それは……おそらくは少女にとって何一つ理解出来ない状況であった。
ミリアリアという少女の前で、鳴り響く音と示される『シグナルロスト』の言葉。
「え? キラ? キラ! 返事をして! キラ!」
「何があった!」
「キラ! セナちゃん! キラ!」
「なんだ! この状況で!」
ナタルは自席から離れ、すぐ近くに居るミリアリアの見るモニターへと視線を落とし、言葉を失った。
『シグナルロスト』
それは……軍にとって、戦場という場所をよく知る彼女にとって、よく知る物であった。
「艦長! バスターよりパイロットが出てきました! 投降する様です!」
「分かったわ! バスターとパイロットの回収急いで! 少佐! スカイグラスパーは!?」
『1号機と3号機は駄目だ! 2号機は破損個所の修理中だがすぐには出られん!』
「急がせて下さい! まだイージスとデュエルが残ってるわ! ストライクとセイバーはどうなってるの!? 先ほどの爆発も気になるわ。とにかくアークエンジェルをすぐに動かして……!」
「……まさか」
ナタルは軍人となって初めて自らの感情が制御できない感覚を味わっていた。
ここまで、今日という日まで、たった数分前までそこにあった輝く様な存在が消えている。
その事実が理解出来ず、上手く考えを導く事が出来ず、思考が頭の中で回り続けて……。
「バジルール中尉!!」
「っ! も、申し訳ございません!」
マリューの怒声にナタルは自分を取り戻して、右手を強く握り締め、深く息を吐いてから、マリューに向かって叫んだ。
自らの感情を押し殺し、ただただ軍人として為すべきことを為す。
「艦長。ストライク、セイバー共に、シグナルロストです」
「は? え? いや……。え?」
マリューはナタルの言った言葉が理解出来ず、ただ意味のない言葉を漏らすばかりであった。
しかし、ナタルの言葉はブリッジの中で響き、皆の顔が驚愕に染まる。
「しかし、機体は失ってもキラ様とセナ様が生きている可能性はあります! すぐにでも救援を! フラガ少佐! スカイグラスパーは!?」
『駄目だ! まだ出られん! 外に出るか!?』
「いえ……! ストライクとセイバーの交戦場所は遠い。エンジンはどうか! マードック軍曹!」
『そう酷くはねぇです。ホースブランケットの応急処置さえ終わりゃぁ飛べまさぁ!』
「なら……アークエンジェルで」
「6時の方向! レーダーに機影!」
「「っ!?」」
「ディンです! 会敵予測、15分後!」
「くっ! この状況で!」
「げ、迎撃準備!」
「無茶です! 現在半数以上の火器が使用不能です! これではディン3機相手に10分と保ちません!」
「なら……! でも!」
「艦長! アラスカへ! 急ぎアラスカへ向かいましょう! そして救援を! お二人の為なら部隊を出して貰えます!!」
「で、でも……」
「このままでは全滅です! 艦長! 我々は、このまま沈められるワケにはいかない!! そうでしょう!?」
「……!」
「ディン接近! 会敵まで11分!」
「っ! パワー、戻ります!」
迷い、悩むマリューの前で操舵を担当していたノイマンの言葉が静かに響く。
それは、すぐにでもアークエンジェルが動けるという合図だった。
「離床する……! 推力最大!」
「見捨てるんですか!? キラとセナちゃんを!」
怒りに染まった顔で、副総舵手を担当していたトールが振り返り、マリューとナタルを睨みつける。
だが、マリューは唇を噛みしめたまま前をジッと見つめていた。
軍人として、ここに座っているマリューにはアークエンジェルに乗艦する全ての人間を守る義務がある。
どれほどの事態であろうと、アークエンジェルを見捨てる事は出来ないのだ。
例え、キラとセナを置き去りにしなくてはいけないのだとしても。
キラとセナならそう選択するだろう事も、彼女の背を押していた。
「っ!」
「カズイ!? どこに行くんだ! 待てよ!」
「セイバーとストライクの最後の確認地点は?」
「7時方向の、小島です」
「艦長!」
「分かってるわ。私たちは全速でアラスカへ……でも、助かる手は多い方が良い。島の位置と救援要請信号をオーブに」
「オーブ? かの国に頼るおつもりですか!? かの国は信用できない! 今回の襲撃だって!」
「責任は私が取ります! 少なくともウズミ様は、愛娘を犠牲にするような作戦はしない! 私はそう信じているわ!」
「っ!」
