プラントに於ける最高意思決定機関であるプラント最高評議会の評議委員に選ばれていたパトリック・ザラが反コーディネイター組織によるテロに遭ったのだ。
この事件によりザラ議員は一命を取り留めたものの、プラントに家族を住まわせ続ける事に危機感を覚え、月面都市コペルニクスへ身分を隠して息子を留学させる事にした。
そして、母であるレノアと共に月面都市コペルニクスへ来たアスランは、ここで運命の出会いをする事になる。
初めてアスランと『彼女』が言葉を交わしたのは、幼年学校の入学式での事だった。
ナチュラルよりも成長の早いコーディネーターであるアスランは、初めて見る桜並木の美しさに心を奪われながらも、しっかりと前を見ての並木道を歩いていた。
母であるレノアはプラントでの仕事がある為、今日はアスラン一人である。
寂しさは感じるが、我儘を言える程未熟でも無い為、こみ上げる気持ちはのみ込んでアスランは毅然とした態度で幼年学校を目指して進む。
前髪を大きく分けたダークブルーのミドルヘアとグリーンの瞳を真っすぐに前へ向けて。
薄緑の制服をしっかりと整えて、確かな足取りで歩くアスランは、腕時計を確認しながら、余裕をもって学校に到着出来そうだとホッと一息ついた。
が、そんなアスランの前に突如として何かが落ちてきて、アスランは思わず足を止めてしまう。
「わっ!?」
驚き声を上げながらも、冷静に地面を見れば、どうやら落ちてきたのは幼年学校の指定鞄であった。
何故空から鞄が落ちてきたのかと上を見上げれば、咲き誇る満開の桜の隙間から見える小さな二つの影。
「お、お姉ちゃん。危ないですよ」
「ダイジョーブだって。ほら。近くで見ると綺麗でしょ?」
どうやら子供が二人木の上で話をしているという事に気づき、アスランは胸の奥から沸き上がってきた感情で、二人に呼びかけた。
「おい! 危ないじゃないか!」
「っ!?」
「わ、わわ」
アスランが下から怒鳴りつけた事で、木の上にいた二人はバランスを崩し、そこまで高くは無いが、決して低くも無い木の枝から下に落ちてしまった。
「いてて」
「ぁぅ」
甘いチョコレートの様な栗色の髪に、紫水晶の様な透き通る瞳を持つ少女は、自分たちが木から落ちる原因となった少年の姿を目に入れると、怒りのままに飛び起きて叫んだ。
「いきなり何するのさ!」
「何をするはこっちのセリフだ! こんな所で危ないだろう! ここは人通りがある道なんだぞ! こんな所で危ない遊びをして、何を考えているんだ!」
「人通りも何も、誰も居ないじゃないか!」
「僕が居ただろう! 実際に鞄も当たりそうだった!」
「へぇ、鈍いんじゃないの?」
落ちてきた二人の少女の一人。
姉であるキラの嘲る様な言葉に、アスランの怒りは一瞬で頂点へ向かい、ゲージの上部を破壊して噴き出した。
「なんだ! その言い方は! 迷惑をかけたのなら! まずは謝るのが普通だろう!?」
「謝るのなら、君が先だろ!? 誰のせいで地面に落ちたと思ってるのさ!」
「そもそもお前が鞄を落とさなければ僕も叫ぶ事は無かったんだ!」
キラとアスランは互いに意地を張りながら、文句を言い合う。
そんな二人の傍で、ようやく落ちた時の衝撃で半分意識の飛んでいたセナが自分を取り戻し、二人の間に入って喧嘩を止める。
そして、アスランに勢いよく頭を下げて、開口一番謝った。
「ご、ごめんなさい! 私が鞄を落としてしまって! 当たらなかったですか?」
「あ、あぁ。大丈夫だ」
「それは良かった。でも、ビックリさせちゃいましたよね。ごめんなさい」
先ほどまで言い争いをしていたキラとは違い、丁寧に頭を下げながら謝るセナの様子にアスランの怒りは一気に引っ込んで、冷静な態度でセナに言葉を返す。
「こちらこそ怒鳴ってすまなかった。派手に落ちていたが大丈夫か?」
「はい。少し痛いですが、大丈夫です」
「それは心配だな。痛む様なら病院に行った方が良いかもしれない。連れて行こうか?」
「あー! 僕も痛いなぁー! 誰かさんに落とされて、痛いなぁー!」
「……なら、病院にでも行けば良いだろ」
「何だ! その言い方!」
キラはグギギと歯を食いしばりながら、アスランを睨みつけ。
アスランは二人の姿が似ている所から姉妹であると察しつつ、妹は優秀そうなのに、姉はコレかとため息を吐いた。
キラの目の前で。
そんなアスランの態度がさらにキラの怒りに火を付けて、爆発させてゆく。
しかし、キラはセナのもう時間が無いという言葉にハッとなってセナの手を握ったまま走り去っていくのだった。
「何だったんだ……いったい」
嵐の様に現れて、嵐の様に去って行った姉妹を見送りながらアスランも学校へ行こうとしたが、右足を踏み出した瞬間、つま先に何かが当たった様な感触があり、見てみればそこには一つの鞄が落ちていた。
一瞬放っておこうかと思ったアスランであるが、その鞄の持ち主は妹の方だったなと思い出し、ため息を吐きながら鞄を学校に持っていく事にするのだった。
