キラという人間は、基本的にお人よしである。
それは生まれ育ってきた環境か、生来のものか。
どちらかは分からないが、人を疑うという行為を基本的にキラはしない。
無論、ウズミの子として引き取られた日から、政治的な世界の事を知り、どれだけ良い人であっても嘘をつく事はあるし。
他国を騙して自国の利益を得るという様な事はあると分かっている。
だが、アズラエルの様に、表では普通のビジネスをしながら、裏ではブルーコスモスの様な組織を支援している人であっても、友人であれば嘘は吐かない。
そういう人間もいるのだ。
それはセナからの話や、何度か直接話したキラ自身も分かっている事である。
だからこそ、アスランが会いたいと言ってきた時も、特に疑うことなくコペルニクスまで来たのだ。
それがいかに愚かな行為であったとしても。
「……」
アスランにメールを返しつつ、コペルニクスに来たキラは流石に早すぎたかなと桜並木で、桜に木に寄り掛かりながら空を仰いだ。
プラントから月へ来る為には最低でも二日は掛かる。
無論、キラ自身もオーブから二日かけて来たのだから、同じくらいの時間に着くだろうが……それでもアスランがすぐに来るとは……。
「キラ!」
「っ!? アスラン!?」
それはどんな奇跡だろうか。
一人、桜に木に寄り掛かりながら目を伏せていたキラの元へ、懐かしい藍色の髪の少年が駆けて来る。
その姿にキラも思わず駆け寄ってアスランの手を取った。
「アスラン! 良かった。無事だったんだね!?」
「それはこっちのセリフだ。キラ。急に居なくなるからビックリしたぞ」
「あー、そうね。それはごめん」
「いや、でも、こうして無事だったんだ。いう事はないさ」
「うん」
キラとアスランは言葉を交わしながら、舞い散る桜の下で笑い合う。
離れていた時間の空白を埋める様に。
「久しぶりだな」
「うん。そうだね。本当に久しぶり。子供の時に会ってから何だかんだずっと一緒にいたから、こうして久しぶりってやると不思議な感じ」
「そうだな」
「うん」
「あー、それでな? キラ」
「うん?」
アスランはキラと話しながら、鞄から緑色の何かを取り出して、キラに手渡した。
そして、頬を掻きながら、キラに手渡した緑色の機械鳥の説明をする。
「なぁに? この子。ぬいぐるみじゃないよね?」
「うん。そう。ペットロボットだよ。ほら、幼年学校でさ。最後の年に課題で作る奴。キラ、前から可愛いって言ってただろ?」
「あー、アレかー! うん。確かにこの子だ。可愛いね!」
「そう。それでさ。キラにプレゼントしようかと思って」
「良いの!?」
「去年はお祝い出来なかったからさ。遅れたけど、誕生日プレゼントって奴」
「わぁー! 嬉しい! ねぇねぇ。お名前はなんていうの?」
「名前、は決めてなかったな。キラが決めなよ」
「なるほど。これは責任重大だね。ふむむ」
キラはしばし緑色の機械鳥を抱きしめながら考え、ハッと思いついてからその名を叫ぶ。
「じゃあ、トリィ! トリィにしよう! 可愛いし」
「鳥だから、トリィって? 単純だな。キラは」
「むー! 何か悪いの?」
「悪いって事はないさ。でも、変わらないなって思ってさ」
アスランはクスクスと笑いながら、キラをからかって。
キラはそんなアスランに怒りながら頬を膨らませる。
別れた時から何も変わらない。
キラはすっかりアスランと話す時間に安心しながら、微笑み、実に楽しそうに笑った。
「そういえば、イザーク達は大丈夫? 元気?」
「あぁ、うるさいくらいに元気だ。毎日勝負しろとうるさいがな」
「そっか。イザークも変わらないねー」
「それでさ。キラ」
「うん?」
楽しい話をしていたキラとアスランであったが、不意にアスランがトーンを変えた為、キラは不思議そうにアスランを見た。
何か重大な話をしようとしている様な雰囲気である。
「プラントに戻ってこないか?」
「……無理だよ」
「キラ!」
「アスランもよく知ってるでしょ? 僕はオーブのお姫様。遊びに行く事は出来ても、プラントで生活する事は出来ないの」
「しかし」
「しかしも、だっても無いよ。これは変えようのない事実。そうでしょ?」
アスランはキラの言葉に何も言えず黙り込んでしまった。
しかし、重いため息を吐いてから、呟く様な言葉をキラに向ける。
「戦争が始まる」
「……!」
「プラントは新しい力を手に入れた。量産も始まっている。いずれ世界に俺たちの力を見せつけるだろう」
「まっ、待ってよ。理事国は大西洋連邦の言葉に従って、プラントへの圧迫を弱めた筈でしょ!? アズラエルさんは!」
「今更なんだ。全ては。プラントにいるコーディネーター達の抑圧されていた感情は消えない」
「そんな……」
「戦争はすぐに始まる。だから! キラ。プラントに来い! セナもおばさんもおじさんも一緒に連れていける! 何も問題は無いだろう!」
「問題しかないよ! 僕はオーブの代表首長、ウズミ・ナラ・アスハの子供なんだ! だから、オーブを守る義務がある!」
「オーブは君たちを守る気なんかない!!」
「っ!?」
アスランが叫んだ言葉に、キラは動揺しながら、強くトリィを抱きしめた。
