全にこの世から消し去ります。私もろとも」
「っ……え!?」
ミーアはどこか諦めた様な顔でセナの目的を語ったのだが、セナはどこか拍子抜けした様な顔のままミーアの言葉に首を傾げる。
しかし、ミーアは例え生まれ変わっても、人が違っても、考え方も行動も違っても。
かつてのセナと同じ結論に至った、今ここに居るセナが愛おしくて、けれど、寂しくてその小さな体を抱きしめる。
ボロボロと涙を流しながら、抱きしめられているセナが啞然としていても、変わらず彼女を抱きしめていた。
「落ち着いてください。ラクスさん。私はここに居ますよ」
「セナちゃん……! セナちゃん……!」
「はい。ラクスさんの言う事は分かります。私が未だかの計画の支配者であると疑っていたのでしょう」
違う。
「ですが、安心してください。私は嘘を言いません。私はデスティニープランを良き物と捉えてはいません」
違うのだ。
「私は
ミーアが考えている事は、セナが語っている事とは違う。
間違っている。
何もかもが。
「私は、必ずこの世界に自由をもたらして見せます」
「ミーアちゃん」
だが、今セナにそれを伝えても意味は無いだろう。
だから、ミーアは静かに決意するのだ。
彼女に生きる意味を。
自由とは、全ての人が持つべき未来への標なのだと。
ミーアは強く心に決めたまま、無邪気に微笑むセナを見つめた。