それからアスランはやや速足で幼年学校へ向かい。
何とか時間通りに着いて、入学式に参加する事となった。
朝から妙なトラブルはあったが、ようやく自分の落ち着いた新生活が始まると、遠い場所にいる父と母を思い出しながら、しっかりと校長先生の話を聞いていたアスランであったが。
校長先生の話を遮り、一つの大きな声が上がった事で、再び頭を抱える事になる。
「えぇー!? 鞄置いてきちゃったの!?」
『えー。コホン』
「あ、ごめんなさーい。お話の続きどうぞー」
幼年学校の体育館で、全体に響き渡る様な声で叫びながら立ち上がった少女は、アハハと笑いながら校長に話を戻した。
しかし、こんな微妙な空気の中で真面目な話など出来る筈もなく、校長はため息と共に話を早めに切り上げる事となった。
そんな波乱の入学式を見ながら、アスランは自分と同じ新入生として少女が座っている事に未来への不安を感じて、大きなため息を吐いた。
無事と言っても良いのか分からないが、入学式も終わり、アスランは今すぐ帰りたい気持ちを抑えながら、少女たちに話しかける事にした。
理由は勿論、自分の手の中にある鞄を渡す為である。
「あー、君!」
「……?」
アスランは姉の手を握りながら立っていたセナの所へ走り寄り、肩を叩きながら鞄を見せる。
そんなアスランの行動にセナは後ろへ振り向いて、驚きの声を上げるのだった。
「私の鞄!」
「あぁ。並木道に落ちてたんだよ」
「ありがとうございます! わざわざ拾ってくれたんですね!」
「あー、うん。まぁね」
一度は見捨てようとしたアスランはセナの純粋な目を向けられて、居心地が悪そうに頬を指で掻きながら目を逸らした。
しかし、セナは気にした様子も見せず、キラから手を離し、アスランの手を両手で握って何度もお礼を言うのだった。
「本当に今日は、ご迷惑をおかけしたのに、この様なご親切を! ありがとうございます。あー、えっと。申し訳ございません。お名前をお伺いしても……?」
「あぁ、僕はアスランだ。ただのアスラン」
「アスランさん! 私はセナです。改めて、ありがとうございました。アスランさん」
「いや。いいさ」
アスランは鞄も渡せたし、このまま立ち去ろうとした。
しかし、セナの家族と思われる人たちがやってきた事で、アスランは立ち去るタイミングを失ってしまう。
「お疲れ様。キラ。セナ。あら? この子は?」
「はい! アスランさんです!」
「アスラン……? お友達かしら」
「えと……」
どうなんでしょうか? と目で訴えるセナに、アスランはどう答えていいか分からずにいたが、キラが全力でアスランの手を引き離しながらセナを奪い取った事で状況が一変する。
「知らない人!」
「む。そういう言い方は無いだろう」
「別におかしな事は言ってないでしょ! 名前だって今知ったんだから。ア・ス・ラ・ン!」
キラのバカにした様な言い方に、アスランの怒りは再び爆発した。
一瞬、知らない大人の前で暴走するのはどうなのか、という理性のアスランが待ったをかけたが、噴火した火山はその程度の静止では止まらず、走り始める。
「なんだ! その言い方は! だいたいお前に名乗った覚えはないぞ!」
「はぁー!? さっき名乗ってただろ!?」
「僕はセナに名乗ったんだ。君に名前を告げた覚えはない!」
「なんだその言い方! 僕はセナのお姉ちゃんだぞ!」
「こんな奴が姉なんて、セナに同情するよ! さぞかしいつも迷惑をかけられているんだろうな!」
「なにぃ~!?」
キラは再び怒りで歯をむき出しにしながらアスランに迫り、アスランもまたそんなキラを迎え撃つ。
カリダとハルマ、それにやや離れた場所から見ていたヴィアとラウは、争う二人のちびっ子達を見ながら、事情を聞くべくセナを呼ぶ。
「セナ。あの子とキラは何かあったの?」
「それが、朝学校に行くときに、私が桜をよく見たいと言ってしまって、それでキラお姉ちゃんが上ならよく見えると言って木に登る事にしたんです。ですが、私が持っていた鞄をアスランさんの前に落としてしまって」
「それで、アスラン君が怒って、キラに怒鳴りつけたら、喧嘩になった……みたいな?」
「はい! そうです! 大当たりです! カリダお母さんは凄いですね!」
「まぁ、長い事キラのお母さんをやってるからね」
それに、と斜め後ろへと視線を送りながら生まれた時から何だかんだと暴走していた姉を見る。
どうやら血は強く、濃く繋がっている様だ。
と、カリダは母として深いため息を吐くのだった。
しかしまだ更生は出来ると、キラとアスランの争いに介入し、二人を引き離してからひとまずお礼をとアスランを家に招待しても良いかと問うた。
アスランは戸惑いながらも頷いたが、キラは最後まで猛反対しているのだった。
「反対! 反対! はんたーい!」
「はいはい。話は家に帰ってから聞くからね」
「僕は! こんな横暴には屈しないぞー!」