これから起こるであろう争いを前に、物資を補給する為ナタルと数人の下士官、それに明けの砂漠のサイーブとキサカ、それとキラやカガリはジープでバナディーヤに来ていた。
「しかし、私は反対だな。アル・ジャイリーと言ったか? そんな男にキラを合わせるのは」
「それは私も同じだ。しかし、向こうがキラさんの同席を希望しているのだ」
カガリの愚痴に、ナタルが同意するが、何を言おうとも、キラ自身が会うつもりなのだから、かわす言葉に意味はない。
そんな二人に、全身をすっぽり覆い隠すフード付きの外套を着たキラは反論する。
「別に会うだけなんだから。そんなに心配しなくても良いと思うけどね。こんな服まで着せて」
「わ! バカ! 外すんじゃない!」
「ご自身の知名度をお考え下さい! こんな所で外したら、暴動が起こりますよ!」
「……分かりましたよ」
キラは顔の近くにあるフードを掴んでさらに深くかぶる。
面倒だなぁ。なんて呟きながら。
そして、何も問題は起こらぬまま、一行はブローカーであるアル・ジャイリーのアジトへと向かい、そこで交渉を始めた。
「しかし驚きましたよ。貴方からご連絡があり、こちらへお出でになるとは」
「水を押さえて優雅な暮らしだな、ジャイリー。俺も出来れば貴様の顔など二度と見たくはなかったが、仕方がない。俺達の水瓶を枯れさせるわけにもいかん」
「お考えを変えられればよろしいものを……。大事なのは、神殿より命ですよ? サイーブ・アシュマン。水場も替わるものです。が、どこの水でも水は水だ。飲めればいい。それが命を繋ぐのです」
「そんな話を、今更貴様としようとは思わん。どうなんだ! こっちの要望を聞いてもらえるのか? もらえんのか?」
「それは無論、同胞は助け合うもの。協力させていただきますとも。しかし……その前に、まずはこちらの要望を叶えていただきたいですねぇ」
「チッ」
「おやおや。態度が悪い。その様な事では天使様に嫌われてしまいますよ」
嫌味な音を鳴らす敬語で話しながら強気な態度でまずは要望を叶えろと迫るアル・ジャイリーに、サイーブは舌打ちをしてから後ろに視線を向けた。
この二人は相変わらずだな、等と考えながらキラはフードを取って前に一歩出るのだった。
「お久しぶりです。アルさん」
「おぉー! キラ様! ご無事でしたか。地球軍とZAFTの争いに巻き込まれたと聞いた時は心を揉みました」
「それはご心配をおかけしました。アルさんもご無事で良かったです」
「いえいえ! 世の中やはりうまく立ち回る事が大切ですからね。キラ様も、あまり古き物にばかり囚われてはいけませんよ。バナディーヤはいつでも御身を迎える準備がありますから」
「あ、あはは」
「おい。ジャイリー。話は出来たんだ。さっさと物資の用意をしろ!」
「……まったく。貴方は本当にせっかちな人ですねぇ。サイーブ・アシュマン。私が姫君とお話をしていたというのに」
「お前の要求はキラと話す事だ。もう十分に話せただろう! さっさと準備をしろ」
「やれやれ。仕方ありませんね。ではファクトリーの方へご案内しましょう」
アル・ジャイリーはサイーブに急かされ、物資が貯蔵している場所へと移動していった。
そして、ここから長い交渉が始まるため、サイーブは気を利かせてキラとカガリを外へ送り出すのだった。
後の事はやっておくから、息抜きをして来いと。
その言葉に甘えてカガリはキラの手を取って、ナタルが止める前に屋敷の外へと飛び出して行った。
まぁ、ナタルとしても、北アフリカでのキラの扱いはよく知っていたし。
キラがかなり追い詰められているという話もムウから聞いていた為、表面上は止める様なフリをしつつも、素直に送り出した訳だが。
そんな事は知らないキラは、ナタルに怒られるのではないかとビクビク震えながら、カガリと共に街を散策していた。
カガリとしてはナタルの説教などよりも、キラと共に街を出歩く方が大事なので、特に気にした様子も見せない。