アスランから離れようとするが、アスランはキラの腕を掴んだままじっとキラを見据える。
「先日オーブの氏族を名乗る男がプラントに訪問して言った。キラをプラントへ売り渡す代わりに、オーブへ技術協力をしろと言ってきたんだ! オーブは、お前たちを守る事なんか考えちゃいない!」
「それ、でも……僕は、オーブを守らなきゃいけないんだ」
「守る価値なんかあるのか!? 連中は、プラントが断るのならば、ブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエルに引き渡すなんて言ったんだぞ! コーディネーターのお前を、ブルーコスモスに……! ふざけるな! これじゃ人質と何も変わらないだろうが!」
「それでも、それはお父様の意思じゃない。確かにオーブには多くの氏族が居るから、一部にはそういう人も居るかもしれないけど! お父様はコーディネーターもナチュラルも変わらない! 同じ国民だって言ってるんだ!」
「キラ!」
「僕は、オーブを離れない。戦争も、起こさせない。絶対に止めて見せる。何をしたって」
「キラ……!」
どうして分かってくれないのかと、アスランはキラに強い目線で訴えた。
だが、キラはアスランを拒絶するばかりであった。
それでもアスランはキラを説得しようとした。
ただ、キラに生きていて欲しいのだと訴える為に。
しかし、そんなアスランの想いは、思いもよらない形で裏切られる事になる。
「どうやら交渉は決裂した様ですね。アスラン・ザラ」
「っ!? 誰だ!」
アスランはどこからか聞こえてきた声に、キラを背に庇いながら声の聞こえた方を睨みつける。
桜の木の影から現れた数人の男たちは、皆黒いスーツを着ながらサングラスを付けて、笑みを浮かべたままアスランとキラに語り掛けた。
「アスラン・ザラ。我々は最高評議会からの命令でここに居ます。その意味が分かりますね?」
「父上の、部下か!」
「パトリック・ザラ氏だけではありませんが、まぁ似たような物ですね。つまりはプラントの意思というワケです」
「そのプラントの意思が何の用だ」
「キラ様をプラントへ無傷でお連れする様にと命じられました」
「何!?」
アスランは男たちの物言いに強い怒りを感じながらも、キラを隠す様腕を広げた。
そして、いつでも動ける様にと拳を強く握りしめる。
「おやおや、勇敢ですね。しかし意味のない行動だ。貴方の願いも、我らの願いも同じなのですから」
「同じな物か! 俺はキラを無理矢理連れていくつもりなどない!!」
「……アスラン」
「俺はキラを助けたいだけだ! キラが願わない限りは……」
「やれやれ。子供の癇癪に付き合ってはいられません。ここも安全ではない。話はプラントでゆっくりと聞かせて貰いますよ。やれ」
黒服の男たちの真ん中に立っていた男が指をさしながら指示をした瞬間、男達は懐から銃を取り出してアスランとキラに向ける。
キラもアスランも過去の経験から身を固くするが、アスランはあの時、心に決めた想いから男たちを睨みつけて叫んだ。
「キラを傷つけさせはしない!」
「傷つく事はありませんよ。これはタダの
「っ!? キラ!?」
アスランは背中に強い風が通り過ぎた様な気配がして振り返ったが、そこにキラの姿はなく、どこに行ったのかと視線をさ迷わせれば、少し離れた桜の木が立ち並ぶ公園の中で、長い黒髪の男が大仰なマントの中にキラを横抱きにしながら立っているのが見えた。
知らない男だ。
しかし、キラが抵抗していない所から、キラの知り合いなのだろうとアスランの優秀な頭脳は即座に答えを出す。
「まったく。コソコソと何をしているかと思えば。オーブの姫としての自覚が無いのか、貴様は」
「ぎ、ギナさん? どうして、ここに」
「どうしてと問われてもな。貴様の行動は常に監視されており、貴様の仕事が止まれば、我が迷惑するからな。様子を見ていただけのこと」
「心配、してくれたんですね?」
「違うわ!」
キラの言葉にギナは即座に否定しつつ、撃たれた
「小娘一人を攫うのに、随分と物々しいな。進化した人類を自称する割には、愚かな行動だ」
「この、ナチュラルが!」
「フン。我がナチュラルか。愚か者と話をしている時間も惜しい。行くぞ、キラ!」
「まっ!」
「キラ!!」
キラの声もアスランの声も届かず、颯爽と現れたギナは、その勢いのまま桜の木の中を走り、姿を消してしまう。
急いで黒服の男たちも別のチームへ連絡を取るが、別の場所では交戦が行われている様で、応援を呼ぶ事は難しいのであった。
そして、ギナに抱えられていたキラは、トリィを抱きしめながら、押し殺した涙を流す。
親友との別れは以前よりも酷い状態になってしまった。
もう会う事は無いだろう。
「……っ」
「キラ」
「ご、ごめんなさい。すぐに、泣き止みますから」
「小娘が無駄に強がっている姿を見るのは不愉快だ。好きに泣け。エアポートに着くまでは誰も見ていないから。我も、何も見えんし。何も聞こえん」
ギナの優しさに甘え、キラはトリィを抱きしめたまま泣き、ギナは怒りすら込められた強い瞳で、前を見据えて走り続けた。
「プラントは、オーブの敵となったか。我は忘れんぞ」
キラには聞こえない小さな声で囁きながら。