この話と、次にもう一話あります。
ヘリオポリス工業カレッジにて、一人の少年が深いため息を吐きながら、ベンチに身を沈めていた。
「どうしたんだよ。サイ。最近お疲れじゃんか」
「あぁー。トール。まぁ、なぁー」
「あら。本当に重症ねぇ。大丈夫なの?」
「あ、あぁ……生きてはいるよ。ミリアリア」
やつれた様な声を出しながら、フラフラの手を振るうサイに、トールと呼ばれた癖っ毛の少年も、ミリアリアと呼ばれた明るい栗色の髪の少女も首を傾げた。
何が、こんなに彼を追い詰めているのかと。
「どうしたんだよ。話くらい聞くぜ?」
「あぁ、ありがとう。実はさ。最近家に新しい人が住むようになって」
「またぁ? 凄いなお前ん家」
「それでさ。その人が凄い厳しい人でさ。朝早くから色々怒られて、寝不足なんだ。フレイとも夜遅くまで喧嘩してたみたいで」
「大変そうねぇ」
「てか。その話。もう噂になってたぞ」
「え? ホントに?」
「あぁ。サイの家からすっげー美人のキリっとした女の人が出てきたって話。またサイのハーレムが広がったかーって噂になってるよ」
「ハーレムとかじゃ無いんだって!」
トールがケラケラと笑いながらサイに告げた言葉に、サイは振り絞る様な声で訴えた。
確かに逆の立場ならサイも同じ様な事を言ったかもしれない。
しかし、現実はそんなピンク色の空間では無いのだ。
「でもさー。キラ姫様の……まぁ、そっくりさんと、セナ姫様のそっくりさん。それに婚約者のフレイに、今回の人だろ? いや、ハーレムだろ。羨ましいぞー。このっ! このぅ!」
トールに軽く突かれながら、サイはうめき声をあげ、うぅ……とベンチに倒れ込んだ。
それを見て、トールとミリアリアは互いに見つめ合いながら重症だなぁーと呟くのだった。
そんな三人の元へ、明るく、可愛らしい声が響いた。
良い所のお嬢様らしい純白のワンピースに、大切な友達から貰ったというロボット鳥『トリィ』を肩に乗せたオーブのお姫様……にそっくりな『キラ・ヤマト』ちゃんである。
「あー。トールにミリィにサイ! なーにやってんのー?」
「おぉ、キラ。ちょうどキラの話してたんだよ」
「僕の?」
「そ。サイの家に新しい美人さんが増えたって話でさ」
「あー。ナタルさん?」
「お。ナタルさんって人なんだ」
「そー。すっごい厳しい人でさー。僕も毎日怒られてるし。フレイも毎日怒られてるんだよねー」
「えぇ……」
「いや、キラを怒れる人ってどんな人? もしかして、五大氏族の方?」
「うーん。そういうんじゃないんだけど。まぁ、真面目な人なんだよ」
ケラケラと笑うキラに、トールとミリアリアはなるほど、なんて言いながら納得し、次の話へと移ってゆく。
「それで? 麗しのキラ姫様は何をしてらっしゃってのですかー?」
「止めてよ。トール。僕はただのそっくりさん。そうでしょ?」
「そりゃ。キラがそう言うんなら、オーブ国民は全員そういう事。で通すけどさ。実際色々無理があるんじゃないの? だからサイもこんな苦労してるんだし」
「いやー。サイにはごめんねー。って感じだけどさ。僕、あんまりチヤホヤされるの嫌なんだよねー。普通の女の子として学校に通いたいのだ」
「無理があろうございます」
「そんなー」
ミリアリアとキラが友人の様に笑いながら楽しく話している姿を遠くから見ている人は多い。
護衛とかではなく、興味本位でキラを見ている人たちだ。
それを見て、トールはやはり、うーんと悩んでしまうのだ。
「でもさー。やっぱり無理があると思うんだよな」
「何が?」
「こうやってお姫様が普通に学生やるの。俺らみたいなのばっかりなら良いけどさ。悪い奴もいるんだぜー?」
「でも、そういう時はトールが守ってくれるんでしょ? キラちゃんキュンキュンしちゃう!」
「ちょいちょい。キラさんや。トールはアタシの彼氏なんだけどー?」
「申し訳ございませんっ! ミリィ様ー」
「いや、結構本気でさ。気になるんだよ。ほら、身分の差はあるけどさ。俺達。もう友達じゃん」
「……トール」
「だからー。もう俺らとこんな風にバカな話出来なくなっても、キラもセナちゃんも、ちゃんと護衛とか付けるべきだって思う」
「ありがと。嬉しいよ。トール。でも! 心配ご無用! 僕がこうして『キラ・ヤマト』をやるのも2月までだからさ」
「そうなの?」
