《血のバレンタインの悲劇》によって、地球・プラント間の緊張は一気に本格的武力衝突へと発展した。
誰もが疑わなかった数で勝る地球軍の勝利。
が、当初の予測は大きく裏切られ、戦局は疲弊したまま既に11ヶ月が過ぎようとしていた……
第41話『PHASE-1『偽りの平和1』』
オーブ連合首長国の資源衛星ヘリオポリスに、一人の少年が降り立った。
金色の背まで届いた長めの髪に、灰色の瞳。
そして、地味な服装をしている割には、人の目を集める少年だ。
纏う雰囲気がそうさせるのかもしれない。
「……ここがヘリオポリスか」
少年はエアポートから目的もなく、周囲を軽く確認しながらエレカをレンタルし、市街地、住宅街、モルゲンレーテと順番に目を通してゆく。
無論、関係者以外立ち入る事の出来ない場所もあるのだが、少年は可能な限り、全てを確認したく街の中を走り続けた。
少年には目的があった。
それは、このコロニーに居るであろう人物を探す事である。
しかし、長い間実の母親から監禁され、世界の情報を何も知らぬまま、ただ妄執の様な理想を押し付けられてきた少年にとって、平和の象徴とも言えるその場所は、酷く心を揺さぶられる場所であった。
人生をかけた目的があるというのに、思わずエレカを降りて、カラフルな店が立ち並ぶ場所に向かってしまう。
「……」
「いらっしゃい。何にする?」
「あ、いや。すまない。ただ、見ていただけなんだ。すまないな」
「構わないよー。見てって見てって! ついでに、買ってって! なんてね。アハハ!」
少年がジッと見ていたアイスクリーム屋では、人の良い女性店員が楽し気に笑いながら少年の言葉をフォローする。
その……初めてかもしれない人の優しさに触れた少年は、何か恩返しでもしようと店のアイスクリームを買おうとした。
しかし、すぐ背後から聞こえた声に、少年はハッとなり後ろを振り向いてしまう。
「しっかし、キラも大変ねー。カガリって子。すっごい剣幕だったじゃない」
「そうですね。カガリお姉様は、いつも元気ですから」
「元気ってレベルじゃないでしょ。アレ」
「き、君たち!」
「うん?」
「はい?」
赤い髪の気が強そうな少女と、栗色の髪の柔らかそうな雰囲気の少女。
少年は一瞬でどちらが良いかと判断して、栗色の髪の少女の手を握った。
彼女たちが少年の探している人の名前を口にしていたから。
そして……。
「キラ・ヤマトって……っ!」
「っ!?」
栗色の髪の少女の手を少年が握った瞬間、二人の中で世界が虹色に輝いた。
意識だけが抜け出した様な世界で、二人は言葉を交わす。
『君は……なんだ』
『私はセナ。セナ・ヤマト』
『ヤマト?』
『はい。セナ・ヤマトです。貴方は』
『僕は……』
「ちょっとセナ! 大丈夫!?」
「っ!」
「っ!?」
二人の間だけで交わされた意識の共有は、赤髪の少女には何も影響が無かった様で、やや焦った様子で栗色の髪の少女……セナの肩を揺らしている。
その様子を少年は見ながら、先ほど見た物は何だったのかと頭を抱えて、姿勢を正した。
「ちょっと! いきなり何なのよ! アンタ! この子がどういう子か知ってんの!?」
「フレイさん。落ち着いてください」
「落ち着けるワケ無いでしょ!? ナンパにしたって強引だし。セナが何も喋らなくなっちゃうし。コイツが何かしたのよ!」
「いや、待ってくれ! 私は……!」
少年が、赤髪の少女フレイにいわれのない事で責められそうになっていた時、世界が揺れた。
一瞬地震かと少年たちが身構えるが、ここはコロニーだ。地震などはない。
「何これ!? 隕石!?」
「それにしては揺れ方がおかしいです! これは、爆発!?」
「爆発!? まさか、工場の方で?」
「可能性はあります。事故か……もしくは」
「っ! 襲撃……!」
少年は少女たちの言葉に目を光らせて、この衝撃の原因について少女たちが知っていると当たりを付ける。
もしかしたら、少女たちに付いていく事で、目的の人物に会えるかもしれないと。
少年は表情に出さないようにしながら、状況を驚くべき速さで整理した。
「すまない。君たちはこの状況が何なのか分かっているんだろう?」
「だとしても、アンタには関係ないでしょ?」
「それはそうだが、僕にも出来る事はある。手伝いたいんだ」
「……アンタ。どこの人?」
「どこ……って?」
少年の叫びに、フレイは動揺する事なく冷めた目線を向ける。
このヘリオポリスでは民間人には知らせる事の出来ない機密が数多く隠されている。
少年がもし、プラントの人間である場合、信用すれば命取りになる。
フレイはそう考えて、少年を拒絶しようとした。
しかし、そんなフレイの服を引っ張って、セナが言葉を少年とフレイに向けた。
「フレイさん。大丈夫です。彼は信用できます」
「何言ってんのよ! セナ! お人よししている状況じゃないのよ! ちゃんと状況分かってる!?」
「分かってます。分かった上で、言っています。彼は信用できる、と」
「もう! 理屈も何もあったもんじゃないわね!」
「申し訳ございません。感覚の話なので」
「チッ! 分かったわよ! アンタ!」
「は、はい!」
「裏切ったら殺すからね!」
「わ、分かった」
「じゃ付いてきて! あー、いや。セナを抱えながら走ってきて! 良いわね?」
「あぁ!」
少年はフレイの言葉に頷き、セナを横抱きにしながら走り始めたフレイの後について走る。
その足の速さと、走る姿から、フレイは少年がコーディネーターであると理解した。
フレイにとってコーディネーターというのは、二人を除いて嫌いであり、今もこうして襲撃を仕掛けてきた敵である。
