第一次防衛ライン壊滅の報はすぐさま地球全土に回り、各人の端末からセナが消えた事で人々は事態の重さを強く理解した。
連日端末に声をかけても返事はなく、涙ながらに端末を握りしめる者がいても、端末は音を発しなかった。
ただ静かに沈黙を守っていたのである。
そして、第一次防衛ラインが壊滅したのち、嘆きの満ちる地球圏にて宇宙に拠点を置くコンパスが各勢力のトップを呼んで対策会議をする事となった。
コンパス側は総裁ラクス・クライン
大西洋連邦、ムルタ・アズラエル
プラント、ワルター・ド・ラメント
オーブ、ユウナ・ロマ・セイラン
他にも各国の部隊を指揮する代表が集まって話し合いをする為に顔を突き合わせている。
ここにいるのはあくまで第二次防衛ラインに所属する部隊を指揮する者達であり、各員は戦う意思を隠さぬまま、ピリピリとした空気を纏って座っていた。
別に喧嘩がしたい訳ではないが、第一次防衛ラインが失敗したという報告は、分かっていても辛いものだったのだ。
可能性はゼロではなかったから。
もしかしたら、平和的に終わる可能性もあったから。
しかし、そうやって無謀にも希望を信じて、抱いて、帰って来た答えは絶望的な物だった。
「第一艦隊との通信が途絶えてからもう三日だ。作戦は失敗したと見ても良いだろう」
「えぇ。元よりその予定でしたけどね」
「アズラエル!」
「なんですか? 急にその様な声を出して。自分はこの様な事を考えても居なかったとでも言う様な物言いだ」
「貴様!」
「サザーランド少将は最期の瞬間まで任務に忠実で、不測の事態だ等と騒ぎ出す事はありませんでしたよ。だからこそ、こうして僕らがここで話をしている」
「……くっ」
アズラエルはきっぱりと言葉を言いきって、このメンバーを集めたであろうラクスを見やる。
「さて、コンパスの総裁さん。既にデスティニーの改修は完了したのでしょう?」
「えぇ。先日最終訓練を終わらせ、いつでも戦闘が可能な状態となりました。フルアーマーデスティニー。いつでも動かせます」
「であれば、実戦の配置を決めましょう。どちらにせよフルアーマーデスティニーが全体の中心となるんだ。なら、中心が決まっている以上、他を決めるのは簡単でしょう?」
「えぇ。そうですわね」
「ま、待て!」
アズラエルとラクスが話を続けていく中で、不意に一人の男が椅子から立ち上がりながら声を上げた。
そして、思ったままの疑問をラクス達に向ける。
「キラ様は、どこに配置される予定か」
「キラなら地球ですよ。彼女は第三防衛ラインの指揮官だ」
「っ! し、しかし! セナ様が失われてしまった状況では!」
「セナが消えてしまったからこそ! 今の地球からキラを引き離す事は出来ません。そうすれば、地球で大きな暴動が起きる。もし地球で問題が起これば、前後に挟まれた僕らは対処が難しい」
「……!」
アズラエルの冷徹な言葉に男はグッと息を詰まらせた様に動きを止めた。
そして、動きを止めながらも何とか口を開き、言葉を紡ぐ。
「確かに地球は大切だ。しかし、我らにも、戦う理由は必要だ……! ただ命を散らすだけでは」
「ハァ」
アズラエルは男の必死な言葉にため息を吐いて、頬杖をつきながら男を見やる。
アズラエル以外の者達もどこか冷めた様な顔をしながら男へと視線を送っていた。
「僕らが戦う理由なんて、ずっと前に大統領が言っていたでしょう」
「なに……?」
「死ぬためですよ。生き残る為じゃない。僕ら全員が乗れる船は無いから、戦う覚悟のある人は前に出て、戦って、死ぬんです。ここにいる人間はみんなそのつもりですよ? それとも貴方。この期におよんで死にたくないとか考えているんじゃないでしょうね」
「そ、それは……! 当たり前では無いか! 死ぬために戦う等と! 狂気だ!」
「えぇ、えぇ。その通り。僕らは狂気を宿しながら進んでいますよ」
アズラエルは男の言葉を肯定して、再びため息を吐く。
今更になって下らない話を始めた男に、アズラエル達は呆れた様な声を出していたが、状況を見ていたユウナが静かに口を開く。
「別に。これは強制じゃないんですよ」
「っ! ユウナ・ロマ・セイラン……!」
「今もモビルスーツの調整を行っている兵たちが、どういう気持ちで居ると思います? 第一次防衛ライン壊滅の報を聞いて。貴方と同じ様に喚き散らしていると思いますか」
「それは」
「答えはノーだ。彼らは今まで以上にやる気を漲らせていますよ。サザーランド少将が誰もが恐れる先方に向かって進んでいった。彼の部隊を英雄の船だと祭り上げる者は多い。そして、彼らと同じ場所へ行けば、キラを護った英雄となり、セナが待つ永遠の安らぎにたどり着ける。そう、彼らは信仰しているんです。無論、恐怖もあるでしょう。逃げ出したい気持ちもあるでしょう。しかし、逃げた先に光なんかない。そう彼らは理解しているから、ここで、華々しく散りたいんです。今なら英雄の一人として、地球を守ったという名誉を抱きながら死ねますから」
ユウナは丁寧な口調を崩さずに奏でながら、男が驚愕する様な言葉を吐き続ける。
確かに、ユウナが言う通り、この場に居る者。
そして、前線で戦う兵たちには狂気があるだろう。
勝つためではなく、護るために戦う。
と言えば聞こえがいいが、この戦いの本質は口減らしだ。
かつて行われた戦いの清算とも言える。
移民船団に乗って逃げた所で、自分のせいで乗れなかった者への想いは募るし。
生き残り続けたって、ここから先に意味が出来るとは思えない。
だから、終わりを自ら受け取りに行く。
もしかしたら、人類が勝って、自分が無駄死にをするかもしれない。
しかし、それでもここで戦ったという記録が、意志が、確かな希望を彼らに与えるのだ。
キラの願いに、セナの祈りに銃を持って立ち上がった自分達が、ようやく自分の為に戦えると。
国家や思想によって振り回されてきた者達が、遂に、本来の目的の為に立ち上がれると。
狂気?
