長い、長い会議も終わりを告げ、全軍の配置、巨大兵器の目標も全て定まった。
これで、後は時を待つばかりとなった為、アズラエルは前線を去って、月面のダイダロス基地を目指して移動を始める。
その間の移動は、かつてロード・ジブリールの配下に居たネオ・ロアノークが行うのであった。
「月まで、私が護衛させていただきます」
「別に護衛なんて要らないと思いますけどね。この期に及んで僕を殺すメリットも無いですし」
「不測の事態というのは人以外にも存在しますから」
「敵が予想よりも早く到達すると? それなら、僕を護衛するよりも前線で戦っている方が良い」
「アズラエル様は、自己犠牲的な事を仰いますなぁ。まるでセナ様の様だ」
「フン」
ネオの言葉にアズラエルは鼻を鳴らして、月行きのシャトルに乗り込んでから、ソファーの様な座席に座った。
そして、ネオはそんなアズラエルの前に座り、控えていた者に水をと言う。
「僕はセナとは違いますよ」
「ほう?」
「セナは善意から自分よりも他者を護れという。しかし、僕は違う。既に僕の役目が終わっている現在においては、僕を守る理由等無いからだ」
アズラエルは運ばれてきたワインを二つのグラスに入れ、一つをネオに押し付けて、無表情のまま自分のグラスを手に取る。
ネオは最初断ろうとしたが、アズラエルがこちらを気にする様な素振りを見せない為、仕方なくそのまま受け取った。
「僕が居なくともレクイエムは動くし、僕にモビルスーツを動かす様な才能はない。ビジネスマンとして活動出来る環境ならいざ知らず、後は決戦だけ。となれば僕のやるべき事は無いよ」
「それで、殆どの部隊を前線へ上げ、レクイエムを撃つ少数部隊でダイダロス基地に?」
「必要ないからね」
あっけらかんと言い放つアズラエルにネオは少し目を細めてから質の良いワインを一口飲んだ。
そして、口を開く。
「敵に接近された場合はどうします」
「自動迎撃システムはダイダロス基地にもある」
「それでは対処しきれない程の大群が押し寄せたら……」
「ダイダロス基地には自爆装置もあるんだ。レクイエムのエネルギーを全て使って、あの辺りを全て消し飛ばす事が出来る。もしダイダロス基地を目標としていた連中が居たら、急に消えた機械反応に動きを止める筈さ。後は残ってるステーションを一個ずつ破壊して、目標を失う」
便利だろ。と呟くアズラエルにネオは何とも言えない気持ちを抱えながら、そうですね。なんて言いながらワインを飲んだ。
そして、目の前に座るアズラエルを見やる。
彼の姿はかつての覇気を失い、生きる屍の様である。
アズラエルの妻と息子は既に避難が完了しており、彼の血はここで終わる事なく続いていくのだろう。
そして、遺された血はキラに守られ、これから暗い宇宙の向こう側にさ迷う事になる。
だが、周りからはそう見えない様にしながらも、どこよりも強固で、頑丈に作られた移民船のアズラエル家は、彼らを多少でも外宇宙という不安から解消してくれる筈だ。
もし仮に人類が勝てたとしても、地上のアズラエル家は残っているし。財産だって残っている。
家族に対して出来る事は全て行った。
これでアズラエルの父親としての、夫としての役目は終わらせたのである。
そして、実業家としてのアズラエルは、今回の作戦に巨額の費用を注ぎ込みながら、レクイエムの改修、部隊の強化。
それに、プラントで改造されていた兵器にまで出資を行い、一大作戦の資金面において、かなり大きな功績を行っていた。
地上から核をかき集める事が出来たのもアズラエルのおかげだ。
そして、援助だけでなく、アズラエルはダイダロス基地に立って、最後までレクイエムを撃つ役目を担い続ける。
実際にレクイエムを撃つのはアズラエルではない軍人の一人だが、戦場と連絡を取り合い、タイミングを見極めるのはアズラエルの仕事だ。
彼がするべき事は多い。
本来なら、出資だけ行って移民船で家族と共に逃げ出しても良いのに、彼は戦場に立ち続けることにした。
自分だけ逃げだす事を嫌がっているのか。
今更対面を気にする必要もないだろうに。
いや……もしくは。
「アズラエル様は、何故避難されないのですか?」
「随分と直接的だな。君は」
「回りくどい事を言っても良いのですが、もう時間が無いでしょう? だから、イチから関係を構築するのも億劫なんです」
「……そうか」
アズラエルはネオの言葉にアッサリと返事を返し、ため息と共にシャトルの窓から暗い宇宙を見やる。
角度的には月も地球も見えない地点であった。
「ネオ・ロアノーク。人は死したらどうなると思う?」
「死、ですか?」
「あぁ。戦艦が破壊されても良い。モビルスーツが破壊されても良い。戦場においてはどちらも死の要因だ。そうなれば、人はどうなると思う?」
「ふむ。そうですなぁ」
ネオはアズラエルにされた質問を考えながら空のグラスをテーブルの上に置いて、アズラエルはそんなグラスに追加のワインを入れる。
そんなアズラエルに礼を言いながらグラスを手に取って、ネオも暗い宇宙の向こうを見ながらアッサリと言い放った。
「セナ様の下へ、行く事になるでしょうな」
「セナの?」
「はい。かつて行われた軌道上の戦いでセナ様は肉体を失われた。そして、今回の戦いでクリスタ様も失われ、セナ様を受け止める肉体はこの世から消えた。そうなればセナ様も死したという事になる。ならば、私が死ぬときも、セナ様と同じ場所へ行くことは決まっているのです」
「フン。セナがさっさと何処かへ消えてしまったらどうなる。死した先には居ないかもしれないぞ」
「まさか」
アズラエルの反論に食いつく様な勢いでネオは言葉を返した。
そして、笑顔のまま言葉を返す。
「セナ様が、我らを見捨ててどこかへ消える? それこそあり得ませんよ。あの御方は、例え死後の世界であろうと、その場に踏みとどまり、我らを迎えて下さる。地球を守る勇士を受け止めて下さる」
「兵士の間で流行っている信仰かい?」
「えぇ。これから死にに行く我らは、歩んだ先に希望があるとして現在を過ごしているのです。決戦の日が近くなり、逃げ出したい気持ちになった者も多かったでしょうが、逃げ出した者はセナ様に受け止めて貰えない。という言葉も出回っていますね」
「バカらしい」
「えぇ。まったく」
「……!」
「この期に及んで、セナ様に甘えて自らの決意を定めるとは、愚かとしか言いようがありません」
「君は……」
「アズラエル様。私は、死ぬ理由にセナ様を使う事はありません。私は、ただ、セナ様の騎士として戦場に向かうのです。そして、その果てに死ぬでしょう。しかし、それは騎士として戦った私の末路。その道の果てに、セナ様は関係ありませんよ」
「だが、死した先にセナは居ないかもしれないぞ」
「その点は先ほどもお話しましたよ。既に死したセナ様の魂は私と同じ場所に向かうハズ。そうなれば、私は死後もセナ様の騎士としてあれるというワケです。図らずとも、弱き兵士たちと同じ結論に至りましたね」
ネオは悪ふざけの様に言葉を向けて、フッと笑う。
その顔にアズラエルは再びため息を吐いて、また窓の外へと視線を向けた。
どうにも話が合わない男である。
「そして」
「……?」
「地球を護る友として在ったサザーランド少将もまた、かつて失われた戦友と共に、アズラエル様のご到着をお待ちしているのではないでしょうか」
「フン。不敬な話だ」
「……」
「この僕と、彼らが同じ場所? バカバカしい」
「立場は違えど、抱えている想いは同じだったのでは?」
「……だとしても、場所も時も違う。もはや二度と会うことは無いさ」
アズラエルの自嘲する様な言葉に、ネオは何かを口にしようとして、それを飲み込んだ。
そして、手に持っていたワインに口を付けて、またテーブルに落とす。
場には沈黙が満ちた。
しかし、その沈黙はネオたちにとって不快なものではなく、どこか居心地の良い物だったのである。
「……静かだな」
「えぇ」
「これから人類存亡をかけた戦いが始まるとは思えない程だ」
「えぇ。私もそう思います」
ネオはアズラエルの言葉に同意しながら少しだけ考えて口を開く。
「しかし、これが自然であるとも私は考えます」
「自然?」
ネオの言葉にアズラエルは窓からネオへと視線を戻して、軽く問うた。
「えぇ。人は生まれた時、全身全霊で泣いて、その存在を世界に示します。しかし、死ぬときは静かに、眠る様に消える。かつて激しい戦いと殺し合い、憎しみの中で生まれた我らの闘争は、暗黒宙域からの存在により終わるのです。我らの闘争は、戦いの歴史は、この戦いがどうなろうと終わる。だから、皆、終わりを目の前にして静寂の時を過ごしているのでしょう」
「……そうか」
「はい」
「そうかもしれないね」
アズラエルは曖昧な返事をしながらスッと目を細めた。
この宇宙の際には第一次防衛ラインの第一艦隊を率いて死んだ男がいる。
死した男は何かを喋ることはないだろう。
だから、彼が何を思って、戦場へと行き。
何を考えて散っていったのかアズラエルが知ることはない。
しかし、何故だろうか。
アズラエルには遠い宇宙の果てで散った男の最後の意志が飛んできた様な気がしていた。
それは人類が発見したサイコフレームの奇跡だろうか。
もしくは、それによって幾多の願いを実現させてきたセナの力だろうか。
分からないが、アズラエルには確かに聞こえる声があった。
『私は先に逝きます。後の事はお願いします。アズラエル様』
暗い宇宙の向こう側から聞こえて来た声に、アズラエルは僅かに口角を上げて、その声に応える。
「えぇ。僕に任せて、ゆっくり眠ると良いですよ」
「アズラエル様?」
「……何でもないよ」
アズラエルは彼の発した小さな、消え入りそうな声に反応して質問を投げかけて来たネオに否定を返しながらワインを口に運ぶ。
飲んだワインは先ほどまでよりも、美味く、喉を落ちてアズラエルの活力になる様な物であった。