ヘリオポリスで行っている秘密裏のモビルスーツ開発から世界の意識を逸らしつつ、平和を求めて世界各国を巡り、多くの支援を行ってきたセナは、久しぶりにオーブへと戻ってきて、自宅でしばしの休息を取っていた。
キラは、現在ヘリオポリスでの開発を続けており、家には居ない。
カガリもまた、士官学校の合宿やらで家には居ない様だった。
ウズミもおらず、家の中は静かで過ごしやすい状態だ。
しかし、そんな静寂の中で休んでいたセナは、一本の電話で目を開ける事になる。
「セナ様。セイラン家より、電話が入っております」
「セイラン家? はい。分かりました。出ます」
セナは何だろうかと首を傾げながら、電話に出て焦った様な声で話すウナトから、セイラン家の現状を知り、急いでアスハ家を飛び出してゆくのだった。
以前、キラと向かった時とは違い、しっかりと車でセイラン家まで来たセナは、緊張した面持ちでセイラン家の人を呼ぶ。
以前来た時は、もっと華やかな雰囲気であったが、今日のセイラン家はどことなく暗い雰囲気であった。
「おぉ、セナ様。申し訳ございません。お忙しい所を」
「いえ。大丈夫です。それよりも。行政府の方へは?」
「まだ連絡しておりません。我らと連合の繋がりを知らぬ者も多いですから」
「そうですね。そこを突かれたという様な所でしょうか」
「はい……私どもも完全に油断しておりました」
「いえいえ。ウナトさん達の責任ではありませんよ。私たちが派手に動き過ぎたという可能性もありますからね」
セナは情けない顔で頭を下げるウナトのフォローをしつつ、背筋を伸ばして、小さく息を吐くと、セイラン家の一番奥の部屋に向かった。
海が見える綺麗な部屋の中では、一番奥のソファーに座る家人よりも偉そうな男が一人。
足を組みながら、ワインの入ったグラスを持ち、見る者を不快にさせる様な笑みを浮かべていた。
「やぁ。セナ・ユラ・アスハ。はじめまして。とでも言っておこうか」
「そうですね。はじめましてです。ロード・ジブリールさん」
「フッ。既に私の事は知っていたか」
「えぇ。ロゴスのメンバーは全て把握しておりますから」
「なるほど。他のメンバーが居る場所へ君たちが向かったのは偶然では無かったという事だな」
その男、ジブリールは銀色の髪に、薄い紫の口紅を塗った、全体的に白い空気を纏った男であり。
ここに居るのに、いないという様な空気感の無さに、セイラン家の人々は怯えていたのだろうとセナは状況を理解した。
そして、セイラン家の代わりにジブリールとの対話を続ける。
「それで。ジブリールさんはオーブに何の用でしょうか」
「オーブにではない。君と君の姉に用があって来たのだ」
「私達に?」
「そうだ。君たちは今、アズラエルと共にモビルスーツの開発をしているのだろう? ならば、君たちの安全を守る為に、私が護衛を用意してやろうと思ってな」
「必要ありません」
「やれ」
セナが断った瞬間、隣の部屋から黒い地球連邦軍の制服に、顔の上半分を覆い隠す黒と灰色のヘルメットを被った男が部屋の中に突撃してきた。
そして、どこから取り出したのか。ナイフを右手に握り、セナに突きつける。
「これが、何か?」
「フン。どうやら肝は据っている様だな。なに。ただのデモンストレーションさ」
「せ、セナ……!」
「ユウナさん。大丈夫ですから。部屋の外へ」
「っ!」
ジブリールとは正反対な黒の雰囲気を纏った男に、部屋の外からセナ達の様子を伺っていたユウナが勇気を振り絞って部屋の中に入ろうとしたが、それをセナが止める。
そして、大した事はないと笑いながら、黒衣の男に目を向けた。
「残念ながら、私はもうお人形さん遊びをする年齢じゃないんですよ」
「ほぅ?」
「にん、ぎょう……だと? この俺が……!」
「違いますか? 名前も持たず、自らの意思も持たないお人形さん?」