上等だ。
世界を平和にしたい。なんて夢想を抱きながら、混迷する世界の中を、幾多の悪意に晒されながらも戦ってきた姫たちの為に立ち上がったのだ。
狂気を持っているなど今更なのだ。
彼らの願いは、姫と結ばれることでも、姫に認めてもらう事でもない。
ただ、姫が願う世界に、その世界を構築する為の礎になる事が出来れば。
姫を狙う悪意から姫を護る事が出来れば。
姫の為に強くあろうと決めた、自分の刃が敵の悪意を少しでも削ぐことが出来れば。
彼らは大きな夢を抱きながら、それぞれの目標を持って、死ぬために戦場へと向かう。
死は、目標が失われる事では無いのだ。
そして、目標は生きる意味だ。
ならば目標を達成する事が出来れば、死しても、その人生に意味があった事になる。
彼らは狂気の中で、最初に願った祈りを胸に戦場へと向かう。
その結果がどうなろとどうでも良いのだ。
何故なら、彼らの見据える世界の先にはセナが居て。
彼らが立つ背中には地球があって、そこにはキラが居るのだから。
ほぼ確実に死が待っている戦場というのは、彼らにとってようやく訪れた夢の地でもあった。
「だから、僕らは誰かに強制された訳じゃないんですよ。ここに居たいから。ここに居るんです。僕だって、今まで何度も死ねる機会があった。けれど、ずっとそれは失われてきていて、ようやくこの時が来たんです。この時を待ちわびていた。だから、だから! 今日という日に意味を見い出せないのなら、さっさと移民船へと移動してください。ここに居る、意味がない」
ユウナがギラリと輝く様な瞳を男に向け、そのまま強い狂気をぶつけて男を黙らせた。
すっかり力を失って椅子に堕ちる男を見据えてから、ユウナはラクスへと柔らかい視線を向け、頷く。
「ありがとうございます。ユウナ様。では、改めて、お話を始めましょうか」
ラクスはふわりと微笑んで、いつもの様に言葉を紡いだ。
キラやセナに代わり、コーディネイターとナチュラルの橋渡しを続けて来た彼女は、コーディネイターが座る席とナチュラルが座る席の間に座って、今日の本題となる配置について話す。
「中央はフルアーマーデスティニーを中心としたコンパス艦隊」
「はい」
「そして、右翼には旧地球連合軍。左翼には旧ザフト艦隊。で決まりじゃないのかい?」
「アズラエル様の意見でも良いのですが、我が方にはいくつかの大型兵器があります」
「レクイエムと、ジェネシスか」
「はい。そして、プラントを改造した拡散大型ビーム砲がいくつか」
ラクスは上がってきていた大型兵器の話をしながら、その詳細をモニターに映し共有する。
「これらは強力ですが、その進行方向先に我が方のモビルスーツや戦艦が居ると、ダメージを受ける可能性が高いです。出来れば、これらの配置を決めてから部隊を細かく配置する方が良いかと」
「確かにね」
「プラントの拡散ビーム砲は、ソーラレイシステムを利用していますから、太陽の光を受けながら砲を敵に向けるのが分かりやすいかと思います」
「なら、プラント本国を要する部隊は一番端に置く方が良いね」
「本国の部隊が狙われる場合もある。そこを側面からジェネシスで撃つのはどうだろうか」
「レクイエムは中継点さえおければどこでも狙えるけど、中継点が無いと狙えないからね。初めから目標は定めている方が良いよ」
「敵のサイズを考えれば、戦闘は混戦になる可能性が高い。それなら……」
部隊を配置するべく始まった話し合いは終わることなく続き、いつまでも彼らはテーブルの上に置かれた宙域図を前にして話し合いを続けるのだった。
そして、こうしている間にも第一次防衛ラインを壊滅させた敵は、刻一刻と地球圏に向けて進行を続けていた。