「うん。十分学生を楽しませて貰ったからねー。謎の美少女キラちゃんは、オーブのお姫様に戻るよ」
「……キラっ!」
「ミリィ! ひしっ!」
キラの言葉に感動したミリアリアがキラに抱き着き、キラもまたミリアリアを抱き返して、友情を確かめ合う。
そんな姿にトールは安心した様に笑いながらも、どこか寂しい気持ちも感じて人工の空を仰いだ。
「あーあ」
「どうしたの? トール。やっぱり寂しい?」
「そりゃ寂しいさ! サイは政府関係の仕事やるって言うし、実績もあるから、キラの近くで働ける訳じゃん? でも、俺はそういうの無いからさ……はー。やっぱりモルゲンレーテ止めて、オーブ国防軍にでも入ろうかなぁー」
「止めといた方が良いわよ。トールってばすぐ無茶するんだから」
「でもさー!」
「はいはい! 寂しいのなら、連絡くれればさ。友達なんだから。一緒にご飯食べたり、話したり。なんてのはいくらでも出来るよ!」
トールの不安そうな声にも、明るくキラは応え、両手をポンと叩いた。
その明るい笑顔に、トールも、サイも、ミリアリアも、笑みを零しながら「そうだな」なんて頷く。
人生という時間の中ではとても短い時間であったが、四人にとって、彼らが共に過ごした時間はとても大切な物であったのだ。
そして、そんな大切な友人であるキラの元へ、トールたちと同じくらい大切な友人の一人であるカズイが駆けて来た。
「キラー!」
「んー? どしたの。カズイ」
「それが、キラの事を探している人が居て。マリューって言えば分かるって」
「あー! マリューさんかー! オッケー! 伝えてくれてありがと! じゃ、僕はもう行くね!」
キラはカズイの言葉を聞いて、タッタッタと軽快な様子でカレッジの方へ走って行った。
すぐに見えなくなった背中をいつまでも見ながら、トールはやはり深いため息を吐いた。
オーブではカガリを太陽に、キラを月に例える事がよくあるが、彼らにとってはキラこそ太陽であった。
眩しすぎて、手を伸ばせば焼かれてしまう太陽だ。
「しっかし、2月までかー」
「え? 何が?」
「キラがキラ様に戻るまでの時間ー」
「えぇー!? もうそんなすぐなのー?」
「もっと早く教えてくれれば良かったのに。良いよなー。サイはー。どうせ知ってたんだろ?」
「いやいや。俺も知らなかったよ」
「たぶん、言えなかったんじゃない? キラって普段は明るいけど、人の見てない所で悩んでる事、よくあるし」
「あー、そうかー、そうだよなー。お姫様だもんなー。色々あるよなー」
「ならさ」
「うん?」
ベンチに両手を広げて座り、頭を背もたれの向こうに落としていたトールは、カズイの言葉に顔を上げて、視線を向けた。
ミリアリアとサイの視線も集まる。
「お別れ会……っていうのも変かもしれないけど、なんかパーティーやれば良いんじゃないかな」
「お! それ良いな! 俺は賛成!」
「私もサンセー!」
「俺も賛成。じゃあ、場所は俺の家使えばいいよ」
「サイのハーレム御殿かー。良いんじゃない?」
「だから、ハーレムじゃないって」
「え? でも、サイって、美人のお姉さんに怒られて喜んでたんだろ? 噂で聞いたよ。遂に目覚めたんじゃないかって」
「カズイー!? どこで流れてんの!? そんな噂話!」
サイの悲鳴に、三人は本当に楽しそうに笑い、サイもまったく。なんて言いながら笑った。
いつまでも平和が続くと信じていた彼らは、未来にもこの幸せが続くのだと信じて、予定を決める。
「じゃあ、日程決めようぜ」
「キラにも確認しなきゃだけど。夜なら多分大丈夫だと思うよ」
「サンキューサイ。じゃあ、余裕をもって月末辺りにするかー」
「トール、いつなら空いてる?」
「俺、25日。一日空いてる」
「あ。私もその日空いてるわ」
「俺も、空いてる」
「俺も」
「じゃあ、決まりだな。1月25日! キラとセナちゃんのお別れ会やろう!」
「よっし。じゃ、俺キラとセナちゃんにメッセージ送っとくわ」
「よろしく~」
身分の差こそあったが、少年たちは確かにキラやセナと友情を育み、最後まで良い思い出で終わろうと楽しいイベントを考案する。
「あんまり言いふらすなよ? コロニーの全員が来ちまう」なんて軽口を叩きながら。
そして、送られたメッセージはヘリオポリスの最深部。
工場カレッジの奥にあるモルゲンレーテの工場区画でセナとキラが受け取った。
「ん?」
