アスランとキラ。
出会いは最悪の中の最悪であったが、入学式から一年ほど過ぎた頃には、学校で一番仲が良いと言える様な関係になっていた。
いや、どちらかと言えば、手のかかる妹と小言の多い兄であろうか。
「キラ。宿題はちゃんとやってきたのか?」
「やばっ!」
「……昨日、あれだけ言ったのに。ゲームばかりやっているから!」
「ま、まぁ? 昨日の事はもう良いじゃん? ね」
「……はぁ。それで? どうするんだ」
「えぇーっと、アスラン様に見せて貰えたら、キラちゃん嬉しいなぁ。みたいな?」
「キラ!!」
もはや定番の光景となったアスランの説教タイムは、朝の登校から始まる。
宿題に持ち物チェック。
ありとあらゆる物をアスランは厳しくチェックし、キラへの説教を行うのだ。
しかし、そんなアスランの説教から逃れようと、キラは生存本能からくる甘えた声で怒りを抑えようとするが、正直なところアスランには逆効果であった。
キラの甘えた様な声に、アスランはさらに燃え上がった怒りで応える。
いつもの事だ。
だから、セナは何も変わらないやり取りを続ける二人に苦笑しつつ、どこかで止めようと考えていた。
「宿題というのは自分でやらないと意味が無いんだ。そんないい加減な事で将来どうやって生きるつもりだ!」
「どうって言われても、まぁ、うまく生きていく感じ?」
「そんな事出来るか!」
「分かんないでしょ! どこかで誰かと結婚して幸せに生きるかもしれないじゃない!」
「母上は父上と結婚してからも、自分の仕事を続けているがな。偉大な仕事だ」
「そりゃ、レノアさんは凄い人なんだから当然じゃん?」
「カリダさんも、ヴィアさんも毎日働いている様に見えるが?」
「そりゃみんな凄い人ばかりだからね。人は人。私は私だよ。アスラン」
「~~!! キラ!! どうしてお前はいつもそうなんだ! やれば出来るのに、何故やらない!」
「人間は機械じゃないんだよぉー! アスラン!」
アスランの説教にキラは両手で耳を塞ぎながら叫ぶ。
が、その態度がさらにアスランの怒りを増幅させていく。
遂に終わりのない説教地獄へと突入するか! と思われた瞬間、並木道の木陰から現れた少女がアスランに声をかけた。
「あ、あの! アスラン君!」
「ほら! お客さんだよ! アスラン!」
「っ! あ、あぁ。何かな」
「その、ちょっと話があって」
木陰から飛び出してきた少女がチラチラとキラやセナを見た事で、キラは少女の用事を察し、セナの手を握りながら走り始める。
「僕らは先に行くからぁー! 後はごゆっくりぃー!」
「お、おい! キラ!」
「アスラン君!」
「あ、あぁ。すまない」
走り去るキラとセナの背に手を伸ばすアスランであったが、少女に強く呼び止められた事で、アスランは先に少女の用事を終わらせる事にした。
アスランは少女に向き直り、少女の要件を待つ。
が、少女はモジモジと両手の指を組み合わせつつ、遊ばせるだけで何も話す事は無かった。
「用事が無いのなら、そろそろ学校に行かないと」
「ま、待って! あのね!」
「あぁ」
「アスラン君って、その……キラちゃんの事、どう思ってるの!?」
「どう、思ってる……?」
少女の質問に、アスランは目を閉じながら考える。
キラとアスランの関係。それはどの様な関係であるのかと。
父であるパトリックはプラントを離れる事が出来ず、母であるレノアもたまにしかコペルニクスに来る事が出来ない事から、アスランはヤマト家で毎日の様にお世話になっていた。
その事でレノアはカリダやヴィアと親友の様になっており、ナチュラル嫌いであるパトリックもヤマト家の住人だけは信用している程だ。
アスラン自身も、ヤマト家で過ごす日々は心地よく。
今まで感じていた孤独が消えてゆき、日々が満ち足りている感覚もあった。
頭もよく、要領のいいラウには強い敬意と、微かな憧れを感じていて。
大人しく自己主張はあまりしないが、穏やかで可愛らしいセナを妹の様に感じていた。
では、キラは?
