オルフェが拾ってきた救命ポッドから現れたピンク髪の少女。
その身元や目的、状況を確かめるために、士官室の一つでマリュー、ムウ、ナタル、キラが少女ラクスから話を聞いていた。
「ポットを拾っていただいて、ありがとうございました。
「ハロ! ラクス、ハロー! キラ!」
「これは友達のハロです」
「ハロハロ。オモエモナー。ハロハロ?」
どこか天然の様な空気を纏ったラクスに、士官三人はため息を吐いた。
格納庫で一瞬だけラクスが鋭い雰囲気を見せた様な気がしたが、その後の振る舞いや言動を見る限り、酷く驚いてその様な姿を見せただけだろうと結論を出す。
「やれやれ……」
ムウはため息を吐きながら、一応気になった事をラクスに問うてみることにした。
まぁ、まともな返事は返ってこないだろうと予測しつつ、だ。
しかし……。
「あー。クラインねぇ~。彼の、プラント現最高評議会議長も、シーゲル・クラインといったが……」
「あら~? シーゲル・クラインは父ですわぁ。御存知ですの?」
「おっと……」
想定に反してラクスはニコニコと微笑みながら、ムウの言葉を肯定してしまう。
ここが地球連合の軍艦で、ここに居るのがコーディネーターと敵対しているナチュラルの軍人であるにも関わらず、だ。
何とも無警戒で、気の抜けてしまう様な少女である。
「でも……その様な方が。どうしてこんなところに?」
「
ラクスが目を伏せながら語る言葉に、キラはスッと目を細めた。
その瞳から見える感情は少ないが、少なくとも良いものではない。
「臨検するとおっしゃるので、お請けしたのですが……地球軍の方々には、
「なんてこと……」
「それでー、貴方の船は?」
「分かりません。あの後、地球軍の方々も、お気を静めて下さっていれば良いのですが……」
ラクスが脱出した後、彼女が居た船の中で何が起きたのか。
それは想像に難くないだろう。
最悪は、ラクス以外全滅である。
「マリューさん」
「何かしら? キラちゃん」
「彼女は、その何といったら良いか分からないのですが……敵ではありませんし。悪い子でもありません。彼女は僕やセナと同じ様にプラントで平和をずっと訴えていた人なんです」
「……まぁキラちゃんとお友達。という話を聞いた時点で何となく想像はしていたけど」
「はい」
「ですが、ここが地球連合の軍艦である以上……ラクスさんを自由にするのも色々と問題があるの」
「それは分かります」
「なので、そうね……キラちゃんが良ければ、だけど。当面はキラちゃんの部屋で一緒に過ごしていて貰えばと思うのだけれど……どうかしら?」
「僕は構いません。ラクスは?」
「はい!
「じゃあ、それで決まりね。何か必要な物があれば、キラちゃんを通して伝えて下さい」
マリューははぁ、と深いため息を漏らしながら士官室から出て行き。
ムウはキラに軽く笑いかけ、ナタルは感情の読めない無表情で軽くキラに頭を下げてから部屋を出て行った。
二人きりになったキラは、ラクスを抱きしめて、まずは無事だった事を喜ぶ。
「ラクス……!」
「っ!? き、キラ!? まさか、そんな情熱的な……!」
「良かった。君が無事で……本当に良かった」
「あ……そ、そうですわね。キラも、無事で良かったですわ」
ラクスは別れた時と変わらないふわりとした笑みを浮かべて、キラから少し離れた。
そして、キラの頬を撫でながら、柔らかい言葉を向ける。
「キラは、少し瘦せましたか?」
「……自分じゃちょっと、分からないけど」
「あまり良い状態では無いようですわね。
「でも」
「キラ。
「そんな事ないよ! そんな事は、無いけど……」
「けれど?」
「その……ラクスに、嫌われるのが、こわい」
キラが目を伏せながら呟いた言葉に、ラクスはふわりと微笑みながらキラを抱きしめたまま、ベッドに移動する。
そして、かつて前世にそうやった様に、キラの背を撫でながら優しい言葉で包み込んだ。
「
「……ラクス」
キラはラクスの言葉に目から涙を溢れさせながら嗚咽と共に、抱えていた物の一部をラクスに渡した。
ユニウスセブンへと放たれた核ミサイルを防げなかった事。
結局戦争に進む世界を止められずにいる事。
G兵器の開発に関わったのに、争いを悪化させる事しか出来なかった事。
全てを語った訳ではない。
が、キラの中にあった重い苦しみが、少しではあるがラクスと共有する事が出来たのであった。
そして、涙ながらに語り、疲れからか眠ってしまったキラを、かつての様に膝枕で受け止めてラクスはキラを撫でながら微笑んだ。
聖母の様に慈愛に満ちた瞳で。
「生まれ変わっても、キラの悲しみは消えませんわね……
「失礼する」
「っ!?」
キラとラクスだけの静かな空間は、突如として部屋の中に踏み込んできた少年によって打ち壊された。
ラクスは一瞬、怒りのままに彼を部屋から追い出そうとしたが、無に近い表情であった少年がキラをスッと指さした事でラクスは口を噤んだ。
そして腕を組みながら自身をジッと見つめる少年を見据えた。
「あまり騒ぐとキラが起きる」
「……貴方は」
