『初めまして。私はオーブ連合首長国代表首長カガリ・ユラ・アスハです』
淑やかに、力強くカガリの演説は始まった。
いつもの放送と同じく、オーブ連合首長国の代表首長としての席からしっかりとした面持ちで話をして、不安な様子などは一切与えない。
この人なら安心だろうという空気を身にまとっていた。
こういう場所がよく似合うという事だろう。
だから、あえてカガリを蹴落とそうとする意地の悪い質問にも問題なく応えてゆく。
『所詮はお飾り。キラ様とセナ様の姉というだけじゃないか』
『えぇ。仰る通り。私の出来る事は多くありません。若輩の身ながら、オーブの代表という地位に付いて、今日まで多くの決断を行って来ました。その中には悔やむ物。忘れられない物は多くあります。私は政治家としては不適格な程に若く、情動的な人間です。しかし、そういう面を理解していれば、より優秀な者達の意見を汲み、正しい選択をする事も可能です』
『ぐっ……! き、キラ様とセナ様の姉が、図々しくしているというのはどうなんだ!』
『それもまた、否定する要素はありません。私はキラとセナの姉。それは変わる事のない要素でしょう。そういった面から私の事を支持して下さる方もいます。その想いを否定したくありませんし。失望もさせたくはありません。私が大統領となった際には、私の行動を見て、私を判断して下さるとありがたいです』
一切の淀みなく、カガリを責め立てる言葉を綺麗に返してカガリは静かにカメラを見つめ続ける。
やがて、カガリに突っかかっていた男は反論の言葉もなく消えていった。
『アスラン・ザラとの関係はどうなんだ! アンタら、組んでるんじゃないのか!?』
『かつてアスラン・ザラとは恋人同士でした。しかし、彼とは破局しております。今は関係ありません』
『こ、こい!?』
カガリの返答に質問者は動揺しながら、次なる言葉を探そうとするが、それは上手くいかない。
そして、あわあわとしている間に質問無しとされ、消えてしまう。
『大統領になったら何をするつもりでしょうか?』
『まずは食料、エネルギーの安定供給。それに教育の充実ですね。戦争が長く続いた世界は、困窮する場所が多く、将来への展望も見えません。まずは安定を目指す政策が必要かと考えます』
『コンパスはどうするんですか!?』
『コンパスは、現在の状態から、世界大統領を中心として構成される組織の武力組織として残すべきだと考えています。世界は平和となりましたが、次に何が起きるか。それは分かりませんから』
『エイリアンが攻めてくる。みたいな可能性もあるという事でしょうか』
『宇宙は広いですからね。そういう事もあるでしょう。それに、人間同士で戦い続けて来た私達は、既にコーディネーターであれ、ナチュラルであれ、同胞同士で戦う事に意味を見出せません。そうなれば残るのは外宇宙からの侵略者と戦う程度の物でしょう』
カガリの言葉に質問者はハハハと笑いを返して、カガリもニッコリと微笑んだ。
それは、場を和やかな物に変える冗談であり、選挙番組を放送していた者達も笑う。
しかし、キラもミゲルも笑みを浮かべながらも、内心では笑っていないのであった。
そして……。
『カガリさんが当選されたら、キラ様はずっと、一緒に居てくれますか?』
『ずっと、一緒か』
カガリは子供と思われる声から聞こえて来た言葉に、小さく反応を返しながら少しばかり考え事をする。
その様子はあまりにも奇妙な物であったが、カガリの代わりに応える様に、スタジオからキラが軽快な声で答えた。
「大丈夫。僕はちゃんとみんなの傍に居るよ」
『……! キラ様!』
「だから、安心して」
『うん! カガリさん! 頑張ってね!』
『……あ、あぁ』