「メッセージですね」
「あら? どうしたの? 本国の方から?」
「あ、いえ。友達からです。さっき、僕らが本国に帰るよっていう話をしたので、お別れ会を開いてくれるみたいで」
モルゲンレーテの作業員服を着た地球連合、大西洋連邦宇宙軍のマリュー・ラミアス大尉はキラとセナの先導をしながら、携帯端末を見る二人に微笑んだ。
実に可愛らしい事だ。
自分にもこんな頃があったなぁ。とマリューは昔を懐かしむ様な気持ちで見つめた後、ハッと、自分の仕事を思い出し、お姫様方に日程を確認する。
「日程はどうなってるの? こっちはドタバタしてるけど、一日くらいなら開けられると思うわよ」
「あー、いや。これはちょっと難しいですかね」
「そうなの?」
「はい。1月25日なので……この日はGのパイロットさん達がヘリオポリスに来る日で」
「就任の挨拶か。そうね。確かにそれは調整が難しいわ」
「はい。わざわざ、地球から来てくださいますし」
「そうねぇ」
「別にあんまり気にしなくても良いんじゃ無いっすか? キラ様もお忙しい方ですから。とか何とか言えばみんな納得するでしょ。な? ブライアン」
「俺もそう思いますね。26日には会えるワケですし。一日くらい誤差ですよ。誤差」
「そういう訳にもいかないのよ」
「そうなんです?」
Gの内、『ストライク』という機体と『イージス』という機体の最終調整が行われている区画で、マリューは部下であるハマナとブライアンに呆れた様な声を出した。
「パイロットはブルーコスモスでもなく、コーディネーターでもなく、キラちゃんやセナちゃんの理想を信じて戦える若手の優秀なパイロットっていう選考基準で決められてるの。ハルバートン提督と、サザーランド中佐のご意向でね」
「はぁ」
「そうなると? どういう人材が来ると思う?」
「そりゃあ」
「なぁ?」
ハマナとブライアンの二人は互いに見つめ合いながら、工廠区画に多くいる者たちを思い出した。
まぁ、自分たちも似たような物なのだが。
「「キラちゃんかセナちゃんの狂信者じゃないですか?」」
「よく分かってるじゃないの。そういう連中が。「予定が変わりまして、キラ様とセナ様はお忙しく、本日はお会いできません」なんて言われたらどう思う?」
「もしや上層部は、Gも完成したという事でコーディネーターである彼女たちを邪魔者として害そうとしているのでは?」
「俺たちがお助けしなくては……! 今こそ、ニュートロン・ジャマー・キャンセラーのご恩返しを!」
「それ! それが! 答えでしょうよ!」
マリューは二人を指さしながら大声を上げ、キラとセナは苦笑する。
そして、ハマナたちは、なるほどと頷きながら、「それは仕方ないなぁ」等と呟くのだった。
「まったく」
マリューは頭をガシガシと掻きながら、ため息を漏らす。
「という訳だから、ごめんね? キラちゃん。セナちゃん」
「いえいえ。大丈夫ですよ」
「まだ時間は決まってませんし。朝か昼からパーティーの方に出て、その後、パイロットの方がつき次第、そちらに向かってご挨拶をした後、またパーティーに戻る。みたいなスケジュールで」
「……ホントに申し訳ないわ」
「いえいえ。皆さんのおかげで、ようやくまた平和への道も見えましたし」
「……これで、プラントは交渉の席についてくれるかしら」
「大丈夫だと思います。彼らはまだ高出力のビーム兵器を開発出来ていませんし。実弾兵器では『フェイズシフト装甲』は落とせない。倒す手段のないモビルスーツが6機。でも、プラントへ攻撃できる程じゃない。ちょうど良いバランスな気がしますね」
「そうね。あの事件が無ければ、もうちょっと交渉も楽だったんでしょうけど。後は上層部を信じるしか無いわ」
「大丈夫ですよ! この案は地球連合軍のトップの方々からの案ですし。G兵器が完成したら、私達もプラントへ直接行って、交渉します。理事国の方々とお話した時の様に。皆で生きていく手段を作っていきましょう」
「そうね! 私達も全力でキラちゃん達の期待に応えるわ!! ……って言っても。私は技術士官だから。後方だけど」
「まぁまぁ。マリューさんのお陰でGも完成したワケですから」
キラは、マリューは、セナは。
ようやく見えた平和への道に、安堵の息を漏らしながら言葉を交わし合った。
彼女たちの夢見る理想の下で、蠢く者たちの欲望に気づく事もなく。