月面都市コペルニクスにある幼年学校にて一つの小さな大事件が起こった。
「皆さん。はじめまして。
コーディネーターでも珍しいピンク色のふわふわとした長い髪。
そして、世界を静かに見据える様な透き通る水色の瞳。
絵本の世界から飛び出してきたお姫様の様な柔らかく可愛らしい微笑みと、思わず聞き入ってしまう様な美しい声に、誰もが目を奪われてゆく。
……いや、全員というのは間違いか。
既にプラントでラクスと話した事のあるアスランは、月にラクスが来たことに驚いてはいたが、冷静であったし。
セナも、可愛らしい人だなぁ。くらいの感想しか抱いていなかった。
そして、ラクスを見たキラが驚いていたのは、他の子供達とは違う理由である。
「……ラクス?」
「なんだ、キラ。知ってるのか?」
「あー、いや。知ってるというか。なんというか」
「なんだ。歯切れが悪いな」
「その、ね。実はさ。僕、彼女の事を夢で見た事があるんだよ」
「「夢?」」
キラが困ったような顔で答えた内容に、話を聞いていたアスランとセナは首を傾げる。
その反応に、もう少ししっかり説明するかとキラが話そうとした瞬間、教室の中で子供達の歓声が爆発し、両隣のアスランやセナと話をする事は難しくなってしまった。
「よ、妖精だ!」
「こんな可愛い子が、この世界に居たなんて!」
「ラクスさん! ボクとお友達になりませんか!?」
「っ……うっさ」
「キラ。話は後で」
「あぁ、うん。分かったよ」
思わず耳を塞いでしまう様な喧騒の中、キラの方に身を寄せてアスランは囁く。
その言葉にキラは頷いて、反対側に座っているセナにも、後でね。と言うのだった。
「まさに地上に舞い降りた天使だ!」
「私だってコーディネーターなのに!」
喜びと、驚愕と、笑顔と涙があふれる教室は、それから少しの間静かになる事はなく。
ひとまずラクスを空席に案内して、落ち着かせてから授業を始めようとしたが、もはや子供達に集中力はなかった。
どうにもならないと判断した教師は「残り時間は自習」と言い残し教室を去って行く。
それを合図として、ラクスは子供達に囲まれてしまうのだった。
そんなラクスを気の毒そうに見ながら、キラは人が居ない教室の端に移動して、アスランとセナに話しかける。
「大変だね。彼女」
「まぁ、プラントに居た時から似たような感じだったよ」
「へぇ。ラクスさんってプラントの出身なんだ。っていうか、アスランの知り合い?」
「あぁ。父上とラクスのお父上は同志……というか、仲がいいんだ」
「パトリックおじさんと仲が良いって事は……もしかしてラクスのお父さんも?」
キラの問いにアスランは声を小さくしながらキラとセナに告げる。
気安く口外は出来ないが、キラやセナが知っておいた方が良い話を。
「ラクスのお父上はシーゲル・クライン。父上と同じプラント評議会議員だ」
「あらー。という事は月へ来たのは」
「おそらく俺と同じ理由だろう」
「大変だね。プラントも」
「……」
やれやれとでもいう様に肩をすくめるキラに、アスランは
そんなアスランの視線にキラは首を傾げながら、「どうしたの?」と問いかけた。
「どうしたの? じゃない。お前だって似たような立場だろうが」
「僕は君たちとは違うよ。僕はオーブのアスハを継ぐ人間じゃないからね。継ぐのは僕の妹。前も言ったろ?」
「それは……確かに聞いたが」
「そりゃ国の中にはコーディネーターの僕にアスハ家を継いで欲しいって考えている人も居るだろうけどさ。実際問題、地球でそれは難しいんだよ」
「……」
「だから、あくまで国の主導者はナチュラルであるべきだし。コーディネーターはヒッソリ裏から助ける方が健全……ってどうしたの。アスラン。怖い顔して」
「僕は、キラの事を親友だと思ってる」
「そりゃ僕もそうだけど」
「だから、そんな風に、日陰で生きるのだと、諦めた様な顔で言われるのは……気に入らない」
「……アスランは優しいねぇ。女の子にモテモテなのもよく分かるよ」
「っ! キラ! 僕は!」
「でも、ダーメ」
「……! 何故」
「僕はオーブのアスハ家の娘なんだよ。その責任から逃げる事は出来ない。例えその道の先がどこに続いているとしてもね」
真っすぐにアスランを見つめ返しながら放たれたキラの言葉に、アスランはそれ以上何もいう事が出来ず黙り込んでしまった。
そんなアスランに困った様な笑みを向けていたキラだったが、反対側から服を引っ張られ、セナの方へ顔を向ける。
「キラお姉ちゃん。私はキラお姉ちゃんと一緒にどこまでも行きますよ」
「あー! もうセナ! 大好き!」
「っ……! キラ、僕も」
「そういえば、お姉ちゃん。先ほどの話なのですが」
「あー。夢の話?」
キラはセナの質問に、少し落ち着いてきたラクスの方へと視線を向けた。
ラクスは丁寧に一人一人と話をしながら、微笑みを浮かべている。
「たまにさ。変な夢を見るんだよ」
「夢?」
「そう。夢」