「機関最大! この空域からの離脱を…最優先とする! アラスカへ向かいます! アラスカへの打電も続けて!」
マリューは今にも艦長席から飛び出してゆきたい気持ちを必死に抑え込んで、椅子を握りしめながら遠くを睨みつける。
まだ見えていないアラスカへ。
早く、早くと心の中で祈る様に叫びながら、ただアラスカをジッと見つめるのだった。
ブリッジでアラスカへ向かう事が決まった頃、格納庫ではキラとセナの信号が消えたという話を聞いて、フレイが暴れていた。
「離しなさいよ! あの子の所へ! あの子達の所へ行くのよ!!」
「落ち着け! 今、動かせる機体は無いんだ! それに艦長からアラスカへ行くと連絡があっただろう! アラスカから捜索隊を出すんだ」
「そんなの! 待てるワケないじゃない! 今も、傷ついて助けを待ってるかもしれないのよ! なのに! なんで!」
フレイは涙を流しながら必死に叫ぶが、軍人として鍛えられているムウから逃れる事は出来ず、ただ暴れる事しか出来ないのだった。
しかし、そんな風に荒れた格納庫に別の嵐が飛び込んできてしまう。
「お、おい! 坊主! 止めろ! 勝手に乗るんじゃねぇ!」
ブリッジを飛び出したカズイが、近くにあった修理中のスカイグラスパーに乗り込もうとしていたのだ。
整備員の一人がそれを見つけて無理矢理引きずり落とした。
「ったく! 次から次へと! 坊主! どういうつもりだ!」
ムウはフレイを押さえ込んだままカズイの元へ向かい、止められてもスカイグラスパーへ乗ろうとしているカズイへと問いかける。
だが、カズイはムウの事など見えていないかの様にただスカイグラスパーへと手を伸ばしていた。
そんな光景を、カズイの後を追ってきたトールも発見し、言葉を飲み込む。
「カズイ! 何やってんだよ!」
そして、カズイを羽交い締めにしながらスカイグラスパーから引き離して、問いかけるのだった。
「……んだ」
「え?」
「俺が、頼まれたんだ……! セナちゃんが、俺に頼みたいって……言ってたんだ!! 俺にしか……任せられないって……言ってたんだよ……! キラを助けて欲しい、って」
ボロボロと泣きながら、訴えるカズイに、トールは何も言えぬままカズイの拘束を解いた。
しかし、カズイはそのままどうにも出来ぬ状況にただ、涙を流す事しか出来ないのだった。
そして、そんな二人を見て、フレイも体の力を抜き床に座り込んでポロポロと涙を床に落とした。
「うそよ……こんなの。だって、なんで、あの子達が殺されなきゃいけないのよ」
泣き崩れる事しか出来ない子供達を見て、慰める事も、かける言葉もなく、ムウは自らの不甲斐なさに強い怒りを感じて、ただ歯を食いしばるのだった。
血がしたたり落ちるほどに強く右手を握りしめて。
一方。
セナとアークエンジェルから救援要請信号を受け取っていたオーブでは、カガリが立場を利用して軍を動かし、艦隊を届いた信号の場所へと向かわせるべく動いていた。
しかし、それでは待てぬとモルゲンレーテでロンド・ギナ・サハクが自らの愛機を動かすべく叫んでいた。
「急げ! 我が出る!」
「無茶です! サハク様! この様な悪天候で海へ出るなど!」
「アストレイならば可能だ! この機体は! 我らの叡智を結集し作り上げた最高傑作だ!! 嵐になど負けるものか!」
「しかし……!」
「貴様は!! 自国の姫が! 行方不明になっている状況で!!」
「キラ様とセナ様ならば! ご自身がどの様な状況であっても! ここでサハク様をお止めします!」
「……っ! 知った様な口を!」
何としてもギナを止めようと言葉を尽くすエリカに、ギナは怒りのままにエリカを殴りつけようとした。
しかし、その拳を横から飛び込んできた少年が受け止める。
「ギナさん! それくらいにして下さいよ! エリカさんは間違った事を言ってません!」
「何ィ!?」
「こんな天気じゃ! 飛べないゴールドフレームじゃあ無茶ですよ!」
「貴様!」
「だからー! レイ!」
「あぁ。セッティングは全て完了した。すぐにでも飛べるぞ!」
「あなた達! 何をするつもりなの!?」
いたずら好きの子供の様に、シンはニカッと笑うとつい先日完成したばかりの試作機を指さした。
そして、その試作機の前に居るレイと視線を合わせながら笑う。
「俺とレイがムラサメで飛びます。ギナさんはその上に乗ってください。これで最速でセナとキラさんが居なくなった場所に行けるはずです!」
