大西洋連邦よりオーブへ『民間人』として一人の女性が降り立った。
短い黒髪に、視線が分からない程濃いサングラス。
一応、服は観光客の様でもあるが、纏う雰囲気から考えると、少しばかりの違和感があった。
女性の名は『ナタル・バジルール』
代々続く軍人の家系であり、彼女自身も大西洋連邦の軍人として活躍する女性士官だ。
そんな彼女はサザーランド大佐より、とある重要な極秘任務を受け、酷く緊張した様子で周囲を警戒していた。
その姿は明らかな不審者であり、キョロキョロと周囲を伺いながら、いつでも懐にある銃を抜ける様にしている姿など、軍人というよりはテロリストのソレである。
「あー。そこの貴女」
「っ! な、何か!?」
「いえ。何かお困りかと思いまして」
「自分は、いえ。私は、特に問題は発生していません。お気になさらず」
ナタルはハッキリとした口調でオーブのエアポートに居る警備員に返すが、逆にその反応が疑わしいと思われたのか、ナタルへと警備室への同行を求めた。
しかし、これはナタルにとって非常に不本意な物であり、抵抗しようとしたのだが、逆にそれが警備員達の不信感を強めてしまう。
「ま、待て! 離せ! 私には重要な任務が」
「そういう話は警備室で聞くから」
「待ってください」
中立国であるオーブで、大西洋連邦の軍人である自分が暴れるワケにもいかず、些細な抵抗だけをしていたナタルは、不意に聞こえてきた幼い子供の声に意識をそちらへ向けた。
栗色の長い髪、そして、ナタルと同じ藤色の瞳を持つ、麗しい少女。
彼女こそ、ナタルが待ちわびていた人物であり、警備員たちにとって決して逆らってはいけない人物であった。
「せ、せせ、セナ様!?」
「はい。セナです。任務ご苦労様です」
「ハッ! ありがとうございます!」
「それで。そちらの女性は私の大切な友人でして。離していただけると助かるのですが」
「申し訳ございませんでしたー!!」
警備員たちはセナの言葉で即座にナタルを開放し、敬礼をしながらその場で待機した。
そして、セナはそんな警備員たちにお礼を言いながらナタルに近づいて、自己紹介をする。
「はじめましてですね。ナタル・バジルールさん」
「あ! はい! 自分は大西洋……!」
「あっと! ナタルさん! ここでは」
ナタルがいつもの癖で、軍人であると名乗ろうとした瞬間に、セナが大きな声を上げ、小さな人差し指を立てて、唇の前に置いた。
その姿にナタルは任務を思い出し、敬礼をする。
「申し訳ございません!」
「あー、えっと。そうですね。サザーランドさんからお話は聞いていると思うんですけど」
「はい。自分はセナ姫様とキラ姫様の護衛をする様に言われております」
「ありがとうございます。ですが、ヘリオポリスは中立地帯ですので。軍人さんは、入れないんです」
「では、どうすれば……はっ! そ、そうでしたね」
「はい。という訳なので。軍人さんではない。普通のオーブ国民であるナタルさん。一緒にヘリオポリスへ向かいましょう」
「は、はい。そうですね。セナ姫様」
「あー。後ですね。私とキラお姉ちゃんは、ちょっとお姫様に名前や姿が似ているだけの他人なので。セナと呼んでください」
「分かりました。セナ……さん」
「はい。よろしくお願いしますね。ナタルさん」
それから。
セナはナタルと共に貸し切り状態のシャトルへ乗り込み、様々な話をしながらヘリオポリスを目指す。
「申し訳ございません。セナ様。あまりこういう任務には慣れていなくて」
「良いんですよ。私とお姉ちゃんも無理を言ってしまいましたからね。アークエンジェルのクルーで、女性士官で、真面目な方という注文をしてしまいましたから」
「いえ。当然の事かと思います。身辺警護ですから。自分としても選ばれた事を誇らしく思います」
「ありがとうございます」
「はい」
「それで、ナタルさんの方から何か質問はありますか?」
「私から、ですか……!」
「はい。何でもお答えしますよ」
「では、Gやアークエンジェルについて何かお聞かせいただければと思います」
「ふふ。真面目な方ですね。ナタルさんは」
「いえ! 自分が就任する船の状況を確認するのは、軍人として当然かと。それにGは平和のために運用するというお話な以上。より詳細なスペックの確認は必要です」
「ありがとうございます」
「それは我々の言葉です。終わりの見えない戦争に、ようやく終わりが見えたのですから。では資料を」
酷く真面目な顔で、セナに語るナタルに、セナはクスリと笑ってから分かりましたと言って、手元の端末で資料を開く。
そして、それをナタルにも見える様にしながら、説明を始めた。
「まず、戦艦ですね。名称『強襲機動特装艦アークエンジェル級一番艦アークエンジェル』」
「おぉ……」
「全長は420メートル。装甲はラミネート装甲を採用しています」
「ラミネート装甲、ですか?」
「はい」
「ビームを受けた際に、そのエネルギーを熱に変換するとともに装甲全体へ拡散し、損傷を軽減することが出来る装甲ですね」
「Gにも新しい装甲が採用されているという話は聞いていましたが、戦艦にも採用されているんですね」
「そうですね。ビーム兵器に対しては非常に強い装甲と言えるでしょう。また、ミサイル等の実弾兵器に関しては、75mm対空自動バルカン砲塔システム『イーゲルシュテルン』、艦橋後方ミサイル発射管等もあります」
