宇宙でセナを中心としてこれからの未来に対する対策が行われている頃。
地上……オーブ連合首長国の地下海底ドックや極秘のモビルスーツ、エクリプス等。
諸外国には明かせない秘密が大量に隠されている島、アカツキ島にて、今日も今日とて世界を救った英雄キラ・ユラ・アスハはリボンズが連れて来た子供達や、ここに住んでいたマルキオ導師の元に引き取られていた子供達と遊びながら日々を過ごしていた。
「このままで良いのか?」
「えーい! やー! え? なに? リボンズ」
「このままでも良いのかと問うているんだ!」
カリカリと怒りを見せるリボンズにキラは、キャハハハと楽しそうにしている子供をゆっくりと床に下ろして、向こうで子供達と遊んでねとバイバイしてリボンズへと顔を向ける。
まるで自分が彼女の楽しみを奪ってしまった様だと、リボンズはどこか申し訳なさそうな顔をしてから、それでも言わなければいけないと強く決意を込めた表情でキラに言った。
「世界大統領選挙の事だ。カガリ・ユラ・アスハが参戦した事で投票は彼女に多く集まるだろうが、それでも確実じゃない」
「うん。そうだろうね」
「っ! 自分の姉が負けるかもしれないんだぞ!?」
「うん」
「だというのに、それで良いのか!?」
「良いのかって言われてもねぇ」
キラは近くにあった椅子に座り、リボンズにも座る様に言う。
そして、小さく息を吐きながらキラの想いを語り始めた。
「僕は選挙の結果がどうなろうと、どうでも良いんだよ」
「どうでも良いって……君は」
「誰が大統領になろうと、未来は変わらないよ」
「君は……未来に何を見ているんだ。キラ」
「さて、何だろうね。僕も分からない。けれど……きっと、大統領になる人は苦しい選択をすることになるよ。そうならない方が良いけどさ」
リボンズはどこか諦観を漂わせたようなキラの雰囲気に、グッと勢いのまま喋りたい言葉を飲み込み、頭で冷静に整理してから言葉をならべる。
「僕には、前世の記憶がある」
「ぜんせ?」
「あぁ……ずっと言おうとは思っていたが、結局言えなかった」
「うん」
「所詮は記憶であるし、実際に僕が体験したワケじゃない。だから、その記憶はあくまで情報の一つというだけなんだ。僕を撃った少年も、この世界には居ないようだしね」
「そうなの? もしかしたら、どこかに居るかも……」
キラが希望を持たせるような言葉を発したが、リボンズはそれをすぐに否定する。
「それは無い。何故ならこの世界は、記憶の世界とは何もかもが違うからだ」
「それってセナみたいな?」
「いや。この世界の未来じゃない。真実別の世界だ。コズミック・イラではなく、西暦の世界。西暦2312年という時代の夢だよ」
「西暦……ってコズミック・イラが始まる前の世界だよね? けど、2300年って事は、違う世界か」
「あぁ。かつて聞いた未来の一つかもね。いくつにも分岐した世界。サイコフレームを通して触れ合ったアムロとシャアもまた、別の可能性に生きる存在だっただろう?」
「……そうだね。宇宙世紀って言ってた。アレも、この世界の可能性の一つなんだ」
「そう思う」
リボンズは冷静に言葉を並べてキラと思考を共有しながらゆっくりと歩む。
「年代が違うのもあるけど、僕の時代にはとんでもなく有名なテロリスト集団が居てね。彼らとの戦いで僕は敗北して、気が付いたら、この世界だったって事さ。少年の居ない世界なら、僕は救世主になれると思ったんだけど、とんだ救世主様がいた物だよ。どんな状況、環境にも対応してきて、戦う意志を消さない平和の姫なんてお笑い種さ。平和の姫なら、もっと大人しくしてて欲しい物だけどね」
「あー。まー。それはよく言われるけど、僕も出来る事をしたくて、今、こうなってるんだよ」
「知ってる」
リボンズはそっけなくキラの言葉を流してから、ハァと小さくため息を吐いた。
そして、消え去った過去を握りしめながら、キラに知っている情報を伝える。
「結果は結果だ。その結果に文句は言わない。だが、僕が知りえていた情報を、君も知るべきだ」
「情報?」
「あぁ。かつての世界でイノベイドを作り出したイオリアは、この世界でも一つの予言を残している。それは外宇宙から人類へと干渉してくる存在についてだ。既存の兵器ではどこまで対抗できるか分からない。最悪は滅びが待っているだろう」
「……予言、か」
「この未来は確実に来ると告げようと思ったのだが、そうか。君は既に知っていたんだな?」
「うん。セナから聞いたよ。コズミック・イラの世界は、未知なる侵略者が現れた事で、滅んでしまうんだって」
「それで、世界大統領選挙か」
「そう。イザって言う時に、移民船に乗せる人は世界大統領が選ぶ事になる。どこで地球を捨てるのか、選ぶのは世界大統領になる。無論、選ぶ前にこれからの最悪と、最良を大統領は知るだろうけどね」
「だから、君は大統領を支えると言ったのか」
「うん。大統領に全部を押し付ける訳にはいかないからね。僕も同じ罪を背負うつもりだ」
キラの言葉に、リボンズは深く沈み込む様な気持ちを味わった。
