幾多の戦闘を乗り越え、アルテミスを脱出し、何とか当初の目的である月を目指して進むアークエンジェルであったが、当初から抱えている問題に、マリュー達は頭を悩ませていた。
「再度確認しました。半径5000に、敵艦の反応は捉えられません。完全にこちらをロストした模様」
「……ハァ」
「アルテミスが、上手く敵の目を眩ませてくれたってことかな? だったら、それだけは感謝しないとな」
「しかし」
「ええ、分かっているわ。ローラシア級がロストしてくれたのは幸いだけど…こちらの問題は、何一つ解決していないわ」
マリューの言葉に、ブリッジに居た者たちは重いため息を吐くばかりであった。
そう。
食料や水などの資材を詰め込む余裕もなく、ヘリオポリス崩壊に巻き込まれて宇宙へと飛び出し、寄港したアルテミスでも補給は出来ないまま脱出する事になり、現在アークエンジェルは深刻な物資不足に陥っていたのだ。
「このまま突き進むか。どこかで補給をするか」
「……ノイマン曹長。月への航路はどの様になるのかしら」
「現状では……このどれかのコースですね」
ノイマンはマリューにいわれ、いくつかの航路を示す。
しかし、そのどれもが時間の掛かりすぎる物であり、アークエンジェルの現状を考えれば厳しいと言わざるを得ない物であった。
「これで精一杯か? もっとマシな進路は取れないのか!?」
「無理ですよ。あまり軌道を地球に寄せると、デブリ帯に入ってしまいます。こう進路を取れれば、月軌道に上がるのも早いんですが」
デブリ帯に突入する様なコースを描きながら首を振るノイマンにマリューは首を傾げながら問うた。
不可能であると理解はしながらも、一応総舵手の意見を伺う為に。
「突破は……無理よね……?」
「デブリ帯をですかっ!? そりゃ無理ですよ! この速度を維持して突っ込んだら、この艦もデブリの仲間入りです」
「人類が宇宙に進出して以来、撒き散らしてきたゴミの山か……確かに、仲間に入りたくは……あ! ……待てよ、デブリ帯か!?」
「何か? フラガ大尉」
「ふっ、不可能を可能にする男かな? オレは」
フラガの自信満々な笑みに、マリューは問いかけ、返ってきた言葉に思わず声を上げてしまった。
しかし、それ以外の手が無い事は理解しており、渋々ではあるが……キラ達を艦橋に呼び出して、協力を要請する事にするのだった。
「補給を?」
「受けられるんですか? どこで!」
「受けられると言うか。まぁ……勝手に補給すると言うか」
「私達は今、デブリベルトに向かっています」
「……なるほど。そういう事か」
「お、坊主。勘が良いねぇ」
「え? どういう事ですか?」
「デブリベルトには、宇宙空間を漂う様々な物が集まっています。そこには無論、戦闘で破壊された戦艦等もあるわけで……」
「そこに残された弾薬や食料、水などを奪う。という事だ。キラ」
「っ! それは!」
「仕方ないだろ? そうでもしなきゃ、こっちが保たないんだから」
マリュー達のしようとしている事に、キラは強く反対しようとした。
だが、その意見が出る前に、ムウがキラの言葉を封じてしまう。
そして、ムウの言葉に続く様にナタルも気落ちした様子で言葉を続けた。
「あまり嬉しくないのは我々も同じです。ですが他に方法は無いのです。我々が生き延びる為には……」
「ナタルさん……」
「喪われたもの達をあさり回ろうと言うんじゃないわ。ただ……ほんの少し、今私達に必要な物を分けてもらおうというだけ。生きる為に」
「そういう事ならば、仕方のない事だと思います。ですが、心情として難しい事も確かです」
「……セナさん?」
「船外作業用のポッドなら、ストライクセイバーから遠隔操作が出来ますから。作業は私が担当しましょう」
「セナ!」
「お姉ちゃん。お姉ちゃんも分かっているでしょう? どうしようもない選択もあるという事は」
「分かってるよ……」
キラはセナの言葉に深いため息を吐いてから、小さく頷いた。
「僕もやるよ。ストライクなら作業もいくらか早いし」
「セナとキラばかりに働かせるワケにはいかないな。僕も手伝うよ。ストライクとセイバーなら作業も早いだろう?」
「ありがとうございます。オルフェさん」
「いいさ。これも生き残る為だって、言うんなら……それも仕方ない」
オルフェはキラとセナの前に自然と立ちながらマリュー達をジッと静かな目線で見据えた。
