世界大統領選挙が終わり、めでたく初代世界大統領に就任したカガリ・ユラ・アスハは、これからの大統領業務を移民船カグツチの内部で行うべく、オーブ連合首長国にあった私物の殆どをカグツチのカガリ用の部屋に移送していた。
そして、大型の荷物は他の者に頼むとして、カガリは執務室にあるモノを仕分けしながら夜の静かな時間をオーブ本国で過ごしていた。
現在、オーブ連合首長国は既に国民のほぼ全てが移民船カグツチへと移動しており、残っているのはカガリとごく一部の護衛。
それに、最後の瞬間まで地球に残りたいと言っていたキラとリボンズだけである。
その為、カガリは静かな世界の中でゆっくりと作業をしていた。
オーブの機密が記載された文章。オーブの政策に関する資料はカグツチ内部にいる行政官へ。
そして、カガリが個人的に進めていた事業はカガリの所有物としてカガリの私室へ。
資料を仕分けながら、過去の事を思い出し、ため息を吐く。
かつてはここにユウナやギナが居たというのに、彼らはオーブより死地へと向かう兵たちと共に死ぬまでに出来る事をまとめる為、宇宙で彼らと共にあった。
かつてオーブにあった者達と共に、笑いながらオーブ国民の明日の為に戦うと。
強い覚悟を胸に、絶死の戦場へと向かう覚悟を決めている。
それがカガリにとっては、酷く悲しかった。
かつて世界が戦乱に巻き込まれていた頃、オーブが危機的状況となり、カガリはオーブの代表である父、ウズミ・ナラ・アスハを守るべく戦場に立つつもりだった。
モビルスーツに乗り、敵を一人でも倒して、散って。
オーブが祀る英霊の一人になりたかった。
自分が居なくなっても、キラやセナが居るからと。
しかし、彼女たちは信念こそ強くとも。信頼できる者達に囲まれていたとしても、優しすぎた。
感嘆に人に騙されてしまう。
かつての大戦では、地球を支配する地球連合軍の支配者ムルタ・アズラエルに騙され。
プラントでコーディネーターこそ新たなる種とするパトリック・ザラに操られていた。
それが間違いであったとは言わない。
その過去があったからこそ、二人は地球の為に死が満ちる戦場へと向かおうとしているのだ。
生き残るのがナチュラルであろうと、コーディネーターであろうと関係なく。
笑顔のまま死を迎えようとするキラの為に。
キラが生き残る為に、自分達の命を使って、キラの背負っていた荷物の一部を背負おうとしていたのだ。
だから、カガリも彼らの様に。
かつての自分と同じ様に。
これからはセナが世界の人を見てくれるから。
キラが移民船カグツチと共に新天地へと向かうように世界を誘導する事が出来たから。
カガリは戦場に向かって、過去にあった英霊と共に戦うつもりだった。
しかし、選挙の途中でキラを助ける為に世界中に助けを求めたカガリの思惑は外れ、キラが生き残れる可能性は高くなったが、同時にカガリは世界大統領という決して失われてはいけない人間になってしまった。
ユウナも、ギナも、アズラエルも、ラメントも。
誰もが、カガリは世界を統べる存在なのだから、容易く命を懸けてはいけないと言ってくる。
それは自分たちの仕事だからと、笑顔のまま戦場へと向かう。
一人、一人と友が戦場へと向かい、自分に別れを告げて来る環境の中、カガリは泣き出して、叫びだしたい気持ちでいっぱいだった。
かつての、ウズミが代表であった頃の幼いカガリであれば、その様に振舞う事も出来ただろう。
しかし、カガリはもう一人の大人である。
長い事、オーブ連合首長国代表首長として生きて来た、政治に命を懸けて、人生をささげて来た女である。
今更童女の様に泣き喚く事など出来ないのだ。
だから、誰もいない執務室の中で、一人、書類を掴みながらポロリと涙を流した。
このまま、見ているだけなんて。
避難民たちを救う役目があるとはいえ、仲間たちが紅蓮の炎に焼かれるのをただ見ているだけなんて。
この身も一緒に焼かれた方がマシだ! とカガリは叫びだしたい気持ちを抱えながら涙をつぅっと流す。
一人きりでは誰にも打ち明ける事が出来ず。
けれど、一人でなければ弱音すら吐けないカガリは、どうしようもない気持ちを抱えて、潰れそうな想いの中にいた。
戦いが終われば、キラは帰ってくるだろうが、キラ以外の人はどうなるか分からない。
それがカガリにはとてつもなく怖かった。
しかし、暗闇の中、一人孤独に震えていたカガリの下へ一つの声が響く。
「カガリ」
「っ……! だ、誰だ!?」
「俺だ。カガリ」
「……! お前は、アスラン」
カガリは驚きに顔を染めながら部屋にやってきたアスランを見やる。
そして、アスランは静かに音もなく部屋に一つしかない扉から中に入ってくると後ろ手で扉を締めて、小さく微笑んだ。
「久しぶりだな。カガリ」
「アスラン……! 貴様。どういうつもりでここに来た!」
「君に会いたかったんだ」
「警報は、鳴っていないし、キサカだって」
「機体で地球には降りたけど、アカツキ島からボートで本土に来たんだ。いつかの時、オーブに潜入したからな。警備の穴はよく知っている」
「……! キサカは」
「キサカさんは、通してくれたよ。カガリと話をしてやってくれって」