しかし、少年のお陰で混乱する街の中を移動出来ている事を考えて、ギリギリちょっと嫌い。くらいの位置まで格上げするのだった。
そして、走りながらエレカの所までやってきて、モルゲンレーテを目指してエンジンを入れる。
「ちょっと荒っぽいわよ! しっかり掴まってなさい!」
「分かった!」
「はひー」
フレイはコロニー内で使用する用の自動運転から、手動運転に切り替えると、思い切りアクセルを踏み込んで、風の中に飛び込んでいった。
一瞬で衝撃的な速さまで加速したエレカは、市街地を走り抜け、工場区画の方へと進んでゆく。
そして、そんなエレカの中からフレイ達が目撃したのは、一つの巨大な巨人だった。
「あれは……!」
「ZAFTのモビルスーツ! ジンか!」
全身が灰色の巨人は巨大なマシンガンを工場区画に向けて連射しながら、周囲を観察している様だった。
何かを探している。
「狙いはやっぱりG!? もう! ホント、最悪! これだからコーディネーターって!」
「ど、どうするんだ!」
「どうもこうも無いわよ! 逃げるしかないでしょ! 人間がモビルスーツに勝てる訳無いんだから! アークエンジェルに行くわよ!」
「アークエンジェル!?」
フレイの叫びに、少年は驚いた様な顔をした後、周囲を見渡した。
彼がヘリオポリスに降り立った時に見た、美しい光景や、心躍る様な街並みは、ことごとく破壊され、黒煙が上がっている。
彼が、ずっと願っていた平和な世界が、理想の様な場所が、今まさに破壊されているのだ。
それを見て、少年は強く拳を握りしめた。
この胸の奥にある感情は、怒りか。
そして、震える拳を握りしめていた少年の手を、セナが優しく両手で包み込んだ。
「力が、ほしいですか?」
「ちか、ら……?」
「そう。力です。貴方の願う、平和を守る為の……力」
少年は天使の様な笑顔で微笑むセナにゴクリと唾を飲み込んだ。
今まで彼は、与えられた役割だけをこなしてきた。
そういう存在として生まれたから。
そう生きなければ、自分に生きる意味など無いから。
しかし、セナは今、少年に『決断』を迫っている。
少年自身の意思で決めろと、強い瞳が訴えていた。
戦う為の力が欲しいか。
お前の大切な物を守る為に戦う『覚悟』はあるか、と。
「……あぁ。あぁ!!」
「分かりました。ではフレイさん。6番格納庫に向かってください!」
「6番って……まさか、アンタ!」
「どうやら私も、戦う時が来たようです」
セナは先ほどまでの天使の様な笑みから、少しだけ好戦的な強い瞳でフレイを見つめる。
その瞳に、フレイは「分かったわ」と、すぐに頷いて、アクセルを全開にし、炎や煙の充満する工場地区を走り抜けて、6番と書かれたシャッターへとエレカを突撃させた。
そして、シャッターを突き破って中に飛び込んだフレイは、ドリフトをしながらエレカを急停止させた。
「ありがとうございます」
セナはぴょんとエレカから飛び降りると、懐から取り出した携帯端末で、格納庫のスイッチを入れた。
その操作で格納庫の奥に光が集められ、一機のモビルスーツが暗闇の中に浮かび上がった。
灰色のボディーに、頭にあるのは二本のアンテナ。
スリムな体の割には、背中の辺りが大きく膨らんでおり、膨らんでいる場所から戦闘機に付いている様な四本の翼が見えた。
「これは、『GAT-X105-EW ストライク・セイバー』。エールストライクを基本として、電子戦用にカスタマイズされた機体です」
「ストライク……セイバー」
セナの言葉に少年は、機体を見上げながらその名前を呟いた。
そして、セナに手を引かれるまま機体のすぐ近くへ行き、整備用のエレベーターに乗り込んで、セナと共に腹部にあるコックピットへと向かう。
「この機体は他のGとは違い複座式なんです。私がシステムサポートをしますから、操縦の方をお願いできますか?」
「あぁ。任せてくれ。モビルスーツを動かすのは得意なんだ。ジンと戦う程度なら何の問題もない」
「……分かりました」
モビルスーツを開発している勢力は現在、プラントとオーブしかなく。
得意と言える程に動かしているのであれば、プラント以外はあり得ない。
しかし、そんなプラントと戦う事を躊躇わない少年に、セナは少しだけその正体について考えるが、今考える事では無いかと思考と落とした。
そう。今やるべき事は、ヘリオポリスの市民を守る事である。
「セナ! 私はアークエンジェルの方に行ってるからね!」
「分かりました! アークエンジェルはお願いします!」
「任せておきなさい! あと!」
「……?」
「必ず帰ってきなさい!! 私、待ってるからね!」
「はい! 必ず!!」
セナに笑いかけた後、フレイはボロボロのエレカをその場に置き去りにし、近くにあったバイクに乗り換えて、倉庫から飛び出して行った。
その姿を見て、セナは微笑んでからコックピットの奥にある席に乗り込み、前の席に少年が座る。
「システム起動。ストライク・セイバー。システムオールグリーン。以降の操作を……あー、ごめんなさい。名前を聞いてませんでしたね」
「あ。そういえばそうだったな。僕の名前は『オルフェ』だ。ただの『オルフェ』」
「承知しました。オルフェさん。以降の操作をオルフェさんに移譲します」
「受け取った。では、行くぞ。ストライクセイバー! 起動! オルフェ。いくぞ!!」
そして、セナはストライクセイバーのフェイズシフト装甲を展開し、純白に染めあがった機体で、倉庫を飛び出し、戦場へと向かって行くのであった。