かつての世界と同じ様に、キラと敗北し、全てが終わるのかと思えば、少女は未来をリボンズへと託した。
その未来は暗黒の世界から来る何者かによって破滅へと進んでいるが、キラは破滅へ向かう未来の中でも変わらず輝きを持つという。
それは、終ぞリボンズは言葉にする事は出来なかったが、おそらくキラは自らの死を覚悟している様な気配を身にまとっていた。
キラだけではない。
おそらくは、移民船に乗る事となる何も知らぬ一般人以外は全て。
戦う者達は皆、これから行われる戦いの中で死を迎え入れるつもりなのだ。
「キラ、君はそれで良いのか? 外宇宙へ行くのなら、指導者は必要だ」
「セナが居る」
「セナに全てを押し付けるつもりか!?」
「何言ってるの。リボンズ。世界大統領が居るでしょ? セナだけじゃない。世界大統領とその人を支える多くの人。そして、心の支えになるセナ。戦う為に生きて来た人間は、これから未踏の地へ旅立つ世界の中には不要なんだよ」
明確に、自分の死を告げるキラに、リボンズは沸き上がる怒りを拳に込めて、テーブルを叩く。
その衝撃と音がキラにも伝わるが、キラは特に何かをするという事もなく、ジッとリボンズを見つめているだけだった。
「……! 僕も、戦う」
「駄目だ」
「僕は救世主だ! この世界でこそ! 求められている! 僕が、僕の力が!」
「そうかもね」
「なら!」
「けれど、ここに居て、子供達はどうだった? みんなリボンズと平凡な日常を楽しんでいたでしょ? 救世主になんかならなくても、ここにはリボンズが生きる意味はあるよ」
「――!」
キラが儚い笑顔を浮かべながら放った言葉に、リボンズは遂に言葉を失った。
ここにきて、カリダやハルマやマルキオと共に子供達と遊んで、満たされた様な気持ちで日々を過ごしていた。
それが、それがキラの覚悟を決めてしまうとは……!
驚愕した様な気持ちで、キラを見つめる。
「そんな顔で見ないでよ。リボンズ。使命だけを持って生きていた君は子供みたいな者じゃないか。なら、君が持つ無限の未来は、これからの人生で決めれば良いんだよ」
「僕は、君を追い詰めるほどの腕を持つ! モビルスーツのパイロットなんだ!」
「うん。知っているよ」
「僕がいれば、生き残る可能性は上がる! 人類は勝てる!」
「勝てないよ」
キラはアッサリとリボンズの言葉を否定して、ふぅと小さく息を吐いた。
「ちょっと前にね。敵情視察って奴をマリューさん達がやってくれて、敵の規模もだいたい分かった。分かった上で言うね? 人類は、僕らは負ける」
「ばか、な」
「向こうの総量を計算すると惑星クラス。つまりは地球を相手にするのと同じだ。僕らは惑星を相手に出来るほどの力は持っていないんだよ。それに、本体はナノサイズで目では捉えられない程に小さい、どれだけ凄い兵器が出来ても、僕らをすり抜けて地球へと降りられたら終わりだ。戦いはいつか、僕らの敗北で終わる」
「……負ける、のか」
「うん」
「負けるつもりで……」
「違うよ」
「っ!」
キラは散々負けるとリボンズに伝えた後で、輝く様な笑顔を向ける。
「僕らは戦って、力を示す。その果てに死ぬ。けれど……地球を脱出した移民船の市民は、外宇宙で生きるんだ。子が出来て、孫が出来て、いつか戦いの記憶が遠い彼方になる様な時間が過ぎて、移住できる星にたどり着けるまで走り続ける船の中で、僕らの戦いは過去になる。けれど、その時、僕らはようやく勝てるんだよ。人類を生かして、戦いから遠い場所へと連れて行く。それが僕らの勝利条件だ」
「……」
「セナも、カガリも、アズラエルさんも、ラメントさんも、みんな知ってる。だから、今、人類が生き残る為の作戦を遂行しているんだ。必死に。全員が生き残る事は出来ない。それでも、『勝つ』為に、戦ってるんだよ」
「それを、市民たちは、いつ知る」
「脱出の時だね。絶対防衛線を超えられて、もう駄目だってなった時が終わり。みんなが知る時間だ」
「パニックになるぞ」
「うん。だろうね。だからこその世界大統領でしょ? 生き残る意味を、生き残る人を教えてくれる」
「残る事が決まった人はどうなる!」
「僕は最後の瞬間まで地球に残るよ。残される人と一緒に、戦う」
「……!」
キラの笑顔に、これから行われる残酷な未来を知って、リボンズはグッと息を飲み込んで、何度目か分からないため息を吐いた。
どうしようもない。
既にキラは未来を決めているのだ。
おそらくはずっと前から。
「だからさ。リボンズ。母さんと父さんを頼むよ。子供達も、マルキオ導師もさ」
「……彼らは生き残る人なのか?」
「うん。オーブの人はね。特別。内緒だよ?」
「そうか……」
「後、ラクスも、一緒には連れていけないから。セナと一緒に、世界を導いて欲しいって思ってる。リボンズ。君もね」
「……あぁ」
リボンズは窓から見える無限の星空を見上げながら遠い気持ちを胸に宿した。
世界大統領選挙。
そんな適当な名前から始まったソレは、おそらくは想像以上の残酷さを持って、世界に襲い掛かった最初の試練であった。