二人を守る様な位置でありながら、自分たちはお前たちとは違うとでもいう様な目に、マリュー達は心の中でため息を吐く。
何だかんだとここまでの戦闘で、最前線に立ちながら戦っているオルフェにマリュー達が言える事など何も無いのだ。
「俺たちも手伝うぞ! キラ!」
「トール」
「そうね。水が無いと色々と困っちゃうし」
「こういう事でも手伝えるならさ。やるよ!」
「……ありがとう。みんな」
キラは手伝いを申し出てくれるトール達に感謝し、マリュー達に頷いた。
人員が確保できた以上、向かう先は決まりである。
アークエンジェルは補給の問題を解決する為にデブリ帯へと向かう事になった。
が……。
そこに待ち受けていたのは、誰も予想できない物であった。
「あ……あぁ」
「これって」
そう。デブリ帯とは、人類が宇宙へ進出してから宇宙で捨てられてきた物が集まる場所……。
使えなくなった物とは、宇宙で廃棄されたゴミばかりではない。
戦争で破壊された戦艦や機動兵器も同様であり……。
「大陸!? こんなところに」
「ユニウス、セブン……!?」
核ミサイルで破壊されたプラント……ユニウスセブンもその一つであった。
キラは、震えだす左腕を右手で押さえつけながら真っ青な顔で呟いた。
脳裏に蘇るのは、あの時の記憶。
キラが躊躇ったせいで、奪われてしまった24万人の記憶だった。
「キラ?」
「……はぁ……はぁ」
「どうした。キラ? キラ!」
「っ! セナちゃん!?」
オルフェが隣に立っているキラの様子がおかしい事に気づき、声をかけるが返事はなく、さらに、キラの隣に立っていたセナも苦しそうに胸を押さえて、意識を失ってしまうのだった。
そのあまりにおかしな二人の様子に、マリュー達は、ひとまず医務室へと二人を運び、ユニウスセブンへは何人かの士官を送り込み、中の様子を調査させるのだった。
そして、キラたちの意識が安定したという連絡を貰ったマリュー達は、医務室へと向かい、入ってすぐにフレイから睨みつけられる事になる。
「まったく。信じられない事をしてくれたわね。アンタ達」
「上官に対して、何だ! その口の利き方は!」
「関係ないわよ。前も言ったけど、私は別に地球連合に志願したワケじゃなくて、手伝いをしてるだけ。軍服着てるからって勘違いしないでくれる?」
「くっ」
「ごめんなさい。それでフレイさん。キラちゃん達の様子は?」
「最悪よ。キラは何とか目を覚ましたけど、それだけ。セナに至っては意識失ったまま魘されてるわ」
「……」
「でも、なんで」
「なんで? アンタ、本気でそれ言ってんの?」
「な、なんだよ」
トールが漏らした言葉に、フレイは怒りに満ちた瞳でトールを指さしながら叫ぶ。
「ユニウスセブンってのは! コーディネーターが住んでた場所なんでしょ!? なら、キラたちの知り合いが居た可能性とか、考えないの!?」
「あ……」
「こいつらが! 核なんて撃ったから! キラたちはずっと傷ついてんのよ! 隣で寝てて、何度もキラたちが飛び起きるのを見たわ! 全身汗びっしょりで! 震えながら泣いてたわよ!」
「……ごめん。フレイ。でも、もう大丈夫だから」
「なんでアンタが、謝るのよ」
「フレイが泣いてるから」
キラは青ざめたままベッドから起き上がると、涙を滲ませながら怒りを示していたフレイを軽く抱きしめて、マリュー達に微笑んだ。
自分は大丈夫だと。
「どちらにせよ。補給をする必要がある。そうでしょう?」
「でも……キラちゃん」
「セナはこのまま寝かせてあげて下さい。僕は行きます。その必要があるのですから」
「僕は、大丈夫です」
そして、キラは止めようとするトール達も振り切って、ストライクに乗り込み、ユニウスセブンへ向けて発進した。
そんなキラを追うように一人でストライクセイバーに乗り込んだオルフェは舌打ちをしながらストライクと同じ様にユニウスセブンへ向けて飛び立つ。
「チッ……旧人類どもめ」
オルフェの中には今、激しい怒りがあった。
コーディネーターだからと、地球の救世主だからと、何でも出来るからと。
キラに全てを押し付けて、何もせず、何も変わろうとしない。
前世で見た世界への憎しみは、この世界でも変わる事はなかった。
それがオルフェを酷く不愉快にさせていた。
