ヘリオポリス崩壊に巻き込まれて、宇宙空間へと流されたエールストライクのコックピットで、キラは宇宙空間を見つめながら、静かに涙を流していた。
頭の中に繰り返されるのは親友であったアスランの言葉だ。
『血のバレンタインの時、母はユニウスセブンに居た……!』
『止められなければ、同じ事だろう!』
「……」
あの時、キラがもっと早くメビウスを狙撃していれば、ユニウスセブンの人たちが死ぬことは無かった。
アスランの母であるレノアを苦しめ、パトリックやアスランを苦しめる事も無かっただろう。
世界で今、この瞬間も命を落としている人たちが、きっと優しい顔をしながら家族と共に変わらない日常を過ごしていただろう。
親と子が互いを慈しみ、友と同じ事で笑い合い、恋人と愛を誓う。
そんな当たり前にあった幸せを、キラは壊してしまったのだ。
キラの目に涙があふれる。
「ごめんなさい……僕が、ちゃんとしていれば」
後悔など何の意味もない。
起こってしまった事は変えられないのだ。
だから、キラは、『血のバレンタイン』を過去にして、未来にある、まだ生きている人を救おうと手を伸ばした。
もう二度と、あんな光景を見たくないから。
もう二度と、あんな悲劇を繰り返してはいけないから。
キラは、何でもない顔をして、平和という終わりを求めて走り続けていた。
その道の危うさも分かっていたというのに。
どうやっても止められなかった争いを止める希望に見えたから。
「……でも、何も意味なんか無かったんだ。結局僕がやっていた事なんて、ただ、人殺しの機械を作っていただけだ」
キラは目を伏せて、いっそこのまま消えてしまおうかなんて考えていた。
しかし、開きっぱなしだった通信から聞こえてきた声に、気持ちを取り戻す。
『お姉ちゃん? 聞こえますか? お姉ちゃん!? 大丈夫ですか?』
「……あぁ」
そう。キラにはまだ守るものがあるのだ。
一度世界に奪われそうになったセナ。
そして愛するオーブの人たち。
まだ、キラは戦わなければいけない。
だから、ヘルメットを外し、涙を拭ってから深く深呼吸をして、通信を繋げた。
「ごめんごめん! デブリに当たって、気絶してた!」
『えぇー!? 大丈夫ですか!?』
「大丈夫。大丈夫。フェイズシフト装甲があるからね」
『……本当に、『大丈夫』ですか?』
キラは酷く心配する様な妹の声を聞いて、本当にセナは良い子だなぁ。なんて心の中で呟きながら明るい調子で口を開く。
「大丈夫だよ。僕は、大丈夫だ」
『分かりました』
「うん。じゃあ、アークエンジェルに戻ろうか。ちゃっちゃと逃げないと……ん?」
『どうしました?』
「いや、ヘリオポリスの救命ポッドを見つけたんだけど、ちょっと問題が起こってるみたい。先にアークエンジェルに戻ってて」
『……? はい。分かりました』
キラは、スラスターをゆっくりと吹かせながら、救命ポッドに近づくと両手でゆっくりと掴んで、アークエンジェルに向かって進んでいった。
そして、アークエンジェルに通信を繋げて、救命ポッドの扱いについて、アークエンジェルのブリッジに問う。
『申し訳ありませんが! 許可は出来ません! 避難民の受け入れなど!』
「そんな! 許可出来ないって! 推進部が壊れて漂流してたんですよ! このまま遭難してろとでも言うんですか!?」
『すぐに救援艦が来ます! アークエンジェルは!』
『良いわ。許可します』
『艦長!?』
『今こんなことで揉めて、時間を取りたくないの。……収容急いで!』
「……ありがとうございます。マリューさん」
『良いわ。それより。戻ったら、ブリッジに来てもらえる? これからの事について話したいから』
「はい」
キラはマリューに感謝しつつ、格納庫に救命ポッドを置いて、後の事をセナに任せてから、服を着替え、ブリッジへと急いだ。
どうやら、キラが来るまで待っていたらしく、ブリッジに入ってからすぐに話し合いが始まる。
「じゃあ、改めて。これからどうするか?」
「現状はどういう状態なんですか? ZAFTの艦は?」
「ヘリオポリスが崩壊し、ZAFTの動きは分かりません。残骸の中には熱を持つものも多く、レーダーも熱探知も使用不能です」
