数日前、マユとラスが突然来訪者として来た時と同様に、子供達の荷造りをしながらシャトルでカグツチまで行く準備をしていた所に、一人の青年がやってきた。
ぴっちりとしたスーツを着て、暑いだろうにネクタイも首元で締めてあるビジネスマンの様な姿だ。
まるでアズラエルの様であるが、アズラエルとは違い、嫌味のない笑みを浮かべながら、家の外で荷物をまとめる準備をしていたキラの元へと来る。
「はじめまして。キラ・ユラ・アスハさんでお間違いないでしょうか?」
「え、と? はい。僕がキラです」
「それは良かった。私はフェアネス・ツヴァイクレ。地球総合商会の代表を務めている者です」
「お、おぉ……代表さんですか。それはご丁寧にありがとうございます」
キラは不思議そうにキラ達を見ていた子供達にカリダの方へ行きなさいと言って、フェアネスと共に家から離れて波が打ち寄せる砂浜を歩く。
フェアネスはスーツによく似あう革靴を履いており、砂浜は非常に歩きづらそうだった。
「ごめんなさい。もっと歩きやすい方が良いですよね?」
「いえいえ。キラさんにそのような事は言えませんよ。それに」
フェアネスは歩くのを止めると、靴を脱いで靴下を脱ぎ、素足になってから砂浜の上にしっかりと立つ。
そして、脱いだ靴と靴下は近くに放って、キラに柔らかく微笑みかけるのだった。
「こうして、素足になれば砂浜の上だろうと問題はありません」
「でも、モビルスーツの破片とかあるかもしれませんよ?」
「ここはキラさんと子供達が遊んでいる場所でしょう? ならば自国の姫様に怪我などさせられないと軍関係の者が清掃していますよ。問題はありません」
「はー。よくご存じで」
「職業柄、地位の高い方とはよく接する物で、姫様とお話するのも初めてではありませんから」
「なるほど」
キラはふわりと風になびく白いワンピースの服を揺らしながら感心した様に微笑む。
酷く少女趣味なそれは、つい先ほどまでカガリと対話していたことを示しており、カガリの趣味である事がよく分かる。
それは、そろそろ本土での移動も本格的になっており、キラの家にいる子供達も早い段階で移動しろという代表からの言葉をキラに届ける為の物でもあった。
そして、そういう事情を知ってか知らずか。
現世界最強モビルスーツパイロットを前にして、フェアネスは何も知らぬ顔のまま微笑む。
「まずは本題からお話させて下さい」
「はい」
「私はキラさんの提案された、世界大統領選挙に出馬するつもりです」
「え? あ、はい。それは、えと、どうぞ?」
キラはフェアネスの言葉に混乱しながら肯定を返し、何故こんな事を言ってくるのかと首を傾げた。
童女の様な姿をするキラのするりと長い手を取って、フェアネスは微笑みながら手の甲に唇を落とす。
瞬間、どこからか飛んできた銃弾がキラやフェアネスの近くに着弾しながら存在をフェアネス達に示した。
「わっ!? そ、そげき!? なに!?」
「それほど驚かれなくても、今の銃撃は威嚇ですよ」
「い、いかく!?」
「はい。麗しき姫君に近づくな。という過保護な軍からの威嚇です」
フェアネスは微笑みを浮かべたまま撃って来たであろう方をチラリと見て、軽く視線を送る。
撃った側の人間としては、フェアネスは最大限に警戒する相手となっており、既に十人近いスナイパーがフェアネスの頭部に狙いを付けていた。
そんな絶体絶命な環境の中で、フェアネスはそれがどうでも良い事の様に口を開く。
「話は逸れましたが、世界大統領選挙に出馬する話ですね」
「え、あ。そうですね。けれど、どうして僕にそれを?」
「これから世界を支配する者となる私は、世界が愛した姫に挨拶するのは当然かと思いまして」
平然と恥ずかしいセリフを語りながらフェアネスはキラに微笑むが、キラはイマイチ理解していないのか首を傾げていた。
そんなキラに、フェアネスはふむと考えながら考えていた作戦を少しばかり変える。
「キラさんだけに語るのですが、実はかつてギルバート・デュランダル氏が提案したデスティニープラン。遺伝子の適正ですね。それにより私の適性を調べた所、私には支配者の適性があると出たのです」
「はー。なるほど。それで世界大統領ですか」
「はい。支配者と言っても様々な者がありますが、どうせなら世界が良いかと、世界大統領選挙に出るつもりです」
「なるほど」
「これでも、関係者の中では私が出馬するならと投票して下さる方も多く、想定ではキラさんの姉君であるカガリ・ユラ・アスハよりも多く票を獲得する可能性が高い。そうなれば、私が世界大統領になる」
「それは凄いですね」
「そして、世界大統領となった際には、平和の姫に求婚しようと考えております」
「セナはまだ、小さい子なので、結婚とかは……」
「小さい子とは言っても、キラさんの一つ下なので、差は……と、いえいえ。セナさんではありませんよ。私が求婚するのは貴女だ」
「僕?」
「はい。世界大統領という派手な存在を作り出して、世界を指導する立場から離れようとしている、キラさん」