「……お前たち」
「無茶よ。嵐が来てるって事は、海中だけじゃなくて海上だって当然危ないのよ?」
「無茶なのは分かってます! でもカガリさんが島まで軍艦出してるんでしょ? なら、行くことだけ出来れば、後は回収して貰えますから! だから! お願いします! 俺も、キラさん達を助けに行きたいんです!」
「俺からもお願いします。エリカさん」
シンとレイに頭を下げられたエリカは、深い深いため息を吐いてからギナへと視線を向ける。
「サハク様。二人はオーブの未来です」
「分かっている。必ずや連れて戻る。小娘共と共にな」
ギナはそう言い放ち、シン達に声をかける。
「シン。レイ。すぐに出るぞ! 準備をしろ!」
「はい! もう出来てます!」
そして、雷鳴が鳴り響く中、ほぼ同じ速度で飛行するムラサメと、その上部に乗ったゴールドフレーム天はセナの救援信号が届いてから二時間足らずで現場へと向かう事に成功するのだった。
しかし、既にその場所での戦闘は終わっており……残されているのは痛ましい戦闘の跡と、破壊された機体の残骸だけであった。
「これは……」
ギナは現場の惨状に言葉を落としながら、豪雨の中でキラとセナを探す。
「ギナさん! あれ!」
そして、降りしきる強い雨の中、ギナとシン、レイの三人はソレを見つけてしまう。
削り取られた岩肌に僅かに機体を預けながら力なく倒れているストライクを……そしてその周囲に転がっていたモビルスーツの破片を。
「……これの破片は。イージスか? キラが破壊したのか? いや、この状態は」
ギナはその優秀な頭脳で現場の状況から、この場所で何があったのかを頭の中で組み立ててゆく。
それが最悪の未来に結びつくと知りながらも、理解しながらも、キラを探す為には思考を止める事は出来なかった。
しかし、思考を続けるギナを放置して、シンは倒れているストライクの開いているコックピットへと向かって走った。
「っ! キラさん!」
「……! 小僧!」
最悪の想像にたどり着いていたギナはコックピットの中を覗こうとするシンを止めようとした。
しかし、シンは戸惑った様に周囲を見渡して叫ぶばかりであった。
何があったのかとギナがコックピットの中を覗くが、そこには誰もおらず、ただ爆発の影響か焼け焦げたコックピットがあるばかりだった。
殆どの機能は死んでいる様だったが、一部動いている機能があるらしくチカチカと光を放っている。
「これは?」
「レイ。解析を頼めるか?」
「はい」
ギナの命令でレイはストライクのコックピットに入り、持ってきたパソコンとシステムを繋げて、システムの中に残されたメッセージを拾いだす。
「これは、ビデオメッセージの様ですね」
「何かヒントがあるかもしれん。再生しろ」
「はい」
そして、レイはギナに命じられるままビデオメッセージを再生し、シンとギナもそのメッセージを見るのだった。
キラが遺した最後のメッセージを。
『アスラン……君は生きて』
『核ミサイルの事……ごめん。本当に、こんな言葉に意味なんか無いかもしれないけど』
『でも、僕らの事は許せなかったかもしれないけど……地球には優しい人が……沢山居るんだ』
『だから……君にはラクスと一緒に平和を作って……欲しい』
『……ごめん。ラクス。後は、お願い。僕はもう……疲れちゃったよ』
それは何も知らぬ物からすれば意味不明なメッセージであったが……シンにはこの言葉の意味が即座に理解出来た。
オーブで、出会った奴ら。
おそらくはZAFTの軍人で! キラが友達だと言っていた奴だ!
藍色の髪の! いけ好かない男!
そして……! そして、おそらくは、キラを傷つけたのは……あの男だ!
シンは沸き上がる感情のままに走り、周囲を駆け回ってキラを探す。
認められなかった。
あの優しい姉の様な少女が、こんな、こんな形で奪われてしまうなんて。
だから、必死に捜索範囲を広げて、走り回って……遂にそれを見つけた。
大型のモビルスーツの一部と、その近くで倒れている少年を。
近くに落ちていたヘルメットから、ソレがZAFTの軍人である事が分かり。
近くに行って、顔を見れば嫌でも思い出した。
あの時。
キラと一緒に居た時に会った男であると……!
「アスラン……!」
敬愛する姫様を、殺した男であると――!
ただ地面に転がる男を睨みつけ、シンは豪雨に撃たれながら、隠し持っていた懐のナイフに……手を伸ばすのだった。