カガリは子供の声に僅かな戸惑いを残しながらも、頷きながら場を終わらせた。
無邪気な、これから起きる世界の真実を貫く様な質問に、これまで完璧な時を過ごしていたカガリは、湧き上がる感情をギュッと拳に込めて、ダンと机を叩く。
その凶行に、カガリの放送を離れた部屋から見ていたアズラエルや、キラはカガリの感情を理解して、放送を止めようと立ち上がろうとした。
しかし、それよりもカガリの行動の方が遥かに早く、カガリはギラギラと燃え滾る様な。
これまで訓練されてきた政治家としての顔ではなく、カガリ本来の表情でカメラの向こうにいる民衆を睨みつける。
『私は、やはり、違うと思う』
『カガリ!』
『確かに、黙ったまま時を迎えるというのが正しいのだろう。そうする事が世界にとって最も良い事なのだろう。だが!』
『……カガリ』
『これは、正義ではない!!』
カガリは怒りを声に込めたまま叫び、カガリの放送を止めようとしていた者達の動きを止めた。
そして、僅かな静寂を置いてからカガリはゆっくりと、『真実』を話し始める。
『
『カガリ……!』
キラの声は届かず、カガリは、彼女の言葉で動揺する者達へと真実を伝える様に言葉を並べ始める。
『デュランダル元議長の争いが終わった日より、我らは暗黒宙域へと部隊を派遣し、敵の行動パターンや、侵攻ルート、そして、人類と衝突する可能性について調査し、彼らと私達がぶつかり合う可能性が100%だと、計算の結果を出した。これは陰謀論や、空想、予言の類ではない。科学的な検証が重ねられた、現実にある真実だ』
カガリの言葉は放送を見ていた者達に大きな衝撃を与え、長く続いていた選挙特番で疲れた視聴者たちの頭を叩き起こした。
そして、言葉もないままジッとカガリの話す言葉を聞いて、唾を飲み込む。
彼女の一言一句を聞き逃さない為に。
『世界大統領となる者が行う重要な任務の一つに、市民の選別というモノがある。これは、用意している移民船に乗れる人数が限られているからだ。全ての人を助け出す事は出来ない。地球に残され、侵略者に殺される者も、多く出るだろう』
カガリが沈痛な表情で語る言葉に、世界の誰もがカガリの言葉に聞き入って動けなくなっていたが、一人の男が選挙質問をする様にキラ達が放送する番組へと電話を繋げて来た。
突然の事態に番組のスタッフは動揺してしまうが、男は良いからカガリに繋げろと言うばかりで、男はどうするべきかとカガリに問うと、カガリはすぐに頷いて男からの電話に出た。
罵りの言葉だろうか。
怒りをぶつける様な声だろうか。
多くの者は男が怒鳴り散らす様な声でカガリに何かを言うと思っていたのが、男の声はかなり冷静であった。
『あー。俺は、バーク・アッカーっつーモンなんだが』
『あぁ。聞こえている。アーク・バッカ―。私に話とは何かな?』
『暗黒宙域がどうのってのはよく分かんねぇけど、宇宙からやべぇ連中が来るってのは分かった。何もしなきゃ俺達が死ぬってのもな』
『あぁ。その理解で正しい』
『なら、質問だ。そいつらに対する対策部隊はどうするつもりだ?』
『その件か。我らもタダで負けてやるつもりはない。今も宇宙で厳しい戦闘訓練を行っている者達がいる。彼らは生き残る事が出来ないだろうが……』
『あー。なるほど? じゃあ、戦う奴はもう決まってるのか。じゃあ次の質問だ』
『え? あ、あぁ』
『キラ様はどうするつもりだ』
『……!』
『移民船って奴に乗って逃げるのか? 俺達を捨てて!』
『僕は戦うよ。移民船にも乗らない。最後の瞬間まで、地球に残る人たちと一緒だ。安心して。とは言えないけど。終わる時は一緒だよ』
キラの母の様な優しい声に、隣で聞いていたミゲルも、男と通話していたカガリも、そして、男もグッと息をのむ。
