キラは、昼前に到着するというセナの言葉を受けて、上空より降りて来た輸送船を受け入れた。
「キラ。久しぶりだな」
「うん。クリスタも。元気そうだね」
「慌ただしく作戦の準備をしていただけだ。病気になる様な暇はないさ」
「そっか」
輸送船から降りてきて、すぐに寒さで体を震わせたが、後ろから降りて来たラクスがフワフワの帽子を被せ、耳当てを付ける。
そして、後ろから渡されてきた可愛らしいコートを着せて、ふぅと一息ついた様な顔をしていた。
「君も変わらないね」
「
「そっか」
キラは自信満々に胸を張るラクスとよく似たピンク色の女性に微笑みかける。
そして、二人を家の中に案内して、これからの話をするのだった。
「とりあえずコーヒーで良い?」
「そうだな」
「はい! お願いします!」
「うん。じゃあ、淹れちゃうね」
キラは鼻歌を歌いながらコップに出来立てのコーヒーを淹れて、すぐにクリスタたちの下へと向かう。
既に用意されていたコーヒーに驚く事はなく、クリスタもラクスも暖かいコーヒーに口を付けて、ほぅと息を吐いた。
「ふむ……」
「うん?」
「ここに来るとな。落ち着くような感覚がある」
「ここが実家だからかな」
「そうかもしれないな。心の故郷という奴かもしれん」
「それだと嬉しいね」
キラはクリスタが呟いた言葉に同意しながら自分用のコーヒーに口を付けて、クリスタの正面に座った。
「キラ」
「うん」
「第一艦隊は、一週間後。地球を発つ」
「……うん」
「サザーランド達は私達を地球へと戻すつもりでいるが、私はその様な事は出来ないと考えている」
「クリスタ」
キラにハッキリと言葉を向けたクリスタは焦る様な様子は一切見せず、静かに感情を吐き出してゆく。
「これまで争いばかり起こって来た世界だ。争わずに終わる道があるのなら、それを試そうと思うのは当然の事だし。私もそう思う。だから、非武装のホープで連中に接触し、互いに干渉しないという未来を導こうと思うが……難しいだろう」
「……うん」
「連中の中心部近くまで行く私達が生きて帰ることは難しい。だから、私たちは今回の出撃で死ぬこととなる」
「クリスタ……!」
「言うな。キラ。これは必要な事だ。第一艦隊で交渉に失敗し、第二艦隊で戦闘での敗北。こうしてようやく残った民は移民船団に乗って逃げる選択がとれる様になる。それが正しい道となる。それ以外には道が無いのだから。だから……後の事は頼んだ」
真っすぐにキラを見つめるクリスタの瞳に、キラは言いたいことを胸の内から吐き出した。
「何も死ぬことは無いじゃないか」
「中途半端に生きていては、人々は希望を信じてしまうだろう? ホープは失われるべきだ」
「けれど、君は機体じゃない。希望じゃない」
「希望さ。私もセナも、人々の希望として生み出された。だから、最後も希望として逝く。そうあるべきだ」
「……!」
「なぁ、キラ。ファウンデーション王国との戦いが終わってから三年間。私もヴィア・ヒビキやユーレン・ヒビキ達と共に居た。それは、ヴィアが私も自分の子供だと言ったからだ。セナの姉なら、自分の子供だとな。キラの妹だと言っていた。だから……あれほど望んだ家族と一緒の時間を過ごす事が出来て、私は幸せだったんだよ。だから、お前たちのために逝くのなら、悪い気持ちじゃない」
クリスタは静かな覚悟を語りながらコーヒーに口を付ける。
そして、乾いた口の中を軽く潤してから続きを話した。
「私は人類を憎んでいた。セナを殺して、生きながらえようとする連中だ。汚いゴミだと思っていた。しかしな。私の元に毎日来るんだよ。自分では代わりになれませんか? ってな」
「……代わり」
「連中と最初の交渉をする人間さ。無論、それはセナでなければいけないし。私の体を使う以上、私は必須だ。だから、代わりなどはいない。しかし、苦しそうな顔でな。娘と同じ年なんだとか。未来は無限にあるとか。我儘に生きて欲しいと。他人のことに泣く連中を見ているとな。バカらしくなってきたんだよ。人類を恨むのも、憎むのも。まったく、バカらしいってな」
クリスタは降り積もる想いの一部を吐き出しながら、柔らかく、優しい、セナの様な微笑みをキラに向ける。
「だから、私が一つの選択肢を潰してやる事にした。平和的な解決っていう選択肢をな」
「クリスタ……」
「誰しもが、今回の作戦は失敗すると理解している。しかし、頭に残った可能性は残り続けるだろう。もしかしたら。きっと。たぶん。そういう考えは迷いを呼び、選択に失敗を呼び込むだろう。だから、私がその可能性はないと示してやるのさ。滅びかけた未来の世界に生きる私達だからこそ分かる。アレとの交渉などは不可能だ。だから、人類は戦うか、逃げるか。二つに一つしかない」
「それを言う事は出来ないの?」
「言ったところで、もしかしたら。という可能性の世界から逃げる事は出来ないさ」