「あいつ……! 私の護衛の癖に!」
カガリは憤慨した様にここへアスランを通したキサカの悪口を言うが、それ以上何かをする事はない。
誰か人を呼ぶことは無いし、アスランを追い出そうともしない。
ただ、いつもの様に部屋の最奥にあるテーブルの椅子に座り、入り口に立つアスランを見つめるだけだ。
「それで? お前は何をしに来たんだ」
「話をしに来た」
「話?」
「あぁ。きっとこれが最後の話になるだろうから。体がある内に、話がしたかったんだ」
「体がある内に……って、お前!」
「カガリ。聞いてくれ」
「アスラン! 私は認めないぞ!」
「今回の戦いは、勝つかどうかすら分からない」
「私は、違う!! 私は!」
「だから、これが最後かもしれないんだ。君と話す事の出来る。最後の機会かもしれない」
「私は……ただ、お前が……お前に、生きていて、欲しいんだ」
カガリが消えそうな言葉で呟いた言葉をアスランは静かに受け止めて、視線を床に落とす。
そして、ホロリと涙を流しながら椅子から立ち上がり、よろよろとアスランの元へと向かってきたカガリを受け止めた。
「私は、間違えた事を言っているのか?」
「いや」
「皆は、私に生き残れという。けれど、私は、皆と共に居たい。一緒に苦難の時を生きて来たんだ。最後だって、一緒がいい」
「あぁ」
「けど、私は、置いて行かれて……みんな、みんな!」
「……カガリ」
「私はみんなを護りたかった! キラもセナも、お父様も、ユウナも、ギナも! シンも! レイも! 国のみんなも!! みんな、みんな守りたかったんだ! だから代表となった! なのに、その地位が、私を一人にする!」
「そうかもな」
アスランはカガリの慟哭に肯定しながら、小さく頷いて、アスランに抱き着きながら泣くカガリを抱きしめる。
そして……。
「きっと、戦場に行く俺たちは生き残れないだろう」
「っ」
「けれど。俺には願いがある。ここに残してゆきたい願いがある」
「……アスラン?」
カガリはアスランから少し離れて、アスランをジッと見上げた。
自分を見つめてくるアスランを同じ様に見やる。
「俺は、君に生きていて欲しい。カガリ」
「……!」
「好きだ。カガリ。君を愛している」
「っ、こんな、時に……告白か?」
カガリは流れていた涙を拭って、苦笑しながらアスランを見上げた。
アスランは、大人びた笑顔のままカガリを見て、再び口を開く。
「駄目だったか?」
「聞くなバカ」
「タイミングは良いと思ったんだが、何が駄目だったんだ?」
「~~! お前は! 前もそうだったが、死にそうなときになってから、告白してくるのを止めろ!」
カガリはバッとアスランの腕を振り払って、部屋の中にある応接用のソファーにドカッと腰を下ろす。
そして、くっと笑いながら不器用なアスランを見やった。
「すまない。カガリ」
「ハァ。お前という奴は、まったく」
カガリは先ほどまでの悲壮な空気はどこかに隠れて、泣きそうな顔のまま笑う。
今は、笑う様な空気だから、笑う。
それが滑稽な事だとしても、今はきっとこうしているのが二人の為だから。
「アスラン」
「あぁ」
「生きろ。何をしても良い。生き残れ。生き残って、もう一度、私に会いに来てくれ」
「それは……」
「出来ないとは言わせない。聞きたくもない。私は世界大統領。カガリ・ユラ・アスハ。かの平和を謳う姫君の姉にして、世界をまとめた指導者。きっと教科書にだって名前が乗るだろう」
カガリは自信のままに言葉を連ね、アスランの反論を許さないままに語り続ける。
「だから、私のパートナーになるのなら、生きてくれ。アスラン。またアスランと再会して、その時に話を聞きたい」
「……分かった」
「良いか!? お前の事をフッた訳じゃないんだからな!? 生き残ったら、パートナーにしてやると言ったんだ!」
「それは、結婚しても良いって事か?」
「っ! と、当然だ! 生半可な気持ちで、パートナー等と言うか! 私は、お前がまた帰ってきてくれるのなら、残った命は全部お前にあげても良いんだ」
「……カガリ」
「だから、だから……また、また……! こう願う事は残酷かもしれないが、それでも……私はお前と共に、居たいんだ」
アスランの戦場で戦うという意思を否定せず。
傍にずっといて欲しいという願いも否定せず。
カガリはただ、自分の願いを小さくアスランへと告げた。
それはカガリの我儘であったが、アスランにとっては可愛らしく見える我儘だ。
何だかんだと要求の多い女性陣とは違い、カガリはいつだって控えめで、強くは見えても、本当は弱い女の子なのだ。
だから、アスランはカガリの座っていたソファーの隣に座って、カガリに言う。
アスランから視線を逸らして、辛そうに床を見ながら言葉を連ねたカガリの隣へ。
「約束するよ。カガリ。俺は必ず帰ってくる」
「……あ、ぁ」
「だから、戻ってきたら、もう一度聞いてくれ。俺の想いを」
「分か、った……!」
カガリはアスランに不器用な笑みを向けて、静かに体重をアスランに預けた。
アスランもまた、カガリの体を受けながら目を閉じて、この静かな時間に想いを向けるのだった。