昼は燃える様な熱を生み出していた砂漠も、夜となれば静かになり、ただ砂の流れる様な音だけが世界に響いている。
そんな世界で、一台のジープが夜の砂漠を走っていた。
運転しているのは金髪の男、ムウ・ラ・フラガ。
そして後部座席に乗っているのはセナとキラ。
助手席に乗っているのはカガリであった。
「しかし、いきなり夜にドライブとはな! 良いのか? 連合軍はそんなんで」
「あー? 問題ねぇよ。夜間哨戒って奴だからな!」
「いい加減な組織なんだな。連合軍って奴は」
「ハッハッハ! それを言われると痛いな!」
なんて、軽快な会話を繰り広げながらも、ジープはひたすらに目的もなく夜の世界を走っていた。
空には満天の星空が輝いていて。
灯り一つない暗闇の世界だと言うのに、星明りと月明りだけでも十分に明るいのであった。
「おい! そこを曲がれ」
「お? なにかあるのか?」
「小さいがオアシスがある。休むのならそこが良いだろう。滅多に人は来ないし。キラ達が居ても騒がれる事は無いだろう」
「良い情報をありがとよ! 嬢ちゃん!」
「嬢ちゃんじゃない! 私はカガリだ!」
「はいはい。カガリの嬢ちゃんだな」
「嬢ちゃんは余計だ!!」
カガリは助手席から噛みつく様な勢いでムウに叫び、ムウは笑いながらもカガリの指示に従ってオアシスへと向かうのだった。
そして、しばらくジープを走らせてから、オアシスに到着した一行は、オアシスの近くで寝転んだり、オアシスで水浴びしたりと十分に楽しんでいるのだった。
そんな子供らしいキラ達の姿を遠くから眺めながら、ムウは持ってきた仕事をジープの中で行う。
「んー」
「あれ。お仕事ですか? ムウさん」
「そ。今日の夜間哨戒の報告書書かねぇと。バジルール中尉に怒鳴られるんだ」
「怖いですもんねー。ナタルさん。僕も手伝いましょうか?」
「いらんいらん。子供は水浴びして遊んでな」
「ぶー。子供扱いして……」
「実際に子供だろうよ。お前さん達は」
ハハハと笑いながら、水着のキラを横目で見やる。
月の女神と称されるだけの事はあり、夜の世界に似合う美しい姿をしていたが、子供である。
艦長の様な女性が好みであるムウには何ら響く物は無かった。
「なんか悔しいなぁー」
「はいはい。俺を落としたかったら十年後にしな。嬢ちゃん」
「僕、これでも美人だー! ってよく言われるんですけどね」
「美人~? わはは。そりゃ無理があるぜ」
「むー!」
「何だなんだ。キラがまだまだ子供だって話か? 当然だ! 私の妹だからな!」
「いや、意味が分からないんだけど」
キラがジープのドアに寄り掛かりながらムウと話していると、どこから聞きつけたのか、カガリが近づいてきて自信満々に言い放つ。
が、キラはそんないつも通りのカガリに呆れた様な目を向けるだけだった。
「残念だが、私の方がキラよりも大人だからな。仕方のない事だ」
「仮に。仮にだけど、カガリがお姉ちゃんだったとしても、一歳も年は離れてないでしょうが! 同じ年齢だよ。同じ!」
「しかし、見た目には随分と差が出ている様だな? 私の方が身長が大きい」
「それを言うなら僕の方が胸大きいけど」
「胸がなんだ! お前が体を動かして無いから脂肪がたまっているだけだろうが!」
「わっ! ちょっと! 胸掴まないでよ! 痛いでしょ!」
「鍛えていれば、なんて事は無い!」
「まったくもう。脳筋なんだから……!」
ムウが報告書を書いているジープの横で、キラとカガリは互いにギギギと睨み合う。
本気で喧嘩をしている訳ではないが、二人にとってのコミュニケーションは昔からコレであった。
どっちが背が高い。
どっちが可愛い。
どっちが綺麗な花を見つけた。
どっちが……。
どっちが……。
コーディネーターとナチュラルという種族の差から生まれてしまう差は意図的に避けて。
二人はちゃんと二人が争えるものでずっと争ってきた。
どっちが勝っても負けても次も変わらず。
そして、いつの頃からか、その争いはどちらがより姉らしいか。というモノに移って行き、現在に繋がってるのである。
