ラクス達の会議が白熱している頃。
いよいよ敵とぶつかり合うだいたいの日付が決まり、それを聞かされたコンパスの面々はそれを受け止めて静かに頷く。
「いよいよって感じね」
「長いようで短い時間だったわ」
「しかし、この時間のお陰で十分に新装備の訓練を行う事が出来た」
ルナマリア、アグネス、レイは順に言葉を放ちながら、緊張する心を打ち明ける。
声が僅かに震えているのは緊張か。武者震いか。
その明確な理由も分からぬままルナマリアが、話の流れで、一人窓の外を見ていたシンに声をかけた。
「シン。シーン」
「……」
「ちょっと。聞こえてないの?」
「っ! お、おう。あぁ、ルナか」
「あぁ。ルナか。じゃないわよ。何してんのアンタは」
「あぁ。いや。俺は……ちょっと」
シンは言い訳を重ねながら窓の外へとチラリと視線を向ける。
その窓の先。
暗い宇宙の向こうに何かがあるとでもいう様に。
「シン……」
「ちょっと。もしかして、アンタ。戦えないの?」
「ちょ、ちょっと。アグネス……!」
「ルナは黙ってて」
アグネスはキッと気の強そうな視線をシンに向けると、そのまま視線と同じ気持ちでシンに迫った。
怒りは無い。
だが、強く叱責する様な気持ちが見えた。
「答えなさいよ。シン・アスカ。この期に及んで、やっぱり嫌になったの? それとも逃げたくなった?」
「アグネス……! レイ!」
「ルナマリア。黙っていろ。これは大事な事だ」
アグネスに問い詰められながらも、シンは窓の外に広がる暗闇に視線を送っており、アグネスの不信感は増えてゆく。
そして、それはレイも同じで、ルナマリアも少しずつだがシンへの不信は増えていた。
そんな中、シンは深く息を吐いて……酷く穏やかな、静かな顔をアグネス達へと見せた。
「別に、逃げたい訳じゃないよ。怖い訳でもない」
「なら何なのよ」
「何。何か。うーん。言葉にすると難しいんだけど。俺はさ。何だろう。今、自分がどう思っているか分からないんだ」
「分からない?」
「あぁ。クリスタから、第一次防衛ラインの話は先に聞いてて、こういう未来になるって事は分かってた」
シンは呟くような言葉を漏らしながらアグネス達の疑問に応えてゆく。
「だから、きっと……ルナたちみたいに昂ったり、アスラン達みたいに怒ったりすれば良いと思うんだけど。そういう気分にはならないんだよ」
「シン。貴方……クリスタちゃんの事、悔しく無いの?」
「そりゃ、悔しいよ。俺は最後の瞬間まで見送ってたんだ。そして、それが最後になった。悔しいに決まってる」
シンはギュッと拳を握りしめながら想いを語る。
しかし、その表情に強い怒りは出ていなかった。
怒りというよりは、決意の様な物が表に出ている様に思う。
「けれど。こうして、クリスタたちが死んだっていう報告が届いて、分かったんだよ」
「わかった?」
「あぁ……そう」
シンは話しながら窓の外へと顔を向けて、再び宇宙の闇を見やる。
「俺たちは、口では死ぬつもりで戦うとか、生き残れないかもしれないとか言ってても、心のどこかで、奇跡みたいな事が起こって、クリスタはセナと共に帰ってくるだろうって思ってたんだ。誰かが死ぬとか、そういう事は考えてなかった。何も想像出来てなかったんだよ」
シンはここで少しだけ言葉に悲痛な物を混ぜながら言葉を続ける。
彼の語る言葉には悲し気な色が混じり始めていた。
「クリスタが言ってたんだ。『私が死んで、ようやくお前たちは事の重大さが理解出来る』ってさ。俺、バカだから。今になってようやくあの言葉の意味が理解出来たんだよ」
ダン! という音を立てて、シンはミレニアムのブリーフィングルームにある壁を殴りつけた。
かなりの力がこもっていたのだろう。
壁は少しへこんでいるが、シンは僅かに血が流れている壁から手を離そうとはしない。
「俺たちは、きっと、今この瞬間になるまで現実が見えてなかった。デスティニーが強くなって、世界中が手を取り合う様になって、強くなっている感覚があって、これで勝てるって、心のどこかで思ってた。けれど、聞こえてきたのは現実の声だ」
「そうね。私も、どこか、大丈夫って思ってたかもしれない」
「……うん」
「ならば、死が目の前に見えて、お前はどうする。シン」
シンの慟哭にルナマリアとアグネスが同意していると、レイが厳しい顔をしながらシンに言葉を向けた。
叱咤に似た様な強い攻めの感情が滲む様なそれは、シンを強く責め立てるが、シンはそんなレイの言葉に応える。
初めからそう決まっていたかのように。
「戦うさ」
「……」
「俺はクリスタを見送った。第一艦隊は最後まで勇敢だった。逃げなかった。こんなにも苦しい世界から」
「……そうだな」
「だから、俺も逃げない。俺は今、世界の中心にいる。連合とザフト、コンパス。全ての力がデスティニーに集まってる。みんながデスティニーに希望を見てる。それが幻想だとしても。俺はその幻想を否定する気なんか無いんだよ。最後の瞬間まで、戦う! クリスタの様に。セナの様に。自分の信念をかけて、戦う。例え、その最後が犬死だとしても……! 戦う事に意味があると、俺は思うから」