「自己紹介は不要だろう……が、一応名乗っておこうか。オルフェ・ラム・タオだ。ここではオルフェとしか名乗っていないが。久しぶりだとでも言っておこうか? ラクス・クライン。お前たちに敗れて以来だな」
「やはり、貴方にも記憶が……!」
「そうとも。その様子では貴女にも記憶がある様だな。少し安心したよ。もしかしたらこれは、アコードの中でも上位種のみに起こる現象なのかもしれないな」
「貴方の目的は何です。復讐ですか?」
「復讐。私がその様な愚かしい真似をすると思うか? 感情を制御できない旧人類ではないのだ」
「では、何ですか。貴方の目的は……!」
余裕の笑みを浮かべたまま、見下す様にラクスを見るオルフェに、ラクスはキラをギュッと抱きしめたまま強く睨みつける。
例え生まれ変わったとしても、オルフェにされた事は忘れていない。
憎しみではないが、強い嫌悪感があった。
「さて、何だろうな」
「……
「知っているさ。あぁまで冷たく拒絶されればな。嫌でも分かる」
「ならば、何を」
「フン。しつこい奴だ。教えてやる義理はない」
「オルフェ・ラム・タオ!」
「ん……んん……?」
「っ!」
ラクスの怒りに、キラが僅かに身じろぎをして、ラクスはハッとなり口を塞いだ。
その様子をオルフェは愉快そうに眺めながら、口元を歪めて笑う。
「私の目的は、まぁ。伝えてやらんが……一つ良い事を教えてやろう」
「良い事……?」
「キラの抱き心地は、中々に良かったよ。柔らかくてな。いい匂いもした」
「は?」
「しかも、一度抱いたら、何回も求めて来てな。ふふ、まぁ、それなりに悪くは無かったよ」
オルフェはクックックと笑いながら、ラクスの顔を伺った。
青くなったり、キラとオルフェを交互に見たり、何とも忙しい事である。
終ぞ、前世では固く閉ざされた『ラクス・クライン』という仮面しか見る事の出来なかったオルフェは、そんなラクスの人間らしい姿を見て、また笑った。
その笑みがラクスの癇に障り、怒りからワナワナと震える。
「あぁ、そうか。君はそんな顔も出来たんだな。生まれ変わって初めて良かったと思えたよ」
「オルフェ・ラム・タオ……!」
「良い顔だ。そうしている方が人間らしくて良いんじゃないか?」
「復讐をしたいのなら、
「知っているさ。初めて会った時に、確認した」
「なら……!」
「貴女が言ったんだろう? 『必ず誰かがあなたを見ています。今ではなくとも、未来にいる誰か』と。だから、あの時よりも未来に来て……キラを見つけた。ただそれだけの話さ」
ラクスは目を丸くして、確かに彼女自身がかつて言った言葉を受け止め、何かを言いたそうに体を揺らす。
違うのだ。
ラクスにはオルフェに向かう真っすぐな少女の愛が見えていた。
アコードという種族が持つ、心を読む力ではなく、彼女と同じ恋をする少女として感じてしまった想いが、見えていたのだ。
しかし、こんな意趣返しに使われるとは、彼女も、そして自分も踏みにじられた様な気持ちである。
ましてや、それを何も知らぬキラに当てるとは。
ラクスにとって信じがたい悪行であった。
「その言葉は……イン」
「イングリットの気持ちは、イングリットだけの物だ。貴様が語る事ではない」
「っ!」
「それに、彼女は死んだのだ。あの時の私と共に」
「……では、イングリットさんは」
「覚えていない。何も、な」
「そんな……」
ラクスはこの時、初めてオルフェという少年を真っすぐに見た。
前世の因縁というフィルターを外し、オルフェという少年をしっかりと見据える。
彼が纏っている空気は、虚無であった。
それを察してラクスは、彼の一部を理解してしまった。
自分も彼と同じであったから。
記憶を持ち、生まれ変わったのは自分だけという世界で。
彼女は父が記憶を持っているのではないか。
母は? 共に戦ったアスランは?
キラが記憶を持っているのではないか。
希望を順番に手繰り寄せて、その度に孤独を感じて絶望していた。
あの時のラクスとオルフェは似ているのだ。
そう理解した時、ラクスはオルフェが何故アークエンジェルに乗っているのかを理解した気がした。
彼はおそらく死ぬつもりだったのだ。キラや自分と会ってから。
でも……この世界のキラに会って、その危うさに目が離せなくなって、気が付いたら傍に居て、離れられなくなった。
そして、今ここでラクスに対して嫌がらせの様な事はするが、オルフェは部屋に入ってきてからもずっとキラを気遣い続けていた。
それは、おそらく彼の真実であった。
「もう一度だけ聞かせて下さい。オルフェさん。貴方の目的は……?」
「……さて、どうでしょうね。今はまだ何も分かりませんよ」
「そうですか。では、貴方の旅に幸が多い事を祈っていますわ」
「フン。そんな事を言って、キラを僕に奪われても知りませんよ」
「その時は、貴方がキラを幸せにしてくださるのでしょう?」
「……面白くもない」
オルフェは最後に悪態をつきながら部屋から出て行った。
その背中を見て、ラクスは小さくため息を吐きながら天井を見上げるのだった。
「思わぬ所に、強力なライバルが居ましたわね……世界を平和にしてからは、大変ですわ……ね? キラ」