すっかり意識を失ってしまったオルフェは、額を撫でる優しい手の感覚に目を覚ました。
「……は、はうえ?」
「おはよう。オルフェ君」
「っ! あ、貴女は! キラ・ヤマト!」
「はい。キラ・ヤマトですよ。またの名を、キラ・ユラ・アスハです」
オルフェは飛び起きながら、キラとは反対側の壁まで逃げ、警戒する様にキラを見据える。
しかし、そんなオルフェに対するキラの反応は、まるでオルフェが何度も想像してきた母の様な姿であり。
落ち着いた穏やかな笑みを浮かべながら、オルフェを優しい顔で見つめるキラに、オルフェはそれ以上警戒を続ける事も出来ず、腕を下ろした。
「……一つだけ聞きたい。キラ・ヤマト」
「何かな」
「貴女は、何も覚えていないのか?」
「覚えて……? えと、オルフェ君と会ったのは初めてだと思うんだけど……わっ!」
無警戒にオルフェから視線を外して、うーんと無防備な姿で考えるキラをオルフェは押し倒して、上からキラを見据える。
何故か押し倒している側なのに、怯えた子供の様な瞳をしているオルフェに、キラは子供の相手をする様な笑みを浮かべたままオルフェを見つめ返した。
「何故だ。何故、私だけが! 貴様が何故覚えていないのだ! キラ・ヤマト! 貴様が選んだのだろう! 選んで、誤ったのではないか! やはり私のいう通り! いくら平和を叫んだ所で! 愚か者共は、足を引っ張り合い、最後の瞬間まで平和を叫んでいたお前たちをも殺したじゃないか! あの後世界がどうなったと思う!? 宇宙の果てで、何が残ったと思う!? 互いを殺し尽した兵器の残骸だけだ! 何故私なのだ! お前が勝ったんだろう! お前が導かなくてはいけなかったのだ! 私は、こんな世界に生まれたくなど……無かった!」
それは魂の叫びだった。
一度目は耐えられたのだろう。そういう生き方しか知らなかったから。
そうあるべき存在だと自分に言い聞かせる事が出来たから。
しかし、全てを否定され。奪われ、見せつけられ。
その果てに、残された物は宇宙に漂い続ける意思としての自分だけだった。
そして、世界の終わりを見て、ようやく全てが終わったかと思えば、目覚めた時、オルフェは、かつての幼い自分になっていた。
その事実に絶望し、オルフェは一人で動ける年齢となった時、前の世界で調べた『キラ・ヤマト』に会いに行く事にした。
こんな世界で生きていく事は出来ない。
しかし、何もせず終わる事も出来ない。
だから、最後にキラ・ヤマトに恨み言を言い、結局貴様らも何も出来なかったと嘲笑い、死んでやろうと。
そう思っていたのに。
キラ・ヤマトはこの世におらず、居たのは同じ名前を持つ、別の少女。
オルフェの事も、前世も何も知らず、ただこの世界で生まれた一つの命だという。
オルフェはこれまでに積み上げてきた感情を全て吐き出しながら、キラに恨みをぶつけた。
どうして自分だけがこの様な仕打ちを受けるのかと。
だが、しかし。
悲しいかな、キラはオルフェの言っている事が理解出来ないのだ。
彼女には前世の記憶など無いから。
それが、その事実が、オルフェにはどうしようもない程の絶望であった。
「……ごめんね」
それでも、オルフェにとって唯一幸福であった事は、この世界で生きるキラという少女は、他人の痛みに寄り添う事の出来る人であったという点だ。
キラは、涙を流し、苦しみを訴えるオルフェの頭を抱きかかえ。その頭を優しく撫でた。
無償の愛を子に捧げる母の様に。
「君の言う事を、僕は何も覚えていないんだ。本当に、ごめん」
「……っ!」
「でも。君の言葉はちゃんと受け止めるから。吐き出したい事、なんでも言って?」
オルフェはキラの胸の中で涙を流した。
悲しみもある。
絶望もある。
悔しさも、怒りも、ある。
しかし、それ以上に初めて感じたぬくもりが。
終ぞ、母からも、運命の相手からも与えられなかった愛をキラから感じて、涙した。
この感情が、どういう名前と意味を持つのか。オルフェはまだ……知らない。
だが、今この瞬間が酷く愛おしい物であるという事は理解していた。
そして、しばらくそうしていた二人であったが、艦内に警報が鳴り響いた為、キラは顔を上げて、オルフェに声をかけた。
『第一戦闘配備! 総員持ち場に付け!』
「ごめん。僕も行かなきゃ。色々話してくれてありがとう」
キラはオルフェから離れ、微笑みを向けてから廊下を駆けて行った。
