キラの始めた世界大統領選挙も終わりを告げ、世界はカガリを中心に動き始めた。
新たなる脅威に対抗する為に。
武装と機構を最小限にした突撃用の無人戦艦が多く作られ大火力による面攻撃で敵を殲滅する為の準備が行われており、宇宙にある工場はどこも大忙しだ。
しかし、計画の初期段階より移民が行われ、多くの市民が移民船カグツチへと移動したオーブに残っている人は少なく、今は自動機械がオーブの国土を要塞化するべく様々な武装を本土のあらゆる場所に設置している。
そんな中で、オーブ国内に残っている人間は限りなく少なく、本土より離れたアカツキ島にて静かな時間を過ごしていたキラも、オーブに残された数少ない人間の一人だった。
今更、こんな段階になってキラを狙う人間など居る訳がなく、キラは生まれた時以来、初めてとなる静かな時間をリボンズと共に過ごしている。
そんな中で、キラは本を読んでいた顔を上げて、窓の外に見える星空へと視線を向けた。
「客かな?」
「うん。そうかもね」
「まったく。こんな時に、こんな所へ来るなんて……いったいどこの暇人だ?」
「僕らも、こんな所に居るんだけどね」
キラはリボンズの呟いた言葉に反論しながら、椅子から立ち上がって家の外へと向かった。
そして、宇宙の向こう。
上空より舞い降りて来た真紅の機体に目を細める。
「インフィニットジャスティス……!」
「今回はイージスじゃないんだな」
「みたいだね。アスラン一人みたいだし。どうしたんだろ?」
当たり前の様にモビルスーツの外から搭乗者の事まで当てて、キラはジャスティスが着地する際に吹き荒れる風に長い髪を遊ばせながらジッとジャスティスを見やった。
そして、海岸の上に膝立ちとなり、開かれたコックピットから出て来た男に視線をやる。
パイロットスーツは着ていないアスランは、普段着の様な姿のままジャスティスより飛び降りて、綺麗に砂浜に着地するとキラとリボンズへと視線を送った。
「久しぶりだな。キラ」
「うん。とは言っても選挙中にイージスで会いに来てたけどね」
「あぁ。そうだな。しかし、今日は俺一人だ」
「そうみたいだね。それで?」
「あぁ。実はなと言いたいところなんだが、今日用事があるのはお前じゃないんだ。キラ」
「僕じゃない?」
キラは疑問を浮かべながら斜め後ろになっていたリボンズへと視線を向ける。
リボンズは肩を竦めながら何のことやらと反応していたのだが、そんな二人にアスランが再び待ったをかけた。
「あぁ。勘違いをさせてすまない。俺が話に来たのは君達では無いんだ。カガリ・ユラ・アスハ。オーブの元代表首長さ」
「カガリに?」
「あぁ」
「それなら本土に直接降りれば良かったじゃない。君なら自動迎撃のミサイル程度、大した事は無かっただろ?」
「そうだな。だが、俺の為に、わざわざ施設を動かして欲しくはなかったからさ。騒ぎは最小限にしたかった」
「そっか」
「あぁ。だから、防衛網の外になるアカツキ島からボートで本土へ向かうつもりだ。幸い、この海岸の近くにボートはいくつかあるし……」
「そういう事なら。リボンズ」
キラはアスランの話を聞いてから、明るい声でリボンズの名を呼んだ。
その動きにリボンズは酷く嫌そうな顔をしていたが、ため息と共にキラの話を聞く。
「何かな。その呼びかけは。酷く嫌な予感がするんだけど」
「大した事じゃないよ。アスランが使う用のボートを持ってきてほしいの」
「断る!」
「良いじゃん。別に、何か急ぎの用事がある訳じゃないんでしょ?」
「……今読んでいる小説の犯人が気になる。ちょうど事件が終わってな、これから犯人が探偵により明かされる所なんだ」
「そんなの。どうせ読みながら気づいてるんでしょ?」
「……否定はしない」
「なら、良いでしょ。ね? 少しだけ」
リボンズは両手を合わせながら祈る様に声をかけて来るキラにため息を吐いて、胡乱な目を向けた。
そして、億劫な気持ちを隠さぬままに口を開く。
「ボート程度、君が持って来ればいいだろう?」
「僕はアスランと話がしたいんだよ」
「俺と?」
アスランは不意に舞い降りたキラの話に首を傾げ、リボンズは願う様な、どこか真剣な顔をしているキラと、戸惑った様な顔をしているアスランを見やる。
そして、再びキラへと視線を戻した。
「きっと、これが最後の機会になるんだよ。リボンズ」
「……はぁ」
リボンズは深くため息を吐いて、海岸をボートのある方へと歩き始めた。
「今回だけだぞ」
「ありがとう! リボンズ!」
リボンズは砂浜をゆっくりと歩きながら、手を振って背中でキラの言葉に応えた。
そんなリボンズに応えながら、キラは立ち尽くしていたアスランへと全身ごと向いて、微笑む。
「アスラン。これで少し時間が出来た。僕と一緒に話をしようよ」
幾多の星明りが世界を淡く照らす中、キラはまるで少女の様にアスランへと微笑むのだった。
キラとアスランは周囲に灯りのない海岸で、並んで座りながら星空の下、久しぶりに静かな会話を交わしていた。
「……あー、キラは」
「アスラン」
「あ、あぁ、なんだ?」
「アスランはさ。どうして、戦おうと思ったの?」