喋る言葉もないまま、静寂の時が流れた。
慈愛の女神の様な、美しい笑顔を浮かべたまま、キラは静かに自分の終わりを男に語っている。
何があろうとも、自分だけは逃げないと。
ここで戦うと、最後の一人になるまで抵抗し続けると、キラの湖面の様な静かな瞳は語っていた。
だから……。
そのキラの覚悟を知ってしまった男は、何も理解出来ない未来に、一つの覚悟を決めて、再び口を開く。
『なら、俺も戦う』
『え』
『ダガーでも、メビウスでも何でもいい。俺は、キラ様を護る為に戦う。どうせ移民船なんぞに乗って生きながらえても意味なんかねぇんだ。俺が死ぬ場所は俺が決める! 最初にそう決めた時の様に!』
男は激昂する様な声のまま叫び続けた。
その身に秘めた思いを。
『俺は、大西洋連邦の田舎に生まれた頭の悪い男だった。やりたい事も、やるべき事も何もなくて、ただ日々を生きてた。コーディネーターの連中がクソだって話は聞いてたが、だからどうしたってのが俺の考えだ。戦争が始まるかもしれないって聞いても、どうでも良いって思ってた。けど、けれどな! そんな俺の考えを一変させる様な事が起こった』
『コーディネーターの打ち込んだニュートロンジャマーが、俺たちの世界からエネルギーを奪って、病院で治療を受けてたお袋は、何も出来なくて、このまま死んでいくって、医者から聞いた。こんな風になったのも、コーディネーターの奴のせいだって、親が死んで、泣いてる子供もいた。世界が憎しみに包まれてた!』
『けど、けど! そんな俺達に光が戻って来た』
『ニュートロンジャマーキャンセラーだ』
『俺はバカだったけど、これだけは覚えた。キラ様が、人が生きていく世界には光が必要だって、俺が生きてた小さな街にも、来てくれて、希望を届けてくれたんだ』
『結局お袋は死んじまったけど、それでも、最後まで治療を受けられた。それは、キラ様が希望を届けてくれたからだ。だから、キラ様の為に戦おうって、俺は軍に志願した。キラ様の力になれればって、俺みたいな奴でも何か出来るかもしれないって、頑張ったんだよ』
『けれど、天の上に居る人と再会することは出来なくて、戦争は終わりを告げた』
『キラ様の戦う意味って奴はよく分からないけど、戦い続けるのは良くないって、俺は軍人を止めた』
『俺みたいな奴は結構いて、キラ様も平和を訴えなくても良くなるのかななんて思っていたが、世界は戦争を続けた。憎しみの戦いばかりだ』
『妹のセナ様とすら戦わせて、キラ様を争いに巻き込み続けた』
『ちょっと前に戦いがあった時、キラ様の居ないコンパスが戦うって聞いて、俺は安心したんだよ。ようやくキラ様が戦わなくてすむ様になったんだって』
『けど、蓋を開けて見りゃ、結局キラ様が戦う事になってた』
『そんで、ようやく世界の戦争が終わったら、今度は侵略者との戦いだ!?』
『ふざけんな!!』
『しかも、その果てに、キラ様は死ぬだと! ふざけるな! そんな、そんなことに巻き込み続けて、キラ様の犠牲で生きながらえた世界で、俺は、俺に何が出来るっていうんだ!』
『俺は、そんな世界で生きたいとは思えねぇ! キラ様が居なくなった世界で、笑えるもんか!』
『だから、俺は戦う』
『ここで死んでもいい』
『いや、俺はキラ様の為に死にたい』
『俺が戦う力を得られたのは、きっとこの時だって分かるから』
『だから、カガリ・ユラ・アスハさんよ。一生に一度の頼みだ。お前の妹を助ける為に、俺にも力をくれ!』
『頼む! 俺に、戦う力を、くれ……!』
いつの間にやら話が転がって、地球を……キラを護る為の防衛軍に入りたいと願う男にカガリは小さく唾を飲み込むのだった。