その姿を呆然と見ていたオルフェであったが、次に通りかかったセナを見て、自分を取り戻す。
「あ。オルフェさん。良かった。元気になったんですね」
「セナ……か」
「はい。これから戦闘が始まりますので、少し揺れるかもしれませんが……」
「セナも、戦うのか?」
「はい。私には皆さんを守る使命がありますから」
「使命……か。その使命で、死んでも、良いのか?」
「勿論です。どんな結果に終わろうと、守るべきものが守れるのなら、後悔はありませんよ」
「……」
その、真っすぐなセナの言葉に、オルフェは拳を強く握りしめて、立ち上がった。
まだ心の整理など何も出来ていない。
燻っている気持ちは、未だ体の奥で熱を発している。
しかし、それでも。
オルフェは一度選んだのだ。
「セナ。私も君と共に行く」
「良いんですか!?」
「あぁ。一度守ると決めたからな。その気持ちから逃げたくはない」
「……ありがとうございます」
「それに……キラ。君のお姉さんだな。に、少し恥ずかしい所を見せたからな。少しは、その……強い所も見せておきたい」
オルフェが頬を朱色に染めながら、発した言葉に、セナはハッとなり、嬉しそうな笑顔でオルフェに言葉を向けた。
「良いと思います! お姉ちゃんを好きな人は多いですが、オルフェさんも頑張ってください!」
「ん? いや!? そういう奴じゃない!」
「そうなのですか?」
「当然だ。私には運命の相手が居るからな!」
「あら。そうなのですね。オルフェさんはとてもいい人なので、お兄さんになったら嬉しいなと思ってしまいました」
「……っ!」
「ですが、本人の意思は大事ですものね。では、行きましょう!」
「あ、あぁ。当然だ。大事なのは、私の……意思、だ」
オルフェは何故か少しだけ不機嫌な顔をしながら、セナの後に付いて走り、パイロットスーツを着てから、ストライクセイバーに乗り込むのだった。
そして、セナとアークエンジェルの艦長が話している言葉を聞きながらストライクセイバーの計器を確認する。
『ごめんなさい。セナちゃん。こんな事になってしまって』
「いえ! 大丈夫です! どちらにせよ戦わなければ生き残れませんから。どうにか、ZAFTの皆さんから逃げましょう!」
『そうね! じゃあ、オルフェ君。って言ったかしら』
「はい」
『セナちゃんを、お願いね』
「任せて下さい。上手くやりますよ」
『オルフェ君。セナ』
「はい!」
「……!」
『無理はしないでね。逃げ回って。とにかく生き残る事を考えて』
「分かりました」
「……大丈夫だ。問題ない」
オルフェはマリューとキラと言葉を交わし、深く息を吐いてから、カタパルトで射出され、戦場へと向かって行った。
今度はビームサーベルだけでなく、ビームライフルとシールドもある為、装備に不安はない。
いや、本当は、ビームライフルとビームサーベルしか武装がないというのは物足りない所があるが、ただのコーディネーターに負ける程オルフェは弱くないのだ。
キラには弱い所を見せてしまったが、戦闘であれば、そこまで問題はない。
そう、オルフェは自分に言い聞かせ、セナのサポートを受けながらビームライフルを構えた。
「オルフェさん。正面から二機来ます!」
「あぁ」
「こちらでロックします。機体操作とトリガーはお任せします!」
「助かる!」
ストライクセイバーはエールストライクという高機動モビルスーツを元に開発されているからか、ジンでは到底追いつけない程の機動力で一気に加速し、距離を取ってからビームライフルでジンを撃ち抜いた。
ジンは容易く胴体を撃ち抜かれ、爆発する。
「次!」
「左斜め後方! 40度! 距離七百!」
「そこだ!」
セナは敵の位置情報を素早くオルフェに伝え、オルフェは華麗に機体を動かしながら迫りくるジンを一機、また一機と落として行った。
しかし、敵もそんなオルフェの行動を黙って見ている事はない。
「妙に速い奴がいるな!?」
「おそらくはジンのカスタム機です。機体データを送ります」
「あぁ。オレンジの奴はキラの方へ行ったか。こっちの白いのは……! 僕が! 落とす!!」
オルフェは衝撃的な速さで空間を駆けるジンに舌打ちをしながら、負けじとスラスターを吹かせて、ジンを翻弄する。
互いに放つ攻撃はあまりにも早すぎる機体速度により、外れてゆき、外れた弾は、ヘリオポリスに当たって爆発を引き起こした。
