ラクスをZAFTへ返したキラ達を待っていたのは、歓迎の言葉……ではなく深い深いため息であった。
出迎えたマリューとナタルの指示に従い、キラは以前にもラクスと話をした士官室へと向かう。
そして、やや遅れてムウも部屋に入ってきて、三人でキラを見つめながら、今回の事件について話をする事となった。
「ひとまず……お話はさせて欲しいわ。キラちゃん」
「はい。まぁ重大な軍規違反ですからね。銃殺刑でしょうか」
ニコニコと笑いながら告げたキラの言葉に、マリューとナタルは、それはそれは深いため息を吐いた。
そして、呆れた様な顔をしながらムウが口を開く。
「人が悪いな。嬢ちゃん。そんな事出来ないって分かってて言ってるだろ?」
「別に……そんな事はありませんよ。可能性としてはあると思っています」
「私達がキラちゃんに手を出せば、オーブとの衝突は避けられないわ」
「大丈夫ですよ。私はもうオーブの娘として扱われていないはずですし」
「それがそうでもないみたいだぜ?」
「そうなんですか?」
「えぇ。ジョージ・アルスター氏から聞いた話では、ヘリオポリスの一件は氏族の一部が行った事であり、オーブとしては中立を変わらず貫くと」
「しかし、それではオーブも、諸国も納得しないでしょう。トカゲの尻尾切りでは……駄目だ。立場のある人間の処分が必要なハズ」
「えぇ。だから、オーブ連合首長国代表『ウズミ・ナラ・アスハ』氏が代表を退いたそうよ」
「そんな……!? お父様が!」
混乱する情勢の中、オーブの獅子と呼ばれる男がトップから退く。
それはオーブという強固な国に隙を作るという事だ。
いくら裏から手を回せるとは言っても、表舞台に立つ事は出来ないのだから。
「どうして……お父様。僕を切れば話は早いのに」
「キラ様」
「っ! ナタルさん」
「ハッキリと申し上げますが、キラ様とセナ様の影響力は既に世界規模です。ここでお二人を切り捨てる様な事をすれば、オーブという国は内外から責められ、崩壊します」
「それは……」
「そして、それはアークエンジェルも同じです。貴女を処罰する様な事をすれば、アークエンジェルもまた内部から崩壊し、外部の攻撃で崩壊します」
「……」
「だからこそ。キラ様にはそのお立場をお考えになって行動していただきたい。私からは以上です」
「……はい。ごめんなさい。皆さん」
シュンとした顔をしながら、謝罪するキラに、ムウもマリューもどこか居心地の悪そうな顔をしながら顔を逸らした。
そして、そんな重い空気の中で、ナタルは続けて口を開く。
「そして、私の勝手な行動により、キラ様のご友人であるラクス嬢を利用した事。どの様な罰でも受ける覚悟です」
「え? 罰?」
「あの状況、私には他に選択肢が見つけられませんでした。申し訳ございません」
「い、いえ! 謝らないで下さい! どの道、セナを助ける為には他に手段がありませんでした。それは私も理解しています。だから、そんなに気にしないで下さい」
「……はい」
「それに……僕がもっと強ければ良かった。ただ、それだけの話ですから」
ふわりと微笑みながら放ったキラの言葉に、マリュー、ナタル、ムウの中に違和感が生まれるが、それが明確な言葉となる前に、キラがパンと手を叩いた。
「では、お話は以上ですかね!」
「え、えぇ。そうね」
「何も罰がないというのも、それはそれで艦内の規律に関わりますし。当分は食堂で自主的にお手伝いをしようかなと思います。では!」
「あ……」
笑顔のまま部屋を出てゆくキラに、マリューは何かを言おうとしたが、結局それも言葉にならずに消えてゆく。
そして、残された三人も、特に言葉もないまま、解散となるのだった。
それから。
キラは食堂でお手伝いをしながら、オーブの国民と話をしていた。
「どうですか? アークエンジェルの中は、不便な事は無いですか?」
「いえいえ。何もございませんよ。キラ様が守ってくださいますし。ハウメアの加護もありますから」
「それは良かった。何かあればいつでも言って下さいね」
「えぇ、ありがとうございます。ほら、エルちゃんもお礼を言って」
「ありがとー! お姉ちゃん!」
「いーえ。オーブまでもう少しだから。お母さんを困らせちゃ駄目だよー」
「はーい!」
キラはニコニコと少女とその母親に微笑み、手を振って別れる。
そして、次に待っていた人へと顔を向けた。
「はぁーい。いらっしゃーい」
「随分と時間が掛かっているな」
「あー。待たせちゃってごめんなさいね。オルフェ君もお腹減ってたのにね。すぐに準備するから」
「い、いや! そうじゃない!」
「うん?」
「別に嫌味を言ったワケではなく! その、一人一人しっかり話をしているのだなと思って……」
「まぁ、この艦に乗ってるのはオーブの国民さんだったり、僕の理想に付いてきてくれた人だったりだからね」
「……ただの国民だろう?」
「そうだよ。ただの国民。でも、大切な人たちだ。僕にとっては命よりも大切な人たちなんだ」
「優秀な為政者に代わりはいない。キラとただの国民では比べるまでも無いだろう」