シンはレイ達へと顔を向けながら抱えて来た想いを口にした。
それは、今までシンが言葉に出来なかった物であり、今日まで口に出来なかったことでもある。
それが、クリスタの死によって、ようやく言語となり、シンからあふれ出したのだ。
そして、そんなシンを見ながらレイは小さく安堵の息を漏らす。
他の誰かとは違い、生まれから明確に死を意識しながら生きて来たレイは、今回死ぬかもしれない。等という不安を抱えるのは今更な話だ。
既にまともに戦う事が難しくなってきたレイの兄。ラウ・ル・クルーゼは、思考で戦闘し、ドラグーンシステムを操るサイコフレームを使った技術を自機に搭載している。
これによって、真実最後の瞬間まで戦う事が可能なのだ。
愛する妹の為に。
移民船で非難する親友が生き残る為に。
クルーゼは終わりまで戦う。
そして、それはレイとて同じであった。
だから、レイは抱え続けて来た想いを胸に秘めたままシンに近づいて、その手を強く握り、握手をかわした。
それから、彼らは非日常が迫りくる中で、静かに日常を抱えながらその時が来るのを静かに待ち構えるのだった。
そんなシン達の覚悟を少し離れた場所から感知していたステラたちは、ふむと笑みを零しながら素足で病室の中を歩く。
そして、別に病気というワケではないが、最終決戦前に疑似肉体の調整をしている男たちのベッドへと向かった。
「シン達。もう大丈夫みたい」
「そうか」
「シンも大人になったという事だな。感慨深いものだ」
「お前は別に何もしていないだろう」
「それを言うならお前も同じだな。アムロ」
「なにぃ!?」
アムロとシャアは隣り合ったベッドで睨み合いながらバチバチと視線をぶつかり合わせる。
そんな二人を見ながらステラはよっこいしょとシャアのベッドに座り、二人の喧嘩を見ていたのだが、不意にシャアが座っているステラに気づいて手招きをしながら近くのテーブルにあったジュースをステラに渡した。
そして、シャアから受け取ったジュースを飲みながらベッドに座って笑っているステラを静かに見やる。
「おい。ステラに手を出すなよ」
「誰が出すか」
「そう言って、前はクェスに手を出していたじゃないか。ララァにだって! 年下好きなんじゃないか!?」
「何を!」
「ステラは金髪だが、セイラさんじゃないんだからな!」
「関係のない事を言うな!」
一瞬争いが収まったというのに、再び争いを始めてしまった二人に、ステラはしょうがないなとでも言う様なため息を吐いて、天井を見上げる。
そこにあるのは、別に特別ではない普通の天井であるが、ステラにはその先にある虹色の世界が見えていた。
だから、それをジッと見つめて、その向こうに居る何かがよく見えないか。と目を凝らすのだ。
きっとその虹色の世界の向こうには、アムロとシャアの関係を繋ぐ何かがあるはずだから。
しかし、それらがステラに見える様な事はなく、ステラでは繋がりを持たない虹色の世界の向こうにいる存在は今は静かに時を待っていた。
そして。
「うーん」
「ん? どうしたんだ。ステラ」
「ステラ。相談をするのなら私にしろ」
「図々しいぞ。シャア。黙っていろ!」
「何を言うか! ステラは私のベッドに腰かけているんだからな!」
二人は一瞬消えた嵐を再び激しく吹き荒らしながら、医務室内で暴れまわる。
その空気に、遂にというか、医務室の主が顔を出した。
「さっきから煩いですよ!」
「そう。君達は病人では無いけれど。ここは病室なのだからね」
シャアとアムロは、不意に顔を出して来たヴィアとユーレンに頭を下げながら、彼女たちが開けたカーテンの向こう側で、本当の病人の様にベッドの上で軽く席をしている金髪の男、ラウ・ル・クルーゼを見やる。
そして、クルーゼも元気な二人に笑いかけながら、ふぅと息を整えた。
「いや、元気で何よりだ。まだその時は来ていないのだからね」
「そうは言うけれどね。ラウ。病室であまり騒がれるのは迷惑な事だよ」
「そうじゃぞ! ここは我らの研究室でもあるのだからな!」
ワハハとクルーゼの言葉に続く様にアウラが笑い、クルーゼを診察していたデュランダルも、ふむと頷きながらヴィア達の意見に同意する。
そんなどこか浮世離れした空気は、クルーゼの体にも心地よく、死が間近だというのに、纏っている空気は穏やかであった。
そして、そんなクルーゼの気配を受けて、アムロは先ほどまでの喧嘩を忘れる様にベッドに仰向けで寝て、先ほどまでステラが見ていた様に天井の向こう側を見やる。
シャアも……クルーゼも。
誰もが、ミレニアムの向こうにある宇宙を見やっていた。
見ている光景は同じでは無いかもしれないが。
誰もが、その先にあるモノを見つめて、今はまだ遠い未来に想いを向けるのだった。