フェアネスが不意に放った言葉に、今までどこかいい加減な返答をしていたキラが少しだけ強い瞳になる。
強くフェアネスを見つめて、その真意を探ろうとした。
が、そんなことをしなくてもフェアネスが思う、全ての事を語ってくれるのだった。
「三年後。宇宙の向こうより侵略者がやってきて、地球を滅ぼす。カグツチや大西洋連邦とプラントが作っている艦は巨大な移民船。そして、キラさんは世界大統領に移民船団の長を任せ、自分は地球に残る。違いますか?」
「……どこでその話を知ったのですか?」
「ようやく真剣な目で私を見てくれましたね」
「もう一度聞きます。どこで、その話を聞きましたか?」
キラの苛立ちに合わせる様に、周囲からフェアネス達に向けられるプレッシャーは強くなってゆく。
しかし、それでもフェアネスは一切揺れない。
何故なら、キラは苛立ちに身を任せて人を殺す様な人間ではないからだ。
「姫君の質問に答えましょう。疑問に対する答えは簡単です。世界に流れる不可思議な金と資材とヒトの流れです」
「不可思議な流れ?」
「えぇ。モビルスーツの開発をするのであれば、そういう技術者がどこかに集められ、基地を作るのであれば、相応の技術者が流れる。そして、今回は移民船を作る為の技術者が地球から、宇宙へと流れた。しかも、その移動には際限がない。どこまでも、どこまでも、相当に巨大な物を作る為か、多くの人が流れている。それは資材も同じ。コンピューターも、まるで巨大な何かを作る為に移動しているとしか思えませんでした」
「……」
「しかも、金銭の流れは異常だ。それが国の命運をかけるとでもいう様に、湯水の様な予算がつぎ込まれている。これはおかしい。何かあるんじゃないか。それが最初に覚えた疑問です」
フェアネスは微笑みながらキラの疑問に真っすぐ応えてゆく。
「そこから詳細を調べてゆけば、三年というリミットを付けて、巨大移民船がいくつも作られているのは容易く調べる事が出来ました」
「……そっか」
「それほど落胆されなくても、一般の人間であれば気づく事は出来ませんよ。私も自分の持つネットワークを全て使わなくてはこの真実にたどり着く事は出来ませんでした。イザという時、地球を捨てて移民船で外宇宙へと向かう。その決断はおそらく世界大統領が行う事になるだろうと。地上に残った民はどこかで見捨てる必要があります。全ての人を救う事など出来ないのですから」
「うん。それで? どうやって僕が世界を指導する立場から離れようとしているなんて気づいたの?」
「それは、これまでに話した話の中で最も容易い質問ですよ。キラさん」
「うん?」
フェアネスは今までの誇らしげな表情とは違い、どこか人間味を秘めた、少し寂し気な顔をして、キラに語る。
「地上に残される民を見捨てる事なんて、貴女には出来ないでしょう? 彼らの希望となる筈だ。最後の瞬間まで」
「……!」
ごく当たり前の様に語られるキラの本心に、キラは驚き言葉を飲み込んだ。
告げる言葉は何もない。
ただただ、強い驚きを感じていた。
カガリも、アズラエルも。
言われるまで誰も気づかなかった本当の本当。
キラの考える。キラしか知らない真実。
「だが、私はそれは意味のない行為だと考えます」
「……は? はい?」
「残された民にも感謝を忘れない。共に終わりを迎える。それは慈悲ある行いでしょう。しかし、消えゆく存在を慰める為だけに、貴女を失うのはあまりにも釣り合っていない。許しがたい損失だ」
「なんですか……貴方は、僕は」
「私は!! 自分こそが世界の全てを支配する者だとは考えていません!」
「っ!」
「例え、遺伝子がそう定めていたとしても、人には希望が必要だ。セナさんだけでは足りない。人々の希望を照らす女神が必要だ。それは消えゆく者達にはもったいない」
「っ、 放して下さい!」
キラはフェアネスの手を振り払って、少し後ずさりながら距離をとった。
そして、先ほどまで抱き寄せ荒れていた手を包み込んで、ジッとフェアネスを睨みつける。
「キラさん。理想と現実は違う。女神と崇められていたとしても、最後までその通りに生きる必要はない」
「そんな事は、僕の勝手です!」
「えぇ。確かに。貴女の言う通りだ。しかし、地球を離れる民は見捨てるのですか?」
「「キラ様ー!!」」
フェアネスがキラに問いかけた瞬間、多くの軍人が駆けてきて、キラの周りを囲みながら、フェアネスへと銃口を向ける。
キラはそれを止めながら、ジッとフェアネスを見つめた。
「理想のまま生きるだけが全てじゃない」
「なら、貴方はどうしろと言うのですか?」
「私が世界大統領に当選した際には、貴女は地球と心中する様な事はせず、新天地へ」
「……」
「自らの役目を放棄せず、受け入れて下さい」
フェアネスの言葉に、キラは何も返せずにいたが、そのままフェアネスは去って行き、翌日彼は大統領選挙の候補として立候補する事となった。