「ムウさん! 僕の方がお姉さんらしいですよね!?」
「私だよな!?」
「どっちでも良いよ……」
「良くないですよ!」
「そうだぞ! 重大な問題なんだ!」
「そうです! ハッキリとカガリに言ってやってください!」
「キラに現実を教えてやってくれ!」
双子に責められ、しょうがねぇなぁ。とムウは報告書を書いていたPCを助手席に置き、二人を見やった。
何度でも言うが、ムウにとってキラもカガリも子供である。
多少発達が良かろうが、子供は子供。
確かに十年後であれば楽しみと言えなくもないが、それは今ムウがその辺りの年齢だから。というだけの話である。
十年も経てばムウの好みはまた変わるだろうし。
その時に二人を見ても、まぁ子供だなとしか思わないかもしれない。
が、そんな答えで二人が満足するワケが無いし。
ムウはどうにか二人が満足する答えは無いだろうかと周囲に目線を走らせた。
とは言っても、ここに居るのは争いを好まないセナくらいなもので。
セナはぷかぷかと浮き輪に捕まりながらオアシスで浮いている。
こちらにはあまり興味が無さそうである。
そこまで確認し、ムウは覚悟を決めた。
この意味のない争いに決着を付けようと。
そして、ジッと二人の体を見つめた。
もはや何度目になるか分からないが、ムウにとって二人はただの子供である。
何をどう見ようがこの事実は変わらない。
だから、一応それらしい部分をジッと見据えた。
ムウなりに、真面目に答えを出そうと考え、悩み、二人が納得する答えを見つける為に、だ。
しかし、おそれくはそれが良くなかった。
何故なら、こんなやり取りをしているが、二人は幼少の頃からオーブ連合首長国の姫として育てられた女の子である。
蝶よ花よと可愛がられ、不埒な気持ちで近づこうとする男は、屈強なオーブ軍人が排除してきた箱入りのお姫様だ。
多少外国に行って暴れていようが、その土地でもお人形の様に大事にされてきた女の子達である。
そんな二人が、今、ジロジロと何の遠慮も無い不躾な視線に晒されていた。
いやらしく、肌の上を滑り、胸や臀部と言った場所で注視する様に止まり、撫でまわす様に視線が動く。
そんなおぞましい視線に、まずカガリが耐えられなくなった。
「私の妹を! いやらしい目で見るな!」
「いでっ!」
カガリが叫びながらムウの頬を叩いたことで、キラはビクッとなりながら視線から解放され、胸を両手で隠しながらムウから離れる。
それは本能から来る動きであった。
「いきなり何すんだ!」
「あ、アンタが……変な目でキラを見てたから!」
「別に変な目でなんか見てねぇよ。どっちが大人かって聞かれたから、見てただけだってんのに」
「あ、えと、そうですよね。ごめんなさい。……フラガさん」
「待て。キラ。その反応の方がよっぽど傷つくから。ワザとじゃないなら止めてくれ」
「え?」
「無自覚か……いや、無自覚だろうな」
ムウははぁとため息を吐きながら、椅子にもたれかかって空を見上げた。
将来は好きな女と結婚して、子供が欲しいと思った事もあるが、子供の扱いに自信が無くなってきていた。
いや、キラとカガリが特別面倒という話でもあるのだが……。
それを今のムウに分かれ、というのも、また難しい話であった。
そんなワケで、ムウは思春期の難しい少女達に降参と両手を上げ、あまりお兄さんを虐めてくれるなと言ったのだった。
それから何事も無かったかの様にカガリもキラも先ほどの話を流し。
ムウは何だったんだと思いながらも、落ち着いたのなら良いかと再び報告書の作成に動いていた。
しかし、そんな平穏な時間の外で、一人の少女が誰にも知られる事なくオアシスを離れていた。
近くにいる男の気配を感じて……テクテクと砂漠を歩きながら、彼のいる場所へと向かう。
「アスランお兄ちゃん」
「っ!? セナか!?」
「はい」
思い悩む事、考える事が多くあり、押しつぶされそうになっていたアスランは、二コルの助言で夜の砂漠で一人夜空を見上げながら考え事をしていたのだ。
そんな所に『偶然』セナがやってきた。