「オルフェさん! ヘリオポリスへのダメージが大きすぎます!」
「分かっている! しかし、こうも動き回られては!」
そして、高速戦闘をしているオルフェと白いジンの戦闘に、オルフェの援護をしようと、アークエンジェルが『225cm2連装高エネルギー収束火線砲:ゴットフリートMk.71』を放った瞬間、それは起こった。
ジンはその攻撃に、左腕を喪失させながらも回避した、が……ゴッドフリートによる緑色の閃光は、ヘリオポリスのメインシャフトに命中し、その形を大きく歪ませてしまう。
「いけない!」
「崩壊するのか!?」
セナとオルフェが叫んだ瞬間、メインシャフトは限界を超え、引きちぎれ、無残にも引き裂かれてしまった。
瞬間、ヘリオポリスはその大地を維持させておくことが出来なくなり、順番に破壊され宇宙空間へと放り出されていった。
もはや誰にも止める事は出来ない。
そして、ヘリオポリスに残されたシェルターは警報レベルが10となり宇宙に射出される。
デブリが多く飛び交っている危険地帯であるが、このままヘリオポリスに留まっていても圧迫され潰されるだけだ。
だから、少しでも生き残る可能性が高い、宇宙空間へと、全てのシェルターは脱出艇となり、飛んで行った。
無論、この崩壊による被害はそれだけではない。
今までヘリオポリスの内部に溜まっていた空気は、全てが突如崩壊した為、宇宙空間に向かって放出されてゆき、キラの乗るストライクも、セナとオルフェが乗るストライクセイバーも、等しく宇宙空間へと吹き飛ばされてしまうのだった。
「姿勢制御不能! 駄目だ! 維持できない!」
「オルフェさん! デブリのデータを送ります! 出来る限り回避してください」
「この状況で! 無茶を言う!」
オルフェはセナに文句を言うが、やらねば衝撃で宇宙の果てに飛ばされてしまう。
必死に操縦桿を握り、スラスターを吹かせて姿勢を正しながら、巨大なデブリを避けて、嵐が収まるのを待つのだった。
そして、ヘリオポリスからやや離れた場所で、何とか機体を停止させる事の出来たオルフェは深く息を吐きながら、目の前で崩壊した大地を見つめる。
あっけない物だ。
どれだけ長い時間をかけて作り上げても、破壊するのは一瞬である。
「……」
「これは……?」
「どうした? セナ」
「いえ。近くでオーブ軍の反応があります」
「オーブ軍?」
「はい。でも、これは」
セナはオルフェの問いに答えながら信号を発している場所の座標を示し、オルフェにその場所へ向かってもらう。
しかし、その瞬間、突如として何もない空間に黒と金のモビルスーツが現れ、ビームライフルをセナ達に向けるのだった。
オルフェは咄嗟に武器を構えようとしたが、その前にセナが機体を停止させ、発光信号をそのモビルスーツへ向ける。
「アレは、オーブ軍のモビルスーツです。アストレイゴールドフレーム
ストライクセイバーの発光信号を受けて、ゴールドフレームはゆっくりと宇宙空間を移動して、ストライクセイバーに触れた。
『セナ、か?』
「はい。ギナさんですね! こちらに来ていたんですね!」
『そうだ。ZAFT襲撃の知らせを受けてな。急ぎこちらに来た。しかし、ゴールドフレーム以外は回収出来なかった』
「では、レッドフレームとブルーフレームは」
『ヘリオポリスの残骸に紛れてどこかへ消えたか。もしくは……まだあの中にあるか、だ』
「それは良くないですね。分かりました。ではZAFTはこちらで引き受けます。ギナさんは機体の回収とデータの削除をお願いします」
『なに? どういうつもりだ』
「今、私とキラお姉ちゃんは地球連合軍と行動を共にしています。このままZAFTと交戦しながら、ヘリオポリスを離脱します」
『自分が何を言っているのか、分かっているのか』
「はい。ですが、地球連合軍にも、ZAFTにもデータは渡せないでしょう?」
『……』
「お願いします。ギナさん」
『分かった。まだお前には利用価値がある。必ず我の元へ戻れ』
「はい!」
『それと、お前の愚かな姉に伝えておけ。我は究極の力を手に入れた。もはや貴様には負けんと。必ず本国で決着をつけると』
「分かりました!」
そして、ギナのゴールドフレームは宇宙の中に溶ける様に消えてゆき、残されたストライクセイバーのコックピットでセナは、オルフェに「今の話は内緒でお願いします」と告げるのだった。