「うーん」
「でも、それは向こうも同じだろ?」
「フラガ大尉は追撃があるとお考えなのですか?」
「あると考えるのが自然だな。向こうもここまでやったんだ。今更手を止める理由はねぇよ」
「そうですね……」
キラはモニターに映る崩壊したヘリオポリスを見ながら呟いた。
どうにかして、ここからハルバートンと合流しなくてはいけない。
「しっかし、正面から戦うってのは厳しいぜ? さっきは何とかなったけどよ。そう何度も上手くいくとは限らんだろう」
「それは、そうですわね」
「ならいっそ、最大戦速で振り切るかい? かなりの高速艦なんだろ? こいつは」
「向こうにも高速艦のナスカ級が居ます。振り切れるかどうかの保証はありません」
「ならいっそ投降するか」
ムウが笑みを浮かべながら放った一言にマリューとナタルはぎょっとした顔をムウに向けた。
キラはスッと目を細めながらムウを見つめる。
キラの中ではない選択肢ではない。
だが……。
「状況が厳しいのは分かっています。でも、投降するつもりはありません。既に本来の目的は果たせませんが、それでもそれを諦める理由には出来ません!」
「艦長、私はアルテミスへの入港を具申致します」
「アルテミス? ユーラシアの軍事要塞でしょ?」
「傘の、アルテミスか?」
ムウの問いにナタルは静かに頷いて、宙域図をモニターに映した。
現在位置と、アルテミスまでの航路を。
「現在、本艦の位置から最も取りやすいコースにある友軍です」
「でも、Gもこの艦も、友軍の認識コードすら持っていない状態よ? それをユーラシアが……」
「アークエンジェルとストライクが大西洋連邦の極秘機密だと言うことは、無論私とて承知しております。ですが、このまま月に進路を取ったとて、途中戦闘もなくすんなり行けるとは、まさかお思いではありますまい。物資の搬入もままならず発進した我々には、早急に補給も必要です」
「それはそうだけど……」
マリューは戸惑った様にキラへと視線を向けた。
しかし、キラはフッと笑うと、手を横に振りながら問題ないと頷く。
「オーブとしては、もはや今更機密がどうのと言うつもりはありません。既にZAFTによって暴かれてしまっている。無論これは、私の独断で進めた事である為、オーブの中立という立場は変わらない……と、そういう事になりますが」
「キラちゃん……」
「だから、オーブの事は気にせず、今はアークエンジェルが最も安全な道へ進むべきだと私は考えます」
「そう……」
「キラさんの許可も下りた事ですし。艦長。ご決断を」
「……」
「艦長。現状はなるべく戦闘を避け、アルテミスに入って補給を受け、そこで月本部との連絡を図るのが、今、最も現実的な策かと思います」
「……アルテミスねぇ……そうこちらの思惑通りにいくかな?」
「でも……今は確かにそれしか手はなさそうね」
かくしてブリッジでは、アルテミスへと進む事が決定された。
そのころ、格納庫にて、オーブの避難民受け入れをしていたセナは驚くような人たちと再会する事になる。
「……はぁ。俺たちどうなっちまうんだろうな。キラもセナちゃんもどうなったか分からないし」
「トールさん?」
「っ! その声! もしかして、セナちゃんか!?」
救命ポッドの中から聞こえた声に、避難民の受け入れを手伝っていたセナは、ふわりと無重力の中をとび、救命ポッドのすぐ近くまで移動する。
そして、トールは救命ポッドの中から出ると、セナの手を握り、受け止めるのだった。
「セナちゃん! 無事だったんだな!? キラはどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
「キラお姉ちゃんも一緒に居ますよ。この艦に乗ってます」
「はぁ~! 良かったぁ~」
トールはセナを抱きしめたまま、深く安堵の息を吐き、中から出てきたミリアリア、サイ、カズイもセナを囲みながら喜びの笑みを浮かべる。
そして、わいわいと再会を喜んでいた四人であったが、避難民の受け入れを行っていた辺りからピンク色の連合軍女性制服に、白衣を纏った赤髪の女性が飛び込んできた事で、四人は驚きながら、今度はそちらに意識を向けた。
