アークエンジェルが明けの砂漠のアジトに到着してから数日が経った。
キラは、ようやくストライクの新装備の整備が終わったと、アークエンジェルから少し離れた岩だらけの場所でゴロンと横になり、空を眺めていた。
どこまでも広がる蒼い空は、何の悩みもなく澄み切っている。
そんな空の下で、キラは自由に飛び回るトリィを見上げながらはぁ、と小さくため息を吐いた。
「何か悩みか?」
「うわっ! お、オルフェ君!? いたの!?」
「居たの? というか。キラを探しに来たんだ」
「僕を? アークエンジェルで何か問題でもあった?」
「いや。そちらは気にしなくても良い」
「気にしなくて良い。って、そんなワケにはいかないでしょ。何かあったのなら行くよ」
キラは寝転んでいた体を起こしアークエンジェルの方へ行こうとした。
しかし、そんなキラの手をオルフェは掴み、足を止めさせてしまう。
「どうしたの?」
「いや。本当に何も問題は起こっていないんだ。だからまだここで休んでいろ」
「でも……」
「向こうに戻ったら、またキラは、『オーブの姫』に戻らないといけないだろう? もう少しくらい、ただのキラで居ても問題ない。そう僕は思う」
たどたどしく言葉を並べるオルフェに、キラは控えめな優しさを感じてオルフェの隣に座った。
そして、何となくオルフェに寄り掛かる。
「な、なんだ!?」
「んー? 少しだけ。オルフェ君に寄り掛かろうかなーって思ってさ。邪魔ならどくよ」
「……いや、邪魔じゃない」
キラはトクトクと早いオルフェの鼓動を感じながら目を閉じた。
あの日から、キラを追い詰めていた悪夢も、今なら見ない様な気がして、キラは意識せず眠る様に呼吸を落ち着かせていった。
そして、それほどしないで小さな寝息を立てながら夢の世界へと旅立ってしまう。
「……寝たか」
小さな寝息を立てながら脱力しているキラを、オルフェは起こさない様に気を付けながら横に寝かせる。
頭は痛くない様に足を枕として、そっと乗せた。
全てが終わってからキラが未だ深い眠りの中に居る事を確認して、小さく緊張をほぐす様に息を吐いた。
「私は、これからどうするべきなのだろうな」
誰に聞かせるでもなく呟いたオルフェの言葉は静かな荒野の上で、風に紛れて消えていった。
乾いた熱い風が体を通り抜けるが、オルフェの心に熱が灯る事はない。
生きる上での目標だとか、将来の夢だとか。
これからどうやって生きるべきか、とか。
オルフェは何も浮かばないまま、何も持たず、キラと共に荒野で遥か遠くの空を見上げていた。
「この世界も、おそらく前の世界と同じ様な道を辿るのだろう。キラはラクス・クラインと出会った。アスラン・ザラとも知り合いである。ならば、いずれラクス・クラインからフリーダムを託され、彼らと共に平和への道を歩む事になる」
「そうなれば……キラは、また戦いの中で傷ついて……命を落とすのだろう」
オルフェは独り言の途中でキラへ視線を落とし、さらさらと流れる栗色の髪を軽く指で遊ばせた。
その程度では目を覚ます事は無いようで、キラは穏やかな顔をしたまま眠っている。
「私はどうするべきなのだろうな。キラ」
「どうすれば、君やセナが傷つかない世界は出来るのだろうか」
「私に……何が出来る……?」
答えを求めて空を見上げたオルフェだが、何を見たとて、そこに答えがある筈もない。
当然だ。
オルフェが生きる世界の答えは、オルフェの中にしか無いのだから。
「例えば……」
「そう。例えばだ」
「私が理想の国を作り上げたなら……君たちはその国で、笑っていて、くれるだろうか」
願う様に問いかけた言葉に返事はない。
だが、オルフェはフッと笑うと、自らの言葉を否定した。
「いや、君たちは結局、『困っている人』を見つけて、外へ飛び出してしまうか」
「……ならば、目を塞げば、どうだろうか。耳を閉ざせば……どうだろうか?」
「手も足も、使えなくなれば……流石に大人しくなるか?」
