久しぶりにオーブへと帰還したセナは、戻ってきてから一瞬たりとも離れない姉二人に、困った顔をしながらアスハ家を尋ねてきた客に視線を向けた。
かなり苛立ちを感じている様で、腕を組みながら怒気を膨れ上がらせている。
「いい加減にしてもらおうか。キラ・ユラ・アスハ。我は仕事の話でここに来ているのだ」
「僕だって! 今大事な時間を過ごしているんだ! 少しくらい待っててくれても良いでしょ!?」
「貴様ァ……!」
「キラお姉ちゃん。駄目ですよ。お客様を放置しては」
「あー、セナはなんて優しい子なんだろう! 分かったよ。お姉ちゃん頑張るからね。でももうちょっと、じゅうでーん」
「チッ!」
「はいはい。態度が悪いですよ。ギナさん。セナの前なんだから」
「それがどうしたというのだ! 貴様! オーブの未来を担う、アスハの娘という自覚があるのか!?」
「アリマスケレドモ。それと、これは別の話でしょ?」
「き、さ、ま……!」
「もう少し~」
キラが一言発するたびに、苛立ちを加速させる長い黒髪の眉目秀麗な男の名前は『ロンド・ギナ・サハク』と言い、オーブ五大氏族が一つサハク家の次期当主である。
キラやカガリとは同じ様な立場であり、現在はオーブの今後を左右する『モビルスーツ開発計画』を進める為、モルゲンレーテで日々開発を行っていた。
そして、キラはそんなギナの手伝いをしており、今日も技術協力でモルゲンレーテに行く予定だったが、いつまで経っても顔を見せない為、怒り狂ったギナがアスハ家まで来た。というのが現在の状況である。
「もう。キラお姉ちゃん。いい加減にしないと。私も怒っちゃいますよ。失礼すぎます」
「わ、わ! 分かったよ。ちゃんとする。ちゃんとするから」
「まったく。キラはしょうがないな」
「はい。カガリお姉様も、向こうで士官学校の方が待ってますからね。ちゃんと行きましょう」
「そんなぁ~!」
キラとカガリを引き離し、キラにはギナが持ってきた仕事の話を。
カガリは士官学校に送り出して、セナはふぅと息を吐いてから家の事をしようとした。
しかし、セナの言うことを聞くキラを見て、これは使えるなと思ったギナはセナを抱きかかえ、そのままモルゲンレーテに連れて行くのだった。
「ちょ!? 何してんの!? ギナさん!」
「貴様を働かせる為だ。貴様の妹は連れていく」
「はぁ!? 駄目に決まってんでしょ!?」
「嫌なら働け。では我は先に行く」
「あぁー! セナー!」
そして、セナを攫われたキラは急いでモルゲンレーテへと向かい、セナをギナから取り返してから、モルゲンレーテの奥の奥。
秘密の開発地区へと向かうのだった。
「連れて来たぞ」
「ありがとうございます。ロンド様」
「いや。構わん。口惜しい話ではあるが、我よりもあの腑抜けの方が役に立つからな」
「へー。腑抜け! 僕にシミュレーターで全敗した人が何か言ってるよー」
「……!」
挑発する様なキラの言葉に、ギナは青筋を浮かべるが、支配者とは悠然であるべきと考えている彼は、アスハ家にいた時の様に声は荒げない。
オーブを支配する五大氏族。
その名に恥じぬよう、心身ともに強く自分を保つ。
限界は割と近そうだが。
「エリカ・シモンズ。我専用のモビルスーツの開発は急いでくれ。頼んだぞ。あの小娘にいつまでも良いようにはさせん」
「アハハ。分かりました」
そして、限界を迎える前に総動員した理性で『モビルスーツ開発計画』の主任設計技師であるエリカ・シモンズへ自分専用の愛機を依頼しておくのだった。
しかし、そんな光景を見てしまえば、負けず嫌いのキラが黙っている筈もなく。
「あー! ズルい! エリカさん! 僕の専用モビルスーツも作ってね! すっごい奴!」
「エリカ・シモンズは開発でやるべき事が多数ある。無茶を言うな」
「自分だって依頼していたでしょうが!」
「我は良いのだ。モルゲンレーテにおけるモビルスーツ開発の責任者だからな」
「ちぇー! いつもそうやってズッコイんだ!」
キラは不満を漏らしながらも、近くに居た技術者を呼んで、PCを受け取り、今ある問題について聞く。
アスハの姫であるキラは、本来敬われ、遠巻きにされる存在であるのだが、開発が始まってからの一年。
敬語は要らないよ。から始まり、一緒に働くんだから仲よくしよう。とフレンドリーに接し、一人一人の名前を覚えて、まるで友人の様に接するキラ様への信頼は急上昇し。
キラ様も望んでいるし、と友人の様に彼らは振舞ってオーブのモビルスーツを開発していた。
そして、そんなキラと共にセナもせっかくだからと開発の手伝いを始めるのだった。
「しかし、働き始めると、あぁして率先して動くというのに、ここに来るまでいつまでもグズグズしているのは理解出来んな」
「きっとキラ様は、兵器が嫌いなのだと思います」
「そうなのか?」
「えぇ。おそらく、ですけどね」
「フン。軟弱な事だ。力を持たなければオーブを守れぬというのに」
「それは、きっとキラ様も分かっていると思いますよ。ただ、それはそれとして嫌なんだろうなと私は思います」