アスランの短い問いに頷きながら、遠くを見据える様な瞳でキラは言葉を続ける。
「夢の中で僕はさ。大きな人間みたいな機械に乗って戦ってるんだよね。それで、彼女はピンク色の宇宙船……いや、戦艦っていうんだっけ? その、戦艦に乗っててさ。一緒に戦ってるの」
「……ピンク色の戦艦? というのは、あまり現実感が無いが」
「僕、あんまり戦艦とか詳しくないし。なんとなーくイメージしたらそういう感じだったんじゃない? 僕も何だかんだ女の子だったって事だね」
「そう言われると、確かにそうだな」
「うん。それでさ。まぁ、正直そっちの戦艦とかはどうでも良いんだ。僕が気になってるのはさ。夢の終わりなんだよ」
「終わり……?」
「そ。僕はさ。すっごいいっぱい居る敵と戦うんだけど、どうしようもなくなって、彼女に逃げて欲しいって言うんだよね。でも、彼女は逃げてくれなくて……最後は彼女を庇って死ぬんだ」
「っ!」
「いっぱい血が出て、苦しいんだけど、彼女は無事だったから、それが嬉しくてさ。そう彼女に伝えたんだけど、彼女はずっと泣いてた。それがね……気になって、僕は彼女の涙を拭いたいんだけど、手は届かなくてさ……夢は終わっちゃうんだ」
「僕は?」
「え?」
今にも泣きだしそうなキラに、アスランが真剣な顔でキラを見つめながら問う。
そんなアスランに戸惑いながら、キラは「あー」と言いながら考える様な仕草をした後、静かに言葉を返した。
「アスランは居なかったと気がするね」
「という事は、俺は何かがあって助けにいけない状況だったという事か」
「なに? アスランは状況も分からないのに、僕を助けてくれるの?」
「状況は分かっている。キラが死ぬ様な状況だ。ならそれを黙って見ている事なんて出来ない。どんな場所でも僕は行くさ」
「アスランは強いねぇ」
「はい! 私はどうでしたか?」
「セナが戦場に居るのはおかしいでしょ」
「でもそれを言うのなら、キラお姉ちゃんが戦場にいるのもおかしいのでは?」
「いや、僕は……」
「僕は?」
キラはセナの言葉を咄嗟に否定しようとしたが、良い言葉が浮かばず、言葉を無くして視線を彷徨わせてしまう。
そんなキラをセナはジッと見つめた後、小さく息を吐いた。
「お姉ちゃんがたまに、夜飛び起きていたのは、その夢が原因だったんですね」
「あー、うん。まぁ、そうなんだけど。セナも気づいてたんだ」
「横で寝てますからね。それは気づきますよ。お姉ちゃんが気にしない様に寝たふりはしてましたけど」
「それは、うん。そっか……ごめん」
「いえ。それは問題ないです。今、私が気になるのはお姉ちゃんの夢に私が出ていない事です」
「そこ、気になる?」
「はい。とても」
「う、うん。そっか……でも、どうするんだろうね? 夢にセナを出すって、僕としてはあんまり出て欲しくないんだけど」
「私もお姉ちゃんみたいに、人型機械に乗って戦います!」
フンフンと軽く興奮した様子で小さな拳を前に突き出すセナにキラはしょうがないなぁという様な表情をしてから、笑ってセナの頭を撫でた。
そして、セナを安心させる様な声で言葉を紡ぐ。
「分かったよ。じゃあ次からセナも出てくる様に夢を見る時には意識してみるから。すっごい強くて、敵を全部やっつけちゃう奴」
「うーん」
「うん?」
「それなら私は、誰も傷つかない凄い機械が良いです」
「誰も傷つかない?」
「はい」
「戦ってるのに?」
「はい! それが良いです」
「ふふ。セナらしいね。でも、それも良いかもしれないね」
何だか話したかった事が何だったか分からなく成って来たなぁ。なんて思いながらキラはうーんと考える。
そんなキラにアスランは酷く真剣な表情で問いかけた。
「キラ」
「ん? どうしたの? アスラン。そんな怖い顔して」
「キラは、最近よくセナと『悪い遊び』をしているよな?」
「う、うん。やってるね。でも、危ない所には……あんまり行ってないよ?」
「……」
アスランは父パトリックの様に眉間に皺を寄せると、キラをジッと無言で問い詰める。
そんなアスランの圧に負けてキラは白旗を振りながら、違うよと弁明するのだった。
「ま、待ってよ! ホントに! 何もしてないって! 確かに最近オーブのメインサーバーには侵入したけど、僕は一応オーブの姫だしさ? そこまで悪い事じゃ……無いよね?」
救いを求める様な、縋る様な目を向けるキラに、アスランは一つ溜息を吐くと、先ほどまでよりも抑えた小さな声で問う。
「キラ。一つ聞きたい」
「なぁに?」
「モビルスーツって、知ってるか?」
「モビル、スーツ?」
キラは何だろうと首を傾げながらセナを見るが、セナも無言で首を振る。
そんな二人を見て、アスランは知らないなら良いんだと返し、安心した様に大きく息を吐いた。
そして、訳も分からないまま話は終わり、キラ達は次なる雑談へと移りながら、話し始める前と変わらず笑顔で対応を続けるラクスへと視線を送るのだった。