「良いじゃないか。たまにはお姉様とデートをしろ!」
「まったく。君は本当にいつも強引だね。そういう所も妹らしい所かもしれないけどさ」
「フフン。まぁ、今日ばかりはお前の戯言も聞き流してやろう! お姉様としてな!」
「全然聞き流して無いでしょ」
「良いじゃないか! 私の方がしっかり者だぞ!」
「……まったく。君は……しょうがないなぁ。じゃあ今日だけは甘えてあげるよ。お姉ちゃん」
「おぉー! 良いだろう良いだろう! カガリお姉様が全部買ってやるからな」
「散財は気を付けなよ。カガリ」
「お姉様! だ!」
「はいはい」
「しかし店を回る前に、まずは腹ごしらえだな!」
「この辺りだと……どこが良いかな」
「どこが、だって? 決まっているだろう」
「と、言うと?」
「ケバブだ!」
「あぁ、まぁ。そうだね。ケバブか。良いんじゃない?」
「よし決まりだな! 早速買いに行こう!」
騒がしくグイグイと引っ張るカガリに連れられて、キラはケバブ屋に行き、カガリと共にケバブを持って路上の飲食スペースへと向かった。
真っ白なテーブルと日よけの下で、キラは疲れを吐き出す様にはぁ、と大きく息を吐きながら椅子にもたれかかる。
「さて。キラ。ここで重大な決断だ」
「んー? 重大な決断?」
「そう。ケバブにはチリソースかヨーグルトソースか」
「あぁ。そういう……僕はどっちでもいいよ」
「そうか! ならチリソースにしよう。姉妹で仲良くな!」
「あーいや待ったぁ! ちょっと待ったぁ! ケバブにチリソースなんて何を言ってるんだ! このヨーグルトソースを掛けるのが常識だろうが」
「あん? なんだお前は!」
「っ!」
「いや、常識というよりも…もっとこう…んー…そう! ヨーグルトソースを掛けないなんて、この料理に対する冒涜だよ!」
「騒がしい奴だな。気にするなキラ。ケバブにはチリソース。これは世界のルールだぞ! ほら!」
「あぁー。あぁ、あぁ。なんて事を」
「うーまーいー!」
カガリは突如として現れたアロハシャツにサングラスをかけた謎の男にも動じず、自身のケバブにチリソースをたっぷりかけると、勢いよくほうばった。
そして、満面の笑みを男に向けた後、固まっているキラのケバブにもチリソースをかけようとする。
「ほら、お前も! ケバブにはチリソースが当たり前だ!」
「だぁ! 待ちたまえ! 彼女まで邪道に堕とす気か!?」
「何をするんだ! 引っ込んでろ!」
「君こそ何をする! ええい! この!」
そして、男とカガリの争いは、最悪の結果をキラのケバブにもたらした。
そう。チリソースとヨーグルトソースがたっぷりと掛けられてしまったのである。
悲劇か、喜劇か。
分からないが、キラはこの状況に深くため息を吐き、自然な仕草で謝罪しながら椅子に座った男を見据える。
「いやー悪かったねぇ」
「なに勝手に座ってるんだ! どっか行け! お前!」
「いやいや。せっかくのケバブを台無しにしてしまったからね。弁償するよ? 今度こそ、ヨーグルトソースでね」
「要らん! お前に弁償などされなくても」
「オーブのお姫様としてはケバブの一つや二つ。痛くないって感じかい?」
「っ!」
男が軽く笑いながら放った言葉に、カガリは目を見開いて、腰を浮かせた。
そして、驚くカガリをよそに、キラは落ち着いた目を男に向けながら柔らかく言葉を紡いだ。
「僕を殺しに来ましたか? アンドリュー・バルトフェルドさん」
「バルトフェルドって!」
「砂漠の虎って言った方が分かりやすいかな」
キラの言葉にバルトフェルドは帽子を押さえながら笑い、少ししてから落ち着いてサングラスを外した。
「覚えていてくれて嬉しいよ。キラ君」
「忘れる方が難しいと思いますけど」
「あぁ、そうかもしれないなぁ。何せ情熱的な出会いに、再会だ。確かに、忘れる方が難しい」
「っ! キラ、お前。虎とどういう関係なんだよ」
