長き旅の果てに、アークエンジェルはアラスカへと到着した。
そして、キラとセナを救出する為に、マリュー達は急ぎ簡易的な報告を行い、アラスカへの救援要請をするのだった。
しかし、アークエンジェルの情報はアラスカ……どころか地球軍全体に衝撃を起こし、その驚愕の報告は様々な場所に瞬く間に広がっていった。
『アズラエル様!』
「そんなに慌ててどうしたんだい? サザーランド大佐。何か大きな動きがあったとは聞かないけど」
『申し訳ございません!』
「いや、良いさ。それほどの事態が起きているのだろう? 話を聞こうか」
『はい。アズラエル様。どうか落ち着いてお聞きください』
「僕は落ち着いているよ。最近は地球も静かだしね」
アズラエルは通信から聞こえてくる地球連合軍最高司令部統合作戦室所属、ウィリアム・サザーランド大佐の焦った様な声を聞きながら自室で紅茶を飲んでいた。
しかし、その冷静な表情はサザーランドからの報告ですぐに凍り付くことになる。
『少し前、アラスカにアークエンジェルが到着しました』
「ほぅ。無事にアラスカまで来たか。中々やるじゃないか。思っていたよりも優秀な艦だったという所かな? もしくはモビルスーツが優秀だったか」
『戦闘データは現在解析中なので、性能については後程報告させていただきます』
「うん。期待しているよ」
『それで、ヘリオポリスをアークエンジェルと共に脱出したモビルスーツが2機ありまして、ストライクと、ストライクセイバー……そのパイロットが……!』
「あぁ、確か。何とかという男が適当なコーディネーターを乗せると言ってたな。そいつらの処遇に困っているという所かな。まぁ、事故は起こる物だし……」
『違うのです! パイロットはキラ様と、セナ様でありました……!』
「っ! それは……確かに、驚くような報告だね。大佐。いや、まさかあの二人がパイロットをやっていたとは……だいぶ話とは違うが。そうか。なるほど」
『……』
「しかし、まぁ逆に好都合だったかもしれないな。アラスカに居るのなら、そのまま理由を付けてこちら側に引き込もう。オーブの裏切りもそれとなく教えれば良い。うん」
『アズラエル様』
「うん?」
『ストライク及び、ストライクセイバーは……オーブ沿岸の小島で……ZAFTとの戦闘により、信号消失。パイロットはMIAとなりました』
「……は?」
アズラエルはサザーランドの報告に持っていたティーカップを落とした。
床に叩きつけられ、中身が飛び散るが、アズラエルは足元を見る余裕もなく通信の向こうにいるサザーランドを見やる。
「きゅ、救助隊は……」
『既に派遣しております。ただ、オーブの艦隊と少々の諍いがありまして、詳細な調査結果はまだ出ていないのですが、ストライクは原型が残っている物の、コックピットは……爆発の影響で修復すら出来ない状況。ストライクセイバーは部品すら残っていない状況でした』
「……ばか、な」
アズラエルは目を見開きながら、しかし見えない現実に震える右手で頭を抱えた。
あの二人に出会う前のアズラエルならば、何も感じなかっただろう。
たかがコーディネーターの小娘が2人死んだだけだ。
なんて事は無い。
むしろ駆逐したいと願っていたコーディネーターが消えて喜ぶ気持ちが強かったかもしれない。
これで理想の世界に近づいたと、祝う様な気持ちになっていただろう。
しかし。
ずっとそうであったのに。
今のアズラエルの胸の内にあるのは、激しい怒りだった。
今まで以上に燃え上がる、全てを焼き尽くしたいと願う……強い憎しみ。
「……ニュートロン・ジャマー・キャンセラーだ」
『……』
「サザーランド大佐。ニュートロン・ジャマー・キャンセラーの解析を始めるんだ……!」
『よろしいのですか?』
「当然だ! 連中は平和など求めていない野蛮な種族だとよく分かった!! 絶滅させてやる……! あの宇宙にある砂時計を! 全て叩き落とすんだ!!」
『ハッ!』
そして、アズラエルはサザーランドへと指示を出してから、大西洋連邦の大統領に繋ぎ、キラとセナについて全世界に報道させるのだった。
『皆さん。本日、私は……皆さんに非常に悲しい知らせをしなくてはいけません』
『プラントの身勝手な願いで始まった戦争。我らは自らの生きる場所を守るために抵抗を続けていました』
『そして、そんな我らを救う為、コーディネーターでありながら地球の為に、平和の為にと活動されていたキラ様とセナ様が……彼女たちの同胞であったコーディネーターに襲われました』
『事件から、お二人の捜索を連合軍が行っておりますが……その生存は絶望的と言われております』
『何故。どうして!』
『私たちはただ平和を願っていただけなのに! キラ様、セナ様と共に和平の道を探していたというのに!! 彼女たちが一体何をしたというのでしょう!』
『弱き者の為。平和の為に、戦い続けていた彼女たちに、どうしてこの様な非道が出来るのでしょう』
『私には分かりません。ですが! 私はキラ様の願いを、セナ様の祈りを受け継ぎたい!』
『平和の為に、戦いたい!』