いや、もしかしたら、オルフェの眼前にあるユニウスセブンに残る残留思念が、オルフェの中にジクジクと入り込み、傷を訴えているから、普段よりも不機嫌になっているという可能性もある。
しかし、どちらにせよ。オルフェの感覚を抑える事がキラしか出来ない以上、キラが不調なこの状況でオルフェが苛立つ感情を抑えることは難しいのだろう。
そして、どこかちぐはぐなまま、オルフェはキラ達と共に補給作業を行い。
気分は最悪でありながらも、全ての作業を完了させた。
だが、事件は静かにオルフェの居ない場所で起こっていた。
ユニウスセブンから資材の搬送作業をするポッドを静かな目で見守っていたキラが、宇宙空間で何かを探す様に動き回るモビルスーツを一機、見つけてしまったのだ。
『長距離強行偵察複座型ジン』
黒色と灰色の宇宙では視認しにくい装甲に、ジンの体よりも大きなライフルを持った単機で遠距離偵察をするモビルスーツだ。
戦闘能力は低いが、情報収集に特化しており、もし見つかれば増援が来る可能性があった。
そして、武器を構えながら静かに周囲を伺うその機体には、明確な目標がある様に思えた。
ヘリオポリスからアルテミスを経由し、月へ向かうアークエンジェルの航路はある程度予想出来る物である。
そう考えれば、ZAFTがここで網を張っていてもおかしくはない。
キラはそう考えて、ジンが何も見つけない事を祈りながら、静かにジンをロックした。
しかし、ジンは何も見つけられなかったのか、諦めた様にここから離れようとした。
だが、そんなジンの前で一機のポッドが近くを通り過ぎてしまう。
当然の事であるが、それが地球連合のポッドであると判明した瞬間、ジンはポッドに向けて発砲してくるのだった。
『うわぁぁ!』
『た、助けて! キラ!』
キラは、ポッドに乗った救いを求めるカズイの声に引き金を引いた。
たった一発で胸部にあるコックピットを撃ち抜き、ジンは一切の抵抗を見せることなく宇宙に漂いながら沈黙する。
殺したのだ。
ジンがアークエンジェルを見つけてしまえば、多くの人が死んでしまうから。
だから、殺した。
「……ぼくは!」
ユニウスセブンの人たちを助ける事が出来なかったというのに、ジンを撃墜する為なら引き金を引ける。
平和だなんだと言いながらも、結局キラに出来る事は人を殺すだけなのだと。
キラは自分を追い込んで、激しい息苦しさを感じながらヘルメットを脱いだ。
溢れた涙が無重力のコックピットに広がるが、それを気にする事も出来ず、ただ、自分を抱きしめて、吐きそうな気持ちを何とか抑え込んだ。
『……ラ!』
「……なに?」
キラは壊れそうな心を抱きしめて、歪な形でくっつけて、聞こえてきた声に顔をあげた。
どうやらストライクセイバーから通信が入っているらしい。
キラは少しだけ深呼吸をしてから通信を繋げるのだった。
『キラか? 忙しい所すまない。実は救命ポッドを見つけたのだが』
「救命ポッド……?」
キラはオルフェからの通信に首を傾げ、モニターを拡大して、ストライクセイバーが両手で持っている救命ポッドを見つめた。
どこの何かは分からないが、作動している事を考えると、おそらく中に人が居るのだろうと思う。
こんな場所で一人、誰の助けもなく待ち続けるのは可哀想だ。
そう考えたキラは、オルフェにアークエンジェルへ運んでもらう様に頼み、小さくため息を吐いた。
「……凄いね。オルフェ君は」
『何がだ?』
「いつも人を助けてる」
『キラほどじゃない』
淡々と返された言葉に、キラは心の中で静かに否定した。
人助けなどしていない。自分がしているのは人殺しだけだ、と。
そして、二人は格納庫へ向かい。
キラも一応ポッドの中身を確認する為に、マリュー達と共に立ち会った。
「開けますぜ?」
そして……。
開かれたポッドの中から飛び出してきたピンク色の塊をキラは受け止めながら目を見開く。
「ハローハロハロー! キラー! ラクスー!」
「……まさか」
「ありがとう。御苦労様です。……こんな形で会いたくはありませんでしたが。キラ……」
「貴女は……!?」
格納庫に集まる者たちが救命ポッドから出てきたピンク色の髪の少女に視線を奪われている中、オルフェは彼らとは違った意味で驚愕の声をあげるのだった。
「ラクス・クライン……!」
「あなたは……! オルフェ・ラム・タオ……!?」
時を超えた再会は……思いもよらぬ形で二人の前に舞い降りた。