「どうって言われると困っちゃうんだけど。お知り合い……かな」
「あぁ、そうだな。僕と君はただの知り合いだ。それは間違いない」
「そして、今は敵同士という関係、ですよね?」
「あぁ。そうだな。君が地球軍のままで居るのであれば……そういう事になる」
ジッと狂暴な顔つきでキラを見据えるバルトフェルドに、カガリは焦った様な顔で言葉を向けた。
「ま、待て! キラは地球軍じゃない! オーブの!」
「だが、地球軍のモビルスーツを開発していた」
「それは……!」
「平和を訴えていた姫君が、まさか兵器を開発していたとは驚きだが……」
「理由があるんだ!」
「ほぅ。本当に理由があるのなら、聞いてみたい物だが……何かあるのかな」
ジッとキラを見据えながら放たれたバルトフェルドの言葉に、キラは小さくフッと笑って首を横に振った。
「理由なんかありませんよ。ただ、作れるから作った。それだけです」
キラの言葉に、バルトフェルドの視線が鋭くなる。
まるでキラの言葉の真意を探す様に。
「それで同胞たるコーディネーターがどれだけ死のうと、構わなかったのかね」
「……えぇ。その通りですよ。僕はそういう人間なんです」
ハッキリと告げた言葉に、バルトフェルドはジッとキラを睨みつけた後、はぁとため息を吐いて、柔らかい笑みをキラに向けた。
「君は嘘が下手だな」
「っ!」
「しかし、君の反応から。やはり地球軍やオーブに強要されたというのもまた誤情報か。本国も適当な事をいう物だ」
バルトフェルドはふむ、と言いながら顎に手を当てて少しばかり考える。
そして、静かな瞳でキラを見据えた。
「いつかと同じ質問をさせてくれ。『どうなったらこの戦争は終わると思う?』」
「……」
「戦争には制限時間も得点もない。スポーツの試合のようなねぇ。ならどうやって勝ち負けを決める? どこで終わりにすればいい?」
「プラントが攻めるのを止めれば良いだろう!」
バルトフェルドが真っすぐにキラを見ながら放った言葉に、カガリが応える。
だが、その答えは、バルトフェルドにとっても、キラにとっても正しい答えでは無かった。
「カガリ。彼らは核ミサイルでユニウスセブンを撃たれているんだ。家族や友達。多くの人の大切な人の命が奪われている」
「だが、こいつらは地上にニュートロンジャマーを落としたじゃないか! それでどれだけの人が死んだか、お前だって分かっているだろう! キラ!」
「うん。分かってるよ。でも、だからこそ。どちらかが引けば済む問題じゃ無くなってるんだよ。プラントも地球も。みんな大切な人を奪われている。勿論戦争が続けばその犠牲者はどこまでも増え続けて、憎しみは終わらない」
「あ……」
「だから僕は……二つの勢力の防衛力をひたすらに高めていけば良いと思いました。手を出せば損害が大きい。だから、手を出すのを止めよう、と」
「なるほど……それでフェイズシフト装甲の機体を開発したのか。プラントがフェイズシフトに対する対策を見つけるまで戦闘を止め、その間にラクス嬢と協力してプラント内部の過激派を抑える……後は緩やかに停戦から終戦。かね?」
「そのつもりでした」
「だが、Gは奪取された。これではもうその策は使えんな」
「そうですね……なので、次の機体を考える必要がありそうです」
困ったような笑みを浮かべるキラに、バルトフェルドは難しい顔をしながら目を伏せた。
彼自身まだ迷っているのだ。
答えの見えない暗闇の中で……この終わりが見えない戦争の中で。
「君の事情はよく分かった。だが、私と君は敵同士だ。君にどの様な事情があろうとも、君たちを見逃す事は出来ない」
「分かっています。でも、それでも……僕は、最後まで諦めませんよ」
「そうか……話せて楽しかったよ。キラ君。それにキラ君のお友達。では次は戦場で会おう」
「はい……!」
バルトフェルドは微かな笑みを落として、椅子から立ち上がり去って行った。
その背中を追いながら、キラは深くため息を吐くのだった。