再度アスランは思考の海に潜って、キラという少女について考えていた。
天真爛漫。
自分勝手な所もあるが、他人の迷惑になる様な事は滅多にしない。
アスラン以外の生徒とは非常にうまくやっており、キラ自身は気にしていないが、学内での人気も高い。
実母であるヴィアによく似た外見は、まだ美しいというよりは可愛らしいという様なものであるが、明るく、社交的……とは言い難いが仲良くなれば分け隔てなく接してくれるキラは、誰もが恋する美少女なのだ。
そんなキラがのほほんと生活出来るのは、すぐ傍にアスランが居るからに他ならない。
そう。幼年学校始まって以来の天才と呼び声高いアスランは、母譲りの整った容姿だけでなく、頭脳明晰・成績優秀・運動神経抜群と、ありとあらゆる場面においてトップの成績を収め、上級生ですら勝てないと言われるほどの存在であった。
そんなアスランが近くに居る以上、キラに生半可な覚悟で近づける者などいるワケもなく。
キラは入学以来、誰からも告白される事なく過ごしてきた。
が、アスランは別である。
アスランはアスランに邪魔されないという優位な場所に居る為、いくらでもキラと話す事が出来たし。
一緒に食事をしたり、同じ布団で寝たり、共に風呂へ入る事もあった。
無論これは、キラやセナの性意識がまだ低いために起こっている現象であり、両親や周りの大人がナチュラルである為、起こっているだけの偶発的な事故の様なモノだ。
と、話が逸れたが……アスランにとって、キラという存在は何の遠慮もなく話せる唯一無二の存在であった。
父や母に甘える事はプラント評議委員の息子という立場では難しいし。
カリダやヴィア、ハルマなどはキラやセナの家族であり、キラたちと家族ではないアスランは、やはり甘える事が出来ない。
自分よりも年上で、優秀なラウには甘える事も出来そうだが、キラやセナが兄と慕うラウを兄の様に慕うのは、どこか抵抗があった。
セナの前では優秀で格好いい兄で居たいと思っている為、やはりアスランの気持ちは強くあった。
だが、キラだけは違う。
初めて会った時から、アスランにとって、キラは何でも言える相手であった。
どんな風に接しても大丈夫だという安心感があった。
これが、この感情がどういう種類の感情なのかアスランには説明が出来なかったが、キラの隣という位置は誰にも渡したくないと思う程度には、キラの事を大切に思っていた。
そしてそれは、アスランも強く自覚している事ではある。
あるが……この感情を他者に伝える時の名前を、アスランは知らなかった。
だから……。
「まぁ、キラは親友……かな」
「親友?」
「そう。親友。何でも話せるからね」
「そうなんだ。良かった」
「良かった?」
「うん。その、そのね! 私、ずっとアスラン君のこと、良いなって思ってて」
「うん」
「その、出来たらお付き合いしたいなって思ってるんだけど」
女の子というのは男の子よりも早熟であるというのは、それなり知られた話である。
特に恋愛方面に至っては、その傾向が他の要素よりも強いと言えるだろう。
そして、コーディネーターはナチュラルよりも早熟であった。
故に、彼女は僅か七歳にして、アスランとの交際を求めて愛の告白をしていた。
しかし、相手が悪かったとしか言いようが無いだろう。
少女はアスランという少年の外見や能力ばかりを見ていて、肝心の中身を見ていなかった。
見ていれば、こんな無謀な挑戦はしなかったかもしれない。
だが、現実の世界に『もしも』等と言う言葉は無いのだ。
少女の放った言葉は正しくアスランへ向けられ、アスランはアッサリと少女の願いを振り払った。
「無理じゃないかな」
「む、むり……?」
アスランの言葉に少女の目には涙が浮かび始めているが、アスランは特に気づかぬまま話を進めてゆく。
「僕らはまだ子供だし。僕は君の事を何もしらないし」
「そ、それは……これから知っていけば」
「うん、じゃあ知ってからまた話をしよう。じゃあ僕はそろそろ学校に行くね」
アスランは腕時計を見て時間を確認すると、そのまま少女に別れを告げて走り始めた。
一瞬少女もアスランを追おうとしたが、アスランの足は少女には到底追いつけるものではなく、あっという間に視界の向こうへ消えてしまうのだった。
あまりにも、どうする事もできないアスランの言動であるが。
別にアスランは少女の事を嫌っていたワケではない。
ただ、付き合う。恋人になる。という行為は確実に結婚へと向かう道であり、付き合う以上結婚しなくてはいけないとアスランは真面目過ぎる頭で考えていただけであった。
故に、アスランの中でよく知らない女の子と付き合うという選択は無かったのである。
そう。アスランの中にお試しで付き合うなんて選択肢は無いのだ。
キラが聞いたら、女の子に全力で同情しながら、「まったく。だから君は頭が固いっていうんだよ」なんて、ここぞとばかりにお説教をするだろう。
しかし、アスランは告白された事を誰かに話す事はないし。
キラもあえて踏み込むような真似はしない。
そして、頭もよく真面目で、キラと話している時以外は冷静なアスランがそういう思考になっている事など誰も分からない。
だからこそ、この悲劇は終わることなく繰り返す事になる。
もしかしたら、いつかキラがこの事実を知って、アスランに忠告する事もあるだろうが。
アスランにフラれた少女たちが、アスランと仲良くしているキラに相談など出来るワケもなく。
これからアスランに告白しようとする少女たちが、事前にキラに話す事も無いだろう。
故に、この話は進む事も戻ることも無く、グルグルと円の様に回り続けるだけなのだ。
いつか、アスランが誰かに恋をするまで……。