「うーん。まぁ、確かに、国っていう組織で考えれば、それが正しいと思う。今オーブで僕よりもモビルスーツに詳しくて、外交でも内政でも重要な位置に居る人は居ないしね」
「だったら……」
「でもさ。僕が、嫌なんだよ」
「っ」
「例えばさ。何かの作戦で、国の一部を見捨てないといけないとする。敵ごとまとめてドカーンと爆発させちゃうとかね」
「……あぁ」
「作戦は成功! 国は無事守られた! って、上の人たちは思うけどさ。虐げられた人たちはどうかな。オルフェ君が偉い人じゃなくて、普通の市民だったとして、オルフェ君の大切な人が国の犠牲になった世界で、笑える?」
いつも変わらない。
ふわりとした笑顔をオルフェ君に向けながら、キラは問いかけた。
『正しさ』の裏に隠された多くの犠牲を容認出来るのか、と。
「それでも、私はそれが必要な作戦であったのなら、受け入れる。受け入れなくてはいけない」
「うーん。そうあんまり肩肘張らないでさ!」
「うわ」
キラはオルフェの両腕を叩いて軽快に笑う。
「もっと我儘言って良いんだよ。もっと自分のしたい事を言って良いんだよ」
「しかし……」
「何を遠慮してるの。君が言った通り、僕はオーブのお姫様。国民の声を聞くのが私のお仕事です」
「私はオーブの国民ではない」
「あら、そうなの? なら、お姉さんに何でも言ってください。私は頼りになるお姉さんだからね」
胸を張りながら、手で軽く叩いて自信満々に笑うキラに、オルフェはフッと笑みを零すと、わざと呆れた様な声を出した。
「頼りになるお姉さんには残念ながら見えないな」
「なぬ!?」
「それに、私の方がキラよりも年上だ」
「分かんないでしょー!? オルフェ君の方が年下っぽいよ! ささ、お姉さんと敬いなさい!」
「なら、勝負しようか」
「勝負?」
「そう。どちらが年上か。負けた方が勝った方のいう事を一つ聞く。どうだ?」
「良いよ。フフン。僕は負けないけどね!」
どこから出て来るのか。
自信満々なキラにオルフェは確実に勝てる勝負へと向かう。
そして、悠々と己の生まれた日を告げた。
「僕の誕生日は
「う……!」
「どうした? キラ。お姉さんなんだろう?」
「ぼ、僕は、その……5月18日」
「ほー! そうかそうか! キラは僕の年下だったか。お姉さんでは無かったな!」
「う、うぅ……ぐぅ」
「まぁ、これからは兄として僕を敬う事だな!」
クッと、食堂のカウンターに手を付きながら項垂れるキラを前に、オルフェは高笑いを響かせながら勝利の宣言をした。
実に楽しそうな二人は気づいていないが、オーブ連合首長国代表首長の娘であり、姫という立場の人間を一般人が煽っているというのは非常に危険な構図であるが。
ヘリオポリスからの避難民は姫様が楽しそうにしているというだけでニコニコと二人のやり取りを遠巻きに見ているのだった。
これまで浮いた話が少しも無かったキラに、良い人か? と娘の様にキラを見守ってきた年代の人々も二人の関係に意識を向ける。
まぁまぁよく見れば、美しいと評判のキラと釣り合う容姿に、モビルスーツでキラと共に戦う様な子らしい。
しかも同年代で仲もいい。
ヘリオポリスが崩壊し、家を失った事は悲しい事であったが、それ以上のよき出来事に会えたと避難民達は心の中でジワリとした喜びを感じるのだった。
家族と再会した際にはこの事を自慢しようと考える者まで居た。
しかし、平穏な時間ばかりでは終わらないのが、この場所である。
何故なら、アークエンジェルは軍艦であり、現在ZAFTからの追撃を受けているのだ。
先日はキラの妹であるセナも生死の境をさまよう様な怪我をした。
決して安全ではない。
そして、それを証明するかのように、艦内にけたたましいアラートが響き渡った。
『総員、第一戦闘配備! 繰り返す! 総員、第一戦闘配備! パイロットは搭乗機へ!』
「っ!」
「キラ!」
「うん。行こう! オルフェ君」
艦内に響き渡った声に従い、キラは食堂から飛び出して、オルフェと共に廊下へと駆けだした。
セナが寝ている以上、ストライクセイバーにはオルフェが一人で乗る必要がある。
しかし、本格的な戦闘は初めてのはずだ。
「オルフェ君。あんまり前には出ないでね。アークエンジェルだけ守っててくれれば」
「あまり僕をなめるなよ。キラ」
「っ!」
「もう十分に機体には慣れた。そして、力を使う感覚も……思い出してきた。もはや何も問題はない」
「……オルフェ君」
「キラこそ、アークエンジェルで見ていればいい。この僕の活躍を……!」
自信満々に笑うオルフェに、キラは困ったなぁ、とでもいう様な笑みを浮かべたが、こうなった以上オルフェも引かないだろうと頷いた。
「キラ!」
「うん? なぁに?」
「さっきの賭けだ。僕が勝った」
「うん。そうだね。何か欲しいものがある?」
「あぁ。約束だ。必ず帰ってこい。僕の元に。何があってもだ」
「……分かったよ」
「約束だ!」
そして、控えめに笑うキラと約束を交わし、オルフェはストライクセイバーへと乗り込むのだった。