アスランは驚きながらも、寝かせていた体を起き上がらせて砂漠の砂を滑りながら降りて来るセナを見つめた。
酷く懐かしい再会だ。
しかも、ここは戦場じゃない。
キラとは違い、セナは未だ穏やかな世界に居るのだ。
その事実が、苦しい想いをしながら戦っているアスランの心を少しだけ癒した。
「セナは、北アフリカに居たのか。大丈夫か? 危ない事はないか?」
「はい。多くの人に守られているので、危ない事は何も無いです」
「そうか……それは良かった」
アスランは深い喜びを感じながらセナを抱きしめる。
そんなアスランを優しい目で見つめながらセナは続いて口を開いた。
「実は、アスランお兄ちゃんに一つお願い事をしに来たんです」
「お願いごと?」
「はい。オーブのヘリオポリスというコロニーを知っていますか?」
「っ!」
アスランは突如として飛び出してきた、セナに最も知られたくない名前に体を一瞬震えさせた。
しかし、冷静さを保ち、セナに向かって、あぁ、と頷く。
「実はですね。そのコロニーで、オーブが連合に協力してモビルスーツを製造していたらしいのです」
「そう、なのか」
「はい。オーブとしては中立なので、その様な事は困ってしまうのですが……何よりも困っているのは、『ストライクセイバー』という機体なんです」
「……ストライク、セイバー」
「機体の名前ですね。どうやらその機体には、戦闘データを蓄積する機能が搭載されているという話なのです。このデータが地球軍の本部に渡ったら世界の戦争はさらに酷い事になります……なので」
「分かった。その機体。必ず俺が破壊する」
「あ、いえ。地球軍の方は今砂漠に来ているという話を聞いたので、私が破壊しようかと……」
「駄目だ!! そんな危険な事は!」
「っ!」
「あ、いや……すまない。地球軍はコーディネーターを差別していると聞く。近づいたらどんな目に遭うか分からない。近づくのは止めるんだ」
「でも……お姉ちゃんもヘリオポリスに行った時から連絡が取れなくて……私がオーブの姫としてやらないと。アスランお兄ちゃんには、私が失敗した時のお願いを……」
「良い。大丈夫だから。俺がやる。セナは何も心配しなくて良い。だから地球軍には近づくな。オーブに帰るんだ。頼む」
必死に、訴えるアスランにセナはふわりと笑って、頷いた。
「分かりました。では……お願いします。おそらくこの位置なら、地球軍の艦は紅海を抜けてオーブへ近づくはずです。その際に、もしアスランお兄ちゃんの方で難しかったらオーブ軍で沈めます。これで良いでしょうか?」
「あぁ。そうしてくれると助かる」
「あ、でも! もしかしたら地球軍の艦には、ヘリオポリスからの避難民が乗っているかもしれないので、出来れば艦は沈めないで貰えると嬉しいです。避難民が地球軍の艦に保護されたという話を別の避難民の方から聞きまして」
「な! る、ほど……そうか。分かった。じゃあ、俺たちはあくまで撃破はせず、不時着をさせて、制圧するよ」
「はい。難しいお願いになってしまいますが、お願いしたいです」
「あぁ。任せてくれ。俺はセナのお兄ちゃんだからな」
アスランはセナに微笑みかけて、セナと指を絡めて約束をする。
キラが昔教えてくれた方法で。
「では、お願いします。アスランお兄ちゃん」
「任せてくれ」
そして、セナはオーブの人たちが居るところに帰ると言って、アスランから離れていった。
アスランはZAFTの軍人である為、セナを見送る事しか出来ず、歯がゆい思いをするが、新しい、目標が出来たと拳を握りしめる。
迷いはもう……消えていた。
そんなアスランを離れた少し高い砂の上から見ていたセナは視線を空に向けて微笑んだ。
全ての準備は終わったと。
後は、全てが終わる場所で、ストライクセイバーをアスランが討てば全てが終わる。
アスランは責任感のある人間だ。平和を作る為だったという事を知れば、キラと共に平和を目指してくれるだろう。
と、これからアスランを傷つけてしまうという事実から目を逸らし、セナはただ目的の為に突き進むのだった。
誰にも、その目的を悟られる事のないままに。