「でも!」
「それに……な。キラが居る」
「僕……?」
クリスタは柔らかい顔でテーブルを見つめながら言葉を零す。
遥か前から思考していた物を口にした。
「例え私が居なくなっても、セナが動かなくなっても、地球にはキラが居る。人類の事はお前に任せるさ。ユーレン・ヒビキも……ヴィアママも」
「……!」
クリスタの呟いた言葉に、キラは言葉に出来る物が何もなくなって、静かにクリスタの元へ行ってから抱きしめた。
そんなキラを受け止めながらクリスタは小さく目じりに涙を浮かべてギュッとキラを抱きしめ返す。
ラクスは静かな愛情を示し合う姉妹を見やって、瞳を閉じ。
キラもクリスタも、抱き合いながら瞳を閉じた。
この静かな時間に、最後の時を抱きしめながら。
そして、クリスタとキラが再会をしている頃。
大西洋連邦にて、友人を招き入れていたアズラエルは、豪華だが静かな応接室でサザーランドへと紅茶を出しながら、自身もゆったりとソファーに座っていた。
「お手数をおかけします。アズラエル様」
「ここには二人しかいないんだ。そうかしこまった言い方はしなくても良いよ」
「これは失礼しました。これも癖でしてな」
「そうかい」
アズラエルはどこか気軽な様子で足を組みながらサザーランドへと視線を向ける。
そして、ゆったりと口を開いた。
「状況は?」
「はい。こちらで最終調整を終わらせましたら、各地に散った同志を回収しまして、アカツキ島へと向かいます。そして、クリスタ様とラクス・クラインを回収し、宇宙へ」
「そして、第一艦隊として、暗黒宙域へと向かう。かい?」
「その通りです。既に無人の戦艦は暗黒宙域へ向けて航海を始めました。無人というのは良い物ですな。時間を調整してサイレントランさせれば、燃料も酸素も消費されない。移動砲台という名の、無人戦艦ですか」
「見た目はまぁまぁこだわっている戦艦だからね。遠くからじゃ分からないよ。……とは言っても、連中に偽物と本物の区別がつくとは思えないけどさ」
「それでも、ダミーは多い方が良いでしょう。地球の全ての戦力は第二艦隊に集めたい」
「僕も同意見だよ」
アズラエルはサザーランドの言葉に頷きながら紅茶を一口飲んで、カップをソーサーの上に置きながらやや真剣な眼差しでサザーランドを見つめる。
「コーディネーターとの共同訓練は順調だ。兵士、指揮官レベルなら、コーディネーター、ナチュラルという差は、もう存在しないと言って良いだろう」
「おぉ、それは良いですね。出来れば連携には邪魔なものは無い方が良い」
「うん。これでブルーコスモスを再度作るのは難しくなったけどね。これからの未来を考えれば、良い事なのは確かさ」
「えぇ」
「しかし、だ」
「……?」
サザーランドはアズラエルが呟いた言葉に軽く首を傾げながら疑問を示す。
「まとまったナチュラル。地球軍の指揮官がナタル・バジルールというのは、少々不満かな」
「そうですか? 彼女は非常に優秀だ。情に流され過ぎる事もない。良い選択だと私は思いますよ」
「そうかもね。けれど、もっと老練な指揮官のアドバイスは必要なんじゃないかい?」
「……なるほど」
サザーランドはアズラエルの吐いた言葉の意味を理解して小さく言葉を呟いた。
そして、静かな瞳をアズラエルに向けながら口を開く。
「アズラエル様。私は、新たなる時代には不要の存在です。キラ様が導く未来には必要のない思想で生きて来た」
「……! だが! それは僕も同じだ!」
「アズラエル様……」
「僕は憎しみだけで、コーディネーターを全て排除しようとしてきた。今だって、別にコーディネーターを好きになった訳じゃない!」
「それは私も同じです。だからこそ、第一艦隊にコーディネーターはいない。彼らはモビルスーツに乗って、戦うべきですからね。名誉の死しか待っていない様な戦場へ向かうのは無意味だ」
「っ!」
「しかし、我らの死は、第二艦隊にて戦う者より、交渉等という甘えた思考を奪い去る事が出来るでしょう。これは必要な犠牲です」
アズラエルは、サザーランドの言葉に遠回りな説得は失敗だったという事を悟った。
そして、彼が死地へと向かう意思が強いことも悟る。
だから、アズラエルはこれ以上の話をすることは止めて、サザーランドの意志を素直に受け取る事にした。
「……分かった」
「ご理解いただけましたか」
「あぁ。まったく。受け取ったよ」
「ありがとうございます」
「強情な奴だな? 君は」
「ふははは。そうですか? では、おそらくはあの男の影響かもしれませんね」
「あの男?」
「えぇ。大西洋連邦で、おそらくは誰よりも早くキラ様の願いに身を委ねていた男……」
サザーランドは高らかに笑ってから一人の名を落として、笑みをアズラエルに向ける。
「デュエイン・ハルバートン。私の親友であった男ですよ」
懐かしき過去を思い出しながら。