「これは素晴らしい戦艦ですね! 一艦で戦局を変える事は出来ませんが、Gを運用しつつ、多少強引な突破も可能。いや、だからこそ強襲機動特装艦か。最悪は敵軍事基地への強行突入も……はっ!? も、申し訳ございません! 一人で盛り上がってしまい!」
「いえいえ。仕事熱心な事は良い事だと思いますよ」
ニコニコとナタルを見ながら笑うセナに、ナタルは複雑な顔をしながらセナに言葉を投げかける。
「セナ様は、軍人が嫌いなのだと思っていました」
「え? そうなのですか?」
「はい。プラントと地球連合が戦争を始める前から、平和をキラ姫様と共に訴え続け、戦争が始まった今に至っても、未だ世界の平和を願い、行動している。アークエンジェルも、Gも停戦へ向けて戦局を動かす為の兵器と伺いました。しかし、我々は、その様なお二人の想いを踏みにじり、戦いを続けておりますから」
「戦い……ですか。では、ナタルさんは、コーディネーターを殺すために銃を手に取ったのですか?」
「いえ! その様な事は! 私はブルーコスモスではありません!」
「では、何のために、貴女は軍人となったのでしょうか?」
「自分は、父も母も軍人でありましたから。幼少の頃より、両親の姿を誇りに思い、軍人となる事には何も疑問を持たず、一族の習わしとして軍に入隊しました」
「では、ご両親の、どの様な姿にナタルさんは誇りを感じたのでしょうか」
「それは! 祖国を守り、戦う姿にです! どれほど危険な任務であろうと! それが民を守る事に繋がるのなら!」
「なら、それがナタルさんの想いではありませんか。守る為に戦う。そして、それは私とキラお姉ちゃんとも同じですよ」
「……!」
「私達も守りたい。そして、地球連合軍の人たちと、プラントの人たちが、憎しみよりも、そういう気持ちが強くなれば……きっと争いは終わります。アークエンジェルもGも、その為の力です」
「はい」
「どうか。私たちの想いも、共に連れて行って下さい」
「分かりました。我らが必ずや。果たして見せます」
ナタルは強い決意と共に頷き。
ハルバートン准将ならば、その様に作戦を立てる事も可能だろうと笑う。
地球連合軍の一部の者の蛮行から悪化してしまった戦争であるが、これ以上続けても互いに利益がない事は分かっている。
膠着状態となっている戦場に、新しい大きな力が現れれば、ZAFTも和平交渉の席に着くだろう。
そうなれば、キラやセナの手を借りつつ、オーブなどの中立国に間に立ってもらい、戦争を終わらせる事が出来る。
少々乱暴な手かもしれないが、ひとまず争いを止めなくては、話し合いも何も無いのだ。
だから、こうある事は正しい事だとナタルは頷いた。
「完成はいつ頃になるのでしょうか」
「そうですねぇ。今のまま順調にいけば……来年の初めには完成すると思います」
「であれば、我らは待ちましょう。その時まで」
「はい」
ナタルは小さく息を吐きながら背もたれに寄り掛かり、ヘリオポリスでの任務についての資料を確認する。
しかし、そこで一つ奇妙な事に気づいた。
「……あの、セナ様?」
「はい? どうしました?」
「キラ様とセナ様が住んでいるという物件なのですが、このアーガイル。というのは、どなたの名前でしょうか?」
「あぁ。私たちが借りている家の人の名前ですね。サイ・アーガイルさんという方が住んでいるんですよ」
「……なるほど。サイさんですか。その方は、オーブの?」
「はい。ヘリオポリスの工業カレッジに通う学生さんですね。素敵な方ですよ」
「学生でありながら国に協力する姿勢。素晴らしいですね。是非私も挨拶をさせて下さい」
「分かりました。あ、そういえば、サイさんはフレイさんの婚約者という事になっていますので、そこは気を付けて下さい。多分資料には乗っていないと思いますので」
「フレイ……?」
「フレイ・アルスターさんですね。大西洋連邦事務次官の娘さんです」
「あぁ。なるほど。キラ姫様やセナ姫様からの連絡係という事ですか。うまく出来ていますね」
「はい」
「……うん? フレイ嬢と、婚約者? もしかして、サイさんという方は……女性では、ない?」
「そうですね。男性の方です」
一瞬、ナタルの時間が止まった。
そして、目を見開きながら驚愕し、セナを問い詰める。
「ま、まま、まさか! 姫君方や、事務次官殿の娘さんが、男性と同居を!?」
「はい。サイさんと、フレイさんが婚約者という事にして、フレイさんの友人として、私とお姉ちゃんが同じ家で住むのが一番カモフラージュ出来るからと。アーガイルさんからの提案ですね」
「なるほど。なるほど、なるほど」
「ナタルさん?」
「どうやら、私がヘリオポリスへ着いてから最初にやるべき事が分かった様です……姫君に近づく不埒物め」
ナタルは不敵な笑みを浮かべたまま、未だ見えぬヘリオポリスへと意識を向けた。
彼女が幼い頃に見た、絵本に出てくる女騎士の様に。
世界平和を願う姫君を守る剣となり、盾となる。
その為にも、まずは姫君に近づく害虫を排除しなくては。とナタルは強く、強く決意するのだった。
「っ!?」
「どうしたんだよ。サイ」
「いや、なんか凄く嫌な予感がしてさ」
「風邪ひくなよー」
「あ、あぁ」