「うぇ!? ふ、フレイ!?」
「何よ。私が居たらおかしいの?」
「いや、おかしいって事は無いけどさ。どうしたの。その格好」
「どうしたのも何も。軍艦で、軍人の仕事をしてるんだから軍服を着るのは当たり前でしょ? まぁ、私は別に正式に志願した訳じゃないけど」
「軍艦? 軍人?」
「あれ? フレイって大西洋連邦の出身だろ? オーブ軍に入っても良いのか?」
「何言ってんのよ。私が着てるのは地球軍の制服! つまり、私が手伝ってるのは地球連合軍の仕事!」
「はぁ!? なんで、地球連合軍の仕事なんか……」
「なんでって、当たり前でしょ? ここは地球連合軍の艦なんだから」
「は」
「「「はぁ~!?」」」
フレイの爆弾発言に、トール、ミリアリア、サイ、カズイが悲鳴を上げ、セナは少し困った様に笑い、フレイはフンと鼻を鳴らすのだった。
それから、トール達は現在の状況をフレイとセナから聞き、この状況になった流れを軽く確認するのだった。
そして、セナが大切な友人たちと再会している頃。
自室で一人ベッドに寝転んでいたオルフェは天井を見つめながら小さく息を吐いた。
生まれ変わってから、人の思考を読むアコードの力とは別に、『人の心の声』の様な物が聞こえてくる事がよくあった。
それは母から聞こえてくる怨嗟の声であったり。
自国に住まう者達の欲望と、薄汚い歓喜の声であったりした。
正直な所、クリアな思考だけが見える元々の力とは違い、この『声』は生の感情を押し付けられている様で、オルフェはあまり好きではなかった。
特に、この『声』は、その感情が強ければ強い程、心を揺さぶる様な強さで響く為、戦場では人の死に強く反応し、死に際の『声』がよく響くのだ。
それがオルフェを酷く不愉快にさせていた。
「……やはり、聞く者ではないな。『死者の声』など」
オルフェが直接撃ち落とした相手から聞こえた死に際の声は、いつまでもオルフェの中にへばりつき、消えない。
まるでオルフェが生きている事が許せないと叫ぶ様に、いつまでもオルフェの中で響いているのだ。
「……はぁ」
オルフェはベッドの上で横を向いたり、天井を見たりと落ち着かない様子で眉間に皺を寄せながら目を閉じた。
が、何をしようと、決して許さないとでも言うように、『声』はオルフェの中でしがみつくばかりであった。
「……くそ」
「オルフェ君?」
「っ! キラ、か!」
「うん。ちょうど通りかかったんだけど。苦しそうな声が聞こえたから……。大丈夫?」
「あぁ。大丈夫だ。大した事はない」
オルフェは入り口からこちらを見てくるキラに体を起こしながら手を振るが、キラはしょうがないなぁとでも言う様な顔で笑うと、部屋の中に入ってきて、オルフェを抱きしめた。
セナとは違い、女性らしく成長したキラの体は、オルフェを柔らかく包み、オルフェの心臓がドキドキと早鐘を打つ。
「大丈夫。大丈夫。何も怖い事は無いよ」
「……キラ」
「僕が傍に居るからね。戦闘も、セナの事も、任せちゃってごめん。ありがとう」
オルフェはトクントクンと変わらぬ速さで聞こえるキラの心音に耳を傾けながら、深く息を吐いた。
ゆっくりとではあるが、オルフェの中から聞こえていた『声』は聞こえなくなっており、オルフェは安らかな顔で、目を閉じて呼吸を整えていた。
「……ありがとう。キラ。私はもう落ち着いた」
「そう? なら、よかった」
「あぁ」
「でも、また苦しくなったら、いつでも呼んでね? 僕で良かったら話くらい聞けるからさ。じゃ。僕はもう行くね」
変わらぬ笑顔でそう告げるキラに、オルフェは小さく「あぁ」と呟いた。
そして、去って行くキラにオルフェはアッと、言葉を掛けそうになったが、その声を飲み込み、手を握る。
「……何をバカな事を聞こうとしていたのだ。私は」
落ち着いた顔でホッと息を吐きながらオルフェはベッドに仰向けになり、目を閉じた。
「あの声がキラの訳が無い。あんな、今にも死んでしまいそうな程追い詰められた『声』が」
そしてオルフェは次の出撃まで寝るかと意識を闇に堕とすのだった。