「フン。面倒な小娘だ」
ギナは笑顔で作業員に笑いかけるキラを見て、目を細める。
おそらくは、支配者という物から最も遠い位置に存在するが、支配者になるべくして生まれた様な立ち振る舞い。
「気に入らんな」
「ロンド様?」
「何でもない」
「そうですか? それなら良いですが……私はロンド様とキラ様は仲良く出来ると思いますよ。キラ様って、多分代表首長に興味ないでしょうし」
「だろうな」
「なら」
「しかし、民はカガリ・ユラ・アスハかキラを選ぶだろう。ならば、争うしかあるまい」
エリカの言葉を飲み込みながらも、ギナは彼女の理想を否定し、まだ内部フレームだけの状態のモビルスーツを見つめた。
国は、民は、自分達を照らす太陽や、彼らの旅路を見守る月を選ぶだろう。
それが王道であるからだ。
王とはそうあるべきものだからだ。
しかし、それでもギナは自分の野望を捨てきる事は出来ない。
故に。彼は彼の選んだ道を進む。
「
「え?」
「機体の名前だ。決めておく方が良いだろう。いつまでも試作モビルスーツでは士気も上がらん」
「そうですね。アストレイ。良い名前だと思います」
「むむ? 何か面白そうな話をしている気がしたよ!? モビルスーツの名前!? 僕も決めたい! 決めたい!」
「やかましいのが来たな……」
「えー、あー。一応キラ様の意見を聞いてみましょうか」
「えっとね! スーパーライジング……」
「却下だ。品が無い」
「はぁー!? まだ全部言ってないんですけど!? それに! 格好いい名前でしょうが!」
「貴様の品性を疑うよ。我は」
「なぁーにぃー!?」
「ま、まぁまぁ。キラ様の専用機はキラ様の好きな名前を付けられますから」
「ぶーぶー。しょうがないなぁー」
キラは文句を言いながらも、再び作業場へと戻り、PCのキーボードを叩きながら、いかに自分が凄い名前を考えて居たかという話を、一緒に作業していた女性作業員に語り掛ける。
が、その女性は曖昧な笑顔で頷くばかりであった。
「ねーねー! アスカさんも良い名前だと思うよね!?」
「ま、まぁ。ウチの息子とかは気に入ると思いますよ。多分」
「セナはどう思う?」
「私はノーコメントです。ですが確かに男の子なら目をキラキラさせながら喜ぶかもしれません」
「むー。ま、シン君が喜ぶなら良いか!」
二人はキラの機嫌がひとまず落ち着いた事に安堵しつつ、生贄の様になってしまった少年へ心の中で謝罪するのだった。
そして、名前の話も終わり、キラたちは再び作業に戻って行った。
しかし、遅々として進まないモビルスーツの開発に、キラは心の中でため息を吐きながら、かつてプラントの工場で作られていたジンを思い返す。
あれから、どれだけ開発は進んだのだろうか。
もう実戦投入が可能な状態となっているかもしれない。
もしくは量産段階に入ったのか。
プラントに居た時は、早くオーブや月へ帰りたいと思っていたけれど。
こうして、プラントを離れてしまえば、情報が入らずヤキモキとしてしまう。
今のキラは非常に複雑な気持ちであった。
ジンを開発していたメイアには、理事国と戦う強い決意があった。
理事国を支配し、ブルーコスモスを操るアズラエルには、コーディネーターへの強い憎しみがあった。
走り出せば、もはや止まらないだろう。
動き出してしまえば……世界はどこまで行ってしまうか分からない。
だからこそ、キラは戦争を止める為の手段を考えて居たのだが……情報が入らない場所では焦りが増すばかりだ。
いつかプラントと地球が戦争を始めて、プラントで出会った大切な人たちが争いに巻き込まれるかもしれない。
考え始めれば落ち着かない日々であった。
「……?」
しかし、そんなキラに一つの光が差し込んだ。
それは、月で共に暮らし、成長していた幼馴染、アスラン・ザラからのメールであり。
キラに会いたいというシンプルな言葉が載せられたメッセージであった。
『コペルニクスで。君に会いたい。二人きりで』
ドクリとキラの心臓が高鳴った。
急な別れをしてしまった親友にまた会える。
それはキラにとって、酷く甘い毒の果実であった。
しかし、キラはこのメールに毒が含まれている可能性など考えない。
だからこそ、メールの事は周りに黙ったまま、アスランに会う決断をした。
「……」
「キラお姉ちゃん? どうしたんですか?」
「貴様。またサボっていたのではないだろうな?」
「ち、違いますよ!」
「なら、何を呆けていた。言ってみろ」
「そんなの言えるワケ無いじゃないですか! 乙女の秘密ですよ! ギナさんのえっち!」
「乙女の秘密だと……? 貴様が?」
「ギナさんのえっち!」
「えぇい! 連呼するな!」
「ギナさんはえっちー!!」
「止めろと言っているだろうに!」
キラは走り回りながら、ギナの名を叫び、皆の注意を何とか逸らす事が出来たと安堵した。
そして、その日の夜。
アスランに返事をしながら、キラは一人月面都市コペルニクスへ向けて飛び立つのだった。
誰にも行き先を告げぬまま。
『うん。僕も会いたい。あの桜並木で君を待つ』