キラは輝く様な瞳をアスランに向けながら微笑む。
座っている二人は、なんだか普段の様な取り繕った様子から、まるで子供の時の様な素直な気持ちになって心を話す。
「最初は、父上の力になりかったんだ。母上が撃たれた悲しみもある」
「そっか」
「ユニウスセブンを撃った者達の事は許せなかったし。地球と戦おうとするコーディネーターの波に飲み込まれていたという事もあるな」
「……うん」
「でも、その考えは正しくなくて、俺はお前やラクスやシン……それに、カガリと接する内に、自分の中にあった正しさを見つけたんだ」
「自分の中にある、正しさ?」
「あぁ。誰かが言う正しさじゃなくて、俺が俺として持っている正しさだ。俺はその正義を中心にして生きていたいと思った」
「正しさ。正義。アスランらしい言葉だね」
「お前たちは、お前たちの影響を受けたシンも、自分の感情を優先するからな」
「そうだね。僕らは心が自由であることが何よりも大事だって思っているから」
「あぁ。そうだ。そうなんだ。キラもセナも……カガリも。自分の中に正しさは持っていて、それは必ずしも、俺の正しさとは違う。分かってはいたんだがな。俺は自分の正しさが全てだと思い込んでいた」
「しょうがないよ。誰だって自分は正しいと思っているし。その正義とは違う人が居たら、『君は間違っている!』って言いたくもなるんじゃない?」
ふわりと微笑んで、キラはアスランを肯定しながら、その言葉をやんわりと否定する。
アスランが悩み、考えて生きて来た世界は正しいが、それでも君の考えを受け入れることは出来ないと。
「そうだな。だから、俺はまた間違えた。セナが犠牲となって、キラが崇められる対象となって、世界は二人を生贄にして、全ての過去を無かった事にしようとしている、と」
「それで、ネオ・ザフト? アスランらしくない感じだったけど」
「ネーミングは、まぁ、シャアさんに聞いたんだよ」
「あの人かー。ネオとか、そういうの好きそうな顔してるもんね」
「結局選んだのは俺だし。あの人を責めるつもりはないよ。それに、二人の気持ちを考えずに突き進んだのは俺だ。誰かを責める様な意図は無いさ」
「そっか」
アスランは自嘲気味に笑いながら、幼少期の様に失敗の一つを静かに語る。
その語りが何かに繋がる様な事は無いが、ただ一つ。そういう事があった事実としてキラに伝えるのだ。
「それで? アスランの持ってる正義はどうするの?」
「変わらない」
「うん?」
「前の時と同じだ。俺の考えは独りよがりだった。キラ達の考えを尊重できなかった。それは事実だ。だが、俺がお前たちを護りたいという気持ちは間違いじゃない。二コルも、イザークも、ディアッカも、アレックスも。プラントで俺と共にいた者達は皆同じだ。地球に危機が迫ってくるのなら、それと戦う。それが正しい事なのだと俺は想う」
「ふふ……アスランらしいね」
「そうか? そうだと良いな」
アスランはフッとキラに微笑み返しながら、遠い海の向こうでブーンと海上を走るボートを見やった。
ゆっくりと言葉を交わしていたが、そろそろ終わりの時が迫ってきているらしい。
その様子にアスランは腰を上げて、服に付いた砂を払いながら隣で座っていたキラを見やった。
キラはアスランに対して、特別輝く様な瞳を向けることはない。
ずっと、遥かな昔。
月のコペルニクスで生活してきた時から、キラはアスランの幼馴染として、友としてそこにあった。
恋をしたこともあっただろう。
特別な相手として認識した事も何度かあった。
けれど、どうしても二人の正義は別々の方向を向いていて。
キラはその正義に自由という名前を付けて、誰よりも、何よりも高く飛んで世界に羽ばたこうとしていた。
それはキラの生まれ、最高のコーディネーターという名前がそうさせるのか。
セナと共に世界を巡り、平和の姫として築き上げたイメージがそうさせるのか。
理由は分からないが、キラはただ一人の個人として生きて行こうとしていた。
ファウンデーション王国と戦ったのも、平和の姫としてではなく、個として。
だから、キラはコンパスの面々と別行動をして、キラとして戦いの場に身を投じたのだ。
そして、それはセナも同じであり、争いを終わらせる。
もう二度と起こさせない。
この世界で争いが起きる原因は個々人の心にあるとして、それぞれの人に触れ合う為の道を選んだ。
その結果がアレだ。
キラもセナも、己が選んだ道を突き進んだだけであり、誰にも強制された物ではなかったのだ。
アスランはそれを今回の選挙が終わってから知り、理解し、飲み込んで自分の中に納得という形で落とした。
その結果、アスランは今日、ここに立っているのだ。
キラやセナの事は二人に任せ、アスランはアスランの思う道を進もうと。
人の信条に心を寄せて来た人生の中で、自分が欲した数少ない者。
愛する相手、カガリに会うために。
「じゃあ、アスラン」
「あぁ。長い時間ありがとう。キラ」
「ううん」
キラは短く別れの挨拶をアスランに向けて、アスランは静かに海岸近くに寄って来たリボンズの元へと向かうのだった。