「なんて……そのような事は考えるまでも無いか」
オルフェは自嘲気味に笑いながら、やはり自らの考えを否定した。
その様な事をしたところで、キラもセナも笑う事は出来ないだろう、と。
「この先、アークエンジェルがラクス・クラインと合流すれば、平和を求めて戦う事になるのだろう」
「ならば……私も。私もキラやセナと共に、君たちを守りながら、戦えば……君たちは笑顔のままでいられるか?」
オルフェはチラリとキラを見ながら、拳を強く握りしめて自らの運命を変える決断をした。
誰に誇るでもなく、自分自身の為に。
「そうだな。やはり、それが良いか」
オルフェは穏やかな笑みを浮かべながら目を閉じて、熱い風に負けぬ熱をその身に宿した。
生まれた役目に背いても、定められた道では無くとも。
己が己のまま生きていきたいと願う道を。
彼は静かに選んだ。
それから。
オルフェとキラの穏やかな時間は誰にも邪魔される事なく静かに過ぎていったが、オルフェの優秀な耳は遠くから聞こえてくる女の声を捉えていた。
「キラー! どこだー!?」
その声の主は『カガリ・ユラ・アスハ』。
前世でも、今世でもオルフェの邪魔をする厄介な存在である。
その為、オルフェはカガリが近づいてきている気配を感じ、そっとキラの耳を塞ぎながら自身も聞こえないフリをしようとした。
しかし、カガリは双子故の特別な繋がりか。
もしくは非常に強い動物的な勘か。
キラとオルフェが居る場所を見つけて駆け寄ってきてしまった。
こうなるとオルフェに出来る事はそう多くはない。
「キラ! おい! こんな所で寝ていると危ないぞ!」
「今キラは寝ているんだ。静かに出来ないのか?」
「何だ、お前は。私はキラに用事があって来たんだ。悪いが起こさせて貰うぞ!」
「……!」
話が通じない。
と苛立ちを感じながらも、この場でカガリに手を出せば、キラやセナに文句を言われるな……と、オルフェは自分を抑える。
そして、カガリがキラを揺らしながら叫んだ事で、キラは目を覚まし、目を擦りながら体を起こすのだった。
「ん? もぉ。うるさいなぁ。どうしたのカガリ」
「どうしたの? じゃない! こんな所で寝て! もし襲われたらどうするつもりだ!」
「襲われたらって、オルフェ君が居るから、そんな心配は要らないと思うけど。オルフェ君は強いからね。危ないヘビとかクモとかも追い払ってくれるよ!」
「そうじゃない! そうじゃなくて!」
「そうじゃない?」
「とにかく男は危険なんだ。軍の連中はいつもそう言っていたぞ」
「ふぅん。まぁ、よく分かんないけど分かったよ」
「うんうん。そういう訳だ。そういう訳だから、今から一緒にバナディーヤに行くぞ!」
「え!? は!? なんで!?」
「買い出しだ! ヘリオポリスの民からも頼まれた! 国民の期待に応えるのは私たちの義務だぞ!」
「まぁ、そういう事なら……」
キラはカガリに手を引っ張られるまま立ち上がり、フラフラと足をふらつかせながらアークエンジェルの方へと歩いて行った。
歩きながらも、オルフェの方へ振り返り、ごめんと謝る様なジェスチャーをして、カガリに強く引っ張られる。
オルフェは舌打ちをしたい気持ちを何とか抑えながら、ため息を吐いてアークエンジェルへと戻るのだった。
そして、特にやる事もない為、セナの様子でも見て来るかと医務室の方へ向かおうとしたのだが……外からアークエンジェルの中に繋がる通路で、言い争いをしている二人を発見し、岩陰にそっと隠れる。
「それじゃ分かんないよ! フレイ!」
「うるさいわね! いい加減にしてちょうだい! 放っておいてよ!」
「放っておけるはずが無いだろ! 俺と君は婚約者同士じゃないか」
「そんなの! カモフラージュの為にやってただけよ! ここはもうヘリオポリスじゃないんだから、サイと私の関係はもうおしまい! そうでしょ!?」
「っ! フレイ!」