『私たちの平和を守るために! ただ平和を願っていたお二人の祈りを無駄にしない為に!!』
『争いを生み出す源を!! 共に討とうではありませんか!!』
この衝撃的なニュースは全世界で流れ、世界中の人が涙を流し、キラとセナが死んだという事実に心を痛めた。
そして、捻じ曲げられた彼女たちの願いを胸に。
武器を手に、立ち上がろうとしていた。
オーブを除く地球上の全国家が一つとなり、宇宙に浮かぶプラントへと怒りを宿した瞳を向けるのだった。
地球がその様な混乱に包まれている頃。
プラントでは未だ穏やかな時間が流れていた。
地上で流れている愚かなナチュラル共のニュースなど、ここに居る者達は知らず、情報統制された世界で今日も生きている。
何も変わらぬ日常。
平和を願う歌姫が歌声を歌い、世界は戦争状態であるが、あくまでそれはプラントの外で行われている事であった。
そんな中、プラントの者には内密で、ある一人の少女がプラントにある元最高評議会議長であるシーゲル・クラインの家に運び込まれていた。
多くの医療設備と共に、クライン派以外には知られぬ様にと完全に管理された箱庭に連れてこられた少女の名は『セナ・ユラ・アスハ』
地上では生存が絶望的だと言われている行方不明の少女であった。
彼女を見つけ出したのは、偶然地上に降りていたという『ギルバート・デュランダル』という男であった。
彼がセナを発見したお陰で、クライン派は他の勢力を出し抜いて、彼女を確保する事が出来たのである。
そして数刻前、彼女は長い眠りから目を覚まし、久しく友であるラクス・クラインと話をしていた。
「驕りがあったのだと……思います」
「驕り、ですか?」
「はい。世界中の人が、痛みを知れば……きっと相手の痛みに気付けると、思ったんです」
「……」
「ですが、私の命は……そこまで大きな存在では無かった、様ですね」
ラクスは目尻から涙を一筋流す少女を見ながら、小さく息を吐いた。
セナからおおよその事情は聞いたが、どうやらセナは大きな勘違いをしている様であると。
「セナさんの問題は、自己評価が低すぎる事ですね」
「……低い?」
「はい。世界の方々は確かにセナさんとキラが傷つけられて、痛みを知りましたわ。ですが、その痛みが強すぎたのです。自分では抱えきれない程に」
「……」
「だから、その痛みをどうする事も出来ず、憎しみとして誰かに向ける事しか出来なかったのでしょう」
ボロボロの体で、全身に包帯を巻かれながら、ギリギリの所で生きている様な少女に事実を突きつけるのは申し訳なさを感じるが、それでもラクスは突きつけなくてはいけなかった。
そうしなければ、きっとこの少女はまた同じ過ちを繰り返してしまうだろうから。
「私は、どうすれば……良かったのでしょうか」
セナは答えを求める様にラクスを見つめた。
道に迷った子供が、助けを求める様な瞳に、ラクスは慈愛に満ちた瞳をセナに向けた。
「
「ことば……でも」
「分かります。どれほど言葉を尽くしても、
「……」
「ですが、それでも
ラクスの言葉にセナは瞳を閉じながら、思考している様だった。
しかし、答えは出せず、深い思考の海を漂い続ける。
そんなセナをラクスは静かな目で見つめていたのだが……来客としてある男が入って来た事で空気が変わってしまう。
「お話中、失礼するよ」
「あら。デュランダル様。お早いお着きでしたのね。こちらまでわざわざ来ていただけるとは」
「これは申し訳ない。クライン元議長がこちらにと通してくれた物でね」
ラクスの嫌味をさらりと流してセナへと目線を落とすデュランダルを、ラクスはニコニコと微笑みを浮かべたまま心の中で疑いの目を向ける。
前の世界で、いくつもの争いを起こした男が、いったい弱り切った少女に何の用なのか。
まだこの時代には表舞台に立っていなかったハズだが、何故地球に居たのか。そしてセナたちの戦いの場にいたのか。
何もラクスは分かっていないのだ。
「どうやら、少しはよくなったようだね」
「……あなたは、デュランダルさん、でしょうか?」
「あぁ。そうだよ」
「危ない所を助けていただき……ありがとうございます」
「いや。私は託されただけさ。君を助けたのは別の人間だよ。まぁ、彼女は君とは会えないらしく、すぐ消えてしまったからね。私はただ、ここまで連れて来ただけだよ」
「ですが……それでも、プラントまで連れてきて、頂きましたから」
「それも、プラントの為さ……。いや、世界の為と言っても良いかもしれないね」
「世界の、ため?」
「あぁ。我々クライン派は世界を平和にする為の手段を作り出した」
デュランダルの言葉に、セナは大きく目を開いた。
そして、その手段は何かと言葉にせずデュランダルに問う。
デュランダルはそんなセナに笑みを浮かべると、『その機体』の名前を口にした。
「『ホープ』」
「……ホープ」
「希望という名を託された、その機体は一切の武装を持たない。が、どこまでも声を届ける事が出来る機体だと聞いている。今の君が何よりも望む機体では無いかな」
「ホープ。希望の……機体」
デュランダルの言葉を繰り返し呟いて、セナは静かに目を閉じながらその機体を想うのであった。