「貴様ぁぁああああ!!」
怒りに震えた黒衣の男は、セナの腕を掴み、ソファーから無理矢理宙に引き上げる。
そして、怒りに震え、興奮した様子でセナの首にナイフを当てた。
「おやおや。ソレは凶暴でね。言葉には気を付けなければいけないのだが、驕りは良くないな。セナ・ユラ・アスハ。泣いて謝るのなら……」
「お人形と言った事、謝罪しましょう。貴方は自分の感情をまだ捨てていない様だ」
「な、なにを」
「その心。大切にした方が良いですよ。ネオさん」
「っ!? ネオ……? なんだ、それは」
「思いつきではありますが、貴方の名前です。気に入りませんでしたか?」
「いや。俺の、名前……ネオ、か」
セナを掴んでいた黒衣の男は力を緩め、セナを地面に落とした。
運動神経の乏しいセナは受け身など取れず、床に落ちるが、特に気にした様子を見せぬまま服の汚れを払って立ち上がり、ジブリールを静かな瞳で見つめる。
「私は、この様な、人を人と思わぬ行為が好きではありません」
「その様な物。コーディネーター共が行っている事と同じではないか」
「えぇ。そうですね」
「っ!?」
「ですが、コーディネーターが悪だからと言って、貴方が正義という理屈は無いんですよ」
「ふっ、ふはははは!! 確かに、そうだな! お前の言う通りだ。セナ・ユラ・アスハ! そう。我らは悪だ。それは間違いではない。しかし、我らが悪だからと言って、傲慢な宇宙の化け物共が正義という理屈もない訳だ! これは愉快だ」
ジブリールはセナの言葉がいたく気に入った様で、腹を抱えながら大笑いをした。
今までの嫌味な雰囲気など、どこへ消えたのか。ただただ愉快だと笑う。
「どうやらお前はだいぶ愉快な人間の様だな。セナ・ユラ・アスハ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
「やはりこの様な国に置いておくのは惜しい。私と共に来い。お前にはその資格がある」
「申し訳ございませんが、お断りします。私にはこの国を守る義務がありますから」
「下らん。この様な小国にしがみついてどうなる? 世界はやがて地球連合に飲み込まれ、一つとなるだろう。そして、宇宙を綺麗にした後は、我らが世界を支配する。その時、勝者の傍に居る方が懸命だと思うが?」
「勝利とか、敗北とか。私には興味が無いんですよ。私はただ、お姉ちゃんや、この国の人たちが、笑って過ごせる場所を作りたいだけなのですから」
「……フン。なるほどな。まぁ、良いだろう。今日の所はこれで退いてやろう。だが、この国が滅びる時にも同じ言葉が吐けるか。見物だな」
「私たちは、守りますよ。どんな悪意にも、負けません」
「お前が泣いて、私に縋る日が楽しみだよ。セナ・ユラ・アスハ。では、私は帰るとしよう。行くぞ」
「……はい」
そして、ジブリールは黒衣の男を連れて、そのままセイラン家を出て行った。
最後の瞬間まで悪意を振りまく事を忘れず、ある意味で律儀な男であった。
セナはジブリールの姿が見えなくなってから崩れる様にソファーへと座り、天井を見上げながら大きなため息を吐いた。
「だ、大丈夫かい? セナ」
「はい……。申し訳ございません。少しだけ休ませてください」
「良いよ! いくらでも休んで行ってくれ! 誰か! 飲み物を!」
「……まさか。貴方がオーブに来るとは思いませんでしたよ。ジブリールさん」
深く、深いため息を吐いてから、セナは目を閉じて、「つかれた」と口にするのだった。
それから。
少しの間、体を休めて気力を取り戻したセナは、ウナトやユウナとジブリールについての話をする。
「ロード・ジブリール。彼は以前話したロゴスのメンバーであり、地球連合軍に対して大きな影響力を持っている人物です。そして、ブルーコスモスとも繋がりが強い」
「……やっぱり。そういう雰囲気を僕も感じたよ」
「ふふ。ユウナさんは良い勘をしていますね」
ジブリールと話をしていた時とは違い、セナはユウナに微笑みかけながら、柔らかい声をかけた。
そんなセナの言葉に、ユウナはやや誇らしげな顔をしながら頷くが、ウナトの表情は硬いままだった。
「しかし、このままという訳にはいきませんな」
「そうですね。予想はしていましたが、彼が容易くオーブへ侵入出来た事から考えて、氏族に裏切り者がいるのでしょう」
「まさか! 裏切り!?」
「あり得る話だ。ユウナ。皆が皆、オーブの為に動いている訳ではない。自分の利益だけを考えて居る者などいくらでもいる」
「はい。そして、そういう人たちは地球連合軍としても御しやすいですからね。誰かが既に取り込まれているのでしょう」
「考えうる限りの最悪ですな。ギナ様から伺った話ではプラントと内通している者もいるとの事ですし」
「そうですね……どうしましょうか」
セナは心の底から困った。という様な表情をしながら考え込む。
そんな姿を見て、ウナト・エマ・セイランは柔和な笑みを浮かべながら衝撃的な言葉をセナに投げた。
「セナ様」
「はい……?」
「私に一つ妙案があります」
「妙案、ですか」
「はい。セイラン家は本日より、オーブを裏切ろうと思います」
「ち、父上ぇ!? 突然、何を仰るのです!」
「落ち着いて話を聞け。ユウナ」
「っ!」
「キラ様やセナ様が直接ムルタ・アズラエルと繋がっている現状、我らの役割は薄い。しかし、だからこそ、我らがオーブを裏切る理由になります」
「なるほど。私たちがセイラン家を冷遇したという事にすれば良いのですね?」
「そうです。そして、我らはそれを理由として、ロード・ジブリールと繋がります。ジブリールからしても、セナ様に近い我らとの繋がりが出来る事は願っても無い事でしょうから」
「なるほど! それでジブリールの奴の動きを逆にセナに教えるんだね!? 父上!」
「そういう事だ」
「……しかし、それはお二人が危険ではありませんか?」
不安に揺れる瞳でウナトとユウナを見つめるセナであったが、二人は自信に溢れた顔で笑う。
「なに。元々キラ様やセナ様がいらっしゃる前までは、オーブを手に入れる野心を燃やしておりましたからな。慣れた物ですよ」
「そうそう。それに、僕らは同じ国で生きる同志じゃないか。セナに出来ない事は頼ってくれよ」
「……ありがとうございます。ですが、どうか無事世界が平和になったら、何かお礼をさせて下さい。私に出来る事なら、何でも」
「ハッハッハ。では、セナ様がユウナと結婚していただくという事で……などと冗談を」
「分かりました」
「え?」
「その程度で良ければ、私の意思で引き受けます」
「え」
「えぇぇえええ!!?」
「しかし、私とお姉ちゃんの護衛については考える必要がありますね。では、申し訳ございませんが、私はこれで! また何かありましたら連絡を!」
セナはウナトの冗談をそのまま引き受けて、慌ただしくセイラン家を去って行った。
そして、残されたウナトとユウナは、先ほどまでの男気に溢れた顔はどこへ置いて来たのか。
間の抜けた顔をしながら、見つめ合う。
「え? どうするの。父上」
「いや、そうだな。どうするか」
「いや~、でもな~。セナがオーケーしたんだし! 婚約とか……!」
「ウズミ様や、カガリ様、キラ様の反応が気になるな」
「あ」
ユウナは気楽に婚約などを提案したが、ウナトの言葉でセナの保護者を思い出し、顔を青くさせる。
ウズミは、まぁ。一応国代表だし、妙な事はしないだろう。
しかし、キラとカガリは別だ。
特にカガリはオーブ軍の士官学校で戦闘機の訓練もしているという。
最悪はセイラン家にミサイルが撃ち込まれる事になるだろう。
「……でも、僕は、生き残るよ。父上」
「ユウナ!」
そして、デッドオアデッドのセイラン家の戦いが始まる。