何で痴話喧嘩なんぞを戦場でやってるんだ、旧人類は……。
なんて思いながら、オルフェはここから離れようとした。
しかし、その姿を運悪くフレイに見つかってしまう。
「悪いけど! 私、彼と用事があるから。もう話はおしまいね!」
「彼って……! 君は……」
フレイがオルフェの近くに駆け寄ってきて、サイはそんなフレイを追いかけながら、オルフェの近くで立ち止まってジッとオルフェを見据える。
「何のトラブルだ」
「別に……君には関係ないよ」
サイの言葉に、なら巻き込むなと言いたくなったオルフェであるが、フレイがそれを許さない。
「関係なくないわよ! 私……昨夜は彼の部屋に居たんだから!」
「は?」
オルフェは何とか間抜けな顔を晒さない様にポーカーフェイスを維持したが、それでも思わず感情のままに反論したい気持ちがあった。
その為、フレイの言葉を否定しようと口を開こうとしたが、そんなオルフェの腕を取ってアークエンジェルの中に移動しようとする。
しかし、そんなオルフェとフレイを逃がさないとばかりにサイはオルフェの腕を掴んだ。
「離せ……! サイ・アーガイル」
「まだ、話は終わってない」
強くオルフェの腕を掴むサイに、オルフェは流石に煩わしさを感じて、戦闘以外では使っていなかった読心の力をフレイとサイに使う。
そして、おおよその事情を察した。
「はぁ……まったく。お前はどうしようもないな。サイ・アーガイル」
「なに……!?」
「無力なお前たちを守る為に、キラもセナも無駄に傷つくんだ。それを自覚もせず、二人の為に何かがしたいと願い行動したフレイ・アルスターの行動を非難する。本当にナチュラルというのは寄生虫の様な者ばかりだな」
「なんだと!」
サイは罵られた言葉に怒りを示して、オルフェの胸倉を掴もうとした。
しかし、その手は逆にオルフェによって掴まれて、背中に釣り上げられて身動きを取れなくされてしまう。
「旧人類が、進化した我らに勝てるつもりか? モビルスーツに乗って戦う事も出来ないお前に出来る事はない」
サイの背中を蹴りつけて、オルフェはアークエンジェルの中から地面に転がるサイを見下した。
「無力な存在は、そうやってただ、何もせず、地に這いつくばって呻いていれば良い。そういう姿がお前たちにはお似合いだ」
「っ!」
「……行くぞ」
「え、えぇ」
フレイはサイの事を気にする様に目線を送りながらも、オルフェの後ろに付いてアークエンジェルの中に向かってゆく。
そして、廊下を歩きながらオルフェの言葉に耳を傾けた。
「今回は良いが、私を巻き込むのは止めろ。フレイ・アルスター」
「……ごめんなさい。助かったわ」
「いや、良い。私としても戦力が増える事には賛成だ。スカイグラスパーにお前が乗れば、戦術の幅も広がるからな」
「知ってたの?」
「風の噂で聞いた」
「そう……まぁ、サイだって知ってたものね。こんな事なら、シミュレーションやってるなんて言わなきゃ良かったわ」
「……」
オルフェはジッとフレイを見つめながら、口を開いた。
「それほどまでにコーディネーターが憎いか?」
「えぇ」
「私もコーディネーターだが?」
「でも、貴方はセナを守ってくれるじゃない。まぁ、セナが一人でモビルスーツに乗らない様に気を付けては欲しいけど」
「それは……そうだな」
「だから良いのよ。私が嫌いなのは、敵だけ」
「そうか」
怒りと憎しみを纏いながらどこかを睨みつけるフレイに、オルフェは短く答えるとこの場から去ろうとした。
フレイがどうなろうと興味が無いからだ。
そう。オルフェにとって、キラやセナとその他の人間の命は同価値ではない。
だから、戦場で彼女が死ぬとしてもそれはどうでも良い話なのだ。
しかし、それはフレイも同じであり、二人は奇妙な所で考えが一致しているのであった。
そして、歪ながら同じ気持ちを抱いて戦場を見つめる二人は廊下で別れたままそれぞれの道を行くのだった。