地上に降り注いだ『ニュートロン・ジャマー』による混乱の最中、ZAFTは『カーペンタリア制圧戦』を実行し、カーペンタリア周辺の区域を制圧した。
しかし、制圧戦という作戦でありながら、実際は大洋州連合から無料で土地が提供された為、ZAFTが戦闘を行ったのは妨害しようとした地球連合軍太平洋艦隊だけである。
そしてこの戦いで投入されたのは、課題となっていた地上用のモビルスーツであった。
型式番号:AMF-101
機体名:ディン
ディンと名付けられたこの機体は、空中戦を主眼に置いた大気圏内を単独飛行可能な制空戦闘用モビルスーツである。
この機体の登場により、ZAFTは制空権と偵察範囲を大きく広げてゆく事になった。
地上での戦闘も落ち着かぬ内に、地球連合軍は再びプラントへと侵攻。
月面プトレマイオス基地より地球連合軍第5艦隊、第6艦隊が発進し、プラント管理下の資源衛星『ヤキン・ドゥーエ』付近にて、迎え撃つZAFT軍と交戦する事となった。
しかし、この戦いでも地球連合軍は敗退。宇宙での戦いはZAFTに有利な状態で進んでゆく。
さらに、ZAFTはその勢いのまま月へと侵攻し、
この『グリマルディ戦線』は以降、一ヵ月近く続く事になる。
そんな地球連合軍にとって厳しい戦いが続く中、アラスカの地球連合軍基地にて、二人の少女と、地球連合軍の代表とも言える二人の男が静かな会議室で言葉を交わしていた。
少女たちの名は『キラ・ユラ・アスハ』と『セナ・ユラ・アスハ』。
男たちの名は『デュエイン・ハルバートン』と『ウィリアム・サザーランド』である。
「わざわざアラスカまですまないな。キラ姫。セナ姫」
「姫は止めて下さい。前みたいにキラ君と呼んでください」
「はじめまして。ですが、私もキラお姉ちゃんと同じ様にお願いします!」
「うぅむ。しかしな。キラ姫とセナ姫は地球の救世主であるし。あまり無礼な態度は取れんのだ。すまないな」
「あらー。それは残念です」
「やれやれ。相変わらず融通の利かない男だな。お前は」
「やかましいぞ。サザーランド。だいたい何故貴様がここに居るのだ」
「何故。と問われてもな。私は国防産業理事殿から二人の安全確保を依頼されているのでね。同席は当然かと思うが?」
「何が安全だ」
吐き捨てる様なハルバートンの言葉にも、サザーランドは薄く笑みを浮かべるばかりでまともに相手をしようとはしていない。
キラも、セナも、この短い会話だけで、二人が険悪な関係なのだと何となく察した。
「まぁ、良い。それでな。姫君方。今回二人に話をしたかったのは、我が軍のモビルスーツ開発についてなのだ」
「はい。伺っております」
「うむ。それでな。二人には開発の協力を願いたいのだが……どうかな」
「私達からの要望を受けて下さるのなら、協力します」
キラはセナと共にハルバートンをジッと見つめながら問う。
既にキラたちの要望をハルバートンは聞いているし、後はそれに頷いてくれるかどうかだ。
「ふむ……難しい事ではあるが、受けよう。モビルスーツはあくまで自衛の為に使い、戦力を増強しつつも、積極的な交戦は避け、あくまで和平への道として使う。これで良いかな?」
「はい! セナ?」
「……私も大丈夫です。ハルバートンさん。お願いします」
「あぁ。信頼してくれて嬉しいよ。では早速技術者とも会ってくれるかね? 開発場所などを相談しなくてはなるまい」
「そうですね」
そして、キラたちはハルバートンに案内され、別室で待機していた一人の女性と面会する事となった。
濃い茶色の長いストレートヘアに、オレンジ色の瞳を持つ、白い軍服の女性はハルバートンに対して敬礼を行った後、キラやセナを見て、目を丸くした。
「ハルバートン提督。彼女たちは」
「あぁ、紹介しよう。今、地球で最も有名な姫君。キラ姫とセナ姫だ」
「あ、あの! 平和の女神でありますか!? まだ子供の様に見えますが」
「……失礼ではないか? 姫君に対して」
「申し訳ございません!」
「いえいえ。良いんですよ。僕もセナもまだ子供なのは事実ですから。それで、えっと。お姉さんは……」
「私は大西洋連邦宇宙軍第8艦隊所属、マリュー・ラミアス大尉であります! キラ姫様。セナ姫様。以後お見知りおきを!」
サザーランドのトゲトゲとした言葉を受けて、マリューは身を硬くしながら、非常に堅苦しい挨拶をした。
マリューの言葉に、キラは非常に窮屈そうな顔をしていたが、ひとまず挨拶には挨拶かと言葉を返す。
「はじめまして。私はキラ・ユラ・アスハ。こちらは妹のセナ・ユラ・アスハです。よろしくお願いします」
「セナです。よろしくお願いします」
「ハッ!」
キラは柔らかく笑いながら微笑んだが、マリューは何も変わらず硬いままであった。
軍人なのだからと、思えばそれも当然の様に思えるが、最初に会った時の反応から、仲良くなれそうな気配を感じていたキラは、ゆっくりと時間をかけて距離を詰めるかと考える。
「うむ。それでな。ラミアス大尉には、連合軍のモビルスーツ……G計画を主導して貰う」
「ハッ! 光栄です!」
「G計画は、例の血のバレンタインで目撃された所属不明の機体を元に計画されたものでな。アレと同じとまではいかずとも、近い性能に設計してくれると嬉しく思う。よく知っているだろう? キラ姫たちは」
「なんのことか分かりませんね。私達オーブはモビルスーツなんて保持してませんよ? ね、ねぇ? セナ」
「はい。そうですね」
「ふむ。所属不明機と言っただけでモビルスーツと分かるのか……」
「あ! いや、その……! 僕、いや、私は!」
「ふむ。しかし記録では白いモビルスーツと母艦の通信記録が残っていてな」
「そんな! 僕らは通信なんて!」
「お姉ちゃん」
「あ! しまった!!」
失言に失言を重ねているキラに、周囲の者たちは生暖かい目を向けるが、この状況を作り出したハルバートンはコホンと咳ばらいを一つして、柔らかい笑顔を作った。
「まぁ、ここで聞いた話は何も聞かなかったし。記録にも残らない。が、どうか我らに『守る為の力』を授けてくれると助かる」
「……分かりました」
「うむ。では、キラ姫とセナ姫には外部協力者として、ラミアス大尉の下に付いてもらおう」
「フン。大尉の下に姫君を付けるか。傲慢だな。ハルバートン」
「形式上の措置だ。ラミアス大尉に姫君への命令権があるワケではない」
「それでも。だ。無礼という事は変わらないだろう」
ハルバートンの決定にネチネチと嫌味を言ってきたサザーランドにハルバートンは言い返し、二人だけの世界で争いを始める。
その様子を見ながら、キラはまたか、と小さくため息を吐いた。
そして、オロオロとしているマリューに対して、笑顔でキラは話しかける。
「ラミアス大尉。マリューさんとお呼びしても良いですか?」
「は? あ、はい! 問題ありません」
「では、マリューさんも、キラ。セナとお呼びください」
「い、いや……それは」
「駄目ですか?」
「私は軍人ですから。あまり失礼になる様な事は難しいですね」
「むー。じゃあお姫様からの命令ですよ! って言ってもですか?」
「うっ!」
キラの我儘にマリューは上半身を逸らし、キラの視線から逃げる様にしながら、絞り出す様な声で善処しますと呟いた。
その反応に、キラは約束ですよ? と押し込んで笑う。
そして、キラとマリューが話をしている間に、ハルバートンとサザーランドの言い争いも終わったらしく、再びモビルスーツ開発について話を進める事になった。
「それで、開発場所についてだが……」
「アラスカで行えば良いだろう」
「いや、何度もアラスカ基地へ中立の姫君たちが来るのは問題が多いだろうという事でな。オーブに開発場所を用意して貰う事になった」
「ほぅ。あのウズミ・ナラ・アスハがよく頷いたな」
「あの男も、娘には甘かったという事だろう。もしくは……何かを企んでいるという事もあり得るがな」
「ではどうする?」
「十分に連合軍人は送り込むし。モビルスーツだけでなく、同時に新造戦艦も作るからな。イザとなれば、戦艦で脱出して貰うさ」
「フン。上手くいけば良いがな」
「こればかりはどうなるか分からん。だが、キラ姫たちを借り受ける最低条件がコレなのだから、仕方がない」
「では、開発は」
「あぁ。オーブの資源衛星ヘリオポリスで行う事になる。ラミアス大尉たち、開発チームはプラントに疑われぬ様、各自オーブへと移動後、オーブ行政府でオーブの民間人を装い、ヘリオポリスへ移動。それ以降はモルゲンレーテ社の人間に詳細を確認せよ」
「ハッ! 承知いたしました!」
ハルバートンは場所の指定と、命令を一緒にマリューへと送り、マリューはそれに敬礼で応えた。
そんな二人の様子を見ていたキラは、とりあえず直近の予定を共有する為に口を開く。
「では、私とセナも遅れてヘリオポリスへ向かいます。ですが、多分地球とヘリオポリスを行ったり来たりになると思うので、またよろしくお願いしますね」
「あぁ。頼む」
「何かあれば、私かアズラエル様に言え」
「よろしくお願いします!」
キラは挨拶も終わったと、後はお願いしますと頭を下げてからセナと共にアラスカ基地を後にした。
二人を送っていく潜水艦の中では、キラとセナが作った『ニュートロン・ジャマー・キャンセラー』のお陰で家族の命が救われたという人々もおり、いつも以上にお姫様待遇で送り届けられる事になる。
そして、無事オーブへと戻ったキラとセナは、ウズミへと報告を終えた後、モルゲンレーテへと向かい、エリカやモビルスーツ開発責任者のギナへと話を通すのであった。
「という訳で、地球連合との話も終わりました。これから地球連合のモビルスーツ開発をヘリオポリスで行います。僕とセナもヘリオポリスと本国を行ったり来たりすると思うので、よろしくお願いしますね!」
「そうか。ならば、プロトタイプの強化実装はヘリオポリスで行う方が良いだろう。連合の技術もすぐに転用できる」
「僕は止めないですけど。やるにしても、コッソリやってくださいね? 見つかると厄介な事になると思いますから」
「ヘリオポリスはオーブの資源衛星だ。問題はない」
堂々と腰に手を当てながら語るギナに、キラは大丈夫かなと不安を漏らしながら、ため息と共に頷いた。
どの道、キラが何かを言って止まる人では無いのだ。
この辺りは仕方ないとも言える。
「それに、このままという訳にはいかないだろう?」
そしてギナは話をしていたキラから、ひとまず完成したアストレイへと視線を移して、言葉を投げかけた。
全てを語っている訳では無いが、キラにはギナの言いたい事がよく分かる。
『このアストレイでは、まだまだ足りない』
キラもセナも口には出さないが、同じ気持ちであった。
このアストレイでも、今世界を騒がせているジンに勝つ事は出来るだろう。
しかし、ジンに勝てたとして、その次は?
次の次は?
答えは分からない……ではなく、無理だ。
勝てないだろう。とキラは一つの結論を出していた。
それは、つい先日地上に降りて来たディンを見てもよく分かる。
ZAFTの、プラントの技術は、容易く次の強力なモビルスーツを作り出してくるだろう。
これでは足りない。
だからこそオーブは、多少危険な道を歩いてでも、連合の技術を手に入れようとしているのだ。
キラとセナを囮として、連合を誘い出し、モビルスーツ開発をオーブの領土でさせて、技術を奪う。
何とも悪辣な事だが、オーブという小国がこれからの時代を生きていく為には仕方のない事なのだろう。
キラは申し訳なさと、苛立ちと、悲しみを抱えながらため息を吐いた。
「戦争が終わったら愚痴くらいは聞いてやる。今は我慢しろ」
「……僕はその前に死にたくなる様な気持ちですけどね」
「我慢しろ」
「分かってますよ」
ギナの言葉に溜息と共に投げやりな言葉を返しながら、アストレイに背を向ける。
固く閉ざされた鉄の扉の向こうには、多くの国民たちが居る。
明日も幸せな日々が続くと信じて、笑っている人たちが居る。
キラは、自身の感情を全て飲み込んで、小さくため息を吐いた。
「カガリにバレたら、なんて言われるかな」
「カガリお姉様はきっと激怒するでしょうね」
「考えたくもないよ。まったく」
セナの言葉に、キラは冗談の様に返しながら目を伏せた。
でも、いっそ殴られた方が、スッキリするかな。なんて思いながら。