オーブ本国を離れ、資源衛星ヘリオポリスにある工科カレッジに通っていた少年が不安そうな顔をしながら、オーブのエアポートに降り立った。
少年は色付きの眼鏡を付けながら、周囲をキョロキョロと見渡して、自分を本国まで呼び出した父親を探す。
しかし、どれほど探しても父親の姿はなく、連絡を取ろうかと懐から携帯端末を取り出そうとしていた少年は、不意に後ろから背中を叩かれて、驚き、飛び上がった。
「こんにちは!」
「ひゃあ!」
そして、飛び上がった勢いで地面に横たわり、そのままの姿勢で後ろに振り返る。
そこには白いワンピースを着て、緑色の鳥を肩に乗せた、つばの大きな白い帽子を被った一人の女性が立っていた。
身長は少年よりもやや小さそうだが、ふわふわと動くスカートが見てはいけない中身を見せてしまいそうで、少年は情けない声を上げながら自身の目を両手で塞いだ。
「あら。こんなにビックリするとは思わなかったね」
「もう。お姉ちゃん。駄目ですよ。悪いことをしては」
「いやいや。悪い事なんてしてないよ!? 声を掛けただけなんだから」
「アンタが言うと、本当に信用が無いのよね」
「なんでだよっ!」
少年は目を強く閉じたまま何とか起き上がろうとするが、うまく出来ず、地面でもがき続ける。
周囲から聞こえる女性の声は増えており、少年の動揺は増すばかりであった。
しかし、それでも、女性方に情けない姿は見せられないと、少年は何とか立ち上がろうと目をキュッと閉じながら、手を彷徨わせた。
そして……。
「大丈夫ですか? ……ぁ」
「え?」
「「あ」」
少年は手の先に何か柔らかい物が当たる様な気配がした直後に、柔らかく小さな手が自分の手を握った感触に安心感を覚える。
そして、弱いながらも少年を立たせようと引っ張る手に身を任せつつ力を入れて無事立ち上がった。
「あ、ありがとう」
少年はようやく目を開けて目の前に居るであろう柔らかい声の女性に礼を言った。
声の感じや手の感じから、かなり小さな子の様だと思いながら視線を下に向けると、少年の想像通り、そこには10歳くらいの見た目をしたとても可愛らしい少女が立っていた。
栗色の長い髪を靡かせて、藤色の瞳で優しい顔立ちの……。
「せ、セナさっ!」
「おっと! 少年。それ以上は駄目だよ」
「んむぅむむ~!?」
少年が思わず叫びそうになった言葉をいち早く察知した、最初に声を掛けてきた少年と同年代くらいの少女が少年の後ろから抱き着いて、口を塞ぐ。
少年は視界の端から見える先ほど自分を助けてくれた少女と同じ栗色の髪と耳をくすぐる声から、少女の正体も察した。
そう。
先ほど少年の手を握り、立たせてくれたのはオーブ連合首長国代表首長の愛娘『セナ・ユラ・アスハ』であり、今、少年の後ろから抱き着いているのはセナの姉『キラ・ユラ・アスハ』であった。
オーブ国民だけでなく、世界でもトップクラスに有名なお姫様方であり、非常に人気の高い御方でもあった。
しかもオーブに関して言うのであれば、キラ様とセナ様が平和について訴え、国防軍の式典に参加したというニュースが流れただけで国防軍への入隊申し込みが例年の百倍に増えたほどだ。
セナ様とお話した。キラ様に笑顔を向けて貰った。
たったそれだけで、周囲の人間から羨ましがられるほどであり、手を握った等と自慢すれば次の日には嫉妬で腕を落とされてもおかしくない。
そんな国で、少年は今、皆の憧れであるキラ様から抱き着かれているのである。
しかも、少年の鼻には今まで嗅いだことのないような甘い香りが、耳にはテレビでしか聞いた事のない甘い声色が、そして背には……少年が未だ触れた事のない柔らかい感触が二つ。
少年は確かにここで死を意識した。
屈強なキラ様ファンの猛者にこの事実が知られれば、明日には近海でバラバラ死体となって見つかるだろう。
もう助からない……。
「キラ。その子、死ぬわよ?」
「え? あ、ごめん!」
「っ!! はぁ! はぁ!!」
少年の背からキラがパッと離れた事で、少年はようやく緊張が起こした呼吸停止から解放された。
世界の空気が美味しい事に感動しながらも、未だ微かに残る甘い香りから逃れる様に首を振る。
「大丈夫? ごめんね。僕っては焦っちゃって」
「い、いえっ! だ、大丈夫ですから! 本当に!」
「そう?」
少年は必死にキラに自分の無事を知らせ、何とか呼吸を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。
そして、繰り返しながら周囲を確認し、自分を睨みつけている存在が居ない事を確認して、話しかけてきた少女たちに視線を向ける。
二人の少女は、オーブ国民であれば誰でも知っているセナ様とキラ様。
そして、そんな二人と話をしている赤髪の勝気な少女が一人。
その少女の事を少年は知らなかったが、キラ様たちと親しく話している様子から、どこか別の国のお姫様なんだろうと当たりを付けた。
しかし、分からないのはどうして、この少女達が自分に話しかけてきたか、だ。
少年をオーブ本国へ呼びだしたのは彼の父親であったハズだったからだ。
「しっかし。本当に待ち合わせってここで良いの?」
「大丈夫だと思うけど。ほら、番号もあってるし」
「なら、何で誰も居ないのよ」
「居るは居るじゃない。ほら、あの子がヘリオポリスの子なんでしょ?」
「えー。アレ? 頼り無さそうだけど」
「そう? 頭良さそうだし。アーガイルさんの自慢の息子なんでしょ? なら問題ないって」
「ハッ、親から見れば、どんな子供でも可愛いし、自慢なモンよ」
「あー。まぁ確かにね。アルスターさんも、フレイの事自慢の娘って言ってたもんね。アハハ。わかる~」
「キ~ラ~!? どういう意味よ!」
「わ、わ、その握った手はどうするつもりなの!? フレイ!?」
「こうすんのよ!」
「あいたー! あたま! ぶったー!」
きゃいきゃいと大騒ぎする二人を呆然と見ながら、アーガイルという名前が出てきた事で、本当に自分に用事があったのか、と少年は今更ながら察した。
そして、少年が落ち着いた事を確認したのか、セナが微笑みながら少年の前まで移動してきて、綺麗にカーテシーをする。
「落ち着かれて良かったです。ひとまずご挨拶をさせて下さいね。私は、セナ・ヤマトと申します」
「……ヤマト?」
「はい。アスハの事はナイショ。ですよ?」
幼い顔立ちだというのに、人差し指を唇に当てながら微笑む姿に、少年の心臓はドキリと跳ねて、頬が熱くなるのを感じた。
そして、セナが自己紹介をした事に気付いたキラとフレイと呼ばれた少女も少年の前に来て、自己紹介をする。
「さっきはごめんなさい。僕はキラ・ヤマト。ただのキラ・ヤマトです」
「フレイよ。私はフレイ・アルスター。パパは大西洋連邦の事務次官だから。よろしく」
「え、あ、はい」
少年は襲い来る多数の情報に、わたわたとしながら頷いた。
しかし、そんな少年の反応が気に入らなかったのかフレイがジッと少年を睨みつけた。
「で?」
「え、っと? で、っていうのは」
「私たちは自己紹介したのに、アンタはしないの? って聞いてんの!」
「あ、ご、ごめん! 俺は、サイ。サイ・アーガイル」
「そ」
「あ、えと、ごめん」
「ちょっと、フレイ! 可哀想でしょ!」
「フン。私。ウジウジした男って嫌いなのよね」
「うっ」
「フレイ!」
「うっさいわね。こっちは大西洋連邦から長々船旅でオーブまで来ててイライラしてんのよ」
「あー、ったく、もう」
フン! と不機嫌をアピールしているフレイをそのままにキラはサイに微笑んで、フレイの代わりに謝罪する。
サイは問題ないと手を勢いよく横に振って、首も激しく横に振るのだった。
そんな落ち着かないサイの様子に、キラはクスッと笑ってから遠くへ視線を送って手を大きく振った。
「アーガイルさん!」
「申し訳ございません! キラさん、セナさん! フレイさん!」
「いえいえ」
「遅いんですけど」
「フレイ!」
「フーン。私、別に変な事言ってないもん」
スーツ姿で大汗をかきながらサイたちの所へ走って来たサイの父親は、普段の厳しい姿とは違い、サイは父さんも大変なんだなと心の中で思う。
しかし父に対して同情していた気持ちは次に父が発した言葉で粉々に砕け散った。
「では、ヘリオポリスでのお話については」
「はい! 問題ありません。是非、アーガイルの家をお使い下さい。キラ様たち用の個室は専用の鍵でしか入れませんので、こちらを。そしてヘリオポリスでの身分証と、家の鍵です」
「え?」
「ありがとうございます。では、アーガイルさんは」
「申し訳ございませんが、私はまだ政府での仕事がありまして。後の事は全て、私の息子であるサイが」
「え?」
「分かりました。では家の事はサイさんに確認させていただきます」
「はい! よろしくお願いいたします!」
「え?」
サイは状況が理解出来ないまま進んで行く話にただ疑問だけを投げ続けた。
そして、キラに手を引かれ、父親と別れ、本国に戻って来たばかりだというのに、そのままシャトルに乗って、本国を離れ、ヘリオポリスへと戻る事になる。
「やだ。オーブのシャトルって凄いのね。シャワーにバスタブまで付いてるじゃない」
「フフン。僕らが改造して作ったんだよ。凄いでしょ?」
「やるじゃない。セナ」
「ちょっと、ちょっと。僕ら。って言ったの、聞こえなかった?」
「聞こえてたけど、キラを褒めるのって、何かムカつくのよね」
「どういう理屈さ!」
キラの叫び声をフレイは軽く流しながら、シャワーの準備を始めた。
サイは視界の中に飛び込んできたフレイが持っている派手な下着に、急いで両手で目を塞ぐ。
「ちょっと。せめて大気圏抜けてからにしてよ」
「準備だけよ。良いでしょ? 宇宙に行ったらすぐに行くから。潮風で髪が痛んでるのよね」
「別に良いけどさ。シャトルの中にはサイ君も居るの。忘れないでよね?」
「なぁに。アンタ。あの子に襲われるかもー。って気にしてるの? 自意識過剰ね」
「そういう事じゃなくて。慎みを持たないの? って聞いてるんだけど」
「つつしみぃ~? 別にこの状況じゃ要らないでしょ。そもそもアンタ。そんな事言ったら、私たちはこれからカモフラージュの為にヘリオポリスであの子と同じ家で暮らすのよ? イチイチ気にしてらんないでしょ」
「まぁ、そうだけどさ」
「ほら。だからアンタも今のうちに慣れておきなさいよ」
「ちょっ! 止めてよ! 服脱がさないで!」
サイは目を塞いでも、耳から飛び込んでくる思春期の少年にはツライ情報に、身を固くしながら落ち着く為に頭の中で素数を数え